01 (ハイパーインフレ)〇
1923年…クラウド商会ベルリン支店。
ドイツ国民は貧困に喘いでいた。
第一次世界大戦の終戦後…ドイツ軍は400億マルクの賠償金を支払った…支払ってしまった。
その為に 造幣局がフル回転して札束を刷り続けて 最終的に物の値段が7桁程上がり、人々は 札束を重さで計算して物の取引きを始めた。
財政破綻論者よ…見よ これが真のハイパーインフレだ!
「お帰り…」
ナオが外に出てトラックの荷台を見るとマルク札が積載重量ギリギリまで限界まで積み上げられており、おおよそ1000億マルク…。
ただ、これでも昼食1人前を食べられるか如何かの金額で あり、全く持って意味が無いし、そもそも支払いを拒否される。
住民達は 今では原始的な物々交換が主流になっており、クラウド商会は帳簿の数字だけで物の取引きをする 為替取引きを使っていた事もあり大した問題は発生していないが、1つの取引きで 数千京マルクの金を動かしている。
最近だと もう0を記載するのが面倒になり、×10の○乗と表記される事も珍しくない。
そろそろ10の20乗…垓に到達するかな…。
そんな訳で、オレ達は残された農村地から食糧をかき集め、食糧の生産が出来ないベルリンに 何とか食糧を供給し続けている。
第一次世界大戦によりドイツの農村地帯を奪われ、更に紙屑のマルク札では 海外との取引も出来ないので、食糧の輸入も出来ない…完全に詰んでいる。
このままだと富裕層に食糧の割合が傾き、現場作業員である低所得者や農民が餓死し、労働者を失ったドイツは富裕層を支えられ無くなり崩壊する。
この問題は既存の方法じゃ解決が出来ない。
オレは クラウド商会の食堂で窓の外の焼却炉を見る。
従業員が札束を降ろして行き、トラック いっぱいの札束を焼却炉で燃やして行く。
寒空の下で ホームレス状態になっている 大量の失業者達が焼却炉の前に集まりだし、暖を取っている。
今の時代、灯油などの燃料より この札束の方が遥かに安い。
オレ達が 住民から紙幣を回収して 焼却炉で燃やす事により、市場に 出回っている 札束の数を減らして、強制的にデフレを引き起こさせ、適正金額まで物価を下げる。
毎日毎日、数台のトラックで札束を集めては 燃やしてを繰り返しているが、これでも なかなかインフレが止まらない。
「くっそ…物は あるはずなのに、このインフレで物を買おうとしない。
企業は食糧の在庫を抱え、国民は仕事が無いから金を得られず、物を買えずに餓死し続けている。
弱腰の政府が こんな条件を呑んだばかりに…。」
第一次世界大戦にマスタードガスで一時失明状態になり、今は回復して 国民を救う為に国民社会主義ドイツ労働者党…通称ナチスで 政治活動をしているアドルフ・ヒトラー…アディがテーブル席で本を読みながら言う。
「とは言え、連合国側を騙してパン1個の賠償金で済ませられたのは彼らの手腕だ。
これがドルでの支払いなら 今頃ここはフランス領だ。
その内 ドイツ政府が新しい通貨を発行するはずだ…それまで地道に持たせるしかない。」
「今の民主主義で一体どれだけの時間が掛かると言うのだ。
いっそう こちらで通貨を発行 出来れば簡単に解決するんだが…。」
アディは ジョン・メイナード・ケインズのケインズ経済学の本を読んでいる。
ケインズは 連合国側がドイツ側に突き付けた賠償金の金額を見て、今の状態になる事を予見して 止めようとしたが、交渉団に強行され、彼の予想通りになった今では、全責任をケインズに被せられ、彼は自国民に殺されない様にトニー王国に逃亡中だ。
このインフレが収まるまでは、彼はイギリスに帰る事も出来ないだろう。「ケインズ経済学か…一応 通貨を発行する手はあるんだが、ヘタすると警察がやって来るぞ…。」
「それでも 国民が餓死し、ドイツが滅びるよりマシじゃないか?
教えてくれ…その方法を…」
「分かったよ…まぁ経済を立て直すのが第一だし、オレもナチ党に入っている訳だからな…。」
1ヵ月後…。
クラウド商会のベルリン支店の横に印刷所が建てられ、新しい紙幣が印刷される。
アディやオレが所属している国民社会主義ドイツ労働者党が発行しているDAP通貨だ。
まずは この通貨を 国民社会主義ドイツ労働者党を支持している店での支払いに使わせ、100 DAPでパンが買えるようにする。
DAP通貨は非常に便利だ。
何せ 数トンの札束を持って買い物をする事も無く、賠償金の支払いに使っている通貨では無い為、他国の都合に左右されない。
しかもマルクじゃないから、所得扱いにならず重税の影響も受けない。
法律上では通貨では無く、商品券、サービス券やクーポン券の類だからだ。
人々は 次々と持ち運びに便利なDAPを使い始め、ベルリン支店を中心に一気に使える店が増え、金が回り始める。
そして この通貨を使ってドイツ国民が 今までより いくらかマシな生活を送れた事で、この金を発行しているドイツ労働者党の支持率の上昇にも繋がり、政治活動にもなる一石二鳥の作戦だ。
更に クラウド商会は DAPとマルク札との交換レートも決めて 両替を促進させ、効率良くマルク札を燃やして行き、他の政党も無視 出来ない存在になって来た。
「やっぱり、この国は民主主義ではダメだ…。
多数決で決めるには時間が掛かり過ぎるし、他国の傀儡になっている政党も多い…。
ヤツらが過半数を取れば、この国はドイツの名前だけ残して外国に支配される。
しかも 向こうは 議会を長引かせて 時間稼ぎをしていれば ドイツを滅ぼせる訳だからな…」
アディが言う。
「まぁそれが民主主義の弱点で、それが向こうの戦略だ。」
「やっぱり、法のルールに乗っ取っていては 無理だ。
武力を使った言論活動をする。」
「何処で?」
「ミュンヘンでだ。」
アディは オレに 向かって そう言うのだった。