10 (訓練学校)〇
訓練学校。
ナオ達は 予防注射もされずに 何列かに ならばされ、銃弾で撃ち抜かれて 穴が出来た軍服を縫い合わせたリサイクル品を渡される。
小柄なオレには この小柄な方の軍服でも ブカブカで、多少は裾を折る必要がある。
あ~縫い合わせた所が心臓だ…前の持ち主は即死だろうな…相手兵士は かなり良い腕の様だ。
訓練内容は 体力錬成をしつつ Gew98の銃の撃ち方を教わるだけ…。
てっきり、オレは ベトナム戦争の映画の様に ハードなシゴキと卑猥な罵倒が飛び交うと思っていたが、そんな事は無く、塹壕から味方の兵が、棒が付いた的を上に出し、それをオレ達が撃ち抜いて行く。
「うん、まぁまぁかな…」
銃の整備状況は悪いが、取りあえず200m先の的の真ん中には当たる。
銃には細かな擦り傷があり、これも 戦死した人の銃を転用されているのだろう。
驚いた事に 下士官以下の兵士には 条約などの勉強が無く、戦術の勉強も無く、更に言うなら応急処置の訓練も受けていない。
彼らは 上官に従う事と射撃を教えられ、バイタルパートを守る為のボディアーマーも支給されず、1ヵ月程度の訓練で前線に出荷されて行く。
まぁ…読み書きや四則演算も出来ない人間を戦線に送るなら、こうなるのは必然か…。
とは言え中には、教養があるであろう大学生もいる…彼らの大半は死ぬだろうな。
条約関連の授業は 兵士を動かす指揮官に…治療は衛生兵に…。
つまり、専門の兵科ごとに 分ける事で負担を減らす考え方だろう。
同じ時期に配属されたアディは 伝令になる為に指揮官コースに向かい、オレは衛生兵コース。
衛生兵の仕事は、基本は止血するだけ…四肢が逝った兵士には 鎮痛剤を撃ち込んで手足を切断。
その他、下痢や水虫なんかの薬品の説明も受けるが…ここの技術は非常に未熟だ。
専門家であるはずの教官より、オレ達みたいな医者モドキの方が圧倒的に優秀なのだから もう どっちが教官なのか 分からない。
前線で真面な薬品を確保出来ない…その為、衛生兵達の基本戦略は、現場で応急処置を行って 後方の大型病院で本格的に治してもらう事になる。
とは言え、撃たれてから10分以内に適切な治療が出来るかが、その後の生存確率に大きく依存すると言うのに、下っ端兵は ロクに止血方法すら教わっていない。
これじゃあ、オレ達の仕事が増える…いや、撃たれてから10分以内に こっちが治療出来る訳ないから、失血死は避けられないだろう?
となると、運ばれてくる兵士達は 比較的マシな怪我になるのか?
あ~面倒だ。
そして、訓練学校を卒業…。
「君達の人生は これからだ!」
指揮官が大袈裟な身振りでオレ達を鼓舞する。
いや、大半の兵士は これで終わりだから…。
「今は輝かしい時代だ!
諸君らは、その存在を世に示すのだ!!」
世に示して何になる?
「近い将来…キミ達の勇敢な行動は 必ず評価されるだろう。
我々は 幸運にも素晴らしい時代に生きている。
諸君の行いが、我々の水となり立派な根を成長させであろう!」
つまり、オレらの養分で アンタ達 根を育てるのか…。
「皇帝の兵士達よ…。
私達は ここにいる大半の人間が生き残れるだろうと言う事を確信している!」
死傷率90%の西部戦線に投入されると言うのに、大半の兵士が生き残れる訳ないだろうに…。
生き残れると確信しているなら、コイツは 精神科で薬物療法を受ける必要がある。
「君達は 名誉の剣を鞘に戻し…鉄十字勲章を胸に付けている事だろう!!」
それ、戦死して 鉄十字勲章を貰うのか?
「忠告しておく、戦場で苦しい時、出撃の前は無論、多くの疑問がよぎる事だろう…だが、弱い心など不要だ!!
不安や躊躇は 祖国への裏切りだと思え!」
戦場では 臆病 位が丁度良い…。
なら 不安や躊躇をすれば、裏切りとなる国に忠義を尽くす必要があるのだろうか?
「現代の戦争は、チェスと同じだ。
個人では戦えない…皆が一丸となって戦うのだ!!」
つまり、オレ達は大駒をおびき寄せるポーンか…。
「諸君は その軍服に恥じない戦いをし、数週間後にはパリの街を行進している事だろう。」
と彼は行っているが、開戦時には ドイツの大量の兵士が 中立国ベルギーを攻撃して、フランス領に入り パリの手前50kmに到達し、フランスは政府機能をパリからボルドーに移し、講和条約の目前まで来ていた。
ただ、これに勝ったと確信した どっかのバカ指揮官が ソ連がいる東部戦線に部隊の半分を持って行った為、西部戦線の防衛網が薄くなり、少数のフランス軍が空いた隙間から 一部 防衛網を突破し、ドイツ軍も周りこまれない様に軍を後退させる…後に『マルヌの戦い』と言われる出来事が起きた。
で、今は 両軍の塹壕戦が始まり、僅か数百m先の陣地を争って、双方で大規模な死者を出している状態だ。
この状況を知っていて、この発言をしているのか?もしくは まだ知らないのか?
「我々ドイツ帝国の未来は 最も偉大な世代が握っている!
同志諸君…そうだ君達だ!!」
その最も偉大な世代を無茶な命令でブチ殺してるオマエらは何だ?国賊か?
「故に戦うのだ。
皇帝の為…神と祖国の為に…さあ戦場に行こう…そして生き残ろう。
勝者は我々の祖国だ!!」
あれ?向こうもキリスト教徒じゃなかったっけ?
同じ神様が両軍を戦わせようとしているって…本当に神様はサディストだな。
「うおおおおおおおお」
演説会場に兵士達の歓声が響き渡る。
その中で、オレだけが醒めている。
なるほど…確かに戦場の状況を知らなきゃ良い演説だ。
そして、この演説により自分達の負けを認められなくなる…。
短期決戦が失敗した時点で 損切りさえしていれば、世界も巻き込まず、ドイツへの損害も少なかっただろうに…。
オレは そんな事を思いながらも 良い外面を装いつつ、皆と一緒に軍用車に乗り西部戦線に向かうのであった。