11 (人造人間-ホムンクルス-)〇
「さてと…」
ナオは バタリとドアを閉める。
「あちこちで詐欺を働いている様だな…アーサー・クーニー…クラウド商会の名前を騙ったのはマズかったな…」
「……っ」
「おっと行かせないよ。」
オレは鍵を掛ける。
「別にとっ掴まえたり、殺す気は無い…。
ただ事情を聞きたい…それだけだ。」
ハルミが言う。
「金の為…です。
研究資金が欲しかった。」
「研究資金?なんの研究をしているんだ?」
「人造人間です。」
「何でホムンクルス?
国から支援を得られなかったのか?」
「無理です。
ホムンクルスの製造は、創造主の領域に人が足を踏み入れるものとして 恐れられています…そんなの通る訳がありません。」
「なら、何で人を作ろうとしているんだ?」
「男女がセックスをすれば、子供が出来る事は 皆が知っています。
でも、具体的に如何言ったメカニズムで子供が生まれて来るかは解明されていません。
それを解析して、人の技術で人を生み出す…それが私の研究です。」
「人工子宮?…いや、その過程で保育器が出来るのか?」
いずれにしても このアーサーが、保育器を作る事は事実のようだ。
「アーサー、キミの拠点は?」
「ベルリンに、実験室用の家を買っています。」
「それじゃあ、そこに行こうか…。
私達もホムンクルスには興味があるしね。」
ハルミはそう言い、アーサーの家に行くのだった。
ベルリン、アーサー宅…。
レンガ造りのアーサーの家の中は、この時代の生活レベルとしては良く、地下へのドアがある。
アーサーがランプを持って ドアを開けて中に入り、オレ達が後に続く…ドアは地下室の換気の為に 開けっ放しだ。
キュッキュッキュ…。
「この鳴き声…ネズミ…モルモットを飼っているのか?」
「ええ…薬や解剖の実験動物に…」
地下の部屋にたどり着き、ランプで照らす。
そこには 重ねられた金網の檻に入れられた大量のモルモットがおり、番号と実験の条件、観察結果などが書かれた紙がバインダーに止められ、吊るされている。
「モルモットは 人と同じ哺乳類で、食糧も僅かで 良く増え、世代交代も早いので、実験としては非常に良く使えます。」
オレがバインダーを見て行く。
どれも 毒物を摂取させて、薬と思われる物を投与し、その効果が有効なのかを試している。
「なあ、ハルミ…これ…」
「ああ…サルファ剤だ。」
別名…万能薬…定義にもよるが、一応の抗生物質だ。
1935年にゲルハルト・ドーマクが薬を生み出すより圧倒的に早い。
多分 ニーズが無くて、歴史の表に出なかった研究だろう。
棚には 冷凍保存していないので、サンプルとしては不適格だろうが、試験菅に入ったネズミの血液サンプルが並べられていて、高倍率の顕微鏡も置かれている。
もう病気の元とされる病魔…微生物の存在も知っているのだろう。
最初期の動物実験としては 非常に優秀だ。
「見せたいのは これです。」
「うわっ…」
まぁ動物実験なんだから、こう言うのも普通にあるのだろうが…ガラスケースの箱の中で、布の上に乗せられているのは、ネズミの胎児だ。
「母親ネズミの子宮を切開して、中の子供を取り出した物です。
取り出した子供は、そのまま放置した場合、衰弱死、もしくは凍死に似た症状を発症します。
なので、この箱の中は、母親の子宮内温度と同じ、37℃になる様に調整しています。
この状態だと胎児は まだ エサを消化出来ないのですが、母親の血液や母乳を飲ませる事で、衰弱死を防ぐ事が出来ました。
消化器官さえ 出来ていれば、この方法で生きられます。
後は この子供が、ネズミの寿命生きられるか ですね。」
「いや…凄いな。
それで、それより前の胎児は?」
「おそらく、母親に繋がっている へその緒から何かしらの栄養を胎児に供給して 貰っているはずなので、へその緒をチューブに接続して、その成分を入れれば、如何にか なるかと…。
次は へその緒の中身の成分解析ですね。」
実際だと、栄養補給の他にも感染症や光の量、振動によっても簡単に死ぬ訳だが、研究途中だと考えれば、正解に非常に近づいている。
「素晴らしい研究だ。
研究費用が欲しいと言っていたな…クラウド商会から正式に出資しよう。」
ハルミが言う。
「まさか…ホムンクルスの兵士でも造る気ですか?」
「いや…私が欲しいのは その前 段階…。
世の中には、予定より早く産まれて来る未熟児がいる。
今までは 生きる見込みが無いと殺処分の対象だが、この人工子宮を使って 腹にいるはずの期間を補えれば、未熟児を救えるかもしれない。」
「確かに…実際に赤ん坊を使った実験は した事が無いですからね。
ネズミと人との実験結果の比較検証もしないと行けませんし…。
良いでしょう…よろしくお願いします。」
アーサーが手を出し、ハルミが握って契約は成立だ。
「こちらこそ」「ああ…よろしく」
史実では 保育器を作って7000人の未熟児を救った英雄とされているが、その人物は 実は 人造人間を作る事が目的で、保育器は その副産物だった。
大量の実験動物の犠牲の上で 手に入れた7000人の命…。
間違った結果、死んで行った未熟児も大量にいた事だろう。
一通りの作業を終えたアーサーとオレ達は階段を上がり、オレはふと暖炉を見る…。
そこには 焼かれて骨の状態になったネズミの死体があった。