14 (イミテーションゲーム)〇
研究所
昼休みにコーネルは テーブルにチェス盤を置いて、クオリアとチェスをしている。
ただの空いた時間の暇つぶしだったのだが、クオリアは恐ろしくチェスが強い。
「チェックメイトだ」
クオリアが言う。
「なっ…全英チェス チャンピオンを2回も取った この私が負けた!」
「自分の腕を信用して先手を譲るからだ。
チェスで先手なら30%程度 勝ちやすくなる。
逆に後手なら引き分けを狙うしかない。」
「確かにそうだが…子供に負けるなんて…。」
「チェスに年齢は関係ないからな…。
ほら、もう昼休みの時間は過ぎている…仕事を再開しないと…。」
クオリアが立ち上がる。
「とは言ってもな…。
おいチューリング…仕事の時間だ。
クリストファーの面倒を見てくれ」
「分かった。」
チューリングが顕微鏡から頭を上げ、デスクを片付け始める。
先日 渡されたブレインキューブは、入力側と出力側で電気のパターンが変わる所まで分かり、これが自動計算機だと言う検討は付いた。
が、出力される電気のパターンが何の意味を持っているか分からず、今は取りあえず 箱をバラして、顕微鏡を使って中身の構造解析をしている。
私も見せて貰ったが、砂粒 程度の6角形の炭化ケイ素の仮名 細胞がビッシリと敷き詰められていて、それが積層化されている。
セルの1粒1粒が非常に小さく、如何やって これだけ正確な加工が出来たのか…全く分からない。
チューリングとクオリアは倉庫にチューリングと一緒に向かい、3時間も掛かるクリストファーの調整をしている。
私達は 解読機の設定が 同じはずの同じ日のモールス信号を集め、より細かく文字の頻度分析をして分けている。
電文の大まかな内容は ブリテン軍が占領したドイツの通信施設から解読後の書類を入手しているので もう分かっている。
命令文の形式は『○○の船、軍、部隊、は、北緯○○東経○○に進め、ヒトラー万歳』これだけだ。
なのだが、文章の形式が同じでも 占領した次の日にはエニグマの設定が変更されて こちらには 分からなくなる。
トニー王国の無線暗号が簡単な代わりに 解除する為の鍵を軍で強固に守るのに対して、ドイツ軍は暗号を複雑にして 例え鍵が盗まれても1日しか使えない様にしている。
トニー王国は軍の力を過信し、ドイツ軍は暗号無線の仕組みを過信している。
そして、デスクに付いたジョーンは モールス信号を打つ為の電鍵にヘッドホンを繋いで耳に当て、傍受した暗号の紙を見ながら実際に入力している。
彼女は 実際にモールス信号を打ってみて、自分の耳で聞いてみて、何かしらの共通点を探ろうとしている。
つまり、鍵の形状から鍵穴を推定するやり方だ。
これである程度 成果が出れば、後はチューリングのクリストファーの総当り計算で、答えを導ける。
ジョーンの耳が頼りになるが…確実にゴールに近づいている。
倉庫…。
「なあ…アラン…本当に機械は人の様に話せるのか?」
クオリアとアランがクリストファーの調整をしている中、私がふと言う。
「僕の学生時代の論文を読んだのか?」
「そう…論文のタイトルは『計算機械と知能』…。
あらゆる計算が出来る汎用計算機が完成した場合、それは いつしか人の様に振る舞う事が出来ると 論文に書いてあった…。
このクリストファーも いずれ喋る様になるのか?」
これは後のコンピューターと呼ばれる汎用計算機の基礎理論で、私にとっては ご先祖様になる。
「多分、僕のクリストファーじゃ 自分で考えて 喋るまで行かない、 これは暗号解読が専門だから…。
でも、いずれ 数学者の誰かが作るはず…エニグマの様に 人の頭じゃ計算しきれない問題は 世の中には まだまだ沢山あるから…。
そうして 計算出来る能力が上がり続けて行けば、いずれは人の脳の処理スペックに到達する。
そうなれば、その機械は 人の様に振る舞う事も出来るはずだ。」
「そうなった場合、機械は 如何 思考をすると思う?」
「そうだな…マシンは人とは違う。
彼らは 自分で動けないし、物を見えない、自己繁殖も出来ない…だから 人とは違う考え方を持つ。
でも、それは彼らの個性だ。
僕は無神論者だが、信じる神様が違ったり、肌が黒かったり、その…男が好きだったり…色々な人がいる。
でも その機械の個性が認められれば、機械達は 機械人として 新しい人類になるかもしれない。」
「でも、今の人達じゃ その機械人を受け入れないだろう。
機械は人に隷属する物…奴隷だから…。」
「だけど、黒人奴隷は解放された…。
アメリカでは まだまだ差別を受けている 黒人がいる みたいだけど それも時間の問題…。
アメリカ国内で混血が進んで行けば、黒人の血が 普通になる。
とは言え、機械人と人の間に子供が産まれるのか?と言う問題はあるのだけど…。」
「アランは面白い考え方をするな」
「だけど、学校では 僕は変人だと言われた。
『機械が知性を生む なんてあり得ないって…。』
でも、人の脳だって元を辿れば電気信号で動く電気計算機…。
なら、ワイヤーやスチールで出来た脳にも 人と同じ様に知性が宿っても良いだろう?」
「スチールから生まれる知性か…。
そうだな…アラン、トニー王国の神話は知っているか?」
私は作業をしながらアランに言う。
「ああ…あの論文は 学生時代にトニー王国の建国神話の本を読んだ時に思いついたんだ。
トニー王国を建国した人物は 月から来た 宇宙人…。
宇宙人の1人は 獣人の少女で、機械の身体を持つ4人の付き人がいた。」
「それがアランが言うスチール製の機械人だと?」
「分からない…でも、獣人の子孫は実際にいるし、月には宇宙人が書いた文字もある。
なら機械人がいても良い…だから機械人と会った時の為に あの論文を書いてみたんだ…。」
「ふむ…アランはトニー王国に行ってみたいと思うか?」
「今 戦争中の あの国に?…戦争が落ち付いたら 旅行でなら 行ってみたいかな…でも、あそこ入国が難しいし…よし、組み上がった。」
「こっちもだ。
これでクリストファーの計算速度が また上がった。」
「今日は残り6時間か。
今日の暗号を入れて見よう…。」
「了解した。」
カタカタカタタ…。
クリストファーに搭載されている筒型のドラムが ひらすら回転をし続ける。
アラン達は 倉庫で夕食を取る。
「ニンジンはオレンジ…豆は緑…トウモロコシは黄色…接触してはいけない。」
僕はナイフとフォークを器用に使い、皿の上に乗る ミックスベジタブルを色ごとに分けて行く。
今日のメニューは ジャガイモに ハム…それに ミックスベジタブルだ。
「チューリング…本当にキミは どうでも良い所に こだわるな…。」
コーネルが言う。
「いや色が混ざっている…これは美しくない。」
「私は混ざっていた方が綺麗に見えるが…カラフルで…」
コーネルが 気にせずに ミックス ベジタブルを食べて行く。
「それで…クリストファーは エニグマを解けるのか?」
コーネルは食べながら聞いて来る。
「コーネル達が 大幅に選択肢を減らしてくれたお陰で、エニグマを解ける確率が上がっている。
今だとエニグマを解読出来る確率は 20分の1位かな…。
調べている選択肢の中で、正解が最初の20分の1の中に入っていたら解ける。」
「2ヵ月 繰り返せば、1日か2日は その日の内に解けると言う事か…。」
「数字上では…でもエニグマの設定は 完全ランダムじゃない。
きっと偏りが生まれているはず…1回 解ければ ある程度いらない範囲を絞れるんだけど…。
なんか もう1つ キーワードが あれば現実レベルで解けそうなんだけど…。」
僕はそう言い、クリストファーを見つめるのだった。