22 (新型潜水艦)〇
トニー王国、港の町…軍港…。
「おかえりなさい」
「ただいま…それにしても長かったな…」
トニー王国の軍港に戻って来たハルミは、潜水艦を降りて太陽の日差しを浴びながら言う。
潜水艦の速度は時速40km…2000kmだから50時間…。
まぁ実際は 海流や出発の時間も考えると おおよそ3日は掛かっている。
「これがヘリだったら 7時間位で行けるんですけどね…。」
降りて来た衛生兵が言う。
「まぁ 現状だと片道600km程度の距離しか進めないからな、2回は海上で 補給を受ける必要になるだろうし…」
「液体水素に出来れば、今の800倍は積み込めますよね。
つまり、48万km…地球12周が出来る計算になりますね…」
「燃料の重量は ガン無視しているけどな。
しかも 800倍積み込めるって事は 温度が上がれば800倍膨張するって事…。
そんな事になったら燃料タンクが吹っ飛んじまう」
「それじゃあ、燃料タンクを冷却し続けないといけない訳ですね。」
「そっ…今、第2実験室でエンジンのテストをしているはずだ。
まっ本来なら小型核分裂炉でモーターを回した方が断然、効率が良いんだがな」
「あれは まだ重いですし、それに飛行機を飛ばすには 高出力過ぎますからね…。
地上で燃料を作って 機体を軽くしてしまった方が、結果的に効率が良くなると思いますよ」
「何だよな~。
よっと…それじゃあ、お疲れ…」
「お疲れ様で~す」
衛生兵達が港の町の家に帰って行く…。
「さてと…私は…と」
私は クオリアのいる飛行場に足を運んだ。
「おっ帰って来たのか…早かったな。」
「まっ…手当を出来るヤツは手当をしたし、アメリカ側は 戦力不足で 次の大規模戦闘は まだ先だから戻って来た…それでヘリは?」
「空調システムを入れた。
これで 3000mまで上げられる。」
「あ~そう言えば 入れて無かったな」
「そう、だから今までは1200までしか飛べなかった。
これで航続距離も伸びる…1000kmは いかないだろうがな」
一般的に高度を上げれば上げる程、空気の密度が低下して速度が出しやすくなり、燃費が良くなる。
ジェット機が1万mの高度を飛んでいるのは それが理由だ。
ただ、プロペラ機は空気を推進力にしている為、そこまでの高度は出せず、3000m前後が一番、燃費が良いと言われている。
「液体水素エンジンの方は?」
「それは まだ…。
ヘリの数も増えて利用者も増えて来ているが、燃料タンク内の液体燃料の管理が難しい。
実験室では 燃料タンクを魔法瓶構造にする事で、熱の上昇を完全では無いが防げた。
ただ、今度は燃料供給バルブが凍結してエンジン側に燃料が供給されなくなった」
「あらら…実際に飛ばすのは まだまだ先か…。」
「まぁ研究員達も今は仕事では無く、趣味のノリでやっているからな。
予算の上限が無くても新技術の開発には まだ時間が掛かる。
それと 新型の潜水艦の試作機が完成した。
明日からテスト航行だ。」
「ヘリを搭載出来る潜水艦か…」
「そ、これで ヘリの航続距離の問題も ある程度カバー出来るな。
明日、試作機専用の海上ドックに行ってみると良い。
潜水艦 開発チームが面白い物を作っている。」
「面白い物ね…」
私はクオリアから私の留守中に起きた出来事を聞き、軍港の近くにある自分の家に足を進めた。
翌日…試作機専用の海上ドック。
港からクオリアと一緒にモーターボートに乗り、通常の海上ドックが隣にある試作機専用の海上ドックに向かう。
ここは 新技術を搭載した次世代潜水艦が作られており、設備の規模が他の海上ドックとは桁違いだ。
「うわっ…デザインが凄いな。
ロマンが溢れていると言うか…」
全長は トニー王国の潜水艦で一般的な120m…。
横は30mあり、高さは12mと先端が丸い筒型の従来の潜水艦とは違い、横に平べったい異質なデザインになっている。
「水の抵抗を極限まで減らした速度重視の機体だ。
周りの騒音を無視すれば120kmは 出るとか…」
クオリアが言う。
「魚雷並みの速度が出せるのか…」
「この潜水艦の一番の特徴は、船体の後ろの水密エレベーター。
これを使う事で、ヘリ6機を潜水艦内に格納して潜る事が出来る。
当然、燃料の補給も出来るな…。」
「潜水空母ってヤツか…搭乗人数は?」
「24名想定…。
ドラムがいるから1人でも運用が出来るし、人数を減らした事で 個室のスペースを多く取れるようになった。」
「う~ん…でも、これって入れ替えが出来ないよな」
ヘリが並ぶ形で入れられているので、エレベーターで1機ずつ上に上げて行かないと一番先頭が使えない。
「そこは サイズの関係上、仕方ないかな。
そもそも 潜水艦は 隠密優先で、即応性は 必要無い。
これから運用テストだが…ハルミも乗るよな」
「ああ…頼むよ」
潜水艦の上に上がる。
船体の装甲は サメの鱗の様なザワザラの形状になっており、水の抵抗を最小限に抑えている事が分かる。
後ろの水密エレベーターは ヘリ1機を入れられる位に大きく、Ⓗのマークが描かれ、ヘリのエンジンから出る排気熱で焦げない様に耐熱仕様になっている。
機械の駆動音で上を見上げると クレーンでキャスター付きのコンテナをエレベーターの上に降ろしている所で、積み下ろしがラクそうだ。
船長と船員達がエレベーターの上に集まり、音も警光灯も無く降下…。
「音も警告灯も無いって 危なくないか?」
「敵に発見される危険があるからな…気を付けていれば、そこまで危なくない。」
30秒程掛けて ゆっくりと2階にある格納庫までエレベーターが降り、中にあるバギーでコンテナを引っ張って行き、床のあちこちに開いている鉄パイプにワイヤーを通して しっかりと固定する。
「それにしても、コンテナだと いくらでも入るな…」
「スペースで考えれば 格納庫と下で 最大320コンテナは入る。
まぁ実際は重量の問題で、もっと早く限界になるのだろうが…」
トニー王国の潜水艦は コンテナごとに設備を積んで船内に入れるユニット方式なので、今は最低限の動く為の設備しかなく、中はスカスカで本当に何もない。
これから実際に運用して見て 船内設備を拡張をして行く事になる。
1階…発令所…。
水密エレベーターで 1階で行った その後ろの部屋は、潜水艦のコントロールを担当している発令所で、そのすぐ後ろには 小型原子炉とスクリューの動力室がある。
発令所の中は ガラス張りでは無いので、外が見えなく、プロジェクターで 搭載されている水中ドローンから外の映像を投影されている。
操縦、ソナー、通信の各席が2席あり、その片方にドラムが座っていて乗組員の作業を見れるようになっている。
操作は ドラムが学習し易い キーボードとトラックボールマウスで行い、今の所 完全に手動操作だが、ドラムに操作さえ覚えさせてしまえば、艦長席に1人座って指示を出すだけで、この潜水艦を動かせる。
「それじゃあ、訓練通りに…」
「了解…」
艦長の階級にそぐわない 気の抜けた声に船員がドラムがいる横の席に着く。
トニー王国海軍は かなり雰囲気が緩く、軍 特融のピリピリした雰囲気が無く、クラブ活動のノリに近い。
「システムOK…動力部…問題は?」
艦長が操縦席にいる船員に言う。
彼は この潜水艦の設計に細部まで関わっている技術者で、自分の手で潜水艦を動かして経験を積み、不満点や改善点を洗い出して 今後の改修計画に反映させる為にいる。
彼曰く『実体験が何より重要』なのだとか…。
『核分裂炉は 正常稼働中…給電に問題無し』
発令所の後ろの部屋にある動力室からドラムの通信だ。
「艦長…動けます」
「了解…管制塔に通信『注水せよ』だ。」
「了解…注水始まりました。」
潜水艦を載せていた海上ドックが沈んで行き、外の海水がドック内に入って来る。
「船体が浮かびました。
艦長…動けます」
「OK…微速前進…速度10」
「速度10…OK…動きます」
項目を十字キーで選択して、キーボードのテンキーで数字を入力し、エンターを押して実行…。
浮かんだ潜水艦が ゆっくりと進み出す。
「スクリュー1~4まで問題無し…。
ただ、騒音が気になりますね」
「そこは 次のスクリューに期待だな。
次、バラストタンクに注水 深度60まで潜る」
「深度60…OK」
潜水艦の下にあるバラストタンクに海水を入れて、潜水艦の重さを上げて潜水艦を潜らせ、海面から60mの地点でバラストタンクの水を排出し、その深度に留まれる重さに調節する。
「進路変更9.5時…速度を順に上げて行く」
「9.5時…OK…速度を上げます…20…30…40…50…60…70……80…。
うーん…Max85程度でしょうか…静音だと30」
船員が潜水艦のステータス画面を見て言う。
通常ならスクリューが回転すれば するほど、キャビテーションが発生し、エネルギー辺りの推進効率が悪くなるのだが、小型核分裂炉から生まれる膨大な電力で それをゴリ押ししている。
「船としては十分に速いが…流石に1発で120には ならないか…。」
「機体の形状は 最適解ですね…。
上手く水の抵抗を抑えているお陰で 加速が早い。
問題はスクリューですかね…。
実験室では 何とか120まで出せましたが、これ以上の速度を出すには別の推進機関を開発しないと…。」
「交換は出来るのだろう?」
「ええ…出来ます。
なので、そこは問題ありません。
今回は交換が出来ない 機体形状のテストですから…。
機関停止を進言します…減速の割合から海水での抵抗値を出します。」
「了解…進路そのまま、機関停止…」
「機関停止…OK…良い数値 出てますね…テストOKです。」
「よし…機関再始動…進路そのまま、速度40…実験海域に向かう。」
「了解…。」
実験海域…。
「実験海域に到着、機関アイドリング…速度0。」
「速度0了解…」
「周辺に潜水艦2隻から通信…全機 集まりました。」
死の海域の外を警戒していた潜水艦2隻が この潜水艦の近くに集まり、最悪の事態に備える。
「予定通りだな…これより潜水実験を行う。
バラスト注水…深度300…。
機体に異常が出次第、バラストを排水して上昇…」
「了解」
「さて…何処まで 行けるやら…」
私達が数値を見る中…艦長は多少 落ち着きがなく、足首を小刻みに動かしている。
「理屈上では 深度300まで安全に行けます。
水圧による破損の場合、始めに水密エレベーターから海水が漏れて来るはずです。
この部分の圧力が安全限界を超えたら、異常ありと判断します。」
水圧による圧壊の場合、潜水艦自体が凹んで 潰されて終わるが、あえて水圧に弱いエレベーター部分を作る事で、圧が掛かる場所をコントロールする事が出来る。
この潜水艦だと2階を浸水させる事で、1階部分を生き残らせる作戦だ。
「分かった…実際に沈める訳にも いかないからな。
圧力計から目を離すな…。
それから水漏れがあった場合、すぐに報告させろ…その時点で中止だ。」
「了解」
ミシッ…。
潜水艦の壁から軋むような音が鳴り始める。
「現在200…更に降下中…異常無し」
ミシミシ…。
「深度300到着、船体に異常なし…」
「よし、ゆっくり10ずつ下げろ」
「了解…310…320…330…340…350…360…370…380…390…400…。
アラート…エレベーター内に ごく僅かな水漏れ…異常あり、テスト中止、ゆっくり浮上します。」
船員が艦長の指示を待たずに浮上を開始する。
「分かった…400mか…300までなら十分に安全深度だな。」
「ええ…戻ったら水漏れ部分の検査をしませんと…。
はぁ…理屈では分かっていても、限界深度まで潜るのは 心臓に悪いですね…」
「私もだ。
まぁハルミとクオリアがいる時点で、死ぬ事は無いと分かっていたんだが…」
「私達は ただ見ていた だけだ。
これは 完全にキミ達の成果だ。」
クオリアは珍しく船員を褒める。
クオリアが設計した潜水艦は、技術力が低くても製造出来るメリットがあるが、最低限の設備しか無く、あらゆる面で改造の余地がある性能になってる。
これを技術者達が まずは模倣して、その後 自分達が使いやすいように改造を重ねて性能を強化行くのが技術発展だ。
「深度60に戻りました。
水漏れは止まっています」
「了解…それでは戻る、進路変更6時」
「了解…」
試作機専用の海上ドック。
沈んだ海上ドックの上に潜水艦を止め、海上ドックが浮かび上がり、海水は排水されて行く。
『こちら管制塔…お疲れ、明日は 装甲の非破壊検査を行って船体のダメージを計測する。』
「了解…上がります。」
ドラムを残してエレベーターを使い、外に出て海上ドックに乗り移る。
スクリューの上の部分にあるカーバーを整備師が取り外し、小型核分裂炉からの電力を無駄にしない為に、脇に抱える程の電源ケーブルを挿している。
「次、アメリカに行く時には 活躍出来そうだな…。」
私はそう言い、モーターボートで港の町に戻って行った。