05 (生きる為に神を裏切る)〇
1934年。
車好きのアディは、安価で高性能な自動車を国民に供給する国民車計画を実施…。
これは 車の販売会社にナチ党が補助金を出して 車の値段を半額位に安くする政策だ。
これで低所得者の年収位で まだ普及していない車を買えるようになった。
車の生産台数が まだ 少なく…生産が追い付かないが、製造会社に 企業内学校を作らせ、技術者達の増産を図っている。
国内の道路建設は 多少クオリティが甘いが 順調に進んで行き、道路の周りには 車の利用者を取り込む為に 店が次々と並んで行く…。
後は国民が車を持って行けば、家族で買い物をする様になるだろう…。
ただ…問題も発生した。
「ナオ…ユダヤ人の受け入れをトニー王国以外に拒否された。」
ドイツの外交官から話を聞いたアディが首相室に戻って来た。
「まぁ世間は まだ世界恐慌だからな…。」
世界恐慌から4年…。
この世界恐慌で様々な企業が潰れて、技術者が いなくなり国が弱体化している。
その中で わざわざ学の無い移民をわざわざ受け入れる国は無い。
「それで…次の解決策は?」
オレがアディに聞く。
「ユダヤ人の隔離施設ゲットーを造る事になった。」
「あらら…とは言え、国内で問題を起されるよりマシか…。
ゲットーの生活は?」
「こちらより質は落ちるが 十分に生活が出来る環境だ。
ゲットーから外に出る事は許されないが、中のユダヤ人の行動は制限しない事にした。」
「分かった…こちらの管理者とユダヤ人側の代表を選んで、運営した方が良いかな…。
ゲットーに管理委員会を作って ゲットーの生活が破綻しない様に監視する。
特にユダヤ人嫌いのドイツ人が 殺しをやるかもしれない…そこだけは気を付けてくれ…。」
「分かっている…皆殺しにした所で こちらには得は無いからな。
それで ナオ…新しく出来た ゲットーに行ってくれないか?
トニー王国人が引き取るユダヤ人の選定を行う予定だ。」
「何人引き取るんだ?」
「数年掛けて 1200人前後…正直 国としては かなり助かる…。
一応 視察はしているが、現場は私に都合の良い事しか言わない。
キミのその目で現場を見て正しく報告をしてくれ…。
ここまで組織が広がったが、私が信用出来る人物は 本当に少ない。」
「了解…そんじゃあ、日程の打ち合わせをして来る…やっぱり何ごとも完全に上手くは行かないか…。」
オレがそうつぶやいた。
ゲットーと言うから どんなものかと思っていたが、街の一区画を使って電流が流れている金網で囲った だけの施設だ。
出入口には銃剣を持った歩兵がおり、土嚢の上に機関銃を乗せたトーチカが、内側に向かって配置されている。
「これでは脱出する前に蜂の巣だな。」
「おい、ここは立ち入り禁止だ」
不愛想な兵士がオレに言う。
オレがカバンから書類を見せると 顔を一変させて、「ハイル!」と敬礼される。
まぁオレは 見た目が 小さめの高校生位に見えるし、アジア人だからな…人種の選定に厳しい親衛隊に 普通なら入れる訳がない。
「別に構わないよ…仕事に忠実な訳だから…」
オレがそう言うと、軍用トラックが横に付く。
中にはユダヤ人が すし詰め状態で乗っていて、ゲットーに入れられる。
中は 外とそれ程 変わらず、少し過密 状態な気もするが 住民の健康状態も見る限りでは良い。
生活出来る施設は 整っているし、ユダヤ人が運営する診療所もある。
医薬品の備蓄を見るが、人数に対して少し足りてない…これは補充が必要かな…。
今の所 ドイツ国内の物資が安定しているからなのか、住民達に虐待の痕は見られなく、住民への聞き取り調査も良好。
とても 第二次世界大戦の間に皆殺しにされるとは 思えない光景だ。
このゲットーの中心にある大きな広場には、パイロットスーツを着て完全武装したトニー王国兵が12人おり、それを指揮している1人の外務官がいる…クラウド…トニー王国の神の役職にいる1人だ。
「今回の移民の選定を行う、クラウド・エクスマキナです。」
「国家社会主義ドイツ労働者党 親衛隊のナオです。
本日はよろしくお願いします。」
オレとクラウドは 初対面の様に握手をする。
「よろしく。」
「それで 選定基準は?」
「本国からは 健康状態が良い子供が欲しいとの事です。」
「……なるほど…そうですか…」
トニー王国 国民は まだ思想が固まっていない子供を 移民させ、その後 子供達にトニー王国の価値観を徹底的に刷りこむ 人道にそった洗脳が行われる。
アディがナチ党で国民を まとめ上げている様に、トニー王国も 外の価値観を国内に持ち込ませないようにする事で対処している…つまり思想の弾圧だ。
「それでは 皆さん…まずは 大人枠から始めましょう。
人数は30人…希望者はこちらへ…。」
ぞろぞろと200人程が集まって来る。
「では…先着で30名…これを食べて下さい。」
「うわっ…えげつな…。」
オレは思わず言ってしまう。
他国に移りたいであろう 移民希望者達も脚を止めて中々動こうとしない。
テーブルの皿の上に乗せられてるのは、100g位ありそうな 焼いた豚の肉だ。
ユダヤ教だと豚は 不浄な生き物とされて肉を食べる事が出来ない。
つまり、自分の神を自らの意志で裏切れと言う事だ。
「トニー王国 国民となるには エキスマキナ教を信仰しなければ ならず、他の神を信仰してはならない…あなた方の信仰が試されています。」
移住希望者の中でザワザワと…相談する声が聞こえる。
宗教は 色々な考え方を持っている国民の 行動基準を まとめる為に必要な物だ。
なのでトニー王国では、国民全体に エクスマキナ教を強制する事で秩序を保っている。
まぁ ハルミ見たいに 表に出さずに複数の神を信仰しいる分には 良いんだが 少なくとも その覚悟は必要だ。
と言うか ハルミは キリスト教徒なのに 複数の神を信仰していて良いのだろうか?
「すみません ヤハウェ(ユダヤ教の神)…。
私は生きなければ ならないのです。」
一人のユダヤ教信者が神に祈りを捧げ、涙を流しながら豚肉をバクバクと食べ始めた…神との決別だ。
「よし、他に豚肉を食べる人は?」
クラウドが言う。
「次は私が…」「僕も」
最初に豚肉を食べた背教者に釣られ、次々と豚肉を食べて行く。
そして30人が揃った…そして次は子供だが、信仰心がそれ程 高くなく、すぐに豚肉を食べ始める…こちらも30人…計60人。
これを 時間を置きつつ 複数のゲットーでユダヤ人を回収して行き、1200人を数年かけて 引き取る計画になっている。
「神様も実利には負けるか…」
「それでも 選べない人も多い。」
クラウドが信仰を取った人を見る。
「信仰を取るか、実利を取るか…厳しい選択だな」
オレは反対側の背教者を見つつクラウドに言った。