20 (総統閣下は 嘘つきの将軍に お怒りのようです)〇
1945年4月29日
防御特化で数々の軍隊を返り討ちにして来た ドイツ軍が この戦争に負けそうになっている…理由は何だ?
ナオは考える。
答えは総統ヒトラーに対する愛だ。
エニグマの文章に ハイルヒトラーの文字を入れたのは、オレ達では無い…発端は現場の兵士達だ。
これにより 文字の頻度解析が出来る様になるのだが、こちらが いくら言っても、ハイルヒトラーの文字は止まらない。
何故なら ハイルヒトラーを入れないと、その上の送信者から罰せられるからだ。
更に言うなら『ユダヤ人を国から追い出す』と言うヒトラーの発言を『ユダヤ人を絶滅させる』と受け取り、よりナチスに…総統に気に入られる為に 収容所の ユダヤ人、捕虜の虐待…サディストの刑務官による重要な情報を引き出すと言う名目の暴行と 法的手続きを無視した 勝手な処刑。
最近だと より過激な毒ガスを使ったホロコーストも あるらしいが、これらをやっている大半は ドイツ国民じゃなく、占領地で現地雇用した現地人がユダヤ人を積極的に殺している…特にポーランドが多い。
ユダヤ人の虐殺は ナチスの過激化がやったと思っていたが、切っ掛けは こっちの過激派だったが、実行しているのは現地民…。
歴史の600万人の狂った死者数の原因はこっちだな。
何と言うか歴史ではナチ党の差別が強調されているが、実際には このヨーロッパ全体がユダヤ人嫌いだった訳だ。
前に刑務所に捕まったヤバイ将校を執行猶予の名目で集めた第36 SS武装擲弾兵師団をオレ達が皆殺しにして、組織の安定をはかった訳だが、その作戦も もう出来ず、オレらは1日に20時間働くハードワークで、眠っていても緊急で叩き起こされる事も普通にあり、オレは ともかく アディは完璧に疲労状態にある。
そんなにオレらが苦労している中でも組織には まだ、誤情報を流すノイズがあり、オレ達は 誤情報まみれの この報告書を元に 作戦を立てて 戦力を配分し続けるしかない。
アディは 常に敵を作り、過激な演説をしていた からだろう…国民は 表層だけで ヒトラーの心情を汲み取れず、特にそれは 占領地の住民に その傾向が多く、それぞれが こちらの不利益になる様に勝手に動いている。
更に 個人が思う『総統が思う思想』の違いから親衛隊内でも いくつもの派閥が発生しており、罪状をでっち上げて敵対派閥を処刑する処刑合戦が始まっていて、優秀な人材が いつの間にか処刑されている事も 今では珍しくない…これらは すべて 彼らが信じる総統への愛が故だ。
その光景は、聖書の解釈を自分の都合の良い様に解釈して 相手勢力を殺したり、キリスト教が色々な宗派に分裂して 宗教戦争が勃発した時の様だ。
ヒトラーを神としたナチ党と言う宗教組織は、敵の内部での工作もあるのだろうが、どんどんと内部から崩壊して行く…軍の戦力では 負けては いなかった はずなんだが、もはや こちらからすれば、味方が敵だ。
なら これらの問題を解決する為に 神である ヒトラー総統が『ユダヤ人を殺すな』と正しい聖書の解釈を言えば良いのか?…それも 今となっては 出来ない。
何故なら、占領地も含めて バラバラの思想を持った国民を『ユダヤ人をドイツ国内から排除する』と言う目的で まとめて、総統の指示に従わせているからだ。
これをした場合、ヒトラーへの求心力が落ちる事になる…アディにとって それだけは 出来ず、自分が国民から臆病物と判断されない様にする為、次第に過激な発言が目立ち始める。
今のアディは 独裁者では無い…過激化した民意で動く、皮肉な事に アディの嫌いな 民主 主義国の大統領だ。
「何で私の言う事を聞かない!…勝てる戦いなのに 何故 撤退しなかった?」
「現場指揮官が『後退すれば、ナチ党の機嫌を損ねる』と思ったんじゃないか?」
オレがヒトラー総統に言う。
今では 3つの別々の組織が こちらに同じはずの情報を送っているが、情報が 全く噛み合わない。
無線が既に解読されている事は、偽の暗号を使って イギリスの部隊を動かせた事で 既に判明しており、こちらも誤情報を流して 相手の行動を誘導する為、イギリス側がエニグマを解読したと思わないように振る舞っている…現場は如何やっても ハイルヒトラーの文字を絶対に打ってしまうからだ。
その為、第一次世界大戦の様な人を使った 原始的な伝令を増やして対処している。
アディに送られてくる情報から すれば、アディは部下を使って 最善手を打ち続けている。
だが、その部下が誤情報を流し、ヒトラーの判断を曇らせ続ける…。
多分、ヒトラーの頭の中には 現場とは別の戦況図が書かれている事だろう。
で、これで ヒトラー信者が行った蛮行は ある事 無い事 水増しされて、すべて ヒトラーの責任になる訳だ。
そして、アディは オレ達に非常に馴染みのあるヒトラー総統となった。
ベルリン、総統 地下壕…。
「敵は広範囲に進撃中です。
南の軍隊はツォッセンを突破、北はパルコとフローナウの間。
西はリヒテンベルク、カールスホルスト…。」
親衛隊の1人が言う。
「シュタイナー(機甲師団の名前)が来れば 大丈夫だ。
あの戦力で十分に対処出来る。」
総統の言葉に周りが凍り付く…。
「総統…シュタイナーは、今、彼の兵員は乏しく、もはや 戦闘能力は ありません。」
また報告書と噛み合わない状況だ。
いや…正しい情報が やっと出来たと言った所だろう。
と言うか、この情報が正しければ、ほぼ無傷で残っている1万5000人はいる シュタイナー機甲師団が、この数時間で溶かされた事になる…実際は戦死者を過少報告を しまくっていたのだろうが…。
現場で被害を過少報告をしてしまうと、一定の戦力になる様に 各地域に配置する都合上、補充の為の増援が 少なくなる事になる…それが全滅寸前になって 泣き付いた事で 一気に来た感じだ。
アディは それを理解し、怒りを堪えながらメガネを外す。
「5名だけ残れ、ナオ…カイテル、ヨードル、クレープス、そして ブルクドルフ」
親衛隊のメンバーが次々と部屋から出て行き、ガチャリとドアが閉まる。
「私は ちゃんと命令したぞ!シュタイナーに攻撃させろと!私の命令に背くとは けしからん…奴は まだ自分の兵を温存しているはずだ!」
あ~アディは 過大報告だと睨んでいたのか…。
過大報告の場合、指揮官の対面は悪くなるが、戦力が通常より多く補充される事になる…なるほど、シュタイナーを行かせるのは それが理由か…。
「その結果がこれか…陸軍の嘘つきども め!
皆、私に嘘を付く…ナオ以外の親衛隊もだ!
将軍達は、どいつもこいつも、下劣な臆病者だ!何故 正しい情報を出さん。」
「総統 それは あまりにも侮辱です。」
「なら あえて言ってやろう!ヤツらは臆病者の裏切り者で負け犬だ!
私がヤツらの誤情報に どれだけ 惑わされて来た事か…。」
「それ以上は、いくら総統でも…」
「将軍どもはドイツ軍のクズだ…恥さらしだぁ!!」
「くくくっ…あー失礼」
ヒトラーがペンをテーブルに叩きつけた所で、オレは思わず 笑ってしまい 皆の注目を引く。
「将軍とは名ばかり、士官学校で学んだのは ナイフとフォークでお食事のお稽古くらいだ。
いつも陸軍は 私達の計画を妨げる!!あらゆる手を使い私達を騙し続ける。
私も情に囚われず やるべきであった。
将校の大粛清を…そう スターリンのように!」
「くすっ」
「私は 速成で 士官学校など ロクに出ていなかったが、それでも独力でヨーロッパ大陸を征服しのだぞ!
裏切り者ども め、奴らは 最初から私を裏切り、騙し続けていた。
ドイツ国民への恐るべき裏切りだ。
だが、見ているが良い、近いうちに その血で償う時が来る…敵に無残に殺され、己の血で溺れる事になるのだ!!
はぁはぁ…もう…私の命令は 将軍達に届かない…。
こんな状態で もはや指揮を取る意味もない…。
私は指揮官じゃなかった…指揮をしていたのは現場だった…。
終わりだ…この戦争は 我々の負けだ。
だが、私は ベルリンを去る位なら、いっそう頭を撃ち抜く。
私は ここに残る…皆、それぞれ好きにしろ…今までご苦労だった。」
アディは 立ち上がり、ドアを開けて去って行った。
「如何する?」
総統に見放され、残された親衛隊は互いに相談を始める。
「幕を引く…潮時かと…。」
「何を言う…それは裏切りだぞ!
降伏など あり得ん。」
「総統の意向だ…前の大戦と同じ屈辱を二度としたくない。」
「でも総統は指揮を放棄しなさり、『皆、それぞれ好きにしろ』と…。」
「我々に 総統の代わり などいない。」
「ナチ党設立の頃から 総統の補佐を続けていた ナオがいる。」
皆の顔がオレを見る。
「おいおい止めてくれ…。
ゲームオーバー寸前の状態でコントローラーを渡されても対処 出来る訳ないだろ。
それに、こうなる事は 何度も親衛隊に伝えたが、そいつらは 裏切り者として 同じ親衛隊に殺された…その積み重ねが 今の状況さ…。
と言うか開戦1年目の時点で 条件 呑んで終戦していれば 勝てたってのに…。
オレ達の指示を無視し続けて 高圧的で 過大な要求をして この戦争を長期戦に持ち込んだのはキミらだ。
こちらの やった手を全部 潰して置いて、今更 指揮を取れる訳ないだろう…自業自得だ。」
「なら…総統を待つしか…。
今、疲れてるだけだ 必ず考え直して下さる」
「それで如何なるんです?
今は 生き残る事を考えて、降伏するべきでは?」
オレが ため息を付きつつ言う。
「総統は 降伏を認めない…我々は彼に忠誠を誓った。」
「その忠誠を誓った総統が『好きにしろ』って言っているんだが…。
と言う訳で 総統のお墨付きが出た事だし、オレは好きにして貰うよ…皆も死んだって事にして 逃げた方が良いよ。
戦勝国は、やってない事も やった事に出来るから…。
戦後ドイツが どんだけ悪逆非道な事をした事に なるのか楽しみだな~」
「それは裏切りだ!!」
親衛隊の1人が こちらに銃を向けた所で、左手でリボルバーを抜きながら銃の射線を回避しつつ、銃を持っている腕を右手で掴み、足を引っかけて手前に引っ張り 相手を地面に叩きつけ、倒れた所で 頭の後ろにリボルバーを突きつける。
「あ゛っ…がっ」
「こんな狭い中で銃をぶっ放したら跳弾するだろう…。
如何する?ここで意味も無く死ぬか?
他に殺されたい自殺志願者は?」
オレは右手でウージーマシンピストルをホルスターから抜き、他の親衛隊に向ける。
「分かった…行け!」
「はい…お利口さん…」
そして、自分の命が助かる為なら 30秒前に 裏切りだと言って銃を向けた オレを見逃す。
本当に ヒトラーは人材に恵まれていなかったな。
オレは そう思いつつ、ドアを開けて出て行った。