14 (雨の日は休日)〇
翌日は朝から雨だ。
空は雲に覆われ 周りが薄暗くなっており、太陽の角度も分からない。
毎日 日の出と共に起床していた住民達だが、外に出てくる気配が全く無く、オレは普段 寝床にしているファントムから降り、ヘルメットを被って頭が濡れないようにしつつ拠点を歩く。
地面は水分を含んで泥濘んでいて、道路工事は まず無理…。
炉は 川の近くに接していた為、1階の燃料を燃やす炉が水浸しになり、使用不能…。
竹の水車も回転数が早くなっていて川の流れが早くなっている事が分かる。
水車のダメージ軽減の為、水車を持ち上げて外しておく…こういう事が 出来るのが、軽い竹製の良い所だ。
穴の型に溶けたガラスを流し込んで作ったビーカーは泥まみれになっているが ちゃんと完成しており、雨で洗い流して炉の2階の溶鉱炉に仕舞って置く…ここは上に屋根があるので安全だ。
モルタルビーカーとビーカーの型は 見当たらず、竹の倉庫に持ってかれていた。
この倉庫の中には 背負い籠の中に山積みの各種素材があり、特に水と反応して発熱する特性がある生石灰は、屋根のある場所じゃ無いと保管出来ない。
背負い籠をよく見て見ると 竹の板に磨製石器で彫った素材の化学式がラベル看板として縫い付けられている。
これはクオリアが やったのか?
そして最後に竹の家…。
1人1部屋は まだ出来ていないが、1部屋に2~3人住んでいる為、雨の中 外で寝ている人はいない。
ドアや窓が無い竹の家の中を見ると 住民は二度寝をしたり、おしゃべりをしたり、竹編みで何かを作っていたりと…まるで休日の光景だ。
確か、こっちに来て そろそろ1週間だ。
キリスト教の聖書の創世記では、神が天地創造の7日目に休息を取ったことから、日曜日は 休んだり 祈りを捧げる日として されているはずだ。
もしかしたら今日は日曜日なのかも知れない。
「おっ…起きたか…」
竹の家に1件1件 訪問診療しているヘルメットを被っているハルミが言う。
「もしかして今日は日曜日か?」
「いや…聞いてみたら 雨の日は 休日らしい。
店なんかは開いている らしいが…。」
「あ~暦じゃなくて天候に左右されるのか…あ~クオリアは?」
「探索に行ってる…。
ただ『私も休日を楽しむ』と言っていたから これは趣味かな?」
「プライベートに干渉するのも問題か…。
じゃあ、今日は休日とすると言う事で…」
「了解…とは言え、やる事は無いから石鹸作りになるんだけど…。」
「おっじゃあオレも混ぜて貰って良いか?」
「ああどうぞ…。」
ハルミがそう言い、オレは炉から作ったビーカーを全部持ち、ハルミに付いて行った。
ハルミが寝泊りをしている専用部屋の真ん中には 部屋の半分を占領する窯、部屋の奥には 木炭、竹炭などの燃料が積まれ、背負い籠に入ったウサギなどの各種材料などと、この光景は専用部屋と言うより 調理場だ。
構造の基本は クオリアが作っていた炉と同じだが、調理窯となる2階は 真ん中の廃棄パイプの手前と奥が壁でしっかりと仕切られ、半分のスペースしか使えないようになってる。
が、それでも炭素繊維の大型鍋に対応する位にはデカい。
そして 廃棄パイプの奥…。
炉の後ろは 調理スペースが縦に長くなってしまったからだろう。
木炭、竹炭を作る空気を抜いて、間接的に温める窯になっていてる。
そこから竹のパイプをつたって 水蒸気になり、小樽に落ちる液体が木酢液 竹酢液だ。
炉の中心にある石とモルタルの排気パイプは 天井を貫通して 煙突になっており、先端が雨避けの為にT字型になっている。
「クオリアの炉が出来たら すぐに造り始めたけど…結構 ギリギリだったな…。」
ハルミが指をスナップさせて、炉の中の竹炭に火を灯しながら言う。
「本当に…向こうの炉も屋根を作らないとな…。」
オレはそう言いつつ、石鹸を調合を始める。
まずは 炭酸カリウムだ。
炭酸カリウムは 木炭を燃やした灰を使い、その灰を土器なんかに入れて沸騰した水を入れて攪拌させると、10分程で沈殿した灰と上澄みとに分離する。
この上澄みが 炭酸カリウムだ。
ただ、ハルミは 前に石鹸を失敗した時に大量の炭酸カリウム水を沸騰させて水分を飛ばし、純度の高い白い粉状にした炭酸カリウムに精製して土器に入れている。
もう1つの材料が水酸化カルシウムだ。
これは貝を砕いて焼いて作った生石灰に水を入れて混ぜた物だ。
オレは炭酸カリウムと水と生石灰を1対1対1の割合でガラス製のビーカーに入れて、竹の棒で かき混ぜる。
生石灰と水が反応して熱を発して 水酸化カルシウムになり、更に炭酸カルシウムと混ざって 竹の棒を溶かし始め、強アルカリ性を持つ液体 水酸化ナトリウム水溶液になる。
ガラスのビーカーは 強アルカリ性に弱いが、短時間だったら問題無い。
ちなみに この水酸化ナトリウムは、皮膚を溶かしたり、目に掛かれば失明の危険性もある劇物指定を喰らっている大変危険な液体だ。
オレも やや過剰ではあるが、薬品耐性のあるパイロットスーツにヘルメットもフェイスカバーを下ろして作業しているのは この為でもある。
それと同時にハルミはウサギの脂肪のグリスをビーカーに入れて 窯で油が液体になるまで熱する。
出来上がった この油を水酸化ナトリウム水溶液に少しずつ入れながら、かき混ぜて行くと次第に固くなって来る…。
オレは 固まった所で かき混ぜを止め、後は自然に冷えて完全に固まれば完成だ。
オレが持って来たビーカーの半分位の石鹸が出来た頃、ハルミは 背負い籠の中にあるバラされたウサギの肉を薄くスライスして脂肪を徹底的に削ぎ取り、珪砂モルタルの土器の皿に乗っけて ウサギの肉をジュージューと窯で焼き始めた。
「昼食でも作るのか?」
「いや…今回は保存食…。
ウサギの肉が大量に入ったは良いが、このままだと腐らせちまうからな…。
まずは 薄い肉を焼いて殺菌しつつ、完全に水分が無くなって萎れるまで肉の水分を蒸発させる。
こうすることで肉のサイズを3分の1程度まで小さくする事が出来る。
そしたら この肉をビンに限界まで押し込んでいき、栄養添加物としてウサギの骨を砕いて作ったカルシウム剤を入れて、グリスや石鹸に使った動物性の脂肪を溶かして流し込む…冷えて固まれば出来上がりだ。」
ハルミは竹を輪切りにしてグリスを塗って滑り易くした代用コルク栓で、しっかりと蓋をする。
「なるほど…自由水を抜いて、脂でコーティングする事で 微生物が活動しにくい環境にすると…。
と言うよりコレ、ペミカンだよな」
「そう、北米で作られたと言われている伝統的な保存食…。
ドライ加工すれば 大抵の物は入れられるし、脂その物がカロリーの塊だから 携行食に必要なカロニー密度も非常に高い 最初期の缶詰だな。
それに今回は瓶詰も併用しているから、常温で10年は持つんじゃないか?」
ハルミが言う。
「いきなり食料問題の解決か…。」
「まぁ食料問題って『如何に食品ロスを減らすか』が重要になって来るからな…。
とは言え、脂だらけだから固形ルーのように熱水で溶かさないと とても食べられない。
調味料や香辛料があれば ラクなんだけど…。
ここはジガに期待かな…そろそろ帰って来ると思うんだが…。」
その日の夕食は モルタルの材料に使った大量の貝の副産物、牡蠣のスープを奴隷達が食べ、その日は終わった。