表示調整
閉じる
挿絵表示切替ボタン
▼配色
▼行間
▼文字サイズ
▼メニューバー
×閉じる

ブックマークに追加しました

設定
0/400
設定を保存しました
エラーが発生しました
※文字以内
ブックマークを解除しました。

エラーが発生しました。

エラーの原因がわからない場合はヘルプセンターをご確認ください。

ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
178/339

08 (大人しい普通の子)〇

 1913年 ドイツ、クラウド商会ベルリン支店…食堂。

「いらっしゃい」

 料理の仕込み作業をしているナオ(オレ)はドアから入ってきた身なりの良い青年に言う。

「支店長のナオ・カンザキさんを呼んで頂きたい。」

 男はバックから求人の張り紙をオレに見せて言う。

「仕事を希望?

 オレがナオ・カンザキだけど…」

「あなたが?」

「そ…カウンター席に座って…飲み物は何にする?(おご)るよ…。」

「では水を…」

「はい水ね…はい、どうぞ…文字の読み書きは出来る?」

「ええ…」

「それじゃあ、この書類を書いて…それを元に面接をするから…。」

 オレは履歴書とペンを渡し、男はスラスラと文字を書いて行く。

「ほうほう…こりゃあ、大物だな…。

 24歳で、無国籍と…徴兵逃れですか?」

「………。」

「まぁ言えないよな…。

 ここでは、ちゃんと働いてくれれば 過去の経歴とかは 知らないフリをしてくれる。

 もちろん、警察が捕まえに来たら引き渡す事になるんだろうけど…。

 それと、ここは色々な人種の人がいるから アンタがどう思おうと勝手だが、少なくとも表面上は職場の同僚として接してくれ。

 給料は この通り…まずは見習いから…最初だと 3ヵ月位で昇進出来る。

 この条件なら雇うけど?」

「……頼みます。」

「それじゃあ、この契約書をよく読んでサイン…。

 終わったら上の部屋に案内する。」

「分かりました。」

 サインを書き終わった彼の私室に案内し、また食堂に降りてくる。

「義勇軍になって戦場で接触するつもりだったけど…まさか、こんな形で会うとはな…。」

 オレは履歴書を見る。

 アドルフ・ヒトラー…後のドイツの総統で、ナチスの指導者だ。

 今の内に信頼を勝ち取ってナチスの親衛隊に入れれば、部下がヒトラーの為と思って都合の良く加工された都合の悪い情報を ヒトラーに正しく伝えられるかもしれない。

 オレはそう思い、オレは 仕込みの続きをするのだった。


 ヒトラーは 勤勉で賢く…いや ズル賢いが正しい表現か…。

 彼の最終学歴は小卒…中学は中退し、美術の職業訓練校では、課題未提出から不合格…。

 建築学校に入学しようともしたが、中学卒業が大前提の為、入学が出来ず、実家の金を食い潰しながら放浪生活を送っていたらしい。

 で、訳アリの労働者を雇ってくれて、教育もしてくれる ここに来た訳だ。

 彼は すぐに仕事の内容を覚え、1ヵ月程度で バギーを使って荷物を安全に目的地に運べるまでに成長し、見習いを卒業…。

 ウチの従業員は荒くれ者が多い訳だが、珍しく彼は問題を起さずに 彼が嫌いとされるユダヤ人の従業員とも、表面上は普通に接して仕事を行い、スピード昇進。

 更に オレが従業員に教えている授業に参加して 知識を吸収し、中学卒業レベルの知識を身に着け、帳簿の数字を扱えるまでになった。

 

 彼は歴史と科学の本を好み、時々絵を描いたり、休日には必ず音楽を聴きにオペラハウスに行く。

 絵の腕は決して良くないが、彼は歴史家で科学者で、芸術家だ。

 何と言うか…凶悪犯罪のインタビューで『大人しい普通の子でした』と良く聞くが、彼はまさにそれで、これから やらかす人物だとは到底 思えない。


 食堂…。

「アディは よく本を読むよな…今度は医学書か…」

 仕事終わりにテーブル席で読書をしているアディ(ヒトラーの愛称)に言う。

「ああ、やっと意味が理解出来る様になって来たからな。」 

「そりゃあ良かった…はい、食事…。」

 アディは、酒 タバコをやらず、野菜中心の食生活だ。

「肉は太って健康に(さわ)るから いらない…」

「あのな~…太るってのは、身体に余分な栄養素を蓄えているって事さ…。

 確かに太り過ぎは問題だが、多少は肉を取らないとドンドン痩せて行くぞ…。

 ただでさえ、この仕事は ハードワークなんだから…。

 支店長命令で食わせても良いんだけど…」

「分かったよ」

 アディは しおりを挟んで本を置き 渋々、肉を食べ始める。

「ほう…(がん)か…。

 またマニアックな…」

 オレは本の表紙を見ながら言う。

「私の母親…クララは乳癌(にゅうがん)で死んでな。

 興味があったんで調べてみた」

乳癌(にゅうがん)か…。

 今の医療技術だと腫瘍(しゅよう)の切除位で、再発を止める事は 出来ないんだよな。

 癌を止める薬でもあれば良いんだけど…」

「ナオは出来るか?腫瘍(しゅよう)の切除…」

「やろうと思えば 出来るだろうけど…腫瘍(しゅよう)の位置が正確に分からないと無理だな。

 外側の腫瘍(しゅよう)ならともかく、内側の腫瘍(しゅよう)は腹を割かないと分からないし…。

 非破壊検査が出来る医療器械…レントゲンが必要だな。」

 レントゲンは 一応実用化しているが、大病院でも設置している所が少なく、全然 普及していないし、買える金額の物でもない。

「それがあれば、母は救えたのか?」

「病状によるけど、少なくとも可能性は上がった。

 まぁ無免許の診療医にやらせる病気じゃないんけど…。」

「ナオは何で無免許医をやっているんだ?

 能力としては十分なのに…」

「まぁ本業は支店長で、従業員とちょっとの他人を救えれば、オレはそれで満足だから…。

 と言うか オレ、この国じゃ小学校にも通った事がないから、医大に進めないな…。」

 オレは少し笑いながら言う。

「能力は十分にあるってのに…」

「能力はあったら あったで、また問題が出るんだよ」

オレはそう言うと、本をアディに返して次の料理を作る為、キッチンに向かうのだった。

評価をするにはログインしてください。
ブックマークに追加
ブックマーク機能を使うにはログインしてください。
― 新着の感想 ―
このエピソードに感想はまだ書かれていません。
感想一覧
+注意+

特に記載なき場合、掲載されている作品はすべてフィクションであり実在の人物・団体等とは一切関係ありません。
特に記載なき場合、掲載されている作品の著作権は作者にあります(一部作品除く)。
作者以外の方による作品の引用を超える無断転載は禁止しており、行った場合、著作権法の違反となります。

この作品はリンクフリーです。ご自由にリンク(紹介)してください。
この作品はスマートフォン対応です。スマートフォンかパソコンかを自動で判別し、適切なページを表示します。

↑ページトップへ