13 (コンコルド効果)〇
ベルリンの大型病院にナオ達3人は 保育器を持って行く。
この病院の医院長に 売り込む為だ。
事前に手紙で やり取りをしていたので、スムーズに 応接室に通して貰った。
「ようこそ…」
医院長が座った後にオレ達はソファーに座る。
「それで、これが?」
医院長は木とガラスで出来た保育器を見る。
「ええ…人工子宮です。」
アーサーは カバンからネズミの実験資料と広げ、商品のプレゼンをして行く…。
「そして、この実験結果を元に 両親の協力の元、新生児の実験を行い、1ヵ月で 子供は ここまで成長しました。
これは 生身の子宮での成長速度と ほぼ同じであり、食べ物を消化 出来るまで胎児の身体が出来ていれば、この方法で新生児を救えます。」
「……結論から言いましょう…私の病院でこれを使う事は出来ません。」
「!?何故ですか?ちゃんと実験結果が正しいと証明しているでしょう?
これで、早く出て来てしまった子供達を 救えるのです。
理由を聞かせて頂きたい」
アーサーが食い下がる…まぁそうなる だろうな。
「まずは、これが動物実験を元に作られたと言う事です。
下等生物であるネズミで実験が成功したからと言って、高等生物である人に それが適応出来るとは限りません」
「ですが、現に1人新生児を救っています。」
「それは 4.5ポンド(2000g)だからです。
単に この子が丈夫だった だけでしょう…。
それに救ったと言っても たった1件…しかも経過観察が不十分…。
この場合、後10年は子供の成長を観察して その子に障害が出るかを確認しないと」
「ネズミと違って人は 成長速度が遅いのです。
今、殺されている命を救う為にも協力して頂けないでしょうか?」
「残念ですが…不確定な治療法では…」
症例を集めるには 病院の協力が必要で、病院から協力を得るには 症例が少な過ぎると…。
つまり、協力を得るのは 実質 不可能だ。
「なぁ医院長さん…。
どうせ殺しちまう 赤ん坊を実験動物にして 何が問題なんだ?
それに保育器を出るまで育った時点で実験は完了だ。
障害が出るか何て、その後の生活の影響の可能性も十分にあるだろう…」
オレが医院長に言う。
「それは……」
ああ、なるほど…やっぱりな…。
「ではアナタに聞きたい。
不完全で 未熟な形で産まれて来る障害者を無理やり、その機械で生きさせて、これからの辛い一生を歩めと言うのですか?
それは 産まれて来る 子供に、そして それを面倒を見る親に取って幸せな事なのでしょうか?
私は 子供の為に安楽死させる事は 正しい事だと思っています。」
そして、その子が障害を持っているかを確認する前に殺してしまうと…。
いや、未熟児の時点で それが障害なのか…。
「それは…でも、その赤ん坊は 口が聞けないだけで、生きたいと思っているかもしれない。
もしかしたら、大人になっても障害が出ないかもしれない。」
「ダメです。
私の判断で この病院の今後が決まります。
そんな、不確定な治療で新生児を苦しめたくありません。」
「………。」
平行線だな…。
「それじゃあ、交渉決裂って事で良いか?
とっとと別の人に売り込むから…」
オレは立ち上がり、保育器を押し、ハルミとアーサーも立ち上がる。
「きっと何処も無理ですよ」
「でしょうね…でも、その内、その常識も変わるかもしれませんよ…。
それでは…」
オレ達は、保育器を押して病院を後にした。
クラウド商会ベルリン支店。
「クソ…何で、これで赤ん坊が救えるってのに…」
「救うとマズいんだよ…」
オレがアーサーに言う。
「何で?」
「保育器を使って未熟児がちゃんと健康な大人になっちまったら、今まで殺処分していた無数の未熟児の殺人を正当化 出来なくなる。
だから、あの医院長は 自分の心を守る為に『未熟児は 先天的な欠陥を抱えているから安楽死させた』と自分を正当化させるしか無いんだ。
で、これからも その理屈で未熟児を殺して行って死体の数を増やして行って、自分の意見を変えられ なくなる悪循環が発生する訳…。
これ、コンコルド効果って言って…あ~まだコンコルドは無いか…。
とにかく、赤ん坊を直接 取り上げる産婦人科や小児科医は 絶対に保育器の存在を認めないだろうな」
「そんな…」
「それを覆すのが、今後の課題だな…。
ハルミは何か良い案はあるか?」
「そうだな…ここって関係者だけとは言え、医務室があるし、いっそう開業してみたら如何だ?」
「診療所をですか?
ですが、僕には医学的な知識は…」
「私は ここの社員の面倒を見ている医師だ…一応ナオも…。
この国で資格を取った訳じゃないから、ここでは 無免許医になるんだけど…。
民間の自称 医者や まじない師がいる位だし、問題ないだろう…」
ここでの医師免許は、特定の医大を卒業する事で貰える資格だ。
なので、医療保険なんてない ここでは、医療費が非常に高くなる。
その為、安価だが 医療のクオリティが低い 無免許の町医者に治療して貰う事も普通にある。
「まぁ…そうですが…」
「それじゃあ さっさとチラシを作って、周辺の酒場に ばら撒くか…。」
「そうですね…」
アーサーがそう言い、チラシの作成に取り掛かった。