20 (日本からの料理人)〇
外交島、外交官寮…1階の食堂…。
現地のトニー王国から外交島と呼ばれている この地だが、日本では 出島と呼ばれている。
これは 江戸幕府時に鎖国していた日本で、唯一外国人と貿易を許されていた人工島の名前だ。
この国も他国の文化で本島が汚染されない様に、外国人達を この出島に隔離している。
そんな事を思いながら 外交官の為の寮の1階にある定食屋にタムラ料理長は辿り着いた。
食堂の店内には 外交官だけでは無く 一般客も入って来ており、店はそれなりに賑わっている。
ワタシは 料理人が見えるカウンター席に座る。
メニューを見るが 数が定食屋とは思えない程 多く、値段も安い。
ワタシは カラー写真付きのメニューに驚きながら思う。
「では このハンバーグセットでお願いします。」
私が料理人に注文すると、後ろの棚から袋を出して 中身を取り出し、次々と金属製の容器に入れて熱湯を注ぐ。
ハンバーグの生まれはアメリカ…。
当時 歯磨きの習慣が無く、中年になると歯が4本位しか残っていないと言われるアメリカの低所得者層では 硬い肉を噛み砕く事が出来ず、肉屋では 柔らかい部位しか売れなかった。
そこで 肉をミンチにして丸めて 肉団子にして販売したのが ハンバーグの始まりとされる。
食品加工の技術を見るならこれが一番だ。
「おお」
中身がスポンジ状に加工されたハンバーグが水分を吸って みるみると 大きくなって行く。
なるほど…乾燥させて水分を抜く事で 保存期間を伸ばしているんだな…理屈は 乾物と一緒だ。
トニー王国の料理は シェフが作る物では無く、工業製品だ。
料理は工場で一括で作られ、ここでやるのは 最終調理だけになる…その為 調理時間が短く、すぐに料理を出す事が出来る。
銀色のトレイにハンバーグと トニー王国の主食のミドリムシの緑色のパン…キャベツのサラダ。
何味か想像が出来ない緑色のスープ…。
「はいお待ちどう」
「ありがとう」
ワタシは 料理人から銀色のトレイを受け取る。
食器はスプーンとフォークが一体化したスポーク。
側面がギザギザになっており、ハンバーグに当てるとナイフの様にすっと切れる。
「ほおっ」
切断面からは肉汁があふれ出しており、私はスポークで小分けにする。
「では…頂きます」
ワタシは ハンバーグを刺して 口の中に入れる…その瞬間に広がる美味しさにワタシは驚く。
ハンバーグの肉は柔らかく 肉汁が口の中で広がり、その味わいは まさに絶品。
これは 高級料理店に匹敵するレベルだ。
それを こんなに安く食べられるなんて…。
料理は科学とは良く言われるし、実際ワタシも料理専門の科学者だ。
トニー王国は ミドリムシを加工して 料理を作る都合上、肉の分子構造までを徹底的に研究して、高級肉を再現したのだろう…。
続いて、サラダを食べてみる。
キャベツの再現だと思われるミドリムシの野菜は シャキシャキをした感触が楽しめ、これはゴマと酢の再現かな?ドレッシングとの相性も非常に良い。
緑色のスープ…少し粘性があるスープで多少の苦味があるが これは コーンスープに近いな…。
パンは…これはトウモロコシを使ったポレンタパンだ。
如何やら粉にして乾燥させた ミドリムシは トウモロコシと同じ特徴を持つみたいだ。
ワタシがメニューを再度確認して見ると やっぱりトウモロコシの料理が多い。
ミドリムシで再現したトウモロコシ料理をメインに 他の国の料理も再現している形か…面白い。
「良い国ですね…ここは…。
食べ物が美味い国は栄える。」
「そうなんですか?
私は ユートピア島…本島と ここしか見た事が無いんですがね…」
料理人が洗い物をしながら言う。
「人は 粗末な物ばかり食べていると心が汚れて、治安が悪くなりますから…。
ここは…皆さんリボルバーを腰にぶら下げてますね。
ここの発砲事件は?」
「年間で1~2件もないっすね。」
「200万人いて その程度で済んでいるのは本当に奇跡です。
他に何か取り組みは?」
「国民には税金が掛からない事…。
後は、毎月 生活保障金制度で10万トニーが配られる事でしょうかね?
こっちでは、金の不足は治安の悪化に繋がると教えられています。
なんで、国が国民に毎月の生活費を配ったとしても、警察の数を増やす経費よりかは安いと考えられています。」
「良くそれで国が運営出来ますね。」
「まっ代わりに企業には 最終利益の50%も課税されますんで…」
「なるほど…よし、ごっそうさま…また来ます」
「まいど」
ワタシはそう言い代金を払うと 1階の受付で鍵を受け取り、2階の私室へと向かった。
2階は 大きな団らん室があり、個室のドアが結構な数ある。
各国の外交官も同じ建物に住んでいるので、通る外国人外交官達が聞きなれない暗号にしか聞こえない言葉を使って話している事も多い。
ワタシは 受付で受け取った鍵でドアを開けて個室の中に入り、靴を脱いで中を歩き回る…サイズは8畳位で、テーブルが取り付けられた ベッドがあり、クローゼットなど一通りある。
窓は無い為 中は薄暗いが、天井にはドーナッツ型の蛍光灯があり、壁にはスイッチがある…押してみる…電気は通っている見たいだ、薄暗かった部屋が一瞬にして明るくなった。
トイレとシャワー室が備え付けられており、1人部屋と考えれば かなり充実している方だろう。
ただ 体格に恵まれた外国人からは、その部屋の狭さからウサギ小屋とか呼ばれていて、中には 2人部屋を1人で使っている人もいるとか…。
これはトニー王国では 1人辺りの最低部屋面積が 法律で ちゃんと決まっているからだ。
ワタシは荷物を降ろして、ベッドに座る。
「おおっ」
清潔な白いシーツで包まれたベッドは 適度に尻を包み込み、椅子として十分に機能する。
「さて…如何しますか…」
ワタシの目的はトニー王国の袋詰めの技術を習得する事…。
そして、ミドリムシ食品であるソイフードの和食を この国に広める事だ。
これは将来、本国が 人口増加により 食糧難になった時にトニー王国から和食を輸入出来る様にする為だ。
山岳地帯が多い日本では農地の確保が難しく、また農地の面積に対して国民の数が非常に多い。
今も食料自給率を上げようと努力はしているが、今は 主食の米ですら1割は海外産だ。
これは 輸出国が日本に対して 経済制裁をした場合、物資の供給が止まって国民が餓死してしまうだろう…。
なので、複数の国から食糧を確保出来る体制を整えて行く必要がある。
特にトニー王国は この戦争には消極的参加の方針を取っているので、輸入出来る可能性が高い…。
ただ 問題なのは 食糧生産は 本島で行われて、食糧だけが運ばれて来る事だ。
本島には立ち入る事は出来なく、出島とは完全に隔離されている。
「向こうも技術が欲しい訳だし、ある程度は開示してくれるんだろうけどな…」
ワタシはそう言い、ベッドに横になった。