21 (化学兵器の父 フリッツ・ハーバー)〇
学術会場。
「トマス・ロバート・マルサス は、警告しました。
『土地から取れる農作物には限りがあり、このまま 人が無制限に増え続ければ、必ず食糧不足が発生する』と…。
こちらのデータを見て下さい…これは我が国…ドイツの人口統計です。
この通り 年々人口が上がって来ており、このままだと いずれ、人類は大規模な食糧危機が起きます。
そうなると、より肥よくな土地を求めて 土地の奪い合い…この星全体での大規模な戦争が始まる事になるでしょう。」
メガネを掛けたスキンヘットの中年男が熱弁をふるう。
彼の講義には 大量の客が座っており、席が足りず 立ち見をしている客もいる…ナオもその1人だ。
彼の名は フリッツ・ハーバー…。
ハーバーボッシュ法の生みの親で、空気中の窒素を回収してアンモニアにする技術を確立する予定の人物だ。
「なので、我々は この戦争を回避する為に、自国内に食糧生産に困らない肥よくな土地を作る必要があります。
肥料の三要素は、窒素、リン酸、カリウム…これらをバランス良く大量に含んでいる土 程、より多くの収穫量を期待出来ます。
ただ、この窒素だけは気体の為、空気中から取り込み、アンモニアに変換する必要があり、クローバーや豆類などの植物の吸収に頼るしかありません。
ご存じの通り、アンモニアは人や動物の尿からでも取れます。
ですが、それを使っても とても 農作地 全体を賄いきれません。
なので、今後は アンモニアの大量生産が必要になってきます。
その出資を皆さんにして頂きたい。」
ハーバーは 集まってくれた皆を見て言う。
彼の目的は 自分の研究に金を出してくれる出資者を集める事だ。
「その研究…教えられない事は分かっているが、どの位進んでいるのかね?
そして、実現性は?」
ドイツ軍の服を着ている軍人で、意味が分からないが沢山の勲章をジャラジャラ つけている事から 偉い立場の人間だと言う事が分かる。
「窒素を1000℃まで熱して、すぐに-30℃の温度まで下げると少量ですがアンモニアを生成できます。
ですが、問題なのは 少量過ぎてコストに見合わないと言う事です。
他の方法でより安価に生成する方法を見つけ出す必要があります。
私も いくつかの方法を考えていますが、最終的に 触媒も含めた総当り実験になるでしょう。」
総当り…つまり 可能性がある鉱物を片っ端から反応を試して行き、当たりを見つける方法だ。
この方法だと、時間も金も掛かるが、適切な条件を見つけられる可能性が高く、それに 総当りの都合上、予想外の発見が生まれる可能性も出て来る。
「だから金が掛ると…」
「ええ…それに人も必要です」
「アンモニア…硝酸か…。」
軍人が呟く…どうやら 彼の研究の価値に気付いた見たいだ。
アンモニアは硝酸の材料…つまり火薬を作れる。
今まで アンモニアをオストワルト法で 硝酸にしていた訳だが、アンモニアの絶対量が少ない為、そこから 生成される火薬の量も制限が掛かっていた。
だが、アンモニアを大量生産 出来れば、それを原料にして 硝酸の大量生産も出来る事となり、更に火薬の大量生産も出来る様になる。
今の時代、国を守るにも侵略をするにしても火薬がいる。
そして、これが人口増加の代償…世界大戦を起せるだけの火薬が手に入ってしまう事だ。
更に言うなら 彼は ドイツの為に毒ガスを作ってしまい、毒ガスの使用のハードルを下げ、世界のモラルを下げた。
今の内に殺してしまった方が良いか?
いや…彼のすべてを把握している訳じゃないし、毒ガスの犠牲者を救えば またアメリカの様に大幅な歴史の修正が必要になって来る かもしれない。
如何すれば スムーズに事が運ぶか…。
「その研究…我々ドイツ軍が買い取ろう…。
食糧の安定供給は 兵站の維持に非常に重要だからな。
競り落としで決めるなら、金を積むが?」
軍人が周りの人を見回す…この場で軍の資金力に かなう物は いないだろう…。
それに例え 競り落とせても、軍は暴力で相手に言う事を聞かせる事も出来る。
資金提供をする人はいない…。
「ええ、私はユダヤ人ですが キリスト教徒…。
必ずお役に立てる事でしょう…」
軍人とハーバーは握手をする。
彼はドイツを愛している愛国者…。
彼は何度も軍人として志願しようとしていたが、その度に研究職に まわされる…予定だ。
如何すれば世界を変えられる?
やっぱり問題は この国から起きるか…。
オレは そう思い決心を固めるのだった。
11月12日…万博 最終日…夜。
オレとクオリア、それにジガとハルミが広場のベンチに座る。
周りを見ると 最終日とあって、どこも かしこも うるさく、酔っ払いが大量発生している。
「残る?ドイツに?
私とジガは、イギリスに潜伏するから、ドイツとは敵対する事になる…敗戦国は悲惨な状態になるぞ」
クオリアがオレを見て言う。
「ああ…知っている…。
でも、良くも悪くも、ここが原因だからな。
オレが何かを出来るとしたら この国だ。
ハルミは クーニ家族に付いて行くのか?」
「ああ、まだ コニーアイランドで写真を撮って無いからな。
ある程度 落ち着いたらトニー王国に戻る。
クラウドに任せっきりだからな。」
「今年から第二次世界大戦に向けて 軍拡をしているからな…。」
今トニー王国では、今までに 生み出された ティルトウィング飛行機、人型機動兵器DL、無人歩兵ドラム、それを運ぶ 潜水艦に、小型ドローン戦闘機を元に戦術を構築して世界大戦に備えている。
クラウドから量子通信で送られてくる情報を見る限り、軍の人数が少ないのは もう仕方が無いが、戦力を見る限りでは 大国との戦闘も普通に勝てるレベルだ。
「クラウドには これから起きる歴史を あえて知らせていない。
今後、最終段階に移行するにあたって、歴史を知っている人物が必要になって来るだろう。」
「分かった…お別れだ。
トニー王国を頼む」
「分かってる…人類の未来が掛っているからな。」
ハルミはクオリア達に そう言い、保育器の所へ戻って行った。
翌日…。
クオリアとジガはイギリスのドーバー支店に戻り、オレ達は空になった保育器を幌馬車の荷台に乗せ、800km離れた港…ブレストに向かう。
クーニー達とは そこでお別れだ。
数日後、ブレスト…深夜。
ハルミの指示通りにパンフェル川の横に幌馬車を止めて、皆が降りる。
「迎えの船が来ていると聞いたが、こんなに夜遅くに来るのか?」
マーティンがハルミに聞く。
マーティンの嫁のアナは、完全に眠っているヒルデを抱いている。
「ああ、周囲にバレるとマズいからな…。」
「マズい?」
次の瞬間…目の前に水しぶきが上げ、120mの円柱の潜水艦が現れる。
「うわっ…これ せんすいかん?」
その声にヒルデが驚き、潜水艦を見て興奮する。
「おお…これでアメリカにいくの?」
「そう…普通の船より断然に速いんだから…」
「ハルミ?あなた一体?」
「まだ見つかっていない国…トニー王国の軍人さ、さっ見つかるから早く乗って…。
ナオ…送ってくれてありがとう…頑張って」
「努力はするよ」
オレはそう ハルミに答えた。