05 (どの国でも酒はある)〇
キッチン…。
2つの国の観光客は、観光だと言うのにあまり外に出なく、自室で待機している。
「まぁ中が悪い敵国 同士、仲良くするのは難しいか…。
あ~やっぱり、食堂には いませんか…」
ブリテン人の民俗学者がハルミがいる食堂にやって来る。
テーブルには テーブルクロスが掛けられており、ハルミは夕食の準備をし出す所だ。
「ブリテンの方でしたか?」
ハルミが私に言う。
「ええ…私は 民俗学を専攻していて、色々な国に行った事があります…中でも面白いのは食事です。
それぞれの土地の環境に合わせて 食べ物が変わり、色々な料理が生まれ ますから…」
ブリテン側の観光客達は 当然 全員がブリテン英語を使える…なので 通訳の必要無い。
トニー王国の話を聞くには ドイツより 私達の方が有利に働く。
「意外です…ブリテンは、食に関心が無いと聞いていましたが…」
まぁよく言われるネタだし、そこまで間違っていないので 怒る気にもならない。
「まぁそれを言われるとキツイですが、我が国は 寒く、牧畜が中心なのと 産業革命時に 工場労働者が多ったので、手軽に安く食べられる食べ物が流行りました。
良く過剰な位に焼くと言われる事も ありますが、これも当時 衛生管理がまだ未熟で、食中毒が頻繁に起きていた時の名残ですね。」
私はブリテンの歴史を交えてハルミに話す。
ブリテンの食事がマズいと言うのは有名なジョークだし、それを含めつつハルミとの会話を円滑に機能させる。
「なるほど…確かに食事を辿って行けば、その土地の文化に触れられると言う訳ですか…。」
「そうです…そして、今はアナタの国に興味を持っているのですが…それは主食ですか?
緑のコーンミール?…アナタ国は温暖な国ですか?」
ハルミが持っている袋の中には、粉状に加工された緑色の物が入っている。
私は緑色の小麦では無く、直感的に 植民地で広く流通している家畜のエサ…トウモロコシだと判断する。
「いいえ 確かにコーンは育ちますが、寒い環境です。
ただ、食事は トルティーヤやら ポレンタなど、トウモロコシが主食の文化圏に近いですね。」
「ほう」
やっぱりトウモロコシか…。
「後は…冬になると 雪で物流が寸断してしまうんで、雪が降る前に物資を蓄えて冬休みになります。」
「冬眠型か…参考になります。」
除雪の能力が低いのか…攻めるなら冬場か…これは良い情報だ。
「さて、如何言った食事がお好みですか?
大体の食事は作れますが…。」
「そうですね…。
こちらは、ポレンタやトルティーヤを食べているのですか?」
「ええ…」
「では それに、ジャガイモ…肉類、野菜、スープを作ってください。
こちらは アナタの国の食文化に合わせます。
気にせずに作って下さい。」
これは食文化のテストだ。
ジャガイモは気候を選ばず何処でも育つ食べ物。
肉類は、育てている家畜の種類が分かる。
野菜やスープは、内容で その土地の気候や環境が分かる。
この組み合わせが、一番不自然では無く、食べ物の情報量が多く取れるメニューだ。
「分かりました。
そうですね…フライドポテト、ソーセージ、野菜だとキャベツが有りますね…スープは コーンスープです。
これで極端なハズレは無いかと…」
「それで頼みます。」
う~ん…ステーキなどにせず、詰め物であるソーセージと言う事は、この潜水艦では 生肉の長期保存は出来ないのか?
ミンチにしてソーセージにされている以上、何の肉なのかは 分からないが、クズ野菜が中に入って カサ増し していれば、肉の生産量が少ない可能性も出て来る。
後はキャベツ…これは寒冷に強い作物だ。
気温が高い地域のトウモロコシも育てている事だし、夏と冬で極端な気温差がある国だな。
ハルミは、2つの寸胴鍋に水を入れて コンロに置いて火を付ける。
これは ガスコンロだな…。
「ハルミ…このガスの中身は?潜水艦内で使って大丈夫なのですか?」
物を燃やせば、二酸化炭素が生まれる…普通なら自然と換気されるから問題無いが、この空間は密室だ。
潜水艦である以上、何らかの方法で空気の成分割合を維持しているのだろうが…。
「問題ありません、これは酸素と水素の混合気体…酸水素です。
燃えた場合 水…水蒸気が発生するだけです。」
「へぇ…なら安全ですね。」
酸水素か…確か水を電気分解して作るのだったか?私は科学は専門じゃないので そこまで詳しくないが…。
となると この潜水艦の燃料は 酸水素か…。
酸水素を燃やして空気を汚さず、動力を回し、一部の酸素は船内の生命維持に回されると…合理的は発想だ。
部屋に戻ったら専門家に聞いてみるか…。
そんな事を思っていると、水を沸かしている間に ハルミが倉庫に行って戻ってきた。
ハルミの手に持っていたのは、注文通り、フライドポテト、ソーセージ、キャベツ。
だが、多少白っぽい透明な袋に水分が抜かれて 干からびた それらが、種類ごとに入れられている。
「乾物か?」
天日干しや、熱風や冷風を当てて、食べ物を 乾燥させることにより、雑菌の繁殖を防ぎ、保存期間を延ばす技術で、どの国にも存在する古典的な保存方法だ。
だが、フライドポテト、ソーセージ、キャベツの乾物は聞いた事も無い。
「ええ…トニー王国では、大体が ドライ加工をして この包装を使っています。
この状態なら 常温で 3年は普通に持ちますので、物を腐らせる事も無くなりますね。」
この包装にも意味があるのか…私は包装を見る。
完全に空気を抜いて、外気との接触を極限まで減らした保存方法…。
なるほど…瓶詰めや缶詰と同じ理屈…これは 袋詰めになるのか?
片方の鍋にコーンミールを入れて、かき混ぜて ポレンタを作り、もう片方には、ハサミで包装を切って取り出した、ポテトとソーセージの乾物を投入する。
キャベツは 冷水を入れたボウルに入れられる。
しばらく経つと 乾物が水分を吸って元の状態に戻る。
元に戻ったらそれを取り出し、キャベツは 水を抜いてそのまま、ポテトとソーセージは、フライパンで軽く炒めて水分を適度に抜いて焦げ目を付ける。
その頃には、夕食の時間になった為、ゾロゾロと仲間達が食堂にやってきた。
後は 棚の中に仕舞われている 円柱の皿箱を取り出し、中の皿を軽く水洗いして その上に料理を丁寧に乗せて行く。
「はい、出来上がりました。
普通ならテーブルまで運ぶのが良いのでしょうが…運んで貰えますか?」
ハルミがそう言うと、軍の食堂で慣れているのか、両国の軍人が 一番先に立ち上がって当然の様に料理を運ぶ。
対して、2名の交渉窓口になる外交官は、椅子から動かず 運ばれてくるのを待っている。
まぁここは私がやるのが礼儀かな…。
「はい、お待たせしました。」
「ふむ…」
外交官が 偉そうに言う。
外交官はへりくだっては いけない。
相手国にナメられた場合、それは国益に影響するからだ。
ここは相手を立てる所かな。
「これは また変わった食器ですね…。
フォークとスプーンですか?」
民俗学者が言う。
「先割れスプーンと呼んでいます。
一応 フォークとスプーンもありますが?」
「いや…このままで 良いです。
実際に使って体験して見ないと分かりませんから…」
「そうですか…。」
「食事の祈りは ありますか?」
ドイツとブリテンの軍人、外交官の眉がピクりと動く。
まぁこちらが信仰している神に祈りを捧げたくないのだろう。
「そうですね。
神には祈りませんが『いただきます』
死んで料理になってくれた食べ物に感謝する祈りです。」
「それ日本の食事の時の祈りでしたか?
英語だと、thanks for the foodが、近いですかね」
「ええ…食べ物に感謝する文化は、昔、日本人から教えられたものです。」
「食べ物の感謝なら、私達の神を裏切る事も無いですね。
私達も食べ物に感謝しましょう」
民俗学者がそう言うと、軍人も外交官も それぞれの言葉で、食べ物に感謝を伝えて食べ始めた。
「ほう…普通に美味い。」
「良い感じですね…ただ、品種や味付けが違うのかな…。
少し違和感がありますが、こう言う食べ物だと思えば十分に行けますね。
あ~良かった。」
「良かった?」
「いや…ね…この仕事をしていると、その国 特融の珍味にあたるんですよ。特に発酵食品…。」
「あ~チーズとかですか?」
「ええ…それに、大豆を発酵させた納豆…中でも驚いたのは、魚を焼かずに食べていた事です…あれはキツかった。」
「ははは…」
日本食は良くも悪くも規格外だからな。
「飲み物は水か…ワインがあれば良いのだが…。」
外交官が言う。
「ワインですか…残念ですがアルコール飲料は潜水艦に積んでいませんね」
「それは宗教で飲酒が禁止されているとかですか?」
「いいえ…確かに 今では酒を飲む人が少なくなっていますが、これは 前に酔っぱらった船員が、船の操作を誤って 岩壁に船体を擦ってしまった からんですね。
それからは、潜水艦に酒は乗せなくなりました。」
「客なら 多少酔っていても構わないだろうに…。」
いや、外交官こそ 酔っぱらって ポロっと余計な事を言ったらダメだろう。
「次からは 積んでおきましょうか?
具体的にどんなお酒が好みですか?」
「ジンだな」
「アルコール度数40…蒸留酒がお好みですか…。
90越えの蒸留酒…火酒がありますが…」
「ほう…90か…一度 飲んでみたいものだ。」
おいおいおいアレを飲む気か?
アレは ストレートで飲む物じゃないぞ。
「ハルミ…あなたの国は どんなお酒があるのですか?」
「麦から作ったビール…それと火酒ですね。
基本、果物の果汁に少量の火酒を入れるカクテルが主流です。
一応言っておきますが、ストレートで飲む人はいませんからね。」
「残念だ」
この外交官、酒が好きなのか…。
帰りに火酒を土産に持って行かせるか?
何処の国でも酒はある…それは禁酒の国だって例外ではない。
私達は互いの共通の酒文化を中心に、夕食を楽しんで行った。