04 (独裁政治による 経済復興)〇
首相室。
「よし…これで この国は自由に出来るな…。
最速で国を再建するぞ」
山の様な書類を見ながらアディがナオに言う。
「ああ…この為に10年間 頑張ったんだからな…。」
「まずは 金融市場からユダヤ人を排除する。
金の為に国を売る 売国奴には 消えて貰う。」
ドイツでは ユダヤ人が金融関連に大きく関わっており、ヴェルサイユ条約もハイパーインフレも、その後の貧乏人に金を貸し、利子で縛り付ける 貧困ビジネスも 全部ユダヤ人のせいと言う事になっている。
これは アディが先導したと言う事もあるのだが、キリスト教とユダヤ教は 宗教上 対立しており、そのままにすると 互いに殺し合ってしまう為、国内で問題 事を起こす ユダヤ人を国内から排除したいわけだ。
「殺すなよ…あくまで 国外退去だ。
それで、こちらのDAP通貨を正式に国の お墨付きを与えて 補助通貨として使う。
外国との取り引きは 依然とマルクだな…。
これで DAPが普及して行けば、こちらが市場を取り戻せる。
後は 引き取り先の確保だ。」
現状では ユダヤ人を含めた全国民の腹を満たす事は出来ず、更に高所得者は食べきれない程の食べ物を食べられ、低所得者は食事にあり付けない食料格差も発生している。
この為、ドイツ民を守り 食糧需要を下げる為には 一部の国民に国を出て行って貰う必要がある…それがユダヤ人だ。
「それとユダヤ人の中で優秀な研究者、開発者は 今の内に確保する。
この国の基礎研究者には 遺憾だがユダヤ系が多い…能力のある奴は、名誉ドイツ国民にして正式に受け入れる。」
「能力主義か…まぁ能力も無いのに 権力だけがある家が この国には多いからな…。
それにしても『我が闘争』では過激な事を書きまくっているのに やけに保守的だな。」
「あれは 国民の敵をユダヤ人に向ける為の宣伝だ。
私 自身、あの劣った血は嫌いだが、研究者を切り捨てる訳にもいかない…。
切り捨てたら 金の為に国を売った ユダヤ人と同じ事になってしまう。」
「劣った血ね…アーリア人も そうだけど…優勢思想か…。」
「そう、環境に適応した強い動物が生き残り、環境に適さない劣った血は淘汰され、より優秀な個体だけが 子孫を残して その血を 次の世代に繋げる…自然の法則だ。」
「はあ…ダーウィンの進化論ね…。
まぁ分かると言えば 分かるんだが…。」
「不満そうだな…私は間違っているか?」
「いや自然界でなら その理屈は 正しいよ。
でも、その理屈を 人間に適応するのは ちょっと間違ってるかな…。
う~ん どう説明するか…詰まる所 それは 人を家畜なんかと同じ様に品種改良をして より良い個体を作ろうって考えだろ。」
「ああ…実際に 我々が食べる食糧の大半は、先人達が 気が遠くなる程の時間を掛けて 積み上げて来た 品種改良の結果だ。」
「実際 何世代掛かるかは?それに掛かる年月は?知ってる?」
「いや…何年掛かるんだ?」
「ソ連の動物学者 ドミトリ・ベリャーエフが キツネの家畜化をする実験をして、選別の成果が 出始めたのが 30世代目からだった。
これを人に反映すると…人の世代交代は 30年位だから 30×30で900…。
今から その劣った血を淘汰し続けた所で、結果が 現れるのが900年後…。
実際 未熟児は歴史的に1000年位 淘汰され続けているはず なんだが、未だに淘汰されていない事を考えると実際には もっと掛かるかな…。
で、この未熟児を適者生存では無く、科学の力で解決しちまったのが、アーサー・マーティン・クーニー…保育器の発明者だ。
これにより 保育器を使って未熟児を適正体重まで 育てられる様になった。
1000年もの自然淘汰で出来なかった事を 50年掛からずに やっちまった訳だ。
なら、脚が遅いなら車を作れば良いし、力が足りないなら銃器を使えば良い。
身体が弱い なら薬を開発すれば良い…絶対 開発期間に 900年も掛からないから…。」
オレは少し笑いながら アディに言う。
「人の欠点は科学で補えると?」
「そう…人の進化を待つより 使う道具を進化させた方が 断然早い。
だったら遺伝子で優劣付けずに科学を発展し続けた方が遥かに建設的だ。」
「そんな事…考えた事も無かった。」
「だろうね…。」
とは言え、オレもアディと同じく差別主義者だ。
ただその対象は、ユダヤ人じゃなく人類…頭まで機械になっている ポストヒューマンのオレには、あらゆる面で生身の人類より優秀だ。
オレから見れば、人種による優劣なんて ほぼ誤差だ。
オレが機械化を促進するのも 人より優秀な機械に あらゆる事を任せてしまった方が 結果的に上手く行くからだ。
人の行動は 仕事を妨げるノイズにしかならない…。
と まぁそんな考えのオレは 皮肉な事に 人類全体を見下す事で どの人種も平等に扱えるように なった訳だ。
「私も戦場にいたから分かる…。
あの生存を掛けた技術の応酬…既存に無い戦略の山だった。
また戦争をすれば テクノロジーが発展するのか?」
「そんな事をすれば 今度こそ この国が滅びるぞ。
戦争でテクノロジーが発展するのは、政府が 殺しの技術を開発する研究者に多額の研究予算を与えるから…。
つまり、国が積極的に技術者に投資し続ければ 戦争をしなくても テクノロジーは発展し続ける。
まずは 予算の問題から停滞していた事業を復活させて、研究者が やってみたい研究には 積極的に金を配る…その研究者が研究の為に物を購入する事で『物が欲しい』と言う需要が生まれる。
その需要は 材料会社の儲けに繋がり、それは その材料会社の従業員の収入となる。
後は その従業員が消費者に戻って『物を買って』…の永久機関だ。」
「ふむ…ケインズ経済学だな。
と言う事は、役に立たない無駄な研究でも 材料を買う需要を生み出せるから無駄じゃないと…。」
「そう言う事…後、基礎研究は 金が掛かる上に 如何 技術発展に繋がるか 分からない。
例えば 今だと 天文学とか なんてのは 真っ先に予算を切られる いらない研究だが、今使われないだけで 将来、人類が宇宙に行く時に 必要になって来るだろう…。
だから、基礎 研究には 全部 技術投資する…。
オレからのアドバイスは この位かな…後は現場の頑張り次第。」
「分かった…それにしても 立て直しの手順自体は簡単だな」
「そ、仕組みも運用も単純…。
でも、どの国も既存の法律や思惑が干渉して実質 実現 不可能。」
「でも独裁者なら それが出来る。」
「そう言う事…さあて…独裁者は仕事をしないと国が回らないよ…。」
そう言い、オレは アディをせかした。
アディが首相に就任してから1年後。
アディが国民と約束した公約は、
1、ドイツの失業率を下げる。
世界恐慌でドイツ国内では敗戦時から深刻な不況がで続いており、数字を過少報告している疑惑があるが、それでも600万人が失業し、国民は 生活に苦しんでいる。
その為、ちゃんと仕事を作って 物を買わせ、経済活動を行えるようにしないと いけない。
2、ヴェルサイユ条約を破棄し、再軍備をすることで雇用を創出する。
これは そもそもドイツの不況の根本原因であるヴェルサイユ条約を如何にかしないと、国の再建は難しく、再軍備は 失業者の為の 安定的な雇用の提供と また他国に攻め滅ぼされない様にする為に必須だ。
3、ドイツの国家レベルでの経済的自給自足…。
これは他国に食糧に依存している現状を改善し、他国からの経済制裁に耐えられる国にする。
これら3つが公約だ。
さて、失業率を下げる為にアディがやった事は『国家労働奉仕団』の創設だ。
国家労働奉仕団は 年齢17~25歳までのアーリア系ドイツ人が所属する奉仕団で、まだ高度技術である 道路、滑走路などの建設と補修、前線部隊への食料や弾薬の供給などの任務がある実質の準軍事組織だ。
任期の後期には 軍事訓練を行い、緊急時の予備兵士としての教育も されている。
と言うのも、ヴェルサイユ条約で 持てる軍の規模に大きな制約が掛かっている為、それ以上の軍備を増強する為に奉仕団と言う名目を使っている訳だ。
最初のナチ党で出た案では 国家労働奉仕団を ソ連と同じで 無給で酷使出来る労働力としか見ていなかったので 給料が無い状態だったが、アディがケインズ経済学を元に 現場を説得した お陰で、相場の労働賃金の半分だが 給料が出るようになった。
まぁ食費無料、家賃無料の状態なので、給料としては そこまで悪くない条件だ。
そして、ここは 職業訓練校の役割も持っていて、文字の読み書きも四則演算も出来ない 労働価値の無いバカに教育を施す事で、任期明けに 使える人材を増やし、一般企業が雇用し易い環境を作る…特にアスファルト舗装が出来る 特殊人材が卒業してくれれば、国中の道路を舗装して 軍事物資の流通効率を各段に上げられる。
で、研究者には 余程の事でも ない限りは 無制限に予算を付けて、農民には ナチ党が買った最新の機械と肥料を押し付け、労働生産性と面積当たりの収穫量をアップ…まだ 現場が機材に慣れていないが、使いこなせるようになれば、食糧自給率が大幅に上がる。
それと 一般企業には 生産性を上げる為の機械化に必要な購入費用をナチ党が負担。
更に似たような企業は 会社を統合して規模を大きくし、使える金を増やして 生産性を強化して、男性労働者の給料を2倍にする。
そして 女性、子供を労働市場から徹底排除し、夫婦の共働き、児童労働を回避…。
この国では貧困の為、子供を産めなかった時期が長い為、人口ピラミッドが歪み、将来には 少子化が予想されている為、少子化対策の為に 女性は出産と子育てに専念させ、生涯で4人の子供を産むノルマが課された。
女性達は その空いた時間で 子供達を学校に送り迎え出来る様にし、子供達の就学率を上げ、将来のバカな国民を極限まで減らす。
バカな国民が減れば、マナーが悪い人や犯罪者が減るので、警察の仕事も非常にラクに出来、内政、治安 共に安定する。
で、これらで バンバン金を使って 国民達にバンバン金を消費させて経済を回し、実質 GDP成長率が10%と高度経済成長レベルの経済成長を行い、世界中が世界恐慌から立ち直れない中、ボロボロの国を1年で立て直し、先進国を経済で追い抜いた。
まぁ 独裁者による強い強制力が前提とは言え、国から餓死者が消えて 国民の大半は幸福で、中には アディを救世主扱いしている人も普通にいる。
「公約なんて 票を稼ぐ為の ただの嘘なのに、たった1年で公約を達成しちまったな…。」
オレがアディに言う。
「まだ ヴェルサイユ条約が残っているが、本来 これを やる為に議会に通していたら、何十年 掛かっていた事か…。」
「なぁ…もし 世界征服が するなら、何をしたい?」
「荒唐無稽な話だな…。
そうだな…色々な民族がいるとなると 統治が非常に面倒に なりそうだ…いっそう貴族主義…封建制の社会に戻して、地方領主に責任を持たせて その街を管理させた方が良いかも知れない。」
「おおっ…封建制か…良いかも知れないな…。」
「まぁ私には この国だけで限界だがな…。」
アディは 書類の束に埋もれ ながら言う。
「それじゃあ オレも本気で勝ちに 行ってみるか…」
オレは そう呟くのだった。