24 (豪雪 補給部隊)〇
1782年…12月始め。
寒空の中、道があったと思われる雪に埋もれた道なき道を 除雪用のスノーブラウを取り付けたバギーが除雪をし、その後ろを荷馬車を取り付けた バギーと寒冷地用の馬の補給部隊が ゆっくりと進んで行く。
その速度は 早歩き程度の速度しか出ず、非常に遅い。
積もった雪は相当に重く、加速優先の1速のギアで アクセルを殆ど全開に回していると言うのに 全然スピードが上がらない。
昔、北海道で爺さんが 軽トラに スノーブラウを付けて除雪していた時は もう少し速度が出たんだが…。
「やっぱり、日本製の軽トラには及ばないか…」
オレは金属チェーンが付いたタイヤが空転しない様に慎重にアクセルを回しながら言う。
「この分だと後、そろそろ 右折 ですね。」
チェーンの振動でケツが痛くなる後部座席にクッションを敷いて乗って、重りとナビをしてくれている 25歳になったフィリアが言う。
彼女の左右には 麻袋に入ったコーンミールの乗せられており、雪に負けて空転してしまうタイヤを その重量で地面に押さえつけている。
「了解…。
普段なら どこも冬休み なんだけどな。
休戦してくれれば ありがたいのに…」
「それじゃあ 兵糧攻めが効かなくなるじゃないですか…」
「分かってるよ。」
トニー王国の場合、冬に来る前に各街に物資を溜め込んで、雪が降り出したら最低限の除雪はするが、大半の仕事は 物資の輸送が出来ないので休業になる…。
まぁ実質の長期休暇…冬休みだ。
冬休みで 休業にならないのは 発電などのライフラインや、春の営業再開に向けて 大量のバギーや機械を整備している 整備師位で、他は2ヵ月位 普通に遊んで暮らしている。
それは この国でも同じで、戦争でもない限り、腰位まで積もった極寒の雪の道で 馬車を走らせようなんて言うバカはおらず、普段それなりの頻度で見かける盗賊の類もいない。
今 ここでの敵は、ひたすら凍えるような寒さだ。
「ここです」
「はいよ」
オレはバギーを停止させ、雪をかきわけて前に進むと 足に床が抜ける感触がして すぐに下がる。
「あった」
川の表面が薄く凍っていて、その上から雪が積もっていているので、見た目では 地面が続いている様に思えるが、バギーで氷を踏もうなら重さで割れて 川の中に落ちる天然の落とし穴と なっている。
「今日は ここら辺で野宿だな」
オレ達 クラウド商会組は、まだ日が出ていて 明るい中、土と凍りを慎重に見極めて、トニー王国製の先端が割れたスポークシャベルで氷を叩き割って行き、酸水素のガスタンクに水を入れて小型水力発電機と繋いで、川の中に沈める。
「次 いつガスの補給が出来るか分からないから、使いかけのタンクもガスを抜いて補給するぞ」
「はい」
酸水素で動いているバギーの燃料は、川の流れがあれば 何処でも補給出来るメリットがあるが、川が凍って見えなくなっている場合、暖やコンロにも酸水素が必要なので、ガス欠に悩まされる事になる。
なら潜水艦で現地に向かおうとしたが、氷で頭を塞がれている為、これも運用が非常に困難だ。
ここに来て 寒冷地に適応した品種の馬が、バギーより優秀になりつつある。
周辺の雪かきを皆で行い、夕方には 最低限のキャンプ地を確保して 馬車組は 焚火を…こちらは、酸水素を使ったコンロで湯を沸かし、双方栄養価を考慮してブレンドされた コーンミールを入れて、コーンスープを作り、コップに入れて飲む…。
寒い雪の中での温かい食べ物は、寒さで心をへし折られ続ける 兵士達に生きる気力を与え続ける。
「明日の昼には 着けるかな」
「予定より2日遅れですね…まだ許容の範囲ですが…」
「許容ね…こっちには 死者は出ていないが、正規軍側には 6人も死者が出てるってのに…」
クラウド商会のバギーの後ろに付いて来ている正規の馬車の補給部隊を見ながら言う。
「6人で済んでいる事が 奇跡なんです。
普通なら半数が凍死、酷いと雪山の中で迷子になって全員死亡も普通にあるんですから…。
私達が無茶苦茶な補給計画を死者無しで成功させ続けるから、こんな事になるんですよ」
「確かに フィリアがいないと流石に この補給計画は受けなかったからな。」
元々絵を描く事が好きで、オレとクラウドなんかの似顔絵を描いていていたフィリアは、地図に興味を持って ハンコックに弟子入りし、今では イギリス軍が持つ地図より詳細な地図を描ける優秀な測量士に育っている。
本当にフィリアは優秀だな…。
夕日が沈んで しばらくして就寝の時間が来た。
正規軍の兵士達は、少し怯えた様子で幌馬車の中に入って行く。
「さて私達も寝ましょう…」
「そうだな…」
そう言い、オレ達8人は 幌馬車の中に入る。
クラウド商会側の輸送隊のメンバーは オレとフィリアの他だと女5人、男1の計6人で、中学生から高校生位の見た目だ。
この子達は クラウド商会の従業員の子供で、少女達は この独立戦争に参加したいが 女なので戦えず、その為、補給専門のオレの部隊に入った。
メンバーの中で 唯一の男である14歳の少年は、計算などが得意で それなりに優秀だが、臆病で戦闘向きでは無い為、マシューとゲリラ戦が得意なマリオンが率いる 盗賊部隊に入れなかった事もあり、今は こちらの部隊に来て戦っている。
ここにいる子供達 全員が、母親の腹から出て来た時に オレが取り上げた子供達で、オレの呼び名が『オジサン』な事もあり、血縁も無いと言うのに 姪や甥の様に感じている。
子供を持つって こんな感じなのかな…。
オレは パイロットスーツを上半身だけ脱いで下着姿になり、床に座って しばらくすると この部隊で最年少の12歳の少女の なだらかな胸が身体に当たり、反対方向からは、25歳のフィリアの豊満な胸の感触を感じる。
あ~やっぱり、オレが ときめくのは豊満な胸より、膨らみかけの胸なんだよな。
「やっぱりナオは 小さい娘が好きなんですね。」
「まぁね…」
フィリアの少しムスッとした言葉に 気まずく オレが言うと、少女は少し照れた様子で、オレにキツくしがみ付いた。
その周りには 他の少女達もオレに身を寄せ合い、照れて近寄れない少年を年上の少女が ひっぱりって オレ達の仲間に入れ、その上から大きな毛布を被って眠る。
別に これは オレのハーレムとかでは無く、身を寄せていないと凍死するからだ。
人は寒くなると震える事で体温を上げようとするが、睡眠に入ると震える事が出来ずに代謝が落ち、体温が下がってしまうので、周りが寒いと急速に体温が奪われ、心肺停止する事になる。
人が寝る時に毛布を掛けたりするのは、睡眠中の体温の低下を防ぐ為に経験則で編みだした習慣で、よく言う『寝たら死ぬぞ』は この教訓が元になっている。
人の体温が36℃…オレの体温が40℃なので、肌で温め合うには 非常に優秀だ。
向こうの幌馬車でも、正規兵の男達が オレ達みたいに身を寄せ合って眠っている絵的にマズイ光景になっているのだろうが、それでも 朝起きたら凍死していた なんて事が普通に起きており、眠ったら もう起きないのではないかと言う恐怖を常にさらされている。
明日の朝に7人目の凍死者が出ない事を願って、オレは目を閉じた。
翌日…無事、凍死者を1人も出さずに朝を迎えられ、食事をした後にオレ達は、除雪をしながら前線の兵士に補給を届ける為、再び動き始めた。
昼…。
昨日の曇り空が嘘の様に 空は快晴で、日差しが心地良い。
白色に降り積っている雪は 表面が融けだしている。
多分、夜には また氷点下に向かい 今度は 滑り易い氷になるだろう。
「来たぞ…補給だ」
やせ細った現場の兵士が消耗している中、無理に大声を出して言い…部隊の皆がゾンビの様にゆっくりと やって来る…相当に やつれている見たいだ。
馬車でオレ達の後ろに付いて来た正規の補給部隊が、レンガのブロックで即席のかまどを作り、寸胴鍋に大量の雪を入れて、薪に火を付ける。
こちらが コンロに慣れきっている事もあるのだろうが、マッチも まだ無い 時代だと言うのに、火打石だけで簡単に火を付けている。
融けた雪が水になった所で コーンミールを入れて、コーンスープを作っていく。
この長期戦で消化器官の体力も落ちているだろうから、固形物より液体の方が良い。
兵士達は容器を持って炊き出しに我先にと群がり、補給部隊が兵士を押し止めている中、一人ずつ容器にコーンスープを入れて行く。
「はいはい…まだまだあるから、沢山食べて行って」
まずは全員に1杯目を食べさせ、2杯目、3杯目と時間を置かせて食べさせて行き、4杯目を食べる人は かなり少なくなり、5杯目はいなくなった。
まずは、兵士の腹を満たし、その間に他のメンバーが 前線部隊の荷馬車 倉庫に物資を詰め込んで行く。
これは 飢餓状態の兵士が、荷馬車の積み込み中に メンバーを襲って物資を強奪する事を防ぐ為の方法だ。
「さて…アンタが ここの指揮官か?」
オレが物資を管理している 比較的 身なりの良い老兵士に言う。
「ああ…そうだ。」
「敵の情報を聞きたい…落とせるか?」
「2、3日、食糧を十分に与えて体力を回復させれば、いけるだろう。
向こうは 補給が一切来なくて、大量の餓死者と凍死者を出している。」
老兵士は少し離れた 小さな砦に指を差す。
あの砦は イギリス軍の補給ルートを確保する為に建てた砦だが、冬前に最低限の人員だけを残して、引き上げさせるはずだった。
のだが、前線に派遣されている小部隊の集合が遅れ、砦内に大量の兵士が取り残される事となった。
まぁそれをやったのは、こっちなんだが…。
「敵もギリギリと言う訳か…」
「前の補給から今まで、戦闘が3回…全部 物資狙いだ。
3度目の攻撃は、敵は疲弊していて統率が取れていなかった。」
リストと物資を交互に見て確認を行いながら指揮官が言う。
「こちらの被害は?」
「戦死者が14名…。
前の補給で、防寒用のテントや毛布、服なんかを 大量に送ってくれた事もあって、凍死者は まだ出ていない。
ただ 手が凍傷になっている兵が7名。
餓死者は出ていないが、補給が来ない事を想定して 食べ物の配給を減らしていたから、精神が疲弊している…上に伝えてくれ」
「確かに…さて、こっちも作戦を開始しますか…」
「何か仕掛けるのか?」
「ええ…敵を懐柔して砦を譲って貰うんですよ。」
オレは笑みを浮かべながら、ミドリム シパウダーで一杯の荷馬車に停戦交渉を意味する白旗を立て、それをバギーで引いて、砦に向かって行った。
「何者だ?」
砦の上から見張っている兵士がマスケット銃を構えながら言う。
敵の兵士の数は 10人位で、指が赤く、凍傷なのか銃を構える反応も遅い。
顔は 寒さの為か 赤く 痩せこけていて、イギリス軍の赤い制服も着崩しており、もう細かい所は如何でも良くなっている感じがしている。
「私はナオ…アメリカ側の交渉人です。
指揮官に会わせて頂きたい。」
「分かった。」
良かった…まだ統率は 維持している見たいだ。
これが現場の判断で 交渉人であるオレを撃ち殺そうとした場合、オレは見張りを撃ち殺さなければ ならなかった。
しばらくして初老の指揮官と思われる兵士がやって来る。
他の兵と違って痩せこけておらず、多少だが太っている。
食糧の配給に偏りがある見たいだな。
「銃を降ろせ…交渉人ナオ…そこから話せ」
あくまで門を開けずに砦の上から指揮官が言う。
「はい…こちらの要求は 砦の引き渡しです。
こちらは 先ほど補給が来まして 大量の食糧が有ります。
対価として、この荷馬車の食糧を渡しましょう。」
「……ここで、オマエを撃ち殺して 食糧を奪う事も出来るが?」
「そうなった場合、門を広げた瞬間に こちらの兵が雪崩込み、砦内での最終決戦と言う事になります。」
「分かった…だが、こちらは その案を飲めない。
少々 補給が遅れているが、必ず こちらの補給部隊が物資を持ってやって来るからだ。」
「こちらが アナタの軍の補給部隊を襲っている事は もうご存じですよね。
その情報から言わせて貰いますと、補給の馬車が 出発した形跡が 全くありません。
この雪の状況ですからね…少なくとも 次の補給が来るのは この雪が無くなった後になるかと。
さて、その頃にアナタ達は 生きているでしょうか?」
「うむ…兵士達の待遇は?」
「捕虜として 交渉材料に されるかと。
もしくは、正規での金額で 我が軍に直接 雇用されるかです。」
「私達に祖国を裏切れと?」
「その意志があるなら…。
正直に言いましょう…あなた達は 見捨てられています。
向こうは、この砦を既に私達が占拠していると思っている。
春に部隊は 来るでしょうが、それは この砦の再占領の部隊です。」
「私達は屈しない。
春まで ここを守り抜き、増援部隊がオマエたちを血祭りに上げるだろう。」
「ご自分で なさないので?」
「……。」
「交渉決裂と言う事で良いですね。
では、この馬車は 持ち帰ります。
お時間を頂きありがとう ございます。」
オレは馬鹿丁寧に頭を下げて、バギーを走らせ ゆっくりと砦を離れる。
パーン…パーン…パパ…。
背中の方向から マスケット銃の発砲音が何発か響き、オレが ゆっくりと振り向くと 砦の大きな扉を やせ細った兵士が弱々しく、それでいて必死に押して 息を切らしながら こちらに 走って やって来る。
「後ろ弾か…」
戦場では 前から弾が飛んで来るとは限らない。
指揮官のあまりに過酷な命令にブチ切れた 一般兵は 味方による銃撃での流れ弾を装って指揮官を殺してしまうのだ。
多分、ここの指揮官は 食糧の配給の優先権を得られていたから 理性的に判断して この結論を出したのだろうが、国の為に死んでやる程、腹を空かせた兵士達は 理性的に なれなかったのだろう。
「待って……くれ…オレ達は 投降する。」
「それは 指揮官の気が変わったのか?」
「……いや、先ほど銃で殺された…」
「なら…次の指揮官は?」
「………」
「指揮官を説得するなら まだしも、殺したのはマズかったな。」
「なら、扉は開けておく…勝手に占領してくれ…もう食糧の為に味方同士で殺し合いをするのは沢山だ。」
そう言うと兵士が下がり、扉を限界まで開け始めた。
「よく帰った…門が開いているが?」
「ああ…指揮官が殺された。
穏便に占領して欲しいとの事だ。
投降した兵士は拘束して 食糧を十分に与えながら 冬を乗り切り、次の補給部隊と一緒に帰還…当然、暴行の類は無し。
飢餓状態の兵士に食べ物を与えれば、こちらに恩義を感じるだろうから、兵が望むなら 正規の金額で、こちらの軍に引き抜く。
これからの大規模戦闘の為には 戦力が 必要だからな。」
「分かった…交渉して見る。
アンタは?」
「次の部隊が腹を空かせて待っている。
今月で後5件 回らないと いけないからな。」
「ごっ5件も…そんな無茶苦茶な。」
「ここだって 割と無茶な方法で来たからな。
それじゃあ行くよ…」
オレは そう言うとバギーに乗り、荷台を空にした馬車のいくつかが、除雪した道を辿って 補給拠点に戻って行き、オレ達は また除雪をしながら ゆっくりと補給部隊と一緒に進み始めた。
「はぁ…やっぱり雪がヒドイ。
この分だと今年中には 3件が限界…。
残り2件は如何やっても無理だな。」
「元々無茶な補給計画です。
来月までに届けられれば、十分でしょう」
後ろに座るフィリアが言う。
「でもな…この最後の1件…ここ、ワシントンの部隊がいる地域だ。
この戦争の補給を左右する最重要拠点。
多分、戦闘が何回か起こっているだろうし、向こうは火薬が欲しいはず…ここには 今月中に持って来たいんだけど…」
「ですが、残りは 全部 ルート上なので、結局、ひとつ ずつ補給をして行くしかありません。」
「そうなんだよな…。
かと言って、このままだと未来の大統領が死ぬし…。
仕方ない…ズルを使うか…」
オレは フィリアに そう言うのだった。