表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
185/339

15 (ランチェスターの法則)〇

「伝令です。

 状況は危機的です。

 かろうじて前進を続けていますが…機銃が多く、敵の塹壕に辿り着けません。

 作戦の中止と、人員、物資の補給が必要です。」

 とアドルフ()が伝えたとしても…。

「難しいが許容範囲、敵の機銃が多い事が問題のようです。

 可能であれば 人員、物資の補給が必要との事です。」

 と伝わり、

「ほぼ順調…。

 敵の機銃が多いが、我が軍は圧倒的優勢を保持しつつ 塹壕内にて既に敵と戦闘…。

 作戦は ほぼ決したも同然との事です。」

 となる。

 軍司令部としては、このレベルでの戦死者で敵に勝てるなら、やる価値があると思っているのだろうが、各指揮官は 処罰や解任の可能性がある為、上官に気を使いって ネガティブな表現を ポジティブな表現に変えられて報告してしまう為、軍司令部は現場の状況を把握していない。

 また…軍司令部からの命令は 驚く程 正確に伝わってしまうので、こんな無茶苦茶な作戦で、この戦争に他国が介入しようとしている中で、貴重な人的資源を無駄に消費している。

 で、絶対優性にも関わらず 盛大に敗北した結果は、虚偽の情報を流したと言う事になっている現場指揮官の責任になる訳だ。

 私は伝令兵だ。

 自転車をこいで別の指揮官の元へ行き、手紙を伝達するだけの仕事なので、私が解任される事は無いが、この問題を一番深く知っている人物でもある。

 配属されてから この問題に常に取り掛かっているが、解決方法はない。

 解決する為には上官の機嫌を損なわなければ ならないからだ。

 現状では現場の指揮官が上を気遣う文章にし、アレコレとやっているが、会議室と現場の情報は明らかに違う。

 この問題を解決出来ない限り、同盟軍が戦争で勝つ事は無いだろう。


 そして…自転車を使わず電信でメッセージを伝える様になった現在。

 私の興味は傭兵として敵味方両方の陣営に参戦しているトニー王国だった。


「やはり凄いな…」

 黄色に塗装されたトニー王国の巨人…アトラスが巨大なショベルを使って塹壕を掘って行く。

 トニー王国は、DLと呼んでいるが、その姿は こちらが付けたニックネームである 天を支える巨人…アトラスの様だ。

 掘った土は 砂袋に積まれ、塹壕の脇に土嚢を積む事で 塹壕の補強と地下水が侵入しないようにしている。

 今まで人力で掘っていた所、重機が使える様になった事で作業効率が大幅に上がった。

 2つの塹壕は こちらが周りこもうと近づくと、距離を離して堀り、また、向こうの塹壕が近づくと こちらも距離を離す…この繰り返しだ。

 確かに塹壕を掘り進める速度は上がったが、向こうにも同じアトラスがいる為、双方決着がつかず、イギリス海峡沿岸から、スイス国境まで750kmに渡る塹壕が造られる事となった。

 トニー王国の目的は両軍を膠着(こうちゃく)状態にさせる事か?何の為に?

 戦闘での捕虜の回収が出来て、ナオが担当している救護班の負担が大幅に減ったから良いが…どうもトニー王国の考えが見えない。

 絶対数が少ないと言う事もあるが、こちら側についていれば 簡単にパリを墜とせるだろう…それだけの力量差はある。

 なのに、侵略をせずにあくまで人道的支援に徹している。

如何(どう)にも不可解だ。」

 私はそう思いながら、塹壕を掘っているアトラスを見るのだった。


 戦場では賭け事が流行(はや)る。

 余裕が出て来たナオは、次の戦闘で自軍が勝つか?負けるか?の賭博を始めた。

 基本、兵士達はゲン担ぎの つもりで勝つに賭け、負けた場合は、負けるに賭けた人に金を分配される。

 ナオの恐ろしい所は、敵の戦力から、勝つか負けるかを正確に予測している事だ。

 それは 私達によって未来予知でしかなく、今の所、ナオの予測が外れた事はない…それこそ スパイ疑惑が掛けられる位に…。


 その話を聞きつけた指揮官が、(わら)にも(すが)る思いで、ナオを呼ぶ。

「ナオ・カンザキ軍曹です。」

 地下指令室には 通信機材と簡素な椅子とテーブルがあり、壁には この塹壕の地図が貼られている。

 今は 司令官と私、それにナオだけだ。

「よく来てくれた…さっ座って」

 ナオは上官だと言うのに物落ちもせず、椅子に座る。

 スパイ疑惑について知らない訳 無いだろうに…。

「それで御用は?」

「キミは、戦局を予測して賭けの対象にしているな。」

「まぁ…とは言え、軍紀には違反していないかと…」

「そうじゃない…如何(どう)やって それを予測している?

 私は 無意味な犠牲を出さずに この戦闘を勝ち抜きたい。

 もしかして、キミは本当にスパイなのか?」

「あ~と言っても これを上官に言うのもな…。」

「キミも私に気を使って、誤情報を流すのかね?」

「いや…あ~正直に言いましょう…。

 勝つ手はありますが、実現不可能です。」

「実現可能かは 私が判断する。」

「そうですか…それでは、本国から優秀な数学者を12人程 招集して、彼らに指揮権を与えて下さい。」

「なっ…」

「ほら無理でしょう?」

何故(なぜ) 数学者が必要だと?」

「では まず基礎から行きましょう。

 味方が100人、敵が100人の戦闘を想定しましょう。」

 ナオは通信機材の横にある 紙とペンを持って書き始める。

「この兵士は1人殺せる能力があるとします。

 そうすると 結果は共倒れ…もちろん、実際には 皆殺しにはしませんから、いくらか数値が変わってきますがね。」

「ふむふむ…」

「で、今度は、味方が1…敵が2人殺せる能力を持っている場合を計算してみましょう。

 と…味方が100に対して敵が200…まぁ敵が勝ちますね。」

「なるほど…単純な計算だな。」

「そうです…で、敵が200だと分かっていた場合、戦わず、味方の戦力を上げる…取れる手としては 人員を200人増やすとかですね。

 これで、味方側が300…勝てますね。

 戦闘力=キルレシオ(キルレ)×人数。

 こうやって 双方の戦闘力を出して、勝ち戦と負け戦を数字で分かるようにします。」

「確かに…だが、戦場はそんなに単純じゃない。」

「ええ、なので、機関銃 相手に何人死ぬか、とか砲撃で何人死ぬかとかを調べて、この数式に反映させます。

 私の場合、治療の経験から大まかに敵の戦闘力を計算して、味方の規模を見て勝ち負けを決めているだけです。

 これを複雑化して行けば、戦う前に 未来予知に近い予測が出来る様になるでしょうね…。」

「なるほど…だから数学者が必要なのか…。」

「そうです。

 こちらに都合の良い数値になる様に何度も条件を変えて計算する必要がありますから…。

 少なくとも これで負けない戦いは出来るでしょう。」

「分かった…数学者はともかく、計算させてみよう。

 それで…何故、実現不可能なのかね?」

「兵士は 心理的にそれを受け入れないからです。

 例えば、不利な数値が出ていても『精神力で数値をカバー出来る』とか言い出したり、塹壕(ここ)なんかの重要拠点だと 政治的に放棄させられ無かったりですね。

 人は自分の感覚を優先するので…これ…ギャンブルで負け越す人に多い傾向ですが…。

 私がやるなら 一回 相手に拠点を取らせて、後で取り返す方法を取るのですが…流石に それは無理でしょう。」

「……そう言う事か…。」

 理屈では非常に簡単…でも、政治の中では そうとは行かない。

 しかも、この前提には正しい数値が必要だ。

 現場で戦果の水増しが発生した場合、全く意味を なさなくなる。

 確かに机上論だ。

 だが、これを実行出来れば 最強の軍が出来上がるだろう。

 私はそう思うのであった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ