09 (到着!! ドーバー支店)〇
1885年春。
「ナオ…クオリア…いるか?」
リュックを背負ったハルミが、オレとクオリアが運営している保育院にやって来る。
「おっ珍しいな」
ハルミとは ここ数年、直接会っていない…いつも量子通信での会話だった。
何と言うか 通信が発達してしまうと、自分で直接足を運ぶ事も少なくなり、大半の事は通信で済ませてしまう事が多くなる。
最近の国民も そんな感じで、外に出ず、ネットショップで物を購入して生活する 引きこもりが人が増えて来ており、社会問題になって来ている。
そんな訳で 国民達の接点が無くなって行き、他人に無関心になり 始めて来た。
今は まだ 学校や ナイトクラブと言った所で人の接点を維持しているが、今後 また少子化が問題になって来るかもしれない。
「それで如何した?」
「ちょっと会いたい人が出来た。
外に行って来る。」
「えっと何処に?」
「フランスのアルザス、ポーランドのブレスラウ、まぁドイツの周辺の国かな」
「えーとアルザス、ブレスラウ、ドイツ…あーここら辺ね。
ここら辺に偉人なんていたっけ?」
オレは頭の中の地図でマップ検索をして位置を特定する。
ドイツ系ユダヤ人には 優秀な科学者が多かったはずだが、彼らが活躍するのはもっと先だ…時代が会わない。
「マーティン・アーサー・クニー」
「ああ例のやぶ医者か…保育器を作ったって言う」
まだトニー王国を建国する前だったか…ハルミから一度、その人物の名前を聞いている。
「そう…この写真を見てくれ」
ハルミがARで写真データをオレに送って来る。
ARウィンドウを開いて 送られて来た白黒のモノクロ画像を見ると、そこには 保育器を中心に、左側に禿げた白色の髪を持つ 丸メガネを掛けた老人の医者…多分、コイツがクーニー医師だろう。
右側には 白衣を着た女性の看護師がおり、2人共 赤ん坊を抱えている。
「ん?」
この看護師…解像度は荒いが ハルミに似ている…気がする。
AIの補整を行って 看護師の解像度を上げ、顔の骨格データを抽出…3Dモデルに変換して、今 ハルミを見て得た骨格データと比較する。
「おおよそ一致…。
この看護師…ハルミなのか?」
「ああ…多分な。
マーティン・アーサー・クニーは、謎が多い人物だ。
産まれた年に、産まれた出身地、医師免許に、小児科の名医である ピエール・コンスタント・ブーダンの弟子であった事…彼の経歴は すべてデタラメ。
なのにも関わらず、彼は当時の最新の医療以上の知識を身に着けていた。」
「民間の医者なんじゃないか?
この時代の医者って、科学的根拠がない治療法で、貧血になるまで血を抜いたり、水銀とか処方するんだろ…。
民間療法の方が医療技術が高かったはず…」
「四体液説だな。
だが、1858年に ウィルヒョーって言うドイツの解剖学者が『細胞病理学』って言う本で、体液病理説を否定して『細胞病理説』を主張した。
だから 今の主流は、現代医療と一緒の考え方になってるはず…。」
「だとすると、医師免許を取っていない事が不自然しいって事か…。
学校に行って無かったとかか?」
「さあな…で、見た目の年齢から逆算しても、そろそろ表舞台に出て来るはずなんだ。」
「分かった。
とは言え、あの地域で真面に活動するには 男がいた方が良いよな。
オレも行くよ…面白そうだしな…クオリア?」
「私は ここに残る…クラウドは 死んだドレイクからプロジェクトを受け継いでいるから、ここを動けないし、空間ハッキングを使える 私が残った方が良いだろう。
今、ジガは 拠点をドーバーに移して、カレーと貿易をしているはずだ。」
「カレー?…あーフランスの地名か…って事は ジガと合流した方が良いかな…それで足は?」
「今回は私用だから、装備更新で退役した潜水艦を1隻買った。
戦闘をしない前提なら問題 無いレベルだ。」
ハルミがオレに言う。
「分かった。
機体のメンテナンスを しっかりやったら、ドーバーに向かおう。」
翌日…港の街の港から 海中を拠点に出来る様にハルミの私財で 快適性を向上させた 潜水艦にオレ達は乗り込み、ドーバーを目指す。
120mの原子力潜水艦の中には、ミドリムシを使ったソイフードを製造出来るソイフードプラントや、薬品の調合や炭素繊維などの資材を製造出来る機械も一式 積まれており、その他には オレ達 義体組やドラムのメンテナンスルームもある。
艦内には 娯楽用の専用サーバーが備え付けられ、艦内に無線によって電子データの娯楽を提供してくれる。
後は、医務室…を超えた艦内病院。
トニー王国の病院で使われている最新設備と同じ物を ごっそりと持ってきており、各種薬品は勿論の事、歯医者のドリル一式や 手術用の無菌室…大型の物だとCTスキャン何かのレントゲン機器も積み込まれている。
現地に難民キャンプでも建てる気だろうか?
そう思わせるだけの設備が搭載されている。
艦内のクルーであるドラムは12機あり、物資の生産や潜水艦の航行は 戦闘に でもならない限り、ドラム達による完全自動で行われる。
そんな潜水艦が、水中ドローンを海上に浮かべた状態で イギリス海峡に入って行った。
発令所…。
「なあ…ナオ…何で こっちに来たんだ?」
艦長席に座るハルミが船員席に座ってドローンの映像を見ているオレに言う。
「そりゃ面白そうだから…。
いや…違うな…仲良くしていた奴らが、片っ端から老衰で死ぬのが嫌になったからかな…。」
「そっか…。
ん…前方に大型船が通過するな…」
「ああ…こっちは潜っているから衝突する事は無いけど…。
おお…これ、装甲艦ウォーリアか?」
大型の帆に風を受けて こちらに向かって来る船は、1860年に進水した鉄の装甲を持つ戦艦で、水を石炭の熱で熱して蒸気を作り動力を得る蒸気機関を搭載している。
石炭の節約の為か、蒸気機関推進に不安がある為か、大型の帆が搭載されており、基本は 風の力で進み、動力機関がそれを補佐する機帆船に分類される戦艦になる。
側面には 最新型の大砲が ズラリと並んでおり、その数は 大小合わせて40門にもなる。
まだソナーは搭載されていないはずだから、こっちは 海中から一方的に攻撃出来るだろうが、船体は 厚さ11cmの鉄板に守られており、こちらの武装では 良い所小規模な浸水で終わるだろう。
つまり、絶対に戦って いけない相手だ。
「気付かれては いない見たいだな。」
ハルミが画面をじっと見ながら言う。
「あんなのに真面に攻撃を喰らったら こっちは終わりだからな。
機関停止を進言…音を消してやり過ごす。」
オレが後ろを向いてハルミに言う。
「進言を了解…機関停止…ドローン下げ、最大静音で待機…。
装甲艦の下を抜ける」
『了解しました。』
機体の操縦を担当しているドラムがハルミにそう言い、即座に機関を停止し、装甲艦が潜水艦の上を通り過ぎるまで待つ…。
…………。
……。
「ふう…行ったな」
「機関再始動…ドローン上げ、速度10」
『ドローン上げ、速度10了解…』
潜水艦の背後に装甲艦を確認してドローンをまた海面に上げ、潜水艦が時速10kmで進み始めた。
真夜中…クラウド商会ドーバー支店。
潜水艦が浮上してオレ達は ゴムボートに乗って海岸にたどり着く。
そこには ランプを持ったジガの姿があった。
「お疲れ…」
「本当にお疲れ…。
まさか、真夜中になるまで 船が途切れないとはな。」
「ここはドーバーとカレーの間の30km位を ひたすら船で往復させているからな…夜中にならないと 人がいなくならない。」
「ジガの潜水艦は?」
「ブライトン支店の地下に置いて来てある。
あそこは、目立たないからな」
後ろを見ると 潜水艦は 再度沈み始め、海の上には 水中ドローンだけが残される。
「さぁまずは 一泊してくれ…明日の昼になったら話そう…。」
「分かった」
オレは達は ジガに連れられて、クラウド商会のドーバー支店の寮に止まり眠りに付いた。
翌日の昼
「さてと…行きたい所は、フランスのアルザス、ポーランドのブレスラウだったか…」
「ああ…海上ルートを教えてくれ」
「これだ」
ジガが棚から詳細な海図を出す。
多分、ジガが製作した物なのだろう。
「アルザス、ブレスラウは今はドイツ領だ。
アルザスは…ロッテルダムの近くの ここの海路。
ホランス・ディープ川から入って、ワール川、ライン川を行く。
道幅が狭い所もあるが、実際に通れた。
で、ブラスラウは、オーディル川だな。
ここのデンマークを迂回して回って、ここシュチェチンから入る。
ドイツを周るには オーディル川からベルリンまで行けるから そこからバギーで自走…言語は 一応、英語が通じる。
ただ、誰でも話せるレベルって訳じゃない。」
「まぁ翻訳アプリを挟めば、十分に意思疎通が出来るな」
「それでも良いが、これから生まれる単語もあるから、言葉には 気を付けろ」
「分かってる」
「後は これだな 現地通貨」
「種類が多いな」
「そりゃ国ごとに通貨がある訳だからな。
はい…レートはこれ。
当たり前だけど トニーとの通貨取引きは 出来ないから、その軍資金の一部で、各場所の民話や歴史書を集めてくれ。」
「分かったよ。
それじゃあ、夜になるまで各国の情勢や風習を聞こうかな。」
オレはそう言い、ジガは嬉しそうに話すのだった。