23 (酒飲みバギー)〇
ボストンに幌馬車が辿り着く。
「マーティン…拠点の当てはあるのか?」
「いいえ…これから探す事になるでしょうね…。
ハルミは?」
「1つだけ…まだ生き残っていると良いんだけど…。」
昼…。
ハルミは堅牢なレンガ造りで、床がコンクリート舗装されている 物流倉庫に辿り着く。
物流倉庫には 出入りをしている 荷台を取り付けられた 3輪バギーが見え、一般の客もゾロゾロと店に入って行く。
店の看板には『Cloud company Boston branch(クラウド商会 ボストン支店)』と書かれている。
「ちゃんと生き残っていたんだな…」
私は幌馬車を止めて『Cloud cafeteria(クラウド食堂)』と書かれた中に入る。
中はランチタイムだからだろう…テーブル席には労働者と思われる人達が騒ぎながら料理を食べている。
「いらっしゃい…見ない顔ですね…食事ですか?配達の依頼ですか?」
厨房で調理をしている黒人の女性が言う。
「食事3人前を適当に」
「パンと卵、ベーコンにチーズ、スープは コーンスープで如何でしょう?」
「ああ、それで頼む。」
私はカウンター席に座り、それに つられてマーティンも隣に座って行く。
トウモロコシ粉を練ってパンの形に固めた物をテキパキとフライパンで焼いて行く。
前のクラウド商会の通り、ここでの主食はトウモロコシの様だ。
「おまちどうさま~ん?3人…。」
「あ~そっちの家族」
「あなたの注文は?」
「いい…情報が欲しくて 友人の伝手で ここに来た。」
「友人ですか…ん~『あなたは電気を食べますか?』」
「ほう…Yes」
やっぱり、クラウドとナオの情報は伝わっているみたいだな。
「やっぱり…『あなたは不老不死ですか?』」
「不老だかが 不死じゃない…頑丈だが 銃で頭を撃ち抜かれれば流石に死ぬ。」
「では…あの肖像画の方に見覚えは?」
コックが上に飾られている額縁の中の中の木炭で描かれた白黒の肖像画を指差す。
「ああ、一番最初しか分からないな…クラウド、ナオ、フィリアか?」
「正解…『この方は今、生きていますか?』」
「クラウドは本国、ナオはドイツで 今も生きている…フィリアは私が看取った」
「そうですか…『あなたは まだ発見されていない国の出身ですか?』」
「Yes…」
「まさか本当にいるとは…私はソフィアです。
私達、ボストン支店は あなた方に協力します。」
「助かる…」
「それにしても…アメリカのクラウド商会が、まだ残っているとはな…。」
隣のマーティンが言う。
「アメリカの独立戦争後に クラウド商会は アメリカとイギリス間の海上貿易を止めました。
この為、海を挟んで 2つの支店が孤立する事になりました。
私達もてっきり、ブライトン支店は倒産していると思っていましたが、向こうの店は今、如何なっていますか?」
ソフィアが私に聞く。
「ブリテンのブライトン支店は その後にドーバー支店を作り、今は カレーとの海上貿易を中心に行っている。
後は 機関車が発展している ドイツのベルリンに、ベルリン支店を立てた。」
「向こうの方が発展しているのですね」
ソフィアが言う。
「そっちは?バギーで運送している見たいだが…。」
「バギー?…ああ、バッカスですか?」
「バッカス?…大酒飲み?」
「ええ、あれは工業用アルコールを燃やして動いていますから…」
トニー王国のバギーの燃料は酸水素だ。
確かバギーと潜水艦は回収したはずだから、アメリカ側のクラウド商会が自力で開発したのだろう。
そう言えば、ソフィアが料理に使っているコンロもガスバーナーでは無くアルコール燃料だ。
「現在、クラウド商会の支店は、ケベック、ボストン、ニューヨーク、ワシントンです。
こちらも2支店増えました。
こちらの仕事は、海上輸送で運ばれて来た荷物を各会社に陸送する仕事です。」
「で、バッカスのメンテや部品は?」
「自前で製造しています。」
「ほう…外注はしないのか?」
「ニューヨーク支店には、バッカスの製造と部品の製造を行ってる『バッカスファクトリー』がありますから…。」
「酒飲み製造工場か…蒸留酒でも作っているのか?もしくはバー?」
「まぁ あそこは 燃料も作っているので、蒸留酒と言えば蒸留酒ですが、このアルコールは飲むと失明します。
今は部品の製造だけは バッカスファクトリーに頼んで、メンテは各支店のエンジェニアが行っています。
それと、工業用アルコールの製造工場も各支店が持っていて、燃料用だけじゃなくて、近くの工場にも 売ってます。」
「こっちの方が凄いじゃないか…」
酸水素は水と水力発電機で作れる為、それなりの流れがある川なら何処でも作れると言うメリットがある。
ただ、電気分解の為の時間は長いし、気体の為、積み込める燃料にも限りがある。
トニー王国はそれを技術力で解決し、アメリカ側は燃料を液体に変える事で解決した。
もう、これはトニー王国の技術では無い…バッカスと言うクラウド商会が開発した3輪バギーだ。
「いえ…それで、あなたの目的は?」
「そうだ…保育器って知っているか?
前に有ったんだけど…。」
「あっ人工子宮ですね…。
早く出てきたしまった赤ん坊を人工子宮に入れて、安全な体重まで身体を維持すると言う。」
「そう…まだあるか?」
「いいえ…存在自体は知っているのですが…ガスバーナーが よく爆発するのと病院が普及した事で、今はありません。」
「なるほど…アルコールに切り替えたのは、ボンベが爆発するからか…。」
「ええ…ボンベを分厚すれば まだ如何にかなるのですが、今度は重量の問題になりまして…。
今は より安全性が高いアルコールを使っています。
それで…その保育器を普及させるのですか?」
「ああ…もしかしたら クラウド商会が既に広めていると思ったんだが…」
「生命の創造と言う宗教的な問題もあって、一向に普及していません。
私達もリスクを負ってまで教会と敵対する気はありませんから…。」
「生命の創造?」
「表向きには 神が設計した生命の誕生のシステムを解析する事への嫌悪感です。
裏向きでは 母親の子宮を完全に解析出来れば、大量の兵士を製造出来る 様になります。
もしかしたら 兵士では無く、次の奴隷になるかもしれませんが…。」
「兵士ね…製造に最低15年…。
軍が大金を掛けて苦労して育てても、銃弾1発で 戦えなくなる兵士に そこまでの価値があるのか?」
「今の時代…兵士が撃つ銃弾の数で勝敗が決まりますから…」
あ~自走砲や戦車は まだ無いんだっけ?
車に機銃や大砲を取り付けるって言う発想そのものが無いのか…。
「宗教に軍か…ここで保育器を広めるのは難しそうだな…。」
「でもやるんだろ」
私が隣のマーティンに言う。
「もちろん…その為に ここまで来たんですから…。」
「ソフィア…従業員の部屋はまだあるか?
空いているなら そこに泊まりたいんだが…」
「2階と3階がそうですね…。
ただ今は、空いた部屋を宿として貸し出してます。」
「よし、しばらく部屋を借りよう…この近くの病院は?出来るだけ教えて欲しいんだが…。」
「それなら地図が…」
ソフィアが棚から地図を出し、テーブルに広げる。
「正確な地図だな…ここら辺では、どこもこの位の地図を?」
「いいえ…私達には 優秀な測量士がいますから…。
ここと、ここですね…大きな病院は1つ、無資格の比較的信用が出来る町医者がいる診療所が3つ…。
売り込むならここですね。」
「分かった…今日は休ませてもらうよ…」
「まいど…はい鍵…」
私は金を支払い鍵を受け取り、3階の部屋に向かった。