04 (スパイ観光客)〇
1911年6月。
文章でのアメリカ、ブリテン、ドイツの3ヵ国との交渉の結果、文化交流の為にトニー王国は 離島で各国の関係者を1週間 過ごさせる観光旅行に招待した。
各国の招待客は 6名…。
外交窓口としての能力がある人物、英語を使える通訳者、指揮権を持つ軍人…これらの人物を含んでいる事が条件だ。
招待客の使用言語は 基本 英語で行われ、ブリテン、ドイツの観光客は、今 仲が悪くなっている 第三国であるフランス領のブレストの港に集合。
アメリカ側は 死の海域から十分に離れた指定のポイントまで軍艦で行き、こちらの船に回収される予定だ。
発令所。
海面から上半分を出した 潜水艦が、前方に見えるブレストの港を映し出す。
まだ向こうとの距離は かなり離れているが、付近のフランスの戦艦に警戒されている。
流石に まだ銃口を向けられている訳じゃないが…。
今はモールス信号を使った暗号化がされていない平電文で、こちらが非武装の外交船で、これから国交の為にブリテンとドイツの外交官を乗せるだけとアピールする。
港には事前連絡が入っているはずなんだが…あの戦艦には 伝わっていないのか?
と言う訳で、今は 向こう側が確認中だ。
入港の許可はもう少しかかるだろう。
「何と言いますか…。
ちゃんとした港に停泊する何て初めてじゃないですか?落ち着きませんね…急速潜航の用意をしておきます。」
この潜水艦は非武装の為、機銃程度ならともかく、大砲なんかを撃たれたら持たない。
その為、急速潜航して 海中に潜る事で、海水を盾にする防御戦術だ。
「落ち着かないね…最近、少し個性が出て来たか?」
ハルミがドラムに言う。
「ええ 100年使われた物には魂が宿るらしいですから…。
私の生まれは 1706年…当時の私は まだ電卓でしたが、流石に205年も学習し続ければ、魂も生まれるでしょう。」
「付喪神信仰か?
とうとう、宗教を持ち始めたか…。」
「と言っても、便利な道具を開発して信者を助けるエクスマキナと、長く物を使うと魂が宿る付喪神…どちらも道具の神様です。
相性が良いと思いませんか?きっと親戚ですよ…。」
「ははは…そうかもな…。」
私の身体は2回ロストしている。
1回目の生身の私の身体は、恐慌状態のロシアの兵士によって殺され、頭のデータだけをコピーして、機械の身体を渡されて 次に死んだのが木星…私はその記憶がない…戦闘前にコピーされた バックアップデータだからだ。
その他、細かい部品の交換は数えきれない量…もう物理的には 全く違う私になっているはずだ。
テセウスの船の思考実験…パーツ交換で時々思う。
もしかしたら このパーツが私の本体で、ゴミ箱に捨てられ、リサイクルされるのでは ないかと…。
それでも私は魂を削りつつも、交換したパーツに魂を吹き込んで自己同一性を保ち続けている。
なら、ドラムは如何だろう?
コイツらは リアルタイムの同期と コピーが日常だ。
ドラムの魂は、このドラム型の身体に宿るのか?
それとも、自己学習結果のドラムのプログラムに宿るのか…。
まぁ観測者の感じ方によって 自己同一の定義が様々だし、究極『本人がそう感じているなら そうなんだろう』で片付く話ではあるんだが…。
「魂って難しいな…。」
「ハルミ、戦艦の許可、港の許可が出ました。
如何やら 蒸気船で来る事を想定していて 潜水艦が来るとは 予想外だったようで…。」
「まぁそうだろうな…。
感謝の電文を打ったら 入港。
ソナーで機雷の確認を徹底して…多分、大丈夫だろうが…。」
「分かってます。
微速 前進…入港します。
ハルミもお早く」
「分かった…何かあったら すぐに連絡。
それじゃあ…」
私は発令所から出て、お客さんを迎えに行った。
「まさか…潜水艦で来るとは…」
「確かに…これなら 他国に気付かれずに移動出来そうですが…。
まさか、先進国並みの武力を持っているとは…」
ドイツの軍人が言う。
「それにしても、ドイツ人と一緒とは…トニー王国も意地が悪い。
現在の世界情勢を知っているだろうに…。」
ブリテンの外交官が英語でボソリと話す。
2つの国の観光客達は、今の国の関係を表す様に 互いに少し距離を離れて潜水艦を見上げている。
船体には 歯数が12の歯車のトニー王国の国教 エクスマキナ教の宗教マークと同じ国旗のマーク、その下には ひらがなとカタカナを使った『トニーおうこく』の文字。
そして隣には 握手をした外交マークが描かれている。
後は『がいこうせん』…外交船か…。
「外交専用の船と言う事か…。」
船体には、私達を上から見下ろす女がいる。
気に喰わないな。
「遅れて失礼…私はハルミ・サカタ…軍医です。
今回は皆さんのガイドとお世話をさせて頂きます。」
女…ハルミが大声で言う。
「遅れた理由は理解している…入港に問題が発生したのだろう。
キミ達に非が無い事も分かっているつもりだ。」
少し遅れて来る文化は無いみたいだ。
「助かります…今 下げますね…。」
船体を固定するアンカーが海底に降ろされ、潜水艦の中に水が入り、船体が重くなったのか徐々に船体が沈んで行く。
しばらくして、私達の身長位の高さまでに下がった。
「縄梯子を降ろします。
離れて下さい…」
そう言うとハルミが縄梯子を放る…。
「おっと…」
「乗れますか?」
「ああ、問題無い」
縄梯子を掴んで、潜水艦の上まで上って行く。
縄はワラじゃなく、何らかの極細の白い糸が 丁寧に編まれている。
これは編み機で自動化もしているな…。
「ようこそ…こちらに…柵が無いので 気を付けて…。
はい…これで全員ですね…床が降りますよ」
「おおっ…昇降機か?」
私達が立っている潜水艦の船体が、ゆっくりと下に移動し始めた。
昇降板の大きさは非常に大きく、車が4台は一気に運べそうだ。
「この船は2階建てです。
皆さんが到着まで生活して貰う場所は、B1区画です。
貨物用倉庫を外交用に改造した物なので、窮屈は しないと思われます。
ただB2は機密区画…侵入した場合、拘束…最悪 射殺される事もあります。
気を付けて下さい。」
「確かに…潜水艦は機密の塊だからな。」
私がハルミに言う。
B1区画は昇降機を降りて すぐ下で 大きな水密シャッターの隣に人サイズの水密扉があり、ドアには 丸いハンドルが取り付けられている。
「こちらです。」
ハルミがハンドルを回して、扉を開ける。
私達が昇降板から降りると、昇降板が上がり出し、昇降版の下の大きな穴が見える…そして、光が差し込む空を昇降板が塞いでガチャリとロックが入る。
「では、ここが男女共用のトイレです。
次に こちらが食堂になります。
キッチンに 6人用テーブルが4つと椅子が24席分あります。
黒板もありますので、外交や作戦会議も行えます。」
「ほう…これは良いな」
高級感が溢れる暗めの木目で、床、テーブル、椅子が作られており、椅子には 座り心地は 良さそうなクッションも取り付けてある。
潜水艦の中だと言うのに かなり広い空間で、窮屈感が無い。
テーブルと椅子は 床に固定されていて、金属の固定部品を隠せていないのが唯一の欠点か…。
「さて…こちらが皆さんのお部屋です。」
絨毯を敷き詰めた床に、6人用のテーブルに椅子。
壁側には 3段ベッドが左右に設置されていて、クローゼットや全身を写せる大きな鏡がある。。
ベッドのサイズは 大きく、真っ白な清潔なシーツを被せ、その上に肌触りが良さそうな毛布が綺麗に畳まれている。
転落防止の為か ベッドに 柵が付いているが、高級感を失っていない。
「こちらがトイレと、洗面所、反対側がシャワールームです。
ご自由に使ってください。
では こちらには?」
「私達が使わせて貰おう…」
ドイツ側の通訳が言う。
「分かりました。
ではブリテン側は、向かいの部屋で…。
食事の時間は、朝8時、昼12時、夜6時の3食です。
間食や飲み物が欲しい場合は お気軽にお申しつけ下さい。」
ハルミはそう言うと、頭を下げて出て行った。
「行ったな。
午後3時か…。」
ドイツ軍人はブリテンが部屋から出て行った所で、手帳を取り出し、今の時間を記録する。
死の海域までの距離は既に分かっているので、到着するまでの時間が分かれば、この潜水艦の平均速度が割り出せる。
仲間は ストライプ模様のネクタイを外し、部屋のサイズを記録している。
彼のネクタイのストライプは、丁度 1cm間隔で作られている。
「それにしても、身体検査も無かったな。」
私は 背広の内側から最新型のハンドガン、ルガーP08を取り出す。
「身体検査をすれば、相手を信用していないと思われると 考えたんじゃないでしょうか?」
「そう言う事か…。」
「ふむ…トイレは水洗式か…。」
「この棚…木製と思いましたが、表面がツルツルしていますね…ニスかな。」
「これ…電球とは構造が違うのか?」
部屋を照らす照明を見ながら私が言う。
「これからの戦争の為に何とかトニー王国を巻き込んで、同盟を結びたいんだけど…」
「トニー王国が 時代錯誤な封建制を使っている以上、領主を金か女で買収出来れば、領民は我々に協力するしか なくなるでしょう。
意外と簡単に墜ちるかも しれません。」
「そう簡単に行けば良いのだけどな…」
私は持って来た荷物を整理し、これからの事について考えた。