17 (日本から来た留学者)〇
「Hello…can I get your time(こんちには、あなたのお時間頂けますか?)」
保育器がある展示会場に戻る為にバギーを低速で走らせていた所、後ろから歩いている背広を着た人に、発音が下手な英語で止められる。
「Is that an oblique murder threat?(それは遠まわしな殺人予告ですか?)」
まぁこっちも 発音では似たようなものだが…。
オレが振り向くと、そこに いたのは 鼻の下に綺麗に整えられた髭を生やしている 30代のおっさんだった。
「No...Excuse me, I was wearing your Japanese clothes.(いや…失礼、キミが和服を着ていたので…)」
「あ~甚平か…おっさん、日本人なのか?」
オレは200年ぶりに日本語を使う。
トニー王国語は 名詞が英語の日本語なので、まだ何とか話せる。
それにしても、最近はドイツ語ばっかり話していたかな…少し不安だ。
「私の名前は、金之助…。
日本で英語の教師をしていて、小説家…イギリスのロンドンに留学に来た。」
「イギリス?ここはパリ…フランス領ですよ。」
「分かっている…ここから、北の船に乗ってエゲレスに入るんだ。
ここで祭りをやると聞いていたから 予定より1ヵ月程 早く日本を出たんだ。
ここでは 色々な文化が頼しめるらしいからな…。
それにしても…ここ、英語が通じる人が少ないな~」
「カタコトで全体の2割位かな。
今だと海外からお客さんが来ているので、もう少し高いとは思うが…。」
「キミは?」
「日本語、ドイツ語、英語、エスペラント語 位かな…。
ギリギリ意思疎通が出来るレベルで良いなら、もう少し喋れるんだが…」
「十分じゃないか…」
「学のない人と話すなら この位使えないと…ここら辺の人間は皆、母国語でしか喋らないから…。」
「ふむ…それでキミの名前は?」
「えっとナオ」
「まだ若いだろうに…和服を着て、車を普通に持っている。
何処かの会社の経営者だろうか?」
「あたり、オレは クラウド商会のベルリン支店の運営をしている。」
「クラウド商会?…確か、私達が乗る船もクラウド商会だったはず…」
「てことは、ドーバー支店か…。」
あそこは ジガが担当しているはずなんだが、肝心のジガは今、ここで軽食屋を出店している。
多分、別の信頼出来る人物に経営を任せているのだろうが…。
「それで、そのクラウド商会は、この万博で出店をしているのか?」
「まぁ、アイツらは広場で軽食を売っている。
オレは クラウド商会の下部組織…いや、懇意にしている診療所の手伝いなんだが…コレ…。」
オレは金之助にチラシを渡す。
「インキュベーター?孵化器?鶏の卵を孵化させる為の機械?」
「いいえ…母親の腹の中から、早く出てしまった赤ん坊の為の人工的な子宮…。」
「虚弱児の為の子宮か…。
私の妻は虚弱児を産んだことは無いが、日本全体だと結構な数は いるんだろうな。
で、その子供は健康に育つのか?」
「ええ、追跡調査もしているけど、病気や障害のリスクは 健康で産まれて来た子供と同じ…この子もそう」
オレは隣にいるヒルデに顔を向ける。
「お嬢ちゃん お名前は?」
「??」
「いや…コイツ、ドイツ語しか喋れない。
Fräulein, wie ist Ihr Name?(お嬢さん、あなたのお名前は?)」
「Oh Hilde...Hilde・Cooney(お~ヒルデ…ヒルデ・クーニー)
「ヒルデか…よろしく、後で甘い物でも送ろう…ナオ…キミの宿舎は?」
「そのチラシにある展示会場の隣の幌馬車、診療所の仲間達もそこにいる。」
「分かった…一緒に来ている仲間もいるから 今日は無理だろうが、ちゃんとキミ達の出し物を見せて貰うよ…それじゃあ」
金之助は、チラシをカバンに入れて頭を下げて去る…。
「あっちょっと待った…昔アンタと会った事無いか?
顔に見覚えがあるんだが…」
オレは金之助に聞く。
「いや…この国に来たのは今回が初めてだ。
他人の空似だろう」
「そうかな…悪いな引き留めて…」
「なお…しりあい?」
オレの隣にいるヒルデが見上げながらオレに聞く。
「いや…だけど、何か見覚えがあるんだよな…」
なんだろう…理屈では会ったはずが無いのに、顔に見覚えがあるって…。
「あのひとは?」
「金之助…英語の教師で小説家だってさ…。
日本人だって…」
「へえ…じゃあ、なおもジャパーニッシュ?キンノスケーと はなしてた。」
「半分はね…もう半分は中国。
それじゃあ、そろそろ戻ろうか…。
マーティンが心配するぞ…」
「パパ、さいきん、赤ちゃんの めんどーばかり みてる。」
「マーティンは、ヒルデが産まれる前から ここまで頑張って来たからな…。
でも、ヒルデの事が嫌いな訳じゃない、忙しくて面倒が見れないからオレに万博の案内を頼んだ訳だし…。」
「わかってるけど…でも、パパのむすめは わたしだけ…あのこじゃない。」
「分かったよ…マーティンに ヒルデと遊ぶ時間を作らせるよ」
オレはヒルデにそう言い、バギーを動かしてマーティンのいる展示会場に向かって行った。