12 (芸術的な数式)〇
研究所。
「何?部隊が半壊だと」
コーネルが少佐に出された書類を見ながら言う。
「ああ、1個大隊 約600人を投入して生存者は投降した半分の300人…。
戦車や対戦車砲が全滅…更に戦艦3隻が沈められた。」
少佐が書類をテーブルに出しながら言う。
「敵の損害は?」
「確実に撃墜したのは2機。
中破小破は それなり、これは 暗号無線を使った第一報だから、これから情報が増えて行くだろう。」
「我が軍の完全敗北ですか…」
戦車の数も歩兵の数もこちらの方が多かったはずだ。
なのに如何いう事だ?敵が隠れていたと言う事か?
「認めたくは ないが、認めないと言う訳にもいかない。
キミ達は送られて来る現場の情報の分析を頼む…。」
「エニグマは?」
今はエニグマの解析が頭打ちになっていて、作業が一向に進んでいない。
毎日午前0時に成果が無意味になる為、新しい解読アプローチを思いつかない限り やらなくても 問題無い。
ただ クリストファーの改良の余地は まだまだあり、そちらは止める事が出来ないだろう。
「それもだ…エニグマも重要だが、それは 我が国があってこそだ。
今 我が国土は トニー王国の侵略にあっている…コイツらの対策を確立させる方が重要だ。」
他国で戦争をしている時は 現場の兵士を犠牲にして 長期戦の為の暗号解析を行わされ、敵が自国内に入って来たら現場を優先させようとする。
まぁお偉いさんは、自分が住んでいる都市を攻撃されなければ 何万人死のうが関係ない訳だからな。
「トニー王国に ケンカを売っていたのは こちらでは?」
デスクで作業をしている チューリングが またバカ正直に言い…あ~そして また少佐が不機嫌な顔をする。
「とにかく、明日には 作戦日時に間に合わなかった部隊が到着する。
数は1個大隊で この部隊には トニー王国軍が広がらない様にし、ドーバーで足止めして貰う事になっている。」
「無策では また溶かされますよ…。」
「分かっている…だから 少ない戦闘回数でトニー王国軍を分析する必要がある。
こちらは 表向き存在しない事になっているから 現場の情報が上がって来ないからな…。」
「なら如何やって現場の情報を?」
「戦闘エリア外の灯台から こちらの工作員が望遠鏡を使って現場を覗いている。
それに こちらは味方の暗号も傍受して解読する事が出来るからな。」
「なるほど…」
自分達の軍ですら敵と同じ対応なのか…。
「では、敵の出方を見る為に 色々なパターンの戦術を使って下さい。」
つまり、この1個大隊を捨て駒にする事で 敵の行動パターンを解析するのか…。
やっている事 自体は、隠された 共通項目を見つけて、パターンを解析して解読する 暗号解析と同じだ…私達なら やれるだろう…。
「分かった」
少佐はそう言い、研究所を去って行った。
1週間後…。
「戦闘結果が集まって来たぞ」
少佐が研究所に入って来て言う。
「うわっ惨敗続き…これはヒドい…。」
最初に書類を見たマシューが言う。
「だが、その犠牲もあって、かなりの戦闘結果が 報告されている。
DLには 人と同じで 地雷が有効だった。
今、対戦車地雷を大量設置をして 敵の侵攻を阻害している。」
「DLは 破壊出来たのか?」
小さいクオリアが椅子に乗り、書類を見ながら見る。
「一応な…ただDLの胸部のコックピットの間には胴と脚があるからな…。
対戦車地雷を踏んでも 脚だけ吹っ飛んで、コックピットは 確実に生き残る。
これが戦車ならパイロットごと吹き飛ばせるんだが…。」
戦車や車両では 当たり前の事だが、全高を落として被弾面積が減った分 運転席が地面に近くなり、しかも 底面には装甲が無い為、戦車や車両に対して かなりの脅威になっている。
「それに この盾は厄介ですね…。
戦闘時には常に この盾に隠れて撃って来ますし、盾が曲面…避弾経始が期待 出来るのかな~」
マシューが撮影されたDLの写真を見て言う。
避弾経始とは 戦車などの装甲を傾斜させる事により、徹甲弾の弾道を変化させる事で 運動エネルギーを分散させて ダメージを最小限に抑える概念だ。
曲面の場合だと素材辺りの盾の強度も上がるし、盾に弾が当たった場合の跳弾もし易くなる。
「そう、実際に 戦車砲の直撃も盾と左腕を犠牲にする事でガードされた。」
「足を犠牲に、腕を犠牲に…ダメージコントロールが非常に優秀だな。
確実に コックピットが守られる様に設計されている。
意外と人型って合理的なのか?」
トニー王国は こちらより圧倒的に人口が少ない…。
長期戦になれば 絶対に兵士が枯渇して トニー王国が負ける。
だったら 例え 機体を破壊されたとしても パイロットを何としても生還させる…この機体からは そんなメッセージを感じられる。
「更に厄介なのは、こちらが 相手を攻撃した場合、1秒後には 味方機によるカウンター攻撃が入る事。
これにより 攻撃した兵士は 確実に生きて帰れない。」
「この情報が兵士の間で 広まると撃てなくなりますよ」
「一応 現場では 伏せているが、全員の口を塞ぐのも難しいだろうな。」
「おっなんだ…トニー王国軍を何回か撤退させれている じゃないか…。
撤退原因は増援?追加の部隊が来たから撤退したのか?とは言っても十分に押し切れたはず。」
マシューはトニー王国軍が撤退した書類を集めて整理している。
「そう…それが不思議なんだ。
何が原因で撤退しているのか 分からん。」
「順当に考えるなら戦力比なんだろうが…。
チューリング…何か分かるか?」
私は自分のデスクで クリストファーの改良プランの設計図を引いているチューリングに聞く。
「書類を見ていないから分からない。」
「だったら見ろ」
「分かった。」
私は戦闘記録の書類をチューリングに まとめて渡す。
チューリングは始めは 気ダルそうに書類を見ていたが、紙をめくって来るに つれて、書類に引き込まれて行く。
普段チューリングは、興味のない事には とことんと やる気が無いが、一度 興味の火がつくと非常に熱中して 寝食を忘れて のめり込む。
最初は色々と問題も起きたが、一度 チューリングの行動パターンさえ解析して しまえば ある程度 賢く付き合える。
「非常に美しい…これは芸術だ。」
チューリングが涙を流して戦闘記録を食い入るように見つめる。
「あ~コーネル?チューリングは 戦死者を悲しんで泣いているのか?」
少佐は涙を流しているチューリングを見ながら私に言う。
「いいえ、違います…。
多分、この書類の中に美しい数式を見つけたのでしょう。
なぁチューリング…その芸術を私に教えてくれないか?」
「分かった。」
チューリングは黒板に芸術的な数式を書いて行く。
『Combat power = kill ratio x number』(戦闘力=キル レシオ×数)…確かに非常にシンプルな方程式だ。
更に キルレシオの変数を兵器ごとに数式に組み込んで行く。
歩兵は1…つまり、トニー王国の歩兵1人の命で 敵兵1を殺せると踏んでいる。
DLは100なので、歩兵が100人いれば1機が落とされる想定だ。
で、戦車は200とされており、戦車を1台落とすには DL2機以上が必要になる。
それ以上だと遠距離から砲撃して来る 対戦車兵器で、これは600とされている。
「トニー王国軍は この計算式を元に 攻撃を行っていて、戦闘力が常に こちらの3倍以上になる様に動いている…。
非常に良く統率された軍だ…普通の兵士じゃ ここまで統率が取れた行動を取れない。」
人は生き物だ…その為、恐怖で攻撃命令に従わなかったり、戦いに熱くなって 撤退タイミングを逃したりするのが 普通に起き、その光景は駒が言う事を聞かないチェスと例えられる事もある。
が、トニー王国軍には その特徴は 見られない…。
トニー王国軍は 自国の国旗の様に兵士1人1人が歯車の様に正確に動いている。
「つまり、こちらの対戦車兵器を増やして、こちらの戦闘力の数値を上げれば、向こうは撤退してくれるのだな…。」
「まぁそうなりますが…。」
「よし 早速 試して見よう…敵の反応が知りたい。」
少佐はそう言い、黒板の数式を紙に書き写し、研究所を後にしたのだった。