22 (無制限潜水艦作戦)〇
今日も今日で医療班は大忙し…。
ナオは医療用の地下室で、患者を診続ける。
鉄条網で戦線が膠着状態になり、両軍共に動きが無かったが ここに来て、新たな動きを見せた。
そう…腹痛だ。
当初 楽観的に 短期間で終わると想定していた 戦争は、様々な人間の思惑で長期化…。
更に敵の戦略が 補給部隊への攻撃に切り替わった事で、前線への食糧供給が低下…。
連合軍側が230万…同盟軍側が150万もいる戦場で、前線の兵達の胃袋を支える為に 大量の食糧が必要な状況だ。
補給部隊を断ち、敵を餓死させる やり方は 非常に有効だろう…。
そして ドイツ側は この需要に伴い 急ピッチで大量のレーションが新たに工場で作られる事になった。
だが、人力で大量生産すれば 必ず粗悪品も生まれる。
ちゃんと加熱殺菌が出来ていなかったのか、レーションの コーンビーフの缶詰から 兵士の身体に病原菌が侵入…。
ウイルス自体はごく少量で 本来なら兵士の免疫力で対応出来るレベルだったのだが、劣悪な塹壕生活は 兵士達の免疫力を落とし続け、下痢、嘔吐をする患者が続出。
更に厄介なのは、補給が少ない為、餓死を回避するには 分かってても食べるしかないと言う事だ。
これにより 塹壕内で 唯一の娯楽であった食事が、兵士の気力を更に落とし始める凶器へと変わってしまった。
今では 前線の兵士は 生物兵器並みの攻撃を自軍から受けている。
幸いにもトニー王国軍側からの患者は 今の所出ていない。
彼らとは 完全に食事が別だからだ。
トニー王国は こちらへの食糧の援助を 禁止されており、こちらの兵は食べる者が少なく、皆 腹を空かせている。
そろそろ栄養失調のヤツも出て来るだろう。
ドーン…ドーン…。
連合国軍側からの大砲による砲撃が始まった。
こちらは 下痢により戦える兵が少なく、気力も根こそぎ奪われている為、弾幕も薄い…。
それに合わせて板を持つ 兵士もやって来ており、鉄条網に板を押し付けて潰す事で突破している。
そして 一度 鉄条網に穴が空くと、そこから兵士が なだれ込んで行て 塹壕内に入って来る。
あ~もう落ちるだろうな…。
『連合軍へ…同盟軍は この塹壕を放棄…後退する事を決定しました。
連合軍の皆様は戦闘を止め、人道的な対応をお願いします。』
トニー王国軍が 複数の言語でスピーカーから両軍に伝える。
こっちの指揮官からトニー王国に連絡が行ったのだろう…塹壕戦での発砲音も急激に少なくなる。
トニー王国軍が この放送をやってくれている お陰で、両軍とも皆殺しにされる事も無くなり、撤退戦が非常に楽になった。
「さて…行こうか…」
敵軍に見守られる中…オレ達は、どうどうと荷物を まとめて後退を始めた。
海では 大量の連合軍の艦が前線に補給を送ろうとし、ドイツの潜水艦から放たれる魚雷により 撃沈している。
ドイツの潜水艦…Uボートだ。
潜水艦の特徴は 海中のいるので 敵に発見されにくく、大型船を撃沈できる魚雷をもち、建造費が大型艦に比べて安価である事があげられる。
このUボートは、数で圧倒的に勝る連合軍に対して 同盟軍のドイツ海軍が 敵艦の近くまで 忍び寄り、一方的に敵船を撃沈して行く ゲリラ戦術の為の兵器で、この戦術は 同じく主力が潜水艦のトニー王国軍の基本戦術でもある。
ただ、潜水艦にも欠点がある。
水中を進むので 水上艦より足が遅く、会敵の機会が少ないので 効率が悪い。
そして 接敵できても強力な護衛の付く 水上艦との戦闘では 不利になる。
なので、攻撃をしたら すぐにその場から離れる一撃離脱の戦法が潜水艦の基本で、ドンパチ撃ち合う事はない。
この戦争で重要な補給ルートは、大きく分けると北海、地中海、バルト海、大西洋の4ルート…。
それを連合国側に全部 抑えられ、ドイツ海軍は 海上での大規模輸送が出来ず、詰め込める量が少ない潜水艦での補給物資の輸送が頼みの綱となっている。
ドイツの自給自足による陸上輸送で、如何にか兵士の食糧を 維持出来ているが、敵である連合国軍側は、この4ルートから無尽蔵の物資が補給出来る。
これにより、ドイツが物資の不足で 干上がるのは 時間の問題となった。
海上での大量輸送が封じられているドイツ軍は、このままでは 前線の兵士が餓死してしまうと考え、この潜水艦の特徴を最大限に生かす為『無制限潜水艦作戦』を実施…。
これは 北海、地中海、バルト海、大西洋の4ルートの指定エリアに入って来る 連合国側の艦、船に無警告で攻撃をする戦術だ。
ドイツ側が この戦術を行っている事が連合国側に 伝わる事で、連合国側は この海域での行動がしにくくなり 補給も滞る。
実際、これは 非常に有効な戦術だ。
だが、ドイツが無警告 攻撃対象にしているエリアに入った1隻の豪華客船が撃墜された。
船の名前は、ルシタニア号。
ルシタニア号は ニューヨークから出発して、ブリテンに向かうはずだったのだが、南アイルランド沖を通った事により、Uボートにより撃沈されてしまった。
乗っていた 乗客1198人が死亡…その中の120人は アメリカ人だ。
この事に対してアメリカが激怒するが、そもそもドイツ側から対象エリアの船を攻撃する警告文を アメリカ政府もブリテン政府も受け取っていた訳で、そんな中で豪華客船で対象エリアを護衛艦もなしで通過させる事 自体が 問題だとドイツは強気で主張した。
まぁ理屈上ではドイツの意見は もっともだ。
なら、アメリカ、ブリテンは 何故そんなバカな事をやっていたのか…。
私達は そのバカがやらかした現場に向かっている。
潜水艦 発令所。
クラウドとドラムを乗せた トニー王国の筒型の潜水艦で 海中に潜り、沈んだルシタニア号の調査が始まる。
この報告 次第では アメリカが戦争に参戦する可能性がある為、ドイツ側の要請で、トニー王国海軍は 海底に沈んだ ルシタニア号の残骸を水中ドローンを出して 徹底的に調べていた。
有線で繋がれたドラム型のドローンが バーナーで船の装甲を切断し、船の倉庫だと思われる部分に入ると 木で補強された箱があり、開けてみると お目当ての物が見つかった。
「ありました…これです。
やっぱり、Uボート側の主張が正しかったですね。
大量の武器、銃弾、砲弾、それに豪華客船には 相応しくない軍用レーションの山…。」
モニタを見ながら 海中ドローンを操作しているドラムが言う。
「ああ、客船に偽装した補給船だな。
しかもドイツ側が撃てない様に民間人に輸送させている。
こりゃ撃沈されてもしかたないな。
アメリカは 民間人を盾にして、連合国軍に物資を売って 荒稼ぎしていた訳だ。」
艦長席に座って じっとモニターを見ている私が言う。
「これ如何しますか?」
「ドイツ側から警告文は ちゃんと送られているから、それを受け取りつつも 出航させたアメリカが悪い。
今は アメリカ政府は 民間人を殺された事に対して激怒しているが、内心では バレないか焦っているだろうな。」
「でしょうね…」
「後1日 ここで探索したら、本国に戻って対応を決める。
民間人を盾にしたやり方…アメリカ政府は 国民に非難されるだろうな。
これでアメリカの参戦を遅らせられれば 良いんだけど…。」
「了解しました。」
「後、アメリカやブリテンの船も警戒…。
こっちを撃墜して隠蔽する可能性がある。」
「周囲に船はありません…引き続き警戒します。
……艦長は 6時間 勤務の所、12時間も働いています。
今は 大人しく 休んで下さい…」
「あ~了解…私は眠る。
何かあればすぐに私に連絡しろ」
「了解しました。」
「さてと…」
機械の身体だと言うのに、人の身体を再現している為、定期的に眠くなる。
私はベットに寝ころび、目を閉じて眠るのであった。
「ふ~ん…こうなりましたか…」
クラウドが潜水艦で調べた ルシタニア号の情報がまとめられた書類を見ながらバートが言う。
「如何しますか?」
「う~ん…この情報を アメリカとブリテンの主要メディアに送って…。
これで民衆が怒れば 政府も動きづらくなるはず、特にアメリカの戦争への参戦を遅らせるでしょうね。」
今、トニー王国にいるアメリカとブリテンの外交官は、ドイツの外交官を罵倒しているが、これを知ったら立場が逆になるだろうな。
「分かりました。」
秘書がそう言うと、私は次の書類を見て作業に取り掛かった。
アメリカ政府
「なっなああ!」
「トニー王国のヤツら…やりやがった」
私は新聞をテーブルに叩きつける。
そこには『沈没したルシタニア号の残骸から大量の武器が発見される!
ドイツ側の主張が正しかった!ルシタニア号の真実が明らかに』と大きく見出しが載っていた。
「まさか、海底で 木箱を開ける事が出来る 探査機械が存在する何て…」
「これで我々の参戦 理由が奪われた!
今 戦争に参加した場合、国民に正当性を主張 出来ない!
今回の民間人への攻撃を理由に開戦する つもりだったのに…。」
「と言うより、国内情勢が悪化して、戦争どころじゃないですよ」
窓から外を見る…そこには 大量の民衆達が集まって来ており、こちらへの抗議の声が聞こえる。
「これでブリテン側の物資供給に影響が出ますね。
ドイツは トニー王国に事故調査を依頼する事で、アメリカの参戦とブリテンからの補給を封じた。」
「この事に ついてトニー王国は何と?」
私が聞く。
「『事故調査自体は 正当な物である。
民間人を盾にするやり方は ジュネーブ条約に抵触すると思われる。
今後 トニー王国は この件に対して アメリカ、ブリテンに対して抗議をし、軍事物資の海上輸送に対して強く改善を求める。』だそうです。
何かしらの制裁が無いだけマシですね」
「ふん…あの国は 制裁する力も無いだけだ。」
「と言っても現地メディアを ここまで上手く使う手法。
見習わなくては なりません。」
「くっそドイツめ…」
私は 悪態を付いた。