25 (死の記録データ)〇
トニー王国…港の街。
ある程度 クーニー家族の生活が 落ち着いた所で、ハルミは 実験の成果を見る為に港の街に潜水艦で戻った。
街の光景は、すっかりと変わっており、上下4射線の歩道付き道路が一般化していて、地上から電柱が消え、歩道の下の地下室には 電線、水道管、レーザー通信機などのライフラインが設置され、あれから区画が整理された事が分かる。
道路横の店は 素材の性能が上がった コンテナハウスを並べて建設する いつもの方式で、DLが民家を折り畳んで運び、道路の敷設をDLが行っている。
DLが普及した事で、土木重機が本当に簡単になった。
そろそろ第二次世界大戦に向けて、戦争の為の人員や兵器などの生産をゆっくりと進めている所だ。
その為、ここでは 港を本格的な軍事基地に造り替える作業をしている。
私は歩いて、この街の保育院の隣の施設に向かう。
そこには『赤ん坊工場けんきゅうじょ』と描かれた看板が取り付けられていた。
「お待ちしておりました。」
「また所長が変わったな…」
私がまだ幼さが残る男性に言う。
「前の所長は老衰で死にました…2年前ですかね。
私が今の所長コボラです。」
「随分と若いな…20歳位か?」
「ええ…18です。
こんな 時間が掛かる上に実りの無い研究をやるのは、結構な熱意がいりまして…。
法的には問題無くても倫理的には完全にアウトですし、私も含めてメンバーは 実質、6人…。
後は定期的に参加する幽霊部員位でしょうか…。」
コボラが言う。
ここは保育器を元に人工子宮を造って、赤ん坊を人為的に産み出すのが目的の施設だ。
私は部屋を見渡す。
室内には、頭の凹んだ胎児や1つ目の胎児など、製作過程で作られた不良品がホルマリン漬けにされて標本にされている。
まぁ科学の発展は無数の動物実験の犠牲の上に成り立っているから より多くの人を救う研究の為には 犠牲が出るのは 仕方がないのだが…。
正面を見ると 上下に機械類が取り付けられた 大型冷蔵庫サイズの試験菅があり、中には 羊水の成分を完全に再現した人工羊水で満たされ、その中には獣の耳と尻尾があり、小麦色の肌を持つ女の子の胎児が羊水に浮かんで眠っている。
彼女のへそには まだへその緒に繋がっており、そのへその緒は 上部の人工胎盤に接続され、血液を一度回収して その血液に適切に管理された栄養成分を混ぜて へその緒を通じて胎児に送り返す。
こうする事で、胎児は成長し続ける…これが母親の子宮の再現だ。
私がマーティンと一緒に未熟児の治療していた理由の1つは、この未熟児の実験データが どうしても欲しかったからだ。
これで トニー王国内の犠牲者を最小限に抑え、必要なデータを取れた。
で、この成分をベースに 成分の配合や管理方法を変えて 成長速度を上げる事で、母親以上に安全で高性能な子宮を手に入れる事が出来る。
と思っていた のだが、産まれて来る子供に先天性の障害を持つ確率が自然出産より多い事が発見された事で一時中断し、原因を調べる。
原因は 自然出産の場合、精子と卵子が合流するまでの道のりで 弱い個体が排除されるのだが、人工授精だと この選別過程が無かったからだ。
で、受精卵時の遺伝子を徹底的に調べ、先天性の障害が起きそうな受精卵を排除し、良質な個体を人工胎盤に着床させる選別作業が始まった。
2600年時の考え方だと、受精卵時点で 人間扱いされるから 完全にアウトなのだが、法律制定前だし 問題は無いだろう。
で、こうなると ついでに やってみたくなるのが遺伝子組み換え…。
まぁ この方法は 優良個体の掛け合わせて選別する訳だから、品種改良が近いんだが…。
「で生まれたのがこの子だと…」
「ええ…獣人族のロウの直系の娘の卵子を使用しています。
遺伝学的には 非常に良質な個体になるかと…」
「まぁ優良には なるだろうな…。」
獣人族は、氷河期の少ない食糧事情でも 生きられる様に脳の大型化と身体を小型化して肺は鳥に使われている気嚢。
胃液が弱酸性に抑えられ、限られた食べ物から多用な栄養成分を供給出来る 腸内細菌の増加、これで 人では 生成できない栄養分を腸内細菌を身体に吸収する事で、生命活動に必要な栄養素をすべて自己生成 出来る。
更に小さい割りに筋肉量を増やして、重量と筋力量の最適なバランスを取り、目は盲点が無いタコの目に再設計…。
身体を小型化した影響で 出産は確実に難産、もしくは未熟児になる為、腹にカンガルーの育児嚢を追加し、超未熟児状態で腹から出して 育児嚢で育てる仕組みにした。
で、それらを人間と交配出来るギリギリまで突き詰めたのが、ロウになる。
ロウの遺伝子は 芸術並みに美しいし、ホモ・サピエンスと交配しても ロウの獣人族の遺伝子が優先になる為、人類の欠点を克服した完成された人類が増える事になる。
ただ、1つ懸念なのは、ロウの不老遺伝子と寿命遺伝子…。
老化を防いで歳をとっても若い状態を保ってくれるのが、不老 遺伝子で、これを入れる事で 実質 寿命が無くなった訳だが、文明生活の無い野生で過ごす以上、獣人族が 大量発生する可能性がある。
そこで寿命遺伝子だ。
これを入れる事により 老化を防ぎつつ、生態系を壊さない為に 30年と言う 短いリミットを意図的に設定出来る。
多分、いつかは 寿命遺伝子が外れた寿命の無い 不老個体が現れるんだろうな。
「それで…この子の名前は?」
「ルゥで…ルゥ・ワイズ ウルフ。
この子が生まれて 安全の確認が取れれば、赤ん坊の大量生産が出来ます。
これで 少子化になっても 精子と卵子さえ入手出来れば その年の出生数を補う事が出来る様になりますね」
「ここまで長かったな…」
「まぁ私は まだ3年目なので、研究の大半は 前の所長の研究成果のお陰です。
私達は 一方的に利益を得られるんですから 感謝しませんと…。」
「その次の世代に研究を繋ぐ積み重ねが大事なんだよな…。
寿命がある人には、あまり理解されないんだけど。
それじゃあ 研究成果をまとめて、国に売り込みだな。
きっと高く買って貰えるぞ」
「そうですね…後で残りの5人も紹介します。
彼らは まだ仕事の時間なので…」
「副業でやっていたのか…」
「そうです。
まぁ先の見えない研究でしたから…それでは書類整理を手伝ってください」
「ああ分かった。」
書類を見て見ると まだ人では無い段階で、かなりの数の命を失っている事が分かる…。
1つ1つの犠牲者の記録は詳細で、無駄死にを避けている事は分かるが、私が何割かは軽減 出来ても この数の犠牲者が出来るのか…。
私は そう思い、彼ら彼女らの死を無駄にしない為、死の記録データを論文にまとめる作業に移った。




