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21 (おにぎりを食べる為に)〇

 翌日…港…。

 本国から可変飛行機であるエアトラが港に着水する。

 後部ハッチを開け、中からはプラスチック製の箱に入れられた袋詰めされた食材達が降ろされて行く…。

「食材が届きましたよ…」

「手伝います」

 タムラ料理長(ワタシ)は荷下ろしの作業員に協力して 食堂行きのトラックの荷台に箱を詰め込んで行く。

 箱の中は水分を抜かれて真空包装された食材が入っており、その中にある口を縛っただけの袋を開いてみると試作の米もあった。

 形状は 細長い米粒で、薄い黄色なのが少し 気になるが おそらくインディカ(タイ)米がモデルだろう。

 日本人が食べる ジャポニカ米に比べて 粘り気が少なく、独特の香りがある。

 炊いただけの単体の米に おかずの副食と味噌汁などの汁物が 食事の基本である日本食とは 相性が悪く、この米が生かせる料理は、ピラフやチャーハンの様な 焼いたり混ぜたりする系。

 カレーライスの様な スパイスを利かせた汁を掛けたりと、何かしらの味付けがされるのが基本だ。

 大量の食糧が積まれ、トラックは ワタシを乗せて食堂へと向かう。


 食堂…。

「米がやって来たって…」

 日本の外交官が嬉しそうに言う。

 彼は 米が食べられない生活で、かなり(こた)えていたらしく、この食文化の交流の企画も元々は 彼の企画らしい。

「ああ…試作品らしいのですが…。

 ただ日本の味とは 結構違うと思いますよ…。」

「え?そうなのですか?」

「もうそろそろ出来ますよ」

 料理人が 水分を含ませて膨らんだ米とエビ、タコなどの海産物をフライパンに入れて 軽く焼き、適度に焦げ目が出来た所で、ピラフをステンレス皿に盛り付ける。

 卵や油を使っていないので、最初から味が付けられたピラフ用の米なのだろう。

「はいお待ち」

 料理人がシーフードピラフを出す。

「おっ来た来た来た…頂きま~す。

 ん?」

如何(どう)ですか?」 

「う~ん なんか違う…。

 これは これで美味しいのですが…私は焼き飯を食べた事がなかったからな~。

 これが正解なのでしょうか?」

 外交官が箸を止めていないと言う事は、それなりに美味しいのだろうが、洋食に慣れていない人が感じる違和感だろうか?

 ワタシは スポークでピラフを すくって 一口食べる。

「うん…確かにピラフっぽい。」

 パラパラとした食感に スパイスの風味が程よく口に広がる。

 パラパラしたインディカ(タイ)米の特徴を良く再現しているが、やっぱり 米はジャポニカ米じゃないな。

 味も美味いし、大衆受けは するだろうが、これだと専門店には 及ばないだろう。

 それに この米が味が付いている状態で製造しているが、味が付いていないインディカ(タイ)米だと食感の違和感が目立つからだろうな。

「うん…確かに美味いが日本食には 向かないかな…。」

 ワタシはそう結論付けた。


 翌日…。

「お待ちしておりました。」

 和食のソイフード開発に選ばれた 技術者達が箱詰めされた色々な機材を持って 食堂にやって来る。

 それを護衛するのは、大きな拳銃を手に持っているトニー王国の軍人だ。

 あ~あれは 重要機密なんだな。

 彼らに付いて行くと、2階に1つしかない 6人用の大部屋に運ばれる。

 ドアには『きみつ』と『うたれる かのうせい あり』と書かれた紙が貼られている。

 なるほど…あくまで ソイフードの製造方法を伏せて、こちらの料理を解析するつもりか…。

 まぁこちらとしては 国でソイフードを作る訳じゃないから問題 無いのだけど…。


 ワタシは 私室から食材を持って食堂まで行き、エプロンを着て準備を整える。

 キッチンには囲む様にカメラが設置され、ワタシの調理が映像記録として残る仕組みになっている。

 テーブル席には 外交官達がこちらの料理を食べる為に座っている。

「準備は良いですか?」

「ええ…いつでも」

「では 始めて下さい」

 技術者に言われて、私がテキパキと料理を始める。

 今日のメニューは 玄米の飯と、味噌汁、焼き鮭、漬物だ。

 まずは 予め水に付けて膨らませていた玄米を鍋に入れ、米1に対して たっぷり2倍の量の水で炊く。

 その間に別の鍋を用意し、湯を沸かして 持って来た味噌を丁寧に溶かして行き、具を入れて行く。

 現地で獲れた サケを愛用している包丁でさばき、魚の骨を取り除いて塩を振り、フライパンに油を敷いて焼き始める。

 ワタシが 洋食屋をやっていた時に体験したのだが、洋食を完全再現して お客に出しても 日本人の舌に合わず、あまり売れない。

 これを解決するには 日本人向けに洋食の持ち味を殺さず、味を工夫する必要がある。

 なので 一流の洋食屋は 日本食にも精通している訳だ。

「う~ん良い匂い」

 日本の外交官が言う。

 高級料理店や陸軍では 味を優先して 精米した白米を使う事が多いが、庶民が食べられているのは、精米前の玄米になる。

 これは 精米時にビタミンB1が抜けてしまうので、白米ばかりを食べていると現場で脚気などの病気に掛かり易くなってしまうからだ。

 なので 玄米を白米の様な食感にするには 水分を多く米に吸わせた上で、白米の倍の時間を掛けて炊く必要が出て来る。

「よし…完成」

 茶碗がないので底が深いスープ皿に ふっくらとした玄米と味噌汁を盛り、平皿に焼き鮭と持って来た漬物を綺麗に乗せて出す。

「おおっ来た 来た…。」

 皆に食事を配って行く。

「頂きます…おお…日本に帰国した感じ…。」

 日本人組には好評の様だ。

「米に味がしない。」

 エゲレスの外交官が 卓上の塩を米に振り掛ける。

「そこまで米に こだわる物か?

 日本人の食文化は 本当に不思議だな」

「スープを音を立てて飲むなんて…アチッ」

 外交官達がそれぞれの反応をする。

 美味い料理が出ると思ったのに 拍子抜けと言った感じだろう。

「おかずと米を交互に食べてみて下さい。

 日本食は おかずの味が濃い目で、米を食べる事で味が中和されて料理が完成するんです。

 いわば、口の中も調理器具の一種なんです。」

「なるほど…ふむ…あー食べられる。」

「そう言う事でしたか…米単品では 完成しないのですね。」

 ソイフードの技術者が言う。

 技術者達は 別のテーブル席で 米粒の大きさを測ったり、弾力の検査や顕微鏡を使って米の表面の構造を見ている。

 更に米粒や、米とおかずを混ぜた物を検査機に入れて、多分 味の検査している。

「あ~良い数値出てますね…。

 なるほど 混ぜるんですね。

 そりゃあ 食品単体で開発しても失敗する訳だ。」

 検査機の数値を見ながら研究員が言う。

「なら食感をインディカ米より柔らかくして、甘味を少し入れてみましょう。

 他の食品の味覚データとの組み合わせを考慮して、最適な米の味覚データを作って見ましょう。」

「それに 今の食品も他の食べ合わせと比較して調節しませんと…。

 こりゃあ 大変な事になりますよ」

「最適化計算ですか…やっと馴染み深い 数学に落ちて来ましたね。

 組み合わせが膨大な数になりますが、後は 私達の得意分野です。

 科学的に最適な美味い米を作りましょう」

 如何(どう)やら新しい考え方が生まれた事で、ソイフードがまた進化するみたいだ。

 これだと いずれワタシ達が廃業するかもしれないな…。

「さて、約束通り こちらからは 袋詰めの保存技術だな。」

「ええ…頼みます。」


 翌日からは ワタシが和食、洋食の料理を振る舞い、それを技術者達が解析して研究する日々が始まり、午後はそれと並行して保存技術を教えて貰う事となる。

 ただ これが思いの外 厄介…。

「ワタシは料理人なんですが…」

 ワタシ自身は 料理人であって、ステンレスの鍋も作れない。

 ワタシの包丁は 北海道の山にある 神崎家と言う 刀職人が作った物で、不純物が一切無い最高級の鉄…玉鋼で作られているが、そんなのワタシは当然だが造れない。

 ここの連中いわく、本当の料理人は 調理道具まで自作出来る様にしないと いけないらしい。

 まぁここだと調理器具の性能で すべてが決まるからなのだろうが…。

 そう言う訳で ワタシは、実験室で 料理の保存方法では無く、その製造 機械の作り方を教えられている。


 保存技術とは 詰まる所 微生物による腐敗を防ぐ技術だ。

 つまり 加熱して微生物を殺し、微生物の繁殖に必要な水を抜いてしまえば良い。

 この考え自体は それこそ紀元前からあり、天日干しによる乾燥食品は どの国でも結構多い。

 それが 瓶詰めになるが 割れやすく、その後は丈夫な缶詰となるが 今度は重い。

 で、トニー王国は、缶詰の缶を密閉した袋にする事で、頑丈さを犠牲にしつつも軽量化する事に成功した。

 更に 保存状態を良くする為に編みだされたのが、究極の保存法であるフリーズドライ技術だ。

 凍らせる(フリーズ)乾燥(ドライ)の名の通り、食品を一度凍らせてた状態で、空気を抜いて真空状態にし、水分を昇華(しょうか)させる方法だ。

 これにより水分を極限まで抜く事で 年単位で腐らない食品も作る事が可能になった。

 簡単に調理が出来る美味しい食事を現場でも 食べられるのは 兵士のやる気を飛躍的に高める。

 もしかしたら、数はともかく 軍の質ではトニー王国軍が最強なのかもしれない。


 一応理屈は分かっているが、日本軍が使用するには かなり難しいだろう…そもそもの基礎技術が違う…。

 なので、こちらの方式に向けて アレンジしないといけない。

 まず、冷凍機は ともかく 真空状態を作る為の減圧機…。

 これは 容器の強度が必要になるし、昇華には時間も掛かる。

 なので、ワタシは温風で水分を蒸発させる事にした。

 確かに昇華の方が、味や品質をそのまま維持出来るのだが、生産性が悪い。

 更に 袋詰めの袋も問題がある。

 トニー王国で付かれているのは、薄いガラス繊維の布の袋だ。

 これは 軽く かなりの強度があるが、生産性が非常に悪い。

 如何(どう)やらトニー王国は 既に この技術が一般化して 生産性も十分なレベルになっているらしいのだが、日本では無理だ。

 なので代用 出来るのは ビニール…。

 ビニールの袋の中に 乾燥した食品を入れて 空気を抜き、袋の端をアイロンで熱して ビニールが融かし癒着させる事で密封させる。

 ビニールなので強度は期待 出来無いが、そもそも 兵士はアルミの弁当箱を携帯している。

 その中に入れておけば 問題無いだろう…。

 特に今は 缶詰の生産が追い付いていなくて 製造をアメリカに外注している位だから、簡単なビニール製の方が良いはずだ。

 ワタシはトニー王国の研究者のアドバイスを受けながら、最適な保存技術の仕組みを作っていく。


 そんな こんなで、滞在を始めてから2ヵ月…。

「ついに完成したぞ」

 小規模だが 米の食品 製造工場が出来上がり、試作品ではない 大量の米の流通が始まった。

 その中には ワタシが監修した 丸型の塩おにぎりがあった。

 フリーズドライと真空包装の いつもの食品で、中に入っているパッサパサの海苔を抜いて お湯を入れ、おにぎりに水分を入れて戻し、海苔を巻いて完成だ。

「頂きます…はむ。

 おお…良い感じ…」

 程よい舌ざわりで、食感も かなり良くなっている。

 程よい塩加減で、米の甘味も良い感じで引き立て役になっている。

「ほう…美味しい。

 これなら行けるな」

 外国人の外交官にも普通に完食している。

「これなら、おかずを変えて毎日食べられそうです。」

 日本の外交官が 美味しそうに食べながら言う。

「この味なら普及しますかね…」

 ワタシはそう言い おにぎりを食べ、今まで食に関心が無かったドイツ側も、レーションの衛生問題が原因だったのか 前線で食中毒が大量に発生して問題になっているとの事で、トニー王国の保存技術、衛生管理技術に興味を持っている。

 さて 日本食の基礎は出来たが、これからが本番だ。

 如何(どう)にかしてトニー王国の一般食になるまで普及をさせないと…。

 ワタシはそう思い、おにぎりを食べ完食した。

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