03 (ミドリムシ オイル)〇
研究室。
「やっと出来た…長かったな」
「ええ…上手く行きましたね。」
6人の研究員がいる中、ハルミが答える。
ここ数年、アメリカに出張しに行ったり、ヘリから補給物資を落としたりなどをしていたが、ここ10年程度 私達が研究しているのは、ミドリムシから石油を作る為の成分抽出 技術の研究だ。
ミドリムシは 1ヵ月で10億倍に増える事が出来るので、石油を自国で生産出来てしまえば、建国時から悩んでいた石油問題の解決が可能になる。
ミドリムシでの石油の価値は かなり高く、バイオ燃料として使えば、炭素数12の高品質の燃料になり、石油から作るタールは、炭素繊維の性能を上げ、合成ゴムやプラスチック製品も作れる。
しかも使い終わった廃油は アスファルトとして路面を固め、バギーのスピードを飛躍的に上げてくれる。
「ただ、燃料として使うには コストが高すぎだな…。
液体だから燃料タンクに詰め込める量が各段に上がるが、酸水素を使った方が まだ効率が良い。」
このバイオ燃料は、ミドリムシを水素を反応させて余分な酸素を取り除く事で作られている。
のだが、現状では その材料になる水素を川の水を小型核分裂炉からの莫大な電力によるゴリ押しで、電気分解する事で作っている。
つまり、電気駆動が一番効率が良く、次に電気分解で作られる酸水素、酸素を取り除いた水素、ミドリムシのバイオ燃料と加工の工数が増える度に総合的なエネルギーロスが大きくなって行く。
まぁ生成される副産物で 別の製品を作ってしまえば、このロスも少なくなるのだろうが…。
「そう言えば何で ここまで時間が掛ったんです?
未来から来たハルミなら生成方法を知っていたはずですよね…」
「いや…ミドリムシから燃料を作れる事は 知っていたけど、未来では 石油は 使われなくなってるからな。」
「何故です?こんなに便利なのに」
「密閉空間のスペースコロニーで物を燃やして二酸化炭素を放出するってのは、毒ガス テロに近いからだ。
だからコンロ何かは、電気を使うクッキングヒーターになっている訳だし…。」
「なるほど…住む環境でかなり変わるのですね。
よし、それでは 実験結果をまとめて、発表を行いましょう。
これで貧乏生活とは おさらばです。」
今回の研究は 研究予算に上限は無いが、研究員達の賃金は 月5万トニー位で、これに 生活保障金の10万を組み合わせて生活をしている。
まぁ税金を取られる事が無い為、10万程度あれば 贅沢しなければ 十分に暮らしていけるレベルなのだが…。
これで企業にプレゼンを行って 需要を生み出せたのなら、月に20万は入って来るだろう。
「これで また この国の環境が変わるぞ」
私は 研究員達にそう言うのだった。
現在、トニー王国 国民の半数が 完全なニートもしくは、自分の絵や自作ゲームをネットにアップしたりと言った 殆ど利益にならない創作活動もしている人達になっている。
今回の石油も完璧に需要が無い中で、研究員達の趣味から生まれた物だ。
労働者の男性は、経営、管理職、研究職、軍が多く、肉体労働は 完全にドラム だよりだが、防衛や生活物資の生産を行っている事が多い。
そして、女性は 子供を育てる保育士、子供を教育する教師、子供を治療する為の医者と、子供を育てる過程で必要な仕事に就いており、この多くはドラムが真似出来ない人力作業の為 女性の就労数が多く、人の人生に関わる都合上、賃金が高くなっている。
別に法律で男女で仕事を分けている訳では無いのだが、それぞれの性別の特性にあった仕事に就いて行った結果、男の仕事を女の仕事が明確に分かれ、時々異性の仕事をする人が現れる位になっている。
さて、役所に行って 技術者達にプレゼンを行い、実地で論文通りの結果が出るかを試して、論文結果の正しさを証明した所で、1人1000万の6千万トニーで、トニー国が この技術を国が買い取った。
こうして国から ソイフードを作るミドリムシ製造工場に技術が流され、食料生産部だと言うのに 簡易施設を追加して、こちらの研究員の指導の元、石油用のミドリムシの増産が始まった。
生み出されたミドリムシは 食料と同じで熱で乾燥させられ、タンクに入れて工場の街に送られる。
既存の生産ラインを流用して作った簡易工場で ミドリムシパウダーが石油に精製され、そこから更に成分を抽出して 様々な石油製品の生産が始まる。
まだ規模は小さいが、需要の拡大に合わせて人材を雇って行く事になるだろう。
おおよそ1年後の1781年。
港の街…ヘリポート。
ヘリポートでは、難破船で餓死しかけたマリオ達 移民組が、バギーの荷台に乗せられた 石油の廃油と砂利を混ぜられ 熱されたアスファルトをせっせと地面に敷いて行き、クオリアが乗っているロードローラーが アスファルトを潰して、整地して行く。
「よっマリオ…元気そうだな。」
「ええ…おかげさまで…」
私の言葉にマリオが答える。
ここに来た時、マリオ達は十代後半と まだ若かったが、今では 中年になっており、言葉や文字、計算すらロクに出来なかった あのバカが、熱心に勉強をして行き、遂に最新技術であるアスファルト舗装を見事に習得した。
今では 彼らの頑張りで、時速30kmで移動していた バギーが、時速60km近くまで速度を上げられる様になった。
それは トニー王国に 多くの利益をもたらし、私に救助された あの時に言った『恩を返す』を十分に果たしてくれている。
「さて…今日は ここで終わりだ 引き上げよう。」
持って来た アスファルトが無くなった所で クオリアが そう言うと、皆が撤収作業を始めだし、バギーの荷台に椅子を取り付けた 送迎用のバスに乗って 移動を始めた。
バギーのタイヤは ガラス繊維を編んだノーパンクタイヤから合成ゴムで作ったゴムタイヤに変わっており、乗り心地が随分と良くなっている。
バスの装甲に使われている炭素繊維の材料のタールも木材由来から石油由来にした事で、強度などの品質が向上し、これも石油の恩恵になる。
「仕事が終わったら、久しぶりに風呂にでも行くか…」
「そうだな…」
クオリアの言葉に私が答える。
トニー王国の家では 個室にシャワーが標準で付いているが、湯船を張った風呂は 共同浴場の運営団体の利益の為に実装されず、住民は 近くの共同浴場に行く事になる。
今だと 仕事が終わった労働者が 共同浴場で汗を流し、同じ建物の中にある食堂で食事を取っている時間帯だ。
私達は 食べ物を食べないし、老廃物を出さないので 水洗いで十分なのだが、人の生活習慣を維持していないと、どんどん人から外れ、機械になって行ってしまう。
そうなると、何をやるにしても 合理的な理由が必要になり、何もしない事が最適解になって、給電しつつベッドから動かなくなる 私達エレクトロンの病気…『さとり病』が発症する。
なので、たまには 合理的では無い 無駄な事もしないと いけない訳だ。
アスファルト作業をしていたマリオ達と建物の中に入る。
建物の中には 食堂や散髪屋があり、奥には 共同浴場への入り口がある。
入り口は1ヵ所で 男女で別れておらず、男女異種族含めた混浴だ。
脱衣場には 老若男女獣人と様々な人間が服を脱いで、風呂場に向かっており、私達も服を脱いで風呂場に入る。
風呂場は 少し薄暗く、大人数が利用する為 かなり広く作られており、天井に 上がって来る水蒸気をレーザーで反射させて綺麗な夜空を演出している。
ここは 元々、衛生問題の解決の為に設置した共同浴場を改築して行った物で、風呂の習慣が無い 男の為に身体を しっかり洗ってくれる湯女がいたが、風呂の習慣が普及した辺りで もっと大っぴらに過激な事が出来る 専門の共同浴場に湯女が移り、ここは比較的 平穏になった。
「あれ?ハルミが来るなんて珍しいですね。」
身体を洗っているフィリアの隣の洗い場に私が座る。
マリオ達は 私とは離れた場所で身体を軽く洗いながら、すぐに湯船に向かった。
「如何だ?
1年経ったよな?」
「ええ…まだ風呂には慣れませんが…」
フィリアは 元々風呂に入る習慣が無く、それどころか身体を洗うなどの衛生知識が乏しい地域の人だ。
その上 男女一緒に風呂に入ると言うのだから いくらかは 抵抗があるだろう…。
「そこは慣れて貰うしかないな」
身体を洗い終わった私達は湯船に入る。
フィリアは 男共の股間が気になる様で、照れた様子で目のやり場に困っている…若いな~。
「私は 男と女の風呂を作って 別々に 入っても良いと思うのですが、何か問題でも あるのでしょうか?」
フィリアが私達に聞いて来る。
「あると言えばある。
性別で分ける事が日常になると、男だけのコミュニティと女だけのコミュニティで別れて、対立関係が生まれてしまうんだ。」
私の隣に座るクオリアが言う。
「それに 人の違いは 男女だけの違いでは無く、性自認が違う『トランスジェンダー』。
肌の色が違う『黒人』『白人』『黄色人』。
遺伝子改良された人類である『獣人』や『ネオテニーアジャスト』。
一部 機械の身体の『トランスヒューマン』頭まで機械の『ポストヒューマン』。
ヒューマノイドから発展した機械人『エレクトロン』。
と、これだけで36種族の為の風呂が必要になるな。
もっと細かく分ける事も出来るが、タグ付けして区別すると言う事は 対立関係が生まれて差別に繋がる可能性がある。
そんな理由もあって、建国時から混浴が続けられている。
まぁ それに 皆 裸だって事もあって、ここから恋愛に発展する事も多いからな…。
人口と出生数を確保したい私達からすれば、止める理由がないし…」
私が建国時の事を思い出しながら言う。
「あ~時々、ヤッちゃってる人がいますしね。」
若干 薄暗く、綺麗な夜空が映し出されている風呂で、若い男女が裸でいれば、過剰な スキンシップが始まり、双方合意の元でヤってしまう事も普通にあり、時々 普通を装った『挿っているんじゃないか?疑惑』の男女もいる。
のだが、規制した所でヤり出す人は 一定の確率で出るし、幼少期から男女が一緒の風呂で入る事が普通なのと、性に寛容な国民気質なのもあって、まず、問題になる事が無い。
「私も もう27ですし、早く相手を見つけないと…」
フィリアが湯船で身体を伸ばしながら言う。
この時代の婚期が 15~25歳位と されているので、フィリアは 完璧に婚期を逃している。
まぁ 最近まで 独立戦争をやっていて、男が戦場に行って しまっていた からなのだろうが…。
「そう言えば、フィリアの移民の条件は?」
「私は 移民権を退職金で買ったので 条件は付いていません。
ただ、生涯で3人以上の子供を産む様にと言われていますね。
まぁ年齢が年齢ですし、2人が限界かな~」
「まぁそうなるよな…今、女が少ないし…今は 職業訓練校か?」
「はい…保育士の資格を取ろうと思っています。
私の子は 私が育てたいので…」
「そっか…出会い専門の店があるから後で行ってみると良い。
ただ、ここだと 複数人 恋人がいるのが当たり前だから、あまり入れ込まないのがコツかな」
「ははは…ここは 性に明るいですからね。」
「そうでも しないと、子供が増えないからな。」
私は フィリアにそう言うと 綺麗過ぎる人工の夜空を見上げるのだった。