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⊕ヒトのキョウカイ02⊕【未来から やってきた機械の神たちが造る 理想国家₋ユートピア₋】  作者: Nao Nao
ヒトのキョウカイ2 8巻 (戦争は続くよ 何処までも)
215/339

15 (機械の選択)〇

 研究所。

「ハイル!!」

 チューリングが右手を斜めに上げるナチスの敬礼をやり始めた。

「…………。」

 いきなりのチューリングの奇行に皆の目が集まる。

 少佐にでも見つかれば一発でドイツのスパイとして連行されそうな物だが、チューリングがやる奇行には 彼なりの理由がある事は既に分かっている。

「なんだ?チューリング…ナチスに入信するのか?」

 コーネル()は冗談ぽくチューリングに言う…この発言 自体も割とグレーだ。

「いや違う。」

「じゃあ何で敬礼をしていた?」

 チューリングに冗談は通じない…必ず文面通りに受け取る…彼がやる事には 何か理由がある。

「これだ。」

 チューリングはデスクの上に置かれている一冊の本を私に見せる。

 『我が闘争』…ヒトラーの自伝が書かれた英訳の本で、ドイツ語版はナチスの聖書(バイブル)とも言われている。

「それがどれだけ 危険な代物か知っているだろうに…。」

 敵国であるドイツの書物の為、戦時 出版法で製造、発売が禁止…。

 所持しているだけでは罪にならないが、所持しているだけで 確実にスパイだと疑われる代物だ。

「暗号を解くには、暗号を作っている彼らの気持ちに ならないといけない。」

「確かに そうだが…。

 それで…なって見た感想は?」

「彼らがヒトラーを尊敬する理由が分かった。

 彼は第一次世界大戦で敗戦したドイツを復興させた。

 ハイパーインフレで、失業率が30%もある中で 労働者に道路建設を行わせ、高速道路を作った。

 車の速度を上げる事で 輸送効率が上げ、人の動きが活発化させ、物の売り買いを促進させた。

 国民から見ればヒトラーはドイツを立て直した救世主(メシア)だろう。

 彼らがヒトラーを信仰する理屈も分かる。

 そして こちらに大義が無いと言う事も…。」

「だから裏切るのか?」

「いや…僕が興味があるのは エニグマ…ドイツじゃない。

 でも色々と見えて来る物もある。

 多分、ヒトラーは 軍を制御しきれていない…それは 戦闘記録にも現れている。

 そして、現場の兵は上の指示より この本の通りに行動している。

 彼らにとってこれが、生活の基準点…聖書なんだ。」

「ヒトラーがキリストね…。」

 信者が聞けば卒倒しそうな発言だ。

「だから、この本を解析して行けば 現場の行動原理がより詳細に分かる。」

「聖書の一説が鍵になる…書籍暗号か?

 まさか…そんな単純な暗号な訳無いだろう…。」

 書籍暗号とは 特定の書籍や文書を暗号鍵として使用する暗号方式だ。

 暗号化を行う前に、暗号化に使用する特定の書籍や文書を選択する。

 これは聖書だったり、アメリカの独立宣言だったり色々だが、同じ文章を持っている事が重要で、これが暗号の鍵となる。

 送信者は ページと単語の位置を指定する為のリストを作成し、それを元にメッセージの各文字や単語を暗号に変換させ、それをモールス信号で送信者に電波で送信する。

 それで 受信者側は 同じ書籍と変換リストを使用し、暗号文を解読する。

 書籍暗号は 比較的シンプルな暗号化方法で、鍵の管理が不要に出来る利点がある。

「書籍暗号は ウエスギ暗号と同じで、暗号自体は単純。

 でも、解除キーには かなりの数、流通している本が必要だ。

 ドイツ語の『我が闘争』はドイツ国内なら簡単に手に入る。」

「まさか…エニグマと書籍暗号を混ぜているのか?」

「おそらく…しかも、我が闘争は 禁書だ。

 こちらでは入手 困難だろう。」

「と言う事は…暗号事に仕分けをしないと いけないのか…。」

 今までランダムに見えていた暗号方式を エニグマと書籍暗号の2つに分けてから解析する必要が出て来る。

 本当に厄介な暗号だ…。

「いや…その必要はない…。

 送信者はヒトラーを愛しているから、必ず最後に ヒトラー万歳(ハイルヒトラー)が入れられる。

 重要なのは 文章の最後に来る Heil(ハイル) Hitler(ヒトラー)の10文字だけ 読み解ければ…後はクリストファーで解けると言う事…。」

「分かった…総統閣下への愛でドイツが負けるのか、皮肉が聞いて面白い。

 早速やってみよう。」


 そこからは早かった。

 今までの地道な積み重ねが 面白い位に噛み合い、解読はスムーズに進んで行く。

 ハイルヒトラーで分かる暗号の文字はH、E、I、L、Rの5文字…クロスワードをするには まだ文字が多いが、ここから 毎日午前6時に流される天気予報…。

 『午前6時、今日の天気は晴れ、ヒトラー万歳(ハイルヒトラー)』が次の鍵になる。

 6 Uhr morgens, das Wetter ist heute sonnig, Heil Hitler。

 これで 6、M、O、G、N、S、D、A、W、T、U、の11文字が追加され 合計で16文字…。

 残ったC、B、F、K、Z、V、P、J、X、Y、Q、は使用頻度の割合が低く、この16文字で 全体の文章の91.81%を特定 出来る。

 当日の天候によって 天気の単語が変わって来るが、90%を越えてしまえば、後は 分かっている単語をクリストファーに入れて クリストファーがエニグマの初期設定を導き出してくれるのを 待つだけだ。


 1時間程 クリストファーの回路を調整し、クリストファーに内蔵されているドラムが動き始める。

 カチカチカチカチ…カチッ…。

「初めて止まった…」

 クリストファーは15分程の計算で止まり、ジョーンが目盛りを読み上げ、アラン()が紙に記入をして行く。

 これでエニグマの初期設定が分かった。

 僕は すぐにテーブルに置いてあるエニグマの調整に入り、それが終わると今日 傍受した命令文を持って来てジョーンが 次々と文章を打ち込んで行く。

「これは凄い…まるで魔法だ。」

 コーネルが言う。

 意味不明の文字列が ちゃんとした命令文に変換され、北海や北大西洋に配備されているドイツ軍の位置、攻撃目標が 次々と解読されて行く。

「クオリア…地図とマップピンを持って来てくれ…」

「了解した。」

 コーネルの言葉にクオリアはそう言うと研究室から地図を持って戻ってきて、壁に地図を張り付ける。

「クオリア…僕が読み上げるから マップピンを刺して…」

「了解…」

「まずは…北緯…東経…」

 クオリア次々とピンを刺して行き、僕は座標を指定し続ける。

 ………………。

 …………。

 ……。


「今、全世界で一番ドイツ軍の情報を持っているのは ここにいる5人だけだろうな…。」

 壁に貼られている地図を見て言うコーネルに、僕、ジョーン、クオリア、マシューが頷く。

 僕の頭には難解なクロスワードパズル解けた時の数十倍の感動が襲い、涙を流す。

「これで この戦争を勝たせられる…あっ…」

 解読された命令文が書かれている書類を見てマシューがふと言う。

如何(どう)した?」

 僕がマシューに聞く。

「この戦艦…僕の兄が乗っている…。

 このままだと ドイツのUボートに沈められる…早く進路を変更させないと…。」

 マシューが 連絡をしようと電話に近寄った所を、僕はマシューの脇を捕まえが無理やり止める。

「ダメだ!!」「何でぇ!!」

「今 この船の針路を変えたらドイツ兵は どう思う?」

「………えっまさか…。」

「そう…ブリテンが暗号を解読したと思われる。

 そうなれば、即座に エニグマでの通信は停止され、1週間後には 対策が立てられた新しいエニグマが配られ始め、僕達の苦労は また無に帰る。

 僕達は エニグマが解読された事をドイツ軍に知られては いけないんだ」

「なら如何(どう)しろと…」

「助かる命を僕達で選ぶしかない…統計を使って数式で 出来るだけ多くの人が助かる道を選ぶ。

 そして、それ以外は 僕達が意図的に切り捨てる。」

「そんな…なら、この船…1回だけは助けてくれ…。

 この戦艦が港に着けば 少佐の力で 何か理由を付けて 船から降ろす事も出来るだろ…頼むよ…この1回で良いんだ。」

「マシュー済まない…。

 だが 確実にドイツに勝つ為には この方法しかないんだ。」

「なんでだよぉ…オレは兄さんを助ける為に この仕事を選んだってのに…こんな事って…。」

「今日のアランの思い付きが無かったら、私達は今日も解読に失敗して家に帰っただろう…それだけだ…忘れるんだ。」

 コーネルが言う。

「だけど…オレは 知ってしまった…兄さんを助けられるのにぃ…。」

「この戦争だけでも 敵味方 何万人の兄が戦死し、弟が泣いている。

 マシューだけを特別扱いには 出来ない…。」

「ッ…あ~そうかよ!

 オマエ達は 人の心を失ってマシンになっちまったんだな…。」

 マシューが倉庫の扉を乱暴に開けて外に出て行った。

「あ~おい…私が追う…待てマシュー!」

 コーネルがマシューの後を追う。

「…僕達は 機械…人じゃないのか…。」

 2人の背中を見て 僕はそう言うのだった。

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