24 (例え報復であっても条約違反)〇
第一次世界大戦の西部戦線。
フランスは ドイツ軍が使用した毒ガスを非人道的だと批難しているにも関わらず、毒ガス攻撃の報復が始まり、それは すぐに日常になった。
トニー王国が両軍に対して毒ガスの使用を控える様に言っているが、今では その声も無意味になりつつある。
もう両軍とも かなり追い詰められており、お行儀 良く戦争が出来る状態じゃなくなって来ている。
長い塹壕生活で心が疲弊すると まずは、服装に現れる。
まぁこの塹壕なんて軍服を着崩しているなんて当たり前だ。
そして 髭を生やしている兵士が多くなる…見た目を気にする事が無くなり、髭を剃る事が面倒になって来るからだ。
「なぁ…アディ 髭は剃った方が良いと思うぞ」
ナオは アディの事を思って言う。
「私は これで良い…髭を剃るのも面倒だしな。」
「その精神状態って結構 危ないんだけど…」
余裕が無くなっていると視野が狭くなり 死に易くなる。
数日後…。
ドドドドド
機関銃座で見張りをしているオレの耳に聞きなれない音が聞こえる。
「なんだあれは?」
隣にいる兵士が言う。
分厚い鉄板を箱状に配置し、左右に開けられた小さい穴からライフルで攻撃をする車…。
「装甲車…いや戦車か?」
オレが言う。
戦車は ゆっくりだが、無限軌道の戦車が 着実に こちらに向かって進んでおり、その戦車を盾にする形で 敵の兵士が やって来る。
戦車に気付いた他の機関銃座の兵士や、突撃兵なんかがライフル弾で攻撃を加えているが 戦車の装甲の前では ビクともしない。
戦車のエンジン音が 猛獣の様に 唸りを上げて兵士達を威嚇する。
「うわああ…」
まだ大砲が積まれて無いが 事前知識 無しの状態では その光景は 恐怖でしかないだろう…。
兵士達は 迫って来る大量の戦車を見て恐慌状態になり、無秩序に動き始める。
「くっそ…来るぞ…ガスだ!!」
オレは敵の侵攻を見越して味方に伝える。
オレも含め 次々と同盟軍の兵士達がガスマスクを装着して行く。
「さてと…」
オレは ライフルを構えて戦車の正面装甲に向ける。
正面装甲には 運転手が前を見る為の小さな横長の穴が空いている…窓ガラスは無いな。
「よしっ行けるか…」
「何をする?」
「戦車を止めるのさ…とっても1台だけ だけど…」
ふう……。
戦車を操縦している敵の顔が見えた!
トリガーを引いて 撃ち込む…操縦士の頭を撃ち抜き、倒れた…が、まだ戦車が止まらず進んで来る。
「あ~アクセルが踏んだ ままで、死んだか…。
こりゃ無理だな…よっと…」
オレは塹壕に飛び込み、アクセルを踏んだままの戦車が塹壕にハマって空回りを始める。
「持ち場を離れるな!」
「いや…持ち場に戻るんですよ、オレは 救護班の地下室に 行きます。
この後が大変な事になりますから…」
オレは赤十字マークの腕章を付ける。
「そんじゃあ、死なない程度に頑張って下さい。」
オレはそう言い、救護班の地下室に逃げた。
後 数分もしない内に、ガスが撒かれるだろう…。
今回は 次々と ガスマスクをしているから 大丈夫だと思うが…。
最近は ガスマスクを装着し始めた事で、毒ガスによる死者も急激に減って来ている。
戦車が塹壕の穴の上に乗り、左右の穴からハリネズミの様に出ているライフルの掃射が始まり、塹壕内の兵士が一掃される。
とは言え この戦車は まだまだ初期型と言う事もあり、欠点が多い。
オレは味方の死体の腰からM24型柄付手榴弾を抜き取り、ライフルを出している小さな穴から戦車に投げ入れる。
ドーン…。
戦車の内部で手榴弾が爆発し乗員は逃げる事も出来ずに 死亡…戦車は大人しくなる。
更に…オレは塹壕を乗り越えようとしている戦車の真下に潜り込み、上に向かってライフル弾を撃ちまくる。
ライフルの射線の問題で真下のオレには撃てず、更に戦車の下には装甲が無いのでライフル弾で簡単に撃ち抜ける。
「よし…地下室までは後、少し…。」
次の瞬間…ガス缶が投げ込まれた…手榴弾?
オレはガス缶を近くの手榴弾用の穴に蹴り飛ばす。
これで爆発した破片は真上に向かう。
が、ある意味予想通り 爆発はせず プシューと言った音がし始める。
「来たか…ガスが来たぞ!!」
次々とガス缶が投げ込まれ、塹壕内は毒ガスが充満する。
この毒ガスは 呼吸器だけでは無い 皮膚に接触した だけでも激痛が走り、現場はパニック状態になる。
全身義体のオレには全然効かないが生身の人には かなりキツいだろう。
「うわっ髭が邪魔をして 俺のガスマスクが…うわぁ!呼吸ができない!」
髭を剃らなかった為だろう…ガスマスクとの間に隙間が生じ、そこからガスが入って来ている。
オレは苦しんで暴れている患者の元へ行く。
「落ち着け、ん?
アディか?」
ガスマスクをしていて顔は 分からないが、首から下げているドックタグが見えた。
「ナオか?…助けてくれ!」
「だから暴れるな…落ち付けって、それと喋るな…ガスを吸いこむ事になるぞ。」
オレは ガスで目が赤くなっているアディを 無理やり押さえ付ける。
オレは 腰の自前の救急パックから 素早くテープを出し、アディの髭に張り付け ガスマスクの気密を確保する。
「よし…」
オレは アディを救護室に引っ張っていく…毒ガスを受けた アディは、激しい咳と呼吸困難に苦しんでいる。
こりゃあ 危ないな…。
「急患だ!」
救護班が兵士の治療を行っている地下室は、ガスマスクをした衛生兵達が、毒ガスで巻き込まれた兵士達の応急処置をしている。
とは言っても、マスタードガスの対処法は 0.5%次亜塩素酸ナトリウム水溶液を用 いて除染した後、大量の水で洗浄するしかなく、ガスマスクを外さないと治療が出来ない。
だが、地下深くに設置されている ここは ガスの濃度も高く、換気も されてはいるが、まだ時間が掛るだろう。
取りあえず、ここで寝かして換気を急ぐしかないか…。
オレはアディを寝かせる。
「くっそ…なんで 毒ガスなんて使った!条約違反じゃなかったのか…」
アディは咳き込みながら言う。
「まぁ先に使ったのは こっちだし…」
オレは他の患者の容体も見ながらアディに言う。
「それにしたって 散々 条約違反だの人道的では 無いだの言ってた癖に 向こうもガスを使って来るんだからな」
「まぁ おっしゃる通りで…」
周りにはトニー王国軍の衛生兵もいるが 彼女達は パイロットスーツにヘルメットをしている事もあって この手の化学兵器は 全く受け付けない。
「すまないな…巻き込んじまって」
オレは ロウの子孫である獣人族の女性…ルゥに言う。
「いえいえ…私達は 毒ガスで死ぬことは無いですから…」
翌日…。
まだ戦車は 完全には出来ていないようで、塹壕にハマって動けなくなった所を 多大な犠牲を払いつつも歩兵を使って 陣地を守り切り、戦車を全機 排除したした。
「そんじゃあ、元気でな」
オレは 大量の負傷者を乗せた軍用車の荷台にいるアディに言う。
あれから応急処置が上手く行き、目や気管にダメージが入っているが、ひとまずは 問題無し…後方の病院で療養だ。
「ああ…げほっ助かった…また会えるか?」
「生きていればな…そんじゃあ 行ってくれ」
そう言い オレは 軍用車を見送った。
「さて…仕事に戻りますか…。」
昨日の騒ぎで また医療班は 忙しくなっている。
もう この生活にも いい加減に慣れたが…。
オレはそう思いつつ、医療班の地下室に向こうのであった。