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14 (クーニー診療所)〇

 数ヵ月後…。

 今日も蒸気機関車から降ろされた荷物を各店に送り、同時に荷物を蒸気機関車に積んで黒い煙を上げて出て行く。

「ん?不完全燃焼か…乗り手が変わったのかな…。」

「見たいですよ…はい、どーぞ」

「どーも」

 オレはサインが書かれた受取り証を受け取りってバギーに乗り、駅を後にする。


 クラウド商会、ベルリン支店…。

「ただいま」

 オレがドアを開けて中に入ると、テーブル席には、白衣を着たハルミと その弟子のアーサーが、身なりの良い1ペアの夫婦と話している。

 女性は腹が膨らんでおり、妊娠していると言う事が分かる。

「あ~ナオ…お客さんだ。」

「患者さんか…」

「そう、彼女は 早産の体質で、産まれて来る子供は 自力での生命維持が困難。

 これまで、2人の子供を亡くしている。

 内1人は安楽死…。」

 ハルミが言う。

「良く産む気になったな…」

「まっ多産多死が当たり前の時代だしな…。

 産まれて来る 子供は、1500g台

 話を聞く限り 死因は多分 低体温症…。」

「点滴が必要になって来る体重か…。」

「そ、と言う訳でしばらく この2人は、ここに泊まるから…」

「分かった。」

「それと薬の調合を頼むよ…」

「了解…」

 アーサーは マーティンと名前を変えて ハルミに弟子入りをし、診療所の医院長をしている。

 彼の振る舞い方は 名医と見間違える位に しっかりとしていて、とてもハルミに弟子入りしている医学生だとは思えない…流石は詐欺師…。

 ちなみに ハルミは、表向きは 看護師(看護婦)と言う事になっている。

 オレは実験室ぽい 私室に入り、現地で集めた素材の成分を抽出して、薬を作る…もう成分表さえ分かれば 大体が調合出来るので、周りには薬師とか呼ばれている。

 調合するのは クロルヘキシジン塩酸塩…殺菌剤だ。

 これは 手術時の皮膚の消毒液や、かゆみ止めなどの塗り薬に使われる。

 この薬が欲しい患者は大体が足白癬(あしはくせん)通称 水虫の患者だ。

 石鹸なども一般人が買えるレベルまで 普及はしているが、足回りは おざなりになる事が多く、不衛生な戦場で戦う兵士を中心に水虫患者が増えて来ている。

 死に直結する事は無いとは言え、軍では これが結構問題になっており、定期的に軍医さんが個人的に購入しに来て、軍で使われている。

 如何(どう)やら 近くの大型病院の水虫薬より こっちの方が効果が高いらしく、オレが個人で生産している為、大量生産が出来ない問題を抱えているのだが 人気は 上々だ。

 な訳で、色々な人の クチコミによって それなりに知名度が上がってきた事で、今回の妊婦がやって来た訳だ。


 彼女の問題は飲酒と喫煙…。

 ハルミは まず、喫煙を止めさせ、酒の量も水で薄めて度数を下げた。

 彼女が飲んでいたのはルーツブランデー…。

 蒸留酒(スピリッツ)に果汁や砂糖を入れた飲み物で、非常に飲みやすい…早い話、度数が非常に高い ストゼロだ。

 ベルリンでは、拘束時間12時間とか16時間とかの過酷な労働環境に『飲まねぇとやってられねぇ』と言った感じで、ブランデーを飲んで酔っ払いながら仕事をしている労働者が多くおり、社会問題に なって来ている。

 あれはイギリスの絵らしいが その光景は 本当に『ジン横丁』の絵の通りになっている。

 後は肉類中心の脂っこい食べ物を、ここの食堂では 普通に食べられているミドリムシ料理に切り替えて栄養価も良くする。


 と言う訳で、ハルミの手により 赤ん坊は 無事出産。

 1620gで、ハルミが保育器に入れて 赤ん坊の細い血管に点滴を刺す。

 入れられたのは 生理食塩水とブドウ糖の混合液だ。

 ちなみに、まだ点滴の道具は開発されておらず、完璧に この設備はオーパーツになる。

 まぁ海外の医療技術が進んでいると良い訳するしかないな…。


 開業から2年後、1888年春…。

「何と言うか、最近金持ちが多くないか?」

 最近数が増えて来た 妊婦を見てオレが言う。

「まぁ…治療には 金が掛るからな~

 金が無いと真面な治療も受けられないだろうし…」

 ハルミが妊婦達の健康書類を見ながら言う。

「何と言うかヒドイですよね…。

 表向きには『未熟児は 生きる力が無いから安楽死』とか言っている医者が、身内には この診療所を進めるんだから…。」

 マーティンが言う。

「多分、病院側の方針なんだろうな…。

 これが現場で広がって欲しいのだけど…」

 オレが言う。

 金は入って来るから良いが、肝心な低所得者は 一切診療所に来ない。

 色々な病院に 手紙と言う形で保育器を売り込んでいるが、効果は一切無し…こんだけ臨床試験の結果が有能だと言うのに…やっぱり現場の心理は拭えない。


 更に2年後の1890年。

 患者が多くなった事で マーティンを独立させ、新しく『クーニー診療所』を建てる事になり、ベルリン支店の近くに宿泊施設付きの診療所が出来る。

 その年に、新しくハルミに弟子入りをした看護師(看護婦)アナベル・メイ(アナ)を診療所で雇い、マーティンの動物実験に興味を持った事で2人は結婚し、この年に娘であるヒルデガルド(ヒルデ)が生まれた。

 彼女は 保育器ありの点滴無しで、半月もせずに3㎏を越えた。


 1895年…。

「失礼します」

 しっかりとした身なりの青年が診療所に入って来る。

「はい いらっしゃい…患者さんですか?」

「いえ…患者は私の妻で…医院長を呼んでいただきたい。」

「はい…少しお待ちください」

 オレは 診察室にいる マーティンを呼んで来る。

「はい、僕が医院長のマーティン・クーニーです。」

「私は ピエール・ブーダン…。

 身重の妻が安全に出産出来る病院を探して、あなたの診療所の設備を見に来たのですが…」

 ピエール・ブーダン…有名な小児科医だ。

 確か歴史では マーティンがピエール医師の弟子と嘘を付いていたはず…。

 ここで出会ったのか…。

「分かりました…こちらに どーぞ」

 診療所に使われてる異国の最新の医療技術に関して、マーティンやハルミと話しが進み、信用を得られたであろう ピエールは すぐに汽車に乗って帰宅し、数日後 身重の妻を預けられた。

 有名な小児科医が利用したと言うお墨付きは、マーティンの社会的地位を上げて行くだろう。


 その年…夏…。

「ベルリン産業博覧会にパリ万国博覧会か…」

 新聞の見出しを見ながらオレが言う。

 ベルリン産業博覧会は今から1年後…。

 パリ万国博覧会は、5年後の1900年にパリで開催される国際 博覧会だ。

 ベルリンは分かるが…なんで5年も前に…と一瞬 思ったが、この時代、手紙だけで情報を交換していて、ジェット機なんて物は無く、動力船で移動するのが普通の時代だ。

 大規模に人を集めるなら、その位の時間は 必要になって来る。

「マーティン…これ」

 ソファーで暇をしているマーティンに新聞を見せる。

「博覧会ですか…」

「そ、ここに 保育器を出店して見たら如何(どう)だ?

 診療所の知名度が急激に上がるぞ」

「確かに…これなら…でも赤ん坊は?

 ベルリンの博覧会はともかく、5年後に都合良く未熟児の赤ん坊が手に入りますか?」

「あっそうか…となるとパリ付近の病院と交渉しないと いけないのか…。

 まぁ後 5年もあれば 十分に出来るか~」

 オレは そう言うと、早速 2つの万博用の書類の作成に取り掛かった。

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