11 (人型機動兵器)〇
暗号解析を始めてから1年後の1942年。
「チューリング…チューリングはいるか!?」
少佐が研究所に入って来て叫ぶ様に言い、コーネルが作業を止めて少佐の方を向く、慌てている様子から如何やら緊急みたいだ。
「アランなら倉庫に…」
ジョーンがそう言うと、少佐は隣の倉庫に入る。
「全員、作業を中断…戦況に 大きな変化があった。
集まって」
倉庫で話が終わったのか、アランが こっちに出て来て言う。
「何が起きた?」
「皆 これを見て…」
私達は アランがテーブルに出した書類を見る…これは いつもの傍受している暗号文だな。
ここでは 婦人部隊と言われる女性達が、あらゆる周波数の無線を傍受して それを ひたすら紙に記入して行っている…だがこれは…。
『度重なる、ブリテンの攻撃に対して我々は激怒した。
3日後の正午12時より、我々は ドーバーを攻撃し、我が国の安全を確保する。
攻撃を避けたい場合は、直ちに軍艦によるトニー王国への攻撃を止めよ。』と英語で書かれている。
「トニー王国軍のウエスギ暗号を解読したのか?
いや…これは平文か?」
私は 文章を見ながら言う。
「そうだ…これは暗号化がされていない平文。
それにトニー王国は、上陸作戦を行うと明言した…しかも日時と時間も指定してある。
だが、通常の軍隊なら作戦日時は 敵国に公開しない。
君達の考えを聞きたい。」
少佐が皆を見渡して言う。
「恐らく 外交 交渉の一環による脅しでしょう。
もしくは、部隊をドーバーに移動させて手薄になった所を攻める陽動作戦。
どちらにしても部隊をドーバーに置くしかない。
ドーバーが取られたらドイツ軍の上陸を許しかね ません。」
「我々と同じ意見か…。
では、敵がどの様な戦術を駆使して来ると思う?」
「我々は暗号解読がメインです。
戦術は門外です。」
「それは分かっている。
だが、我が軍とトニー王国と陸上での戦闘を行ったのは 20年も昔の第一次世界大戦の休戦の直前だけだ。
こちらも敵の情報が少ないのだ…少しでも情報を集めたい。」
「敵の戦力も知らないのに戦争を仕掛けたのですか?」
チューリングが聞く…あ~また余計な事を…。
「文句は この戦争を始めた上層部に行ってくれ。
海戦ならともかく、陸上戦の情報が こちらには無い。
一応 上は トニー王国軍の主力兵器 DLに対しては 十分に対応出来ると考えている訳だが…。」
「我が軍の人型機動兵器…DLの開発は進んでいますか?」
「いや…あの研究は 予算を打ち切られて 中止になったよ。
DLには 人特融の致命的な弱点があると分かったからだ。」
「……被弾面積ですか?」
「そうだ…銃撃戦が行われている場合、立っているより 伏せている方が被弾率は低くなる…簡単な話だ。
なので あの4.5mの巨体は 被弾がし易く、脚が被弾をすれば 転んで 動けなくなる。
装甲の厚さは こちらの装甲車か軽戦車位で、歩兵の銃でダメージを与える事は難しい。
だが、あの時は 戦車に砲塔が付いて いなかったので対処が出来なかったが、今なら十分に破壊 出来るだけの砲弾の威力を持っている。
つまり、わざわざ 構造が複雑で金が掛かる 人型の兵器を造らなくても現行兵器の発展で十分に対応 出来る訳だ。」
「なるほど…なら、海岸から来ると 分かって入れば、そこに砲を向けていれば 敵のDLは破壊出来ますね。
気を付ける事は 奇襲部隊に背後を取られない様にする位でしょうか?
これ以上は 戦闘が起きない事には何とも…。
私達がして欲しい事は、現場の報告が出来る観測手を大量に配置して 情報を収集する事位ですね…あ~そうだ 住民の避難は?」
「一応 警告は出している。
確かクオリアの孤児院もそこに あるのだったな…。」
「ああ…心配では あるが…私は彼女らを信用している…恐らく生き残るだろう。」
クオリアは 少佐に そう答えるので あった。
ドーバー海峡 海中…潜水艦 発令所。
「回答は無し…時間か…作戦を開始する。」
クラウドが プロジェクターから移される映像を見て言う。
地図の上に この作戦に参加している ユニットのすべての位置が表示され、リアルタイムで更新されている。
暗号方式は いつもと同じ 改良型 上杉暗号…。
だが、今回は人が聞き取れない程、トン・ツーの間隔が 極端に短いモールス信号での通信だ。
これをリアルタイムで聞き取れるのは機械だけ…。
そうでもしないと これだけの量のユニットを操れない。
ドーバー守備隊。
「来ました…妨害電波です。」
ヘッドホンを付けて 電波を傍受していた 女性兵士が言う。
「よし、各部隊に 口頭で伝令…敵は海上から来るぞ…。
戦車隊 準備…歩兵を前へ…偵察隊も向かわせろ!」
指揮官が次々と指示を出して行く。
こちらの戦力は1個大隊600名…この3日で後方で 待機していた我が大隊を押し上げて配置している。
戦車は少し 少ないが14台あり、砲兵部隊も既に配置済み…。
更に海には海軍も配置されている…流石に これは突破 出来ないだろう。
「戦闘機ドローン、DL部隊…発進!!」
クラウドの命令と ほぼ同時に円筒形の潜水艦が一斉に海上に浮上。
前上部のハッチが開き、戦闘機型の小型ドローンが縦方向に打ち上げられる。
戦闘機ドローンの仕事は 後ろの砲撃部隊の索敵とDL部隊の展開の為の時間稼ぎだ。
潜水艦の後部に取り付けられているエレベーターが下がり、DLを乗せたエレベーターが上がって来る。
通常のDLとは違い、ガッチリとした体型のDLが6機ずつ現れて行く…砲撃支援型のDL火薬庫だ。
アーセナルの手には 戦車の砲塔の様な 馬鹿デカイ ボルトアクション式ライフルを持っていて、ライフルを斜め上に構えて撃つ。
ボンボンボン…。
大口径弾の反動を簡単に受け止めて 次々と砲弾が放たれ、敵の後方に配置してある 対戦車砲 付近で 次々と砲弾が着弾し 大きな爆発を生む。
敵の座標は 上空にある戦闘機ドローンが常に送り続けていて、対空砲火が次々とドローンに放たれて行くが、戦闘機ドローンはパイロットの生命維持が必要無いので 被弾面積が小さく、耐Gを気にしない 高機動な戦闘機動を取っており、撃墜出来ない訳では無いが、なかなか当てる事が出来ない。
アーセナルが円筒形の甲板に移ると またエレベーターが降り、次は通常型のDL…ベックが上って来る。
背中には 12の歯数の歯車のトニー王国の国旗のマントを着ており、右手には20mm機関砲。
左手にはDLの身体が入りそうな位に大きな盾。
頭の両横には7.62mm頭部機関銃があり、そこから弾帯の長い髪が背中の弾薬コンテナに入り、後は腰に対戦車用の斧が装備されている…これが主力のDL部隊だ。
ベックのDLが盾を持って海に飛び込み、ずぶ濡れの状態で港から上陸…。
上陸地点は 造船の施設や海運会社の建物があるが、物資集積の為に大きな平地になっている…。
そこには 土嚢を敷き詰めた上に配置された重機関銃がこちらを狙っており、こちらに向かってフルオート射撃。
これが生身の人間での上陸なら確実に全滅しているであろう数の弾幕だ。
ベック部隊は盾で重機関銃の弾を防ぎつつ 全速力で走り、遅れて上陸して来た後方のアーセナルからの砲撃支援が始まり、重機関銃兵が次々と吹き飛ばされて行く。
アーセナルは 特定の座標への攻撃は得意だが、移動しているターゲットを狙うのは 非常に難しい…文字通りの足止めが必要だ。
ベック部隊が前進して戦車部隊を接敵…。
左右にジグザグと機動を変え、戦車の砲身の直線上に近寄らない様にする。
DLのコックピットの画面には 敵戦車の砲身から赤い攻撃予測ラインが放たれており、パイロットは そのラインを回避しつつ前進をする。
DLは身長が高いうえに 重量配分がコックピット付近に偏っている事も あって、倒れやすい設計になっている。
この為、姿勢制御システムで制御していないと すぐに転んでしまう訳だが、その分 機体を少し傾ければ どの方向にも一瞬で回避が出来る。
が、反応が遅れたベックの1機が対戦車砲に巻き込まれた。
戦車から放たれた砲弾がベックの盾に当たり、爆発!
盾と左腕が吹き飛ぶも 威力と熱が大幅に減衰され、機体の本体は小破…。
続いて戦車に足を狙われて吹き飛ばされ、上半身にある コックピットブロックが地面に転がる。
次の瞬間…DLの被弾情報を受け取った 付近の味方機から、攻撃した相手へのカウンター攻撃を行い、戦車は履帯を破壊され、脚が止まった所でアーセナルによる砲撃で爆散する…3台撃破…。
DL部隊は常に十字砲火を心がけ、戦車が回避出来ない様に立ち回る。
戦車は DLの様に一瞬で方向転換が出来る訳では無いので、ロクに回避する事が出来ずに撃墜される。
続いて戦車3台がやって来る。
戦車の後ろには 歩兵を随伴させており、戦車の装甲を盾にする事で歩兵を守る戦術だ。
だが、DLのこめかみ辺りにある7.62mm頭部機関銃から放たれた弾丸が 次々と兵士の頭に正確に命中して行く。
DLは戦車と比べて高さがある為 戦車を見下ろす形になり、戦車の後ろの歩兵を斜めで捉える事が出来る。
撃墜されたコックピットブロックを縦に戻すと爆発ボルトで装甲が吹き飛び、中から脱出用のコックピット兼用のバギーが現れる。
中のパイロットは すぐさま 敵から離れる様に 海岸に向けてバギーを走らせ、味方からの回収を待つ。
こっちの脅威となる兵器は大体 破壊した…後は 歩兵だけになる。
さてこっちは勝ち確だが…潜水艦の方は 如何なっている?
「全潜水艦…急速潜航 潜れ!!」
クラウドの指示で、潜水艦がエレベータを上げずに潜航し、エレベータ内に大量の海水が入り、船体の重量が急激に増加…急速潜航が始まる。
敵の戦艦からの砲弾の雨が潜水艦の上に降り注ぐが、海面を盾に使う事で次々と海面付近で砲弾が爆発し、こちらが潜っている12m付近では 砲撃は届かない。
「1番から24番までの爆弾を起爆させろ!!」
「了解…」
戦闘前に水中型ドラムで こっそり敵の戦艦に取り付けていた爆弾が爆発し、次々と爆発音が海中に響き、敵の戦艦の浸水が始まる。
敵艦はスクリューをやられて航行不能。
後10分もすれば 浸水した海水が無視できないレベルになり、船体が沈んで行くだろう。
ドイツのUボートが使っている魚雷の類は、発射音から位置を特定される危険性がある為 トニー王国では結局 魚雷は採用されず、代わりに有線で繋がった水中用ドラムに敵の船体に取り付いて爆発物の設置して貰い、退避後 短波無線の遠隔起爆で航行不能にする方法を取っている。
その為 敵の視点からすると 何の前兆も無く、いきなり船体が爆発する事になり、こちらの潜水艦は 移動しないので 音を発せず敵に位置を特定される事も無い。
「おいおい…まだ戦うのかよ…」
敵戦艦は戦闘機ドローンに対しての対空砲火を行い、ドローン達 は次々と弾幕を回避し、甲板の対空砲台に対して攻撃する。
ドローンが使っているのは DLの頭部機関銃に使われている7.62mmなので 砲台には効果が薄いが、砲台を撃つ兵士達に次々と命中して行く。
高速機動で動いているからだろう…人が撃つよりマシだろうが 命中率が低い。
そして、敵艦の艦橋に向かっての針路を取り 機体を加速する。
バラバラバラ…。
艦橋を覆うガラスに機関銃の銃弾を次々と命中させて行ってガラスを割り、機体を横ロールで回転を加えて 戦闘機ドローンが艦橋に突っ込んだ瞬間に推進剤を爆発させてドローンごと艦橋の中を破壊する。
これで指揮官に操舵手もいなくなり、兵士達は統率が取れなくなるだろう。
「よし、平文モールスで 降伏勧告…」
「了解…降伏勧告送ります…敵の戦闘が続々と停止…投降が始まりました。」
「よし…こちらの損害は?」
「DLの損失は2機、小破3機、中破1機、人的消耗は0。
投入したベック部隊の4分の1が戦闘不能…簡易修理と補給が必要です。」
「再侵攻まで どの位掛かる?」
「施設の設置も含めて24時間は掛るでしょう。」
「分かった…それじゃあ、事前の作戦通りに進めてくれ」
「了解しました。」
ドラムはそう言い作業に取り掛かるのだった。