18 (より多くの子供を救う為に…)〇
夜…広場。
万博から客が返り、町の飲み屋や宿に戻って行く。
昼間乗っていた動く歩道は 止められ、エッフェル塔がライトアップされ美しく輝く。
中には 万博が開催されたが まだ建物の作業中の人達もいる。
まぁ万博の開催期間は長いからな…中盤位に完成させられれば良いと思っている組だろう。
「夜食ですか?」
腰まである長髪の銀髪の少女が金之助に聞く…歳は 10~12と言った所だろう…。
その後ろには、短髪の銀髪の女性がテントを畳んで店じまいの作業をしている…姉妹だろうか?
「あっいや…じゃあ、残り物で 適当に挟んで貰えるか?」
私は少女に言う。
「はい…少しお待ち…」
少女がテキパキと作業をしている。
「ここはクラウド商会の店だと聞いた。」
「ええ、ドーバー支店の出店です。」
「私達をエゲレスに運んでもらう事になっているのだが…」
「……お名前は?」
「夏目金之助…」
「そうですか…あなたが…私はクオリア…あっちがジガ…。
ジガはドーバー支店の経営者です。」
「ここでは 女が経営者になる事が一般なのか?」
「いいえ…まだまだ珍しいです。
ジガ…」
「はいよ…」
ジガと呼ばれた女性が こちらにやって来る。
「私達が乗る船の出航予定は 分かるか?
詳しい日にち やら時間は、聞かされていないのだが…」
「既に金は貰ってる。
アンタ達は、ここから北に行ったカレーと言う港で ドーバー支店の船に乗って海を渡る事になる。
今だと1日に3往復位は しているから、その定期便の荷物と一緒に乗る事になる。
つまり、アンタの目的の時間に間に合うなら自由だ。」
「なるほど…」
私はクオリアから緑のサンドイッチを受け取り、フランで支払う。
「おりがとうございます。」
「それじゃあ 1ヵ月程、ここで滞在するよ…連絡が必要なら 向こうに そう伝えて欲しい。」
「分かりました。」
私はサンドイッチかじりながら、宿舎に戻る…。
「あっ…ねえ金之助…。
あなたは『月が綺麗ですね?』を英語に意訳するなら如何しますか?」
クオリアと言った少女の突然の日本語を聞いて私は驚く…が、少女の質問に少し考える。
「月が綺麗か…The moon is beautiful…だと、何かそのままだな。
男女が月を見て美しいと共感出来れば、それは恋愛に発展する。
だからI love you…」
「それが あなたの答えですか…」
「そう…答えとして正しいかな?」
「ええ十分です…どーも」
クオリアがそう言うと私は、宿舎に向かって歩き出したのだった。
3日後…昼、展示場。
折り畳み椅子に座る数人の客にマーティンが資料を渡して講義をしている…その内 一人は医者だ。
一番後ろの席に座っているのは、ナオとヒルデだ。
一応、興味ありそうに聞いているオレに対して、耳にタコが出来る位 聞いているヒルデは、床に届かない足をぶらぶらさせて暇そうにしている。
「このように…新生児の主な死因は、外気によって体温が奪われてしまう凍死です。
まだ皮下脂肪が薄い子供は、私達以上に体温の維持に体力を使う事になります。
なので、湿度が高い37℃の空間を作る事で 新生児は 自分の身体の成長に体力を割ける様になるのです。
この方法を使う事で、1500gまでの新生児を救う事が出来ます。」
黒板に写真などの資料を張り付け、マーティンが言う。
「1500g以下の場合は?」
医者が言う。
「それ以下になると光の点滅や僅かな振動が新生児のストレスを与える事になって死にます。
なので、暗室を用意し、スポイトを使って母乳と水を窒息しない様に気を使いつつ飲ませ続けます。
これで、完全では無いものの いくらか生存率を上げられます。」
「動物実験で試したのかね?」
「ええ…この実験には、未熟児を使っています。
この未熟児と言うのは 人間特融の現象で、他の動物では実験にならないのです。
他の哺乳類は 1日もあれば 動ける様になりますが、人間の場合 半年は真面に動けませんし、何より弱い…。
恐らく、頭が大きくなると 母体から出れなくなるので、完成する半年も前に産み出されるのでしょう。
なので人工的な子宮を用意して、母体の中にいる時間を補ってあげる必要があるのです。」
「確かに…動物は服も着ていないのに普通に動けるからな。
私達が2本の足で立ち、頭が大きくなった事への代償か…」
「あるいは 私達が服を着たから体毛が減って、医学で治療をしてしまうから、この欠陥を抱えた子供が子孫を残せる様になって 今の状態になっているのかもしれません。」
「それは医学自体が、自然淘汰を妨げていると言う事か?」
「ええ、そうなります。
ですが、私達は 自分より強い動物に対して 正面から殴り合いをせずに銃で射殺してしまいますし、他の動物より足は遅いですが、車を使えば動物より速く走れます。
人は道具を生み出して身に付ける事で、自分自身を強化する動物なのです…そこに血の優劣は関係ありません。」
「ふむ…確かに…」
「では、保育器の作り方をお教えします。
私は この技術に対して特許を主張しません…が、この活動を維持する為にも いくらか寄付をして頂けると助かります。」
マーティンの嫁のアナが空の保育器を持って来る。
「見た目通り、構造自体は普通の3段構造の木製の棚です。
一番下の1段目は火を使った加熱室…。
ここは火事防止の為、難燃性の塗料が内側に塗られています。
ここで加熱された熱が、この天井に取り付けられている鉄板を温め、2段目の引き出しに入っている水を温めます。
ここで温められた水蒸気は、新生児の足元にある天井の穴を通じて3段目の保温室に入ります。
新生児の足元から 水蒸気が通り、頭側の天井に穴を開けると水蒸気の通り道が出来て風の流れが出来ます。
後は水銀の温度計を棚に張り付けて、火力を調整しながら室温を37℃に調節し続けるだけです。」
「仕組み自体は単純なんだな…」
「ええ、設計図はこちらです。
各国の事情に合わせて再設計して下さい。」
「ふむ…確かに、これだけの設備で子供が助かるなら安いか…。
分かった…国に帰ったら この技術を広めよう。
今は手持ちの金が無いが、必ず送金させる。
場所は?」
「クラウド商会のベルリン支店で…名前は、マーティン・クーニー」
「分かった。」
「ありがとうございます。」
「いや なに…正当な対価だ。
あなたが生きている間に あなたの研究が正しく評価される事を期待する。」
医者がマーティンにそう返答して去る。
例えマーティンの研究結果が正しくても、周りにそれで不利益を得る人が入れば、その人は評価されず 生涯を終え、死後 利害関係が無くなった時に別の人によって偉人として再評価される。
『偉人と呼ばれる人間は、自分が偉人だと知らない』とは よく言った物だ。
とは言え、今までは 基本 見に来る人がいず、隣の芸術品を見に来た ついでに覗いて来る人が大半の状況で、オレ達サクラを観客席に座らせたりしている状態だった。
だが、営業3日目で医者に出会って高評価を貰えた…これで、マーティンのモチベーションも上がるだろう。
史実では 彼が偉人となるのは 彼の死後だが…果たして今回は如何なるのだろうか…。
「これで救われる子供が増えてくれれば良いけど…。」
オレはそう言い、次のお客を集め出した。