16 (神による休戦)〇
12月20日…。
同盟軍、連合軍 両軍にいるトニー王国軍は、敵に情報を流すスパイだ。
とは言え 誰がスパイか分かっていれば、その人物に流す情報を制限する事で対応が出来る。
トニー王国軍が参戦して20日…。
今では 外交の為の講和条件をトニー王国軍 経由で相手の軍に流したり、交渉のメッセージを送ったりと両軍に便利に使われている。
これにより、交渉機会が増す事が出来、話がまとまる可能性も高くなる…と思いたい。
今までも戦闘後の死体の回収やドックタグの回収など、両軍の共同作業を行う場面はいくつかあり、暗黙了承の形で、その期間中に現場では 戦闘をしては いけない事になっていた。
それをトニー王国が、非公式で罰則規定が無い協定として、両軍の現場に認めさせたりと良い感じに機能している。
そして、トニー王国経由の公式な形で休戦協定が結ばれた。
休戦協定の名前は『クリスマス休戦』…。
同盟国側は 当初 短期決戦で決着が付くと思っていたが、予想以上に戦争が長期化してしまい、物資が不足…。
連合国側も同盟軍との戦闘で予想より戦力が削れ、こちらも補給待ちだ。
よって、補給を完了するまで 敵に攻撃を仕掛けて欲しくないと言う心理が働らき、そこに 敵味方共にキリスト教徒で、イエス・キリストの誕生日を祝いたい と思った事で、この協定が結ばれた。
期間は24日の午前0時から、1月2日午前0時までの9日…史実では、クリスマス休戦は非公式で一部の地域のみ だったが、今回は西部戦線全部で休戦が結ばれた。
12月24日…クリスマスイブ…小降りの雪…。
ナオは寒空の下で調理場を見に行く…まぁオレは 食べられないんだけど…。
今日の食事は、いつもとは違い、豚肉の塩漬け、野菜や豆のスープと 缶詰じゃない フィールドキッチン用の食事だ。
普段 塹壕戦で 缶詰ばかり食べて 疲弊している 彼らには、温かい食事は非常に暖かい。
それに今日の補給物資の中には 特別配給のシュトレンが入っている。
シュトレンは、酵母の入った生地にレーズンとレモン、オレンジピールやナッツが練りこみ、焼き上げ、雪の様に真っ白くなるまで粉砂糖が まぶされている菓子パンだ。
ドイツでは クリスマスの4週間前から 少しずつスライスして食べる習慣がある。
まぁそれが当日になってしまった訳だが、保存性が良く、ある程度の味も保証出来るこのパンは、軍用のレーションとして使えるかもしれないと期待されている…今回は、その試験用だ。
と言うのも、ここの主食であるビスケットは、ベーキングパウダーが入れられていないので 岩の様に硬く、兵士達からは 鉄板と呼ばれ、実際にバイタルゾーンにビスケットを仕込む事で、気休め程度の防弾能力を発揮し、実際にそれで生還しているヤツもいる位には硬い。
なので 柔らかいパンは兵士にとって非常に魅力に写る。
そして…雪が降り注ぐ夜…。
「Silent night, holy night
All is calm, all is bright
Round yon virgin mother and child.
Holy infant, so tender and mild,
Sleep in heavenly peace,
Sleep in heavenly peace.」
「きよしこの夜だな。」
200m離れた塹壕から 英語で きよしこの夜の合唱が始まる。
この曲はクリスマスに歌われる讃美歌だ。
1人の兵士が塹壕からホールドアップ状態で手を上げて立ち上がり、こちらに向かって ゆっくりと歩いて来る。
彼の手には 十字架のネックレスを掛けていて 熱心なキリスト信徒なのかもしれない。
休戦状態とは言え、破られる可能性もある…そんな不安から こちらの兵は、塹壕から銃を出して 狙いを付ける。
「Stille Nacht, heilige Nacht,
Alles schläft; einsam wacht
Nur das traute hochheilige Paar.
Holder Knabe im lockigen Haar,
Schlaf' in himmlischer Ruh'!
Schlaf' in himmlischer Ruh'!」
今度は、こちらが ドイツ語で きよしこの夜が合唱され、同じくキリスト教徒が塹壕から立ち上がって 前に進む。
その後は、向こうのフランス語のきよしこの夜に続く…。
休戦で戦闘禁止とは言え、戦闘しないとは限らない…。
なので、普段通り 射殺されない様に 塹壕から出る事が無かった兵士達であったが、相手の信仰心を信じているのか?彼が神を信じているから 出来る芸当なのだろうか?
身の危険を顧みず、行った行動が複数の味方の兵士に伝播し、両陣営の兵士が 十字架を持って次々を出て来る。
この瞬間…同じ宗教と言う共通文化が、彼らを本当の休戦にさせた。
人を信じられないオレには出来ない行動だ。
神は戦争が大好きだ。
神が起こした戦争は数多の数あり、神はそれを止めようともしない。
なので、神は 人が殺し合う事を喜ぶ サディストか、自身が人間より遥かに優れた高等生物 故に、人を虫けら程度にしか認識 出来無いかだ。
「よう…神様…やっと戦争を止めてくれたな…。
たった9日だけど…」
オレは雪が降る夜空を見上げ、自称 唯一神に向かってそう言った。