02 (ミュンヘンの決起)〇
バイエルン共和国、ミュンヘン。
敗戦後ドイツは民主 主義国になった…。
なので、それを壊す反民主 主義政党は、ドイツ国内での選挙活動を禁止されている。
DAP通貨の流通も、そのルールを 掻い潜った選挙活動の一環だ。
だが、この国には 反民主 主義の政党の活動を認めてくれる場所がある。
それが、バイエルン共和国のミュンヘン。
アディは この業界に入る際に、武力の後ろ盾が無い交渉は無意味だと知った。
それはドイツの敗戦後に、連合国側からの武力を盾にした横暴に苦しめられていたからだ。
なので、アディは、第一次世界大戦で活躍した 陸軍や海軍の将校と交渉し、他の政党とは違い 突撃隊と言う私設の軍隊を持ち始めた。
その突撃隊のトップのレーム大尉は、軍の武器弾薬を管理している立場であり、ヴェルサイユ条約で軍縮になった事を言い事に ナチ党に武器弾薬を横流しし、突撃隊の武器になっている…国の外交政策と考えれば正しいが、ただの1政党で それをやったら テロリストだ。
で、ナチ党のメンバーのナオは アディの身辺警護と血気盛んな突撃隊が、むやみに銃を使って人を殺さない様に…あくまで発砲せず、交渉の材料として 使う事を守らせている。
オレと言うストップ役がいる事で、ナチスの活動は史実より いくらかマシになった…これで国民にも受け入れやすくなるだろう…。
そして、1923年11月8日…。
まず午前中に突撃隊員に待機命令が出され、夜になると隊員たちは それぞれの集合地点からトラックに分乗して ミュンヘン最大のビアホール…『ビュルガーブロイケラー』に集まりだした。
ここは ホール内に1830人を収容 出来る規模で、レストランだけでなく集会場としても機能し、さまざまな勢力の政治集会の場となっている。
アディの私物の車をオレが運転し、助手席ではアディが特注のボディアーマーを背広の下に来ている。
運転しながら ふと横を見ると、そこには 下っ端のナチス党員が『国民革命』と書かれたポスターを 街中に張りまくっている最中だ。
「いよいよだな…とは言え、演説で こちらの正当性を掴めなければ、国家転覆罪で死刑だぞ」
オレが助手席に座るアディに言う。
「分かっている…でも、誰かが やらないと行けないんだ。
さあ行くぞ!!」
午後8時 アディとアディを護衛する突撃隊がホール内に入場。
「我々は国民社会主義ドイツ労働者党だ。
人死には避けたい…通してくれ!!
我々の目的は アドルフ・ヒトラーが演説する間の警護だ。」
オレが大声で警備員に言う。
事前の報告では 会場に 125名の警官や騎馬警官による警備が行われていたが、武装した突撃隊員の脅しに 殆ど 抵抗らしい抵抗もなく通してくれる。
これは 一応、どの政党も演説をする権利を認められているからだ。
午後8時30分。
カールが演説をしていた中、ホール内に突撃隊員が なだれ込んだ。
大混乱状態のホール内の人達に 突撃隊員は銃を向けて聴衆を下がらせ、演説をする為の壇上までの真っすぐな スペースを作り、オレが警護している中、アディとナチスのトップメンバーが 混乱の中 ゆっくりと歩いて行く。
次の瞬間 ホール内の照明が落とされ、辺りが暗闇に包まれる。
更に混乱が加速する中、アディは 壇上で演説していたカールを引き剥がして壇上に立ち、天井に向かってブローニング拳銃から弾を放った。
火薬のマズルフラッシュが アディを一瞬照らし、舞台用の照明を持ったナチスメンバー達が、壇上の左右に照明を設置し、アディに光を当てる。
辺りは真っ暗な暗闇…銃声で人々を黙らせ、ライトでアディを照らす事で人々の注目を集める…インパクトも含めて 演出効果としては かなり良く、これでアディの言葉が人々の頭に残り易くなる。
「お静かに!国家主義革命が始まったのだ。
誰も ここを出てはならぬ…ここは包囲されている!
我々は 可能な限り人死には 出したくない!
我々の目的は 演説をする事だ。」とアディが叫ぶ。
「我々は国家の再建、国家主義革命を成し遂げるために ここに集まった。
今、この場所で 私達の使命を果たす時が来たのだ!
ドイツ敗戦後、当時の無能な売国奴達のせいで、我々はヴェルサイユ条約と言う屈辱的な条約を結ぶ事となった。
その影響は諸君たちも 痛い程に知っている事だろう。
連合国に押し付けられた 狂った金額の賠償金を支払う為、大規模なインフレが発生し、マルク紙幣は紙屑以下…今では 火にくべられ 暖を取る位にしか役に立っていない。
国民は飢えと貧困で苦しみ、失業率は なんと全体の30%!!
諸君らは これらを起している 無能な政治家どもを 正しいと言えるだろうか!?
答えは否だ。
今までの政治家達が、我々の国を破壊してきたのだ。
彼らは 我々 国民を裏切り、我々の未来を奪ったのだ!
諸君らも考えて欲しい。
民主主義は 優れた政治形態だと彼らは主張しているが、諸君らは 本当に そう思っているのだろうか?
私は 違うと感じる!!
民主主義は、様々な利害、利権が絡まり、議会は一向に進まず、この腐った政府は 飢えている国民にパン1つを与える簡単な政策ですら出来ない。
我が国は 国民の事を第一に思う 有能な指導者に管理 運営されて、初めてドイツ国民は幸福になれるのだ!
我々は ここに宣言をする!
1.我々が苦しんでいる理由でもある、あの憎っきヴェルサイユ条約の破棄。
2.今ベルリンを中心に普及し始めているDAPを補助通貨として導入…この狂ったインフレ経済からの脱却を計る。
3.優れたリーダーによる国民の為の独裁政治を目指す。
以上だ。
我々は、この国を再建する為に闘う!
そして、我々の国家主義は 世界に広がり、新たな時代を切り拓くのだ!」
彼の言葉に、ホール内の群衆内に潜んでいるナチ党の関係者が 熱狂的な歓声を一斉に上げる。
その雰囲気に釣られ、一般人も次々と歓声を上げて行く。
アディのカリスマ性と舞台装置が 彼らを魅了して行く。
アディは本当に舞台役者の才能がある。
アディの言葉に ホール内の人々は熱狂的に賛同し、拍手を送った。
人々はアディの演説に魅了され、彼の指導の元で国家を再建することへの希望を抱いた。
人間って本当にチョロいな…。
アディはナチス党 幹部が演壇に立つと、ドイツ国歌を歌い、それに釣られて、聴衆が歌い始めて大合唱が始まる。
歌はホール内に響き、アディは ホール内の聴衆を味方に付けた。
「アディ…オレは次の作戦に行くよ」
「ああ…これは ナオにしか頼めないからな。」
アディは 聴衆の中の高官達と話し、自分の支持基盤を構築して行く。
それと同時に市内でも、レーム大尉が率いる突撃隊が市役所やバイエルン国防軍司令部などの重要拠点の周りを占拠し、バリケードを築いていた。
突撃隊は アディ、オレの指示により施設内への突入は不可…。
あくまで 民主主義のルールに乗っ取っていると 装う事で こちらの正当性を証明する。
早朝…。
日の出と共に ビュルガーブロイケラーのホールにいた人々が、アディを先頭に ナチスの旗を掲げ、ドイツ国歌の大合唱しながら市役所へ歩いて向かう。
彼らの騒音で住民達は叩き起こされ、判断力が鈍っている寝起きに このパレードで民衆に強い印象を与える…夜明けの光の演出効果も非常に効果的だ。
中には DAP通貨を利用している商人や住民達も行進に参加して 国家を歌いながら歩き始める。
護衛の突撃隊が武装しているのは 少し印象が悪いが、民主主義のルールに乗っ取ったデモ行進だ。
ナチス関係者であるカメラを持った記者達が、市役所前で 突撃隊、市役所の警備隊の双方に取材をしている。
彼らの目的は このデモ行進を撮影して、新聞の一面に この写真を載せる事が役割だ。
そして、突撃隊が左右にズレて アディ達デモ側がバリケードの手前に付く。
「我々は 国民社会主義ドイツ労働者党だ!
これは 政治活動の一環である!
流血沙汰は避けたい…我々との交渉の場を設けて頂きたい!」
アディは叫び、カメラのフラッシュがアディを照らす。
アディの言葉に、市役所の警備隊も一度は引き下がるものの、すぐデモ側に銃を向ける。
突撃隊もそれに合わせて銃を向け、突撃隊と警備隊の間には緊張が走り、一触即発の状態となった。
アディは冷静な態度を保ちながら、突撃隊員に指示を出す。
「発砲はしない。
ただし、自衛と交渉の為に銃を持ち続けろ。」
アディは突撃隊に指示を出す。
「銃を下げて頂きたい!我々は話し合いをしたいだけだ!
何故 警戒する?
我々は 諸君らを 武力で無理矢理 従わせる気は決して無い!
何故ならキミ達も また、我々が守るべきドイツ国民だからだ!!」
警備隊のリーダーがアディの言葉に動揺を隠せない。
彼らが突撃隊が武装していることは認識しているが、彼らは暴力を振るわず、交渉の場を求めているのだ。
「私達は 市役所の警備を任されている。
キミ達を役所内に入れる訳には いかない…。
役人達が出勤する通勤時間まで待って貰おう…キミが本当に交渉を望むのであれば、待てるはずだ。」
「分かった…我々はここで待機…うっ」
次の瞬間 パーンと銃声が鳴り響き、アディが そのまま倒れ、腹部から大量の血が流れる。
それを見た瞬間 突撃隊が 警備隊に発砲をしようとするが「止めろ!!決して撃つな!!」とアディが叫ぶ。
「全員、銃を降ろせ…この活動の…正当性が 失われる。
っげほっ…私は大丈夫だ…私が殺されても 私に共感してくれた誰かが、必ず私の仕事を引き継ぐ…だから今は耐えてくれ…お願いだ。」
アディは 腹を手でキツく抑え、苦痛が混じった声で言う。
「おい、発砲許可は出していないぞ!
誰が撃った?
全員 銃を降ろせ!こちらも出勤時間まで待機だ!」
警備隊のリーダーが言い、次々と銃を降ろして行き、カメラのフラッシュが双方に輝く。
両軍が銃を降ろし 落ち付いた所で、アディは傷口に布を当てて キツく結び、圧迫止血をする。
軍隊経験があるアディには 応急手当は手慣れた物だ。
そして、この騒動で出勤時刻の遥か前にやって来た市長は 国民社会主義ドイツ労働者党である我々との交渉に応じたのだった。
「やあ めでたし、めでたし」
お手製の警備隊の服を着たオレは、この日の為にカスタムされた ボルトアクション式ライフルを分解してギターケースに入れて 肩に背負う。
アディ達が騒いている隙を狙って市役所に潜入し、丁度 良いタイミングで警備隊の後ろの市役所からライフルで アディの腹部を狙撃…。
火薬が減らされたライフル弾がアディの腹に命中し、特注のボディアーマーで銃弾が止められ、ボディアーマーの中に 挟まれている血のりが盛大にあふれ出し、観客の目に大量出血の印象を与える…実際に撃たれたヤツを散々見ているが、血って結構 地味なんだよな。
とは言え、ボディアーマーで弾の侵入を防げるが、衝撃を防ぐ事は 出来ない…あのアディの うめき声は、迫真の演技じゃなくて本物だ。
「ほんと…演出に こだわり過ぎだっての…」
オレは そう言うと職員に見つからない様に警備隊に紛れて 市役所から出た。
翌日…この出来事はどの新聞でも大々的に取り上げられ、史実ではアディは捕まって、懲役5年…実際には 減刑されて1年になっていた。
が、今回は 民主主義に そう形で計画を立てた事で 彼の正当性が認められ、ナチ党に逮捕者も出ていない。
ナチスへの支持も うなぎ上りで、裁かれる事もないだろう。
そして、ミュンヘン一揆と史実では呼ばれていた この事件が、ミュンヘンの決起と名を変えて 呼ばれる様になった…全くやっている事自体はさほど変わらないと言うのに 本当に都合の良い事だ。
「本当に民主主義って欠陥だらけだな。」
オレは新聞の一面を見て そう言うのだった。