08 (国民は民話で繋がれる)〇
昔、ドイツは小さな国の集まりだった。
戦争ではフランスに敗れ、工業化ではイギリスに劣っていた。
常にどっかで戦争が起き、強い国が弱い国を すり潰す帝国主義の到来だ。
クラウド商会のドーバー支店は その状況の中で、商売に国境線は無いと言う信念の元、武器や弾薬、食糧などの軍事物資を敵、味方、思想、関係無く、顧客の為に海上輸送を行っていた。
その為、色々と恨まれる事はあったが、クラウド商会には莫大な利益が入り、奴隷を買い取って教育を授け、正規雇用で運用されている船の数が どんどんと増えて行った。
そして、1807年…。
ジガも物資の輸送に関わった お客…。
ナポレオンが率いるフランス軍が、ドイツのカッセルと言う街を占領し、公用語をフランス語にする様に命令をした。
土地だけでは無く、その土地の言語の侵略が始まった。
そして、そこでは ドイツを統一国家にする動きがあった…武力では無く文化の力で…。
1815年。
「ふう…やっと たどり着いた。」
ウチは人目の少ない場所で 潜水艦から降り、潜水艦は水中ドローンを水面に残して川の下に沈む。
ブリテンのドーバー支店から 潜水艦に乗って ブレーメンにあるヴェザー川に入り、後は 300km程 ひらすら南下…分岐するフルダ川を通り、8年前に占領されたカッセルに到着した。
カッセル図書館…。
腰に護身用のリボルバーを ぶら下げ、ローブを纏ったウチは、バギーで学校の敷地の中に入る。
大きな校舎に入って すぐ近くにいる受付に話かける。
「Guten Tag!(こんにちは)…。
私は クラウド商会の支店長…ジガ・クラウドです。
こちらに グリム兄弟がいるとの事で、訪ねて来たのですが…」
「ああ…図書館書記ですね。
いますよ」
「ありがとうございます。」
「それにしても、敵 味方関係無く、物資を輸送している商会が、いったい何のご用で?
あの兄弟は儲け話とは 一番かけ離れた存在ですよ。」
受付が言う。
あ~やっぱり知られているか…まぁ…ここを占領した軍の物資輸送に関わっていた訳だからな。
「私は それぞれの国の歴史や、その土地の文化…民話に興味がありまして、お話を聞きたいと思って来ました。」
ウチはバックから本を取り出す。
タイトルは『子どもと家庭の童話集』…後のグリム童話と呼ばれる本の初版で、学問的要素の注釈が多かったり、残酷な描写も多く、到底 子供向けとは思えない作品で あまり売れなかった。
「良いでしょう…こちらです。」
あまりにもマニアックな本を見せた事で信用を得たのか、図書館の中に通して貰い、本を読む為のテーブル席で待つ事となった。
「お待たせしました。
ヴィルヘルム・グリム…グリム兄弟の弟になります。」
グリム兄弟は貧困生活を送っていたらしいのだが、身なりが良く、今は それなりの収入を得ている事が分かる。
「お兄さんは?」
「兄さんは、ウィーンの国際会議に参加しています。」
「ウィーン…オーストリアでしたか?」
「ええ…」
ウィーン国際会議か…。
確か、後に『会議は踊る、されど進まず』と言われる位、会議がロクに進展せず、数ヵ月続き、今年の3月に ナポレオンがエルバ島を脱出した事で、危機感を抱いた各国が妥協をし、6月9日にウィーン議定書が締結されるはずだ。
今は5月だから、後1ヵ月は返ってこないか…。
「それで話を聞きたいとは?」
「『子どもと家庭の童話集』の話と、2巻を作るなら印刷代などの出資をしたいと思いまして…。」
「出資ですか…確かにアレは 初刊で赤字を出したので、出資を打ち切られて、次の出資先を探してましたから、僕達としては 大歓迎です。
えーと ちょっと待って下さい。
原稿自体は もう書いてあるんです。」
しばらくして、ヴィルヘルムが原稿を持ってやってきた。
「こちらです。
下書き段階なので 字が汚いですが…」
「拝見します。」
ウチが ヴィルヘルムから原稿を受け取り、読む。
「ふむ…実母が継母に、近親相姦や子供の出産、暴力表現も抑えられていますね。」
「ええ…前回は 元の話を変えないまま 正確に書いて行ったのですが、今回は、物語を現代に合わせて翻案する事にしました。」
「それは文化財としては 如何なのでしょうか?
例えるなら、絵画を模写やアレンジをして、それをオリジナルと言う様な物です。」
「兄さんにも 同じ事を言われました。
ですが、民話の大半は 作者も年代も不明…。
しかも、基本 口伝である以上、語り手によって 物語の細部が変わって来ます。
これをして 行かないと、物語の人気が無くなってしまって、語り手が いなくなってしまうのです。」
「なるほど…民話を次の世代に 伝える事を優先しますか…」
「アナタ…ジガは、物語を変える事に何か不満があるのですか?」
「いいえ…売れなかったとは言え、初版は出版されていますから、オリジナルの物語が世の中から消える事はないでしょう。
それに、売れれば オリジナルに興味を持ってくれる可能性が広がります。
ただ…」
「ただ?」
「私は 戦勝国が翻案した敗戦国の歴史の本を多く見かけるのですが、今、禁書になっているオリジナルと比較すると、その差がヒドイ…。
多分、今の世代が寿命で死んだら 本当の歴史は消失し、この翻案された歴史が本当の歴史になるのでしょう。
私は それが嫌なので、禁書指定されているオリジナルの歴史の本を集めているのです。」
「それが、アナタが海運をやる理由ですか…」
「ええ…禁書を荷物に紛れ込ませたり、本の買い取りの交渉したり…この肩書きは非常に役に立っています。
良いでしょう…2冊作って下さい。
アナタ達 兄弟が翻案した 子供向けのグリム童話。
それと オリジナルを追求した 大人向けの童話…。
期間は半年…出版社側と交渉をして、こちらの人を寄こします。
支払いは その時に…。」
ウチはヴィルヘルムに笑顔を見せながら言う。
「分かりました。
これでドイツは1つになれる。」
「共通した民話で、国民の愛国心を高めるのが目的でしたか?」
「ええ…武力での制圧では、本当の国民には なれません。
民話と言う同じ価値観を持った人が集まるから、そこに文化が生まれて国になるのです。」
「なるほど…武器を取るだけが 独立では無いと言う事ですか…。
お話、ありがとう ございました。
アナタは将来、お札に肖像画が描かれるかもしれませんね。」
私は席から立ち上がる。
「ははは…そんな偉人に慣れれば良いのですかね。」
彼は冗談を聞いたかの様に言う。
「冗談じゃないんだけどね…」
ウチはそう言うと、図書館を去った。