25 (死神 討伐 作戦)〇
1918年6月…。
最も死が身近な戦場…。
あの世と この世の境目にある この戦場には、兵士の噂話が広まる。
まずは神様に出会う人だ…これは意外と多い。
瀕死の負傷兵が自分が信じている神様に会うのは いわゆる臨死体験だ。
死ぬと脳が判断し、苦痛を和らげる為に脳内物質がドバドバ出て、正常な感覚を維持出来なくなると起る科学的な現象だ。
その他だと化け物とか魔物とかに会ったとかだな。
なので オレのあだ名になっている『死神』も その類だと思っていたのだが…。
「死神?」
「ああ、ナオは戦争の初期からいる古参だろ。
だから仲間を犠牲にして生き残っている死神だって言われるのさ…」
休憩中に新人の衛生兵に言われる…名前は…覚える気になれない。
確かに この戦場では 100万人もの人が死亡し、オレが1番 長くここにいる。
この塹壕の攻防戦で こちらの塹壕が占領された回数は 数え切れない位あり、最近では 毒ガスも使われている。
そんな状況では 生き残れる方が不自然しい…。
「死神ね…とは言っても オレ和服は好きなんだけど、刀が苦手でね…」
刀は円運動で刃先の摩擦を最大にしないと切れない…そう考えるとシャベルの方が楽だ。
「死神は鎌だろ」
「あれ?そうだっけ?」
黒い和服に刀を持って 現世にいる迷える魂を ぶった切ってあの世に送るのが死神だと思っていたが…こっちだと違うのか?
「それで、如何やって戦場で生き残れたんだ?
教えて欲しい物だね…」
「ランチェスターの法則を元に戦場を数値化し、一番安全な行動を取っているだけだよ。」
「ランチェスターの法則?」
「そっ…上も知っている はずなんだけどな…。」
アディがいなくなったせいで、上の情報が降りて来なくなった。
指揮官も3ヵ月のスパンで変わっているが、基本的に やる事は同じだ。
毒ガスによる奇襲作戦 以降、目立った戦果は 得られていない。
もう そろそろ 潮時かな…。
「生き残るコツは真面目に やらない事だ。
命令に従いつつも 勝ちに固執せず、人生のトータルで勝っていれば良い。
戦績を焦る勇敢なヤツは真っ先にくたばるからな。」
「そんなもん ですかね…」
「そんなもんだ。
戦場では 生き残る方がエラい…死ぬヤツは 国の労働人口を減らす国賊だ。
覚えておけ」
「はい…」
「それじゃあ、戻ろう…」
「ナオ軍曹~。
指揮官がお呼びです。
指令所に…」
「分かった。」
「ナオ軍曹入ります。」
「来たか…オマエは ここでは古株らしいな。
どの位 ここにいる?」
ここの大隊を指揮している 司令官が言う。
「え~オレがここに来たのは戦争が始めってから1年目の冬。
なので3年は いますか?」
「そう、ずっとだ…後方に帰った事は?」
「無いですね…目立った怪我は していませんでしたから…。」
「正直に言おう…キミは異常だよ。
私が担当している地域だけで、開戦から既に100万は死んでいる。
にも関わらず、キミだけが無傷で生き残って 今もここにいる。」
「そりゃあ、オレは直接 戦闘しない衛生兵ですから…。
まぁその衛生兵も、死んだり 病院送りになったりで、あの時から生き残っているのは オレ位 なんですが…。」
「だが、それだけで生き残れるとは、キミも思っていないだろう。
キミは優秀な兵士だ…なので、次の作戦にキミを参加させる事にした。」
「作戦に参加?衛生兵では無く?オレに突撃しろと?」
「そうだ…キミの能力なら簡単に生き残れるだろう。」
指揮官は笑みを浮かべる。
「無茶苦茶だ。」
「出なければ、キミには 敵前逃亡罪が適応される。
臆病者は 私の隊にはいらない。」
「なら、後方の部隊に まわして下さいよ。
3年も前線に いるんですから、立派な戦果でしょ」
「逃げるつもりか?」
「次の戦い 確実に生き残れませんから…ランチェスターの法則。
結構 昔にオレが進言したんですけど、アレから使ってくれていますか?」
「それは知っている…だが、戦場は計算では 分からない。
人の心は 机上で計算で出された 数値 結果を凌駕する。
机上で出された結果など 誰が信じるか…。」
「なるほど…不確かな気合で こちらの戦力をカサ増しして計算しないと 敗北する戦いなんですね。」
「うるさい…だから 私の隊には臆病者は イランと言うのだ。
オマエは 祖国の為に突撃して死ね…それが せめてもの貢献だ。」
とうとう体面を気にしなくなって来たな。
「生き残る方が罰せられ、殺される方が正しいって本当に末期だな。
こんな事をやっていると敗戦しますよ。」
「ただでは終わらんよ…。
自分の利益になる様に上手に負ける事も また戦いだ。」
「なるほど…」
つまりの所 同盟軍が敗北する事は もう確定していて、責任の押し付け合いと出世する為の自分の利益の追求を行っているのか…。
今までと同じだが、自分さえ死ななければ 現場の兵士が何万人死んでも関係無い訳だ…あ~こりゃあ 末期だな…。
夜…後方からの砲撃の支援の元 オレ達は塹壕から飛び出し、敵の塹壕に向かって全速力で入る。
敵の機関銃座からは 無数のライフル弾の弾幕が形成されており、避けるのは ほぼ不可能…。
オレはライフルを構えつつ、敵とオレの間に味方を入れて盾にする。
前にいる味方の兵士が機関銃の弾でズタズタになり、倒れる…。
その瞬間 横にズレて ライフルで機関銃兵の鼻を狙う…撃つ…命中…。
敵が倒れるが 次の兵士が機関銃を撃ち続ける…。
隙は 銃の良い所 10秒位だろうな。
「うん無理!」
オレはキッパリとそう判断し、機関銃から放たれるライフル弾の雨を如何にか避わしつつ、先ほど敵の砲撃で仲間と一緒に吹っ飛んで出来た穴に入る。
穴の中は 先ほどまで 人だった 様々な欠片が散乱しており、決して居心地の良い物じゃないが、戦闘が終わるまでなら 十分に持つだろう。
「あ~捕虜 確定か…」
味方の兵士が敵の注意を引いている間に機関銃兵の鼻を撃ち、もう1人殺す。
そして、味方の兵士が塹壕前の鉄条網で脚を取られ、機関銃の弾で蜂の巣。
弾幕を突破 不可能だと分かった味方が味方の塹壕まで撤退しようとするが、味方の塹壕から顔を出している狙撃兵に撃ち抜かれて、退路を塞がれる。
なら進むしかない…そう考えた 味方の兵士は 身体がズタズタになり死亡し、最後の頼みの綱は、砲弾で吹き飛ばれた穴だ。
まぁ学習能力が欠如している指揮官に何回も同じ様な戦闘をしているので非常に見慣れた光景だ。
「ご一緒しても?」
血だらけになった兵士が言う。
「ああ…ただ 少し離れてくれ、集まっていると砲撃を喰らう。」
鉄条網、戦車など、生還が不可能な状況で大量の味方と一緒に塹壕に突撃させられている。
と言う訳でこちらの読み通りに こちらの攻撃は失敗…。
オレらは味方の破片を被り、死体に成りすまして戦闘終了まで耐えた。
戦闘終了後 すぐにトニー王国軍が駆けつけて来る…。
毒ガスを使い出した辺りから 両軍共に捕虜に対して 人道的な対応が全く出来ておらず、トニー王国軍が 積極的に捕虜を回収している。
「生存者発見」
ヘルメットを被った小柄な女性兵士が オレを担ぎ上げる。
パイロットスーツの筋力アシスト能力がある為、こんなに 小さいのに 80㎏もあるオレも如何にか背負える。
「あ~気絶していただけ…支えてくれ動ける。
ちゃんと捕虜として扱ってくれ」
「分かりました。」
同じ穴に入って死体の中に埋まっていた味方も掘り起こされ、血だらけのオレ達は連合軍の捕虜になり、仕事を委託されているトニー王国軍に回収された。
まぁ戦場で使い潰されるよりかは マシだろう…。
こうして衛生兵として西部戦線で3年間勤めあげたオレは終戦 半年前で戦線を離脱するのであった。