23 (兵糧攻め)〇
1775年。
リバティ通貨の案は アメリカの議会に通され、非公式だが すぐに可決。
紙幣の印刷は、アメリカ合衆国の政治家で外交官、物理学者、気象学者のベンジャミン・フランクリンが経営している『フランクリン印刷』と言う印刷会社がデザインを含めて担当する事となった。
リバティ通貨は、ぼろ布や雲母などを すり込んだ紙に 凸版印刷を施した名刺サイズの物だ。
表面の色は 黒と赤の2色刷りで、一本の木の絵柄の周囲に「4年間、嵐に耐えた」と書かれている。
裏面には、自然の葉の複雑さを利用した 模様が書かれており、これはフランクリンが偽造防止の為に開発したデザインだ。
早速、リバティ通貨は、自由の息子達の系列の店で商品の取引きに使われ、発行枚数が順調に増えて行き、1年も経たずに 住民にも普通に使われる一般的な通貨として流通…。
その翌年には イギリスへの貿易品を生産する農場は、取引きをイギリス通貨では無く、リバティ通貨で行う事となり、正式な通貨レートが決まった事で、通貨の独立が達成され『大陸通貨』と呼ばれる事になった。
これにより、アメリカ国内で生産した物に限ってだが リバティ通貨の発行で買える様になり、その発行した金で大量の技術者を雇い、今まで 国内での製造が不可能で イギリスから輸入に頼っていた製品を自国内で生産出来る様にする為の研究開発が始まった。
これが 達成 出来れば、イギリスからの物資の供給が途絶える経済制裁を行われても、国内だけで やっていける様になるだろう。
さてイギリス軍との戦争だが、戦力では数、武器の質で勝るイギリス軍が圧勝…。
ただ、その兵士を養う食料は アメリカ国内の作物をイギリス通貨と両替した リバティ通貨で食料を購入させる事に成功しており、これは 食べ物を生産している農家や それを売る商人達の大戦果となる。
1775年…とある重要拠点の砦…。
「さあて、食料ですよ~」
「助かる…」
バギーと民間馬車で構成された補給部隊を連れて来たオレに 現場を指揮しているジョージ・ワシントンが言う。
ワシントンが指揮している大規模な部隊は、イギリス軍が駐屯している補給拠点の砦を囲む形で包囲し、兵糧攻めを行っている。
これにより、外から砦に送られてくる補給部隊は ワシントンの部隊が攻撃を行い、物資を現地調達…。
更に この砦を中継して補給をしている末端 部隊の食料が、次々と無くなって壊死し始めて、痩せこけて統率が取れなくなった所で、アメリカ側の部隊が始末している。
そして、その部隊らが ちゃんと動ける様に補給をやっているのが、オレ達の部隊だ。
「今回の補給は 人数分の防寒着と、2ヵ月分の食料。
それに 火薬と弾…テントも防寒性能が高い物を持って来ました。
これで、少なくとも食料と凍死には悩まされないで済むでしょうね。
物とリストを確認して、受け取りのサインを…」
「ああ…私がやる」
ワシントンは、ナオからリストを受け取ると 長期戦に備えて頑強に造ってある倉庫に行き、降ろした品物を確認する。
物資の在庫管理は 指揮官の重要な仕事の1つだ。
「それで、次の補給は?」
「予定でなら1ヵ月後…。
ただ、今は 冬備えの装備を各部隊に運んでいますので、いくらか ずれ込むかと、流石に2ヵ月以上待たされる事は ないと思いますが…。」
「分かった。
念の為、3ヵ月は 持たせよう…。
次の補給は 出来るだけ早くしてくれ、食糧より弾を多めに…。
定期的に相手に弾を撃たせて火薬を消耗させているが、それでも 相手の方が圧倒的に火薬の量が多い。
不足するなら、まず弾と火薬だろう。」
「分かりました 伝えておきます。
それにしても 4000人近く部下を抱えているってのに 相手は良く兵糧攻めで2ヵ月も持ちますね。」
「それだけの備蓄があったと言う事だろう。
ん?これは何だ?」
ワシントンが 大きな麻袋を広げてオレに見せる、その中には緑色の粉が詰まっていた。
「それは ミドリムシ…。
あ~ユーグレナで、私の国からの支援物資です。
栄養が豊富なので、体調不良が起きた人に 積極的に食べさせて下さい。」
「分かった…ありがとう。」
ワシントンは 物資のリストに受け取りのサインしてオレに渡す。
「いえいえ…それだけ 期待されているって事ですから…。
それじゃあ、私達は行きます。
明日 補給予定の大きな部隊がありますから…」
「ああキミ達の戦いを頑張ってくれ」
ワシントンがそう言うと オレ達は バギーや馬に乗ってゆっくりと走り出した。
冬前…夜。
「司令…動き出しました」
「とうとう来たか…各部隊に伝令!! 戦闘配置!!」
「はっ」
ワシントンは部下にキビキビと指示を出して行く。
相手のレンガ製の砦の前1ヵ所に木製の大きな扉で作られていて、中に入るには ここを通るしかない構造になっている。
だが、それを見越して 大量の大砲やマスケット銃兵が 砦の上に乗せられており、扉を開けようと私達の部隊が近寄り、相手の射程ラインに入った場合、相手からの一斉射で こちらは 大きな被害を出す事になる。
その為、砦を包囲して食料物資を枯渇させ、向こうが門を開けて 出て来てくれるのを ひたすら待つ戦略になった。
単眼鏡で相手の扉の方向を見る…相当な重量なのだろう。
複数人の痩せこけた男が 扉を思いっきり押して、門を開いている。
その後ろには 銃剣を持ったマスケット銃兵がおり、扉が完全に開くのを今かと待っている。
だが、隊列が綺麗に組まれていなく、各兵もだらしなく、中には 何やら言い争いをしている兵もいる。
兵糧攻めによる肉体や精神の疲弊は 着実に起きており、それが士気に影響を及ぼしている。
だが、相手は1000人程の部隊で、こちらは砦を包囲する為に部隊を薄く伸ばしている為、使える兵は 300人程…。
兵糧攻め中に バリケードを築いていたので、多少の足止めには なるだろうが、敵の疲弊を考慮しても互角位の戦力差だろう。
「さて、敵は如何出るか…」
敵が使える選択肢は、薄く伸ばしている包囲中の部隊に攻撃を仕掛けて穴を開け、そこから脱出する方法…。
この場合、周辺の部隊が包囲を解いて集まって来るので 突破が難しく、陽動を上手く使えば 抜ける事も可能だが、味方の拠点と距離が離れているので 徒歩で辿り着けるか怪しい。
恐らく途中にある村を襲って略奪する事になるだろう。
だが、例え略奪をしたとしても、全員の腹を満たすだけの物資は 確保出来ないはずで、確実に餓死するだろう。
となると、次の手…。
こちらの300人とバリケードを突破し、レンガで作った食料倉庫を奪う作戦だ。
これは それなりの戦力が消耗するだろうが、私を討ち取って 食料を確保出来れば、部隊の統率が効かなくなり、突破も容易になるだろう。
ただ、空になった砦は 包囲部隊が占領する事で、こちらの重要拠点に代わる。
300人と私の命で、砦1つが手に入れば 儲けものだ。
「やっぱり こっちか…周辺の部隊を ここに集めさせろ。
包囲部隊は、陽動で無い事を確認したら敵を背後から襲え」
「了解…」
伝令が馬に乗って走り、各部隊に情報を伝えてに行く。
「うおおおおおお!!」
敵が唸り声を上げて銃を上に向けた状態で一斉に走って来る。
「銃剣突撃か?…撃て撃て撃ち殺せ!!」
パパパパパッ
リボルバーライフルを装備した部隊が しゃがんだ状態で敵に打ち込み、6発 撃ち終えた銃は後ろの兵に渡して、次のライフルを受け取る。
そして次のライフルを撃ち終わる頃には シリンダーの装填が済んでおり、これを繰り返して撃って行く。
装填済みのシリンダーは かなりの数、用意しているので弾切れの心配は無いだろうが…。
「引火に気を付けろ!!…松明を投げ入れろ!!」
私の声で暗闇の中、一斉に松明が敵部隊に投げられ、熱で敵の侵攻が一時的に止まり、ボン…と小規模な爆発が あちこちで起き始める。
腰に携帯している布袋に入れた火薬が爆発したのだろう…。
これで敵が見やすくなり、こちらの銃部隊が狙いやすくなる。
「撃ち続けろ! 1人でも多くの敵を削るんだ!」
敵部隊は 指揮を喪失しつつあり、脱落者が増えつつある。
先頭はバリケードに阻まれ、足が止まり、すかさず 銃部隊の射撃で 撃ち抜かれる。
火薬の煙と暗闇で辺りが見えなくなり、それでも銃部隊は 間隔を空けて撃ちまくる。
「敵部隊…統率が崩れました。
掃討戦を開始します。」
「いや…掃討戦は無しだ。
防御を固めて包囲を維持し続けろ。
こちらが包囲している以上、何処かの部隊が始末をつける。
各部隊に火薬と弾、食料、酒の補給を行かせる…ん?」
部隊の統率が崩れ兵士達が砦に戻ろうとした所で、砦の上で単眼鏡で こちらを見ていた指揮官が手を上げ、扉が閉じ始める。
「なるほど…こちらの火薬を使わせる為の口減らしか…良い手だ。」
敵の死体は どれも 痩せこけていて、肋骨が見えている死体もある。
しかも、こちらの兵は 火薬の煙で前見えない中、ロクに狙わずに撃ったからだろう…死んだ死体に何発も余計に撃ち込んでしまっている。
つまり、飢えている兵士に こちらの食料をエサに突撃を仕掛けさせてきた訳か…。
「各部隊の人数と火薬の量を正確に知りたい」
「はっ…」
私が考えるに 今の戦いで こちらの兵の損耗は 極 僅か…。
ただ、全体の3分の1の火薬を消費した。
つまり、全力で戦えるのは 後2回…。
それまでに 補給が来なかった場合、兵が損耗する白兵戦をする事になる。
この分だと 食べ物は十分に持ちそうだが、その前に火薬が無くなりそうだ。
そして 凍てつく寒さの冬が来て 雪が降り、次の補給を待つ私達と口減らしをして 最低限の食料を確保した 敵との地獄の戦いが始まったのだった。