20 (敗戦)〇
あれから1年後の1775年…。
アメリカ独立戦争の開戦まで後1年にせまり、最近では アメリカの独立の為に必要な イギリスの承認を得ていない非公式な部隊。
つまり 国家を転覆させる為のテロリストの募集が始まり、イギリスに不満を持った住民達が次々と名簿に名前を書いて志願兵になって行く。
そして、ボストンのクラウド商会にも ナオ達と繋がりが強いハンコックが やって来た。
「クラウド商会を正規軍に?」
「ええ…連発式で精度が高い あなた方の銃…。
イギリス軍を蹴散らすには、あなたの力が必要です。」
「そちらとオレ達では 銃の運用方法が根本から違うし、銃、弾、火薬、何かの規格が 全部 違うから、本国から 船で運んでこないと いけない。
何より、戦える人が少ないのも欠点だ。
例え 10人20人仕留められても、弾切れで殺される。」
「20人仕留められれば 十分に英雄では?」
ハンコックがオレに言う。
「それで死んだら意味が無い。
例え英雄になったとしても、あの世には名誉も金を持って行けないからな。
協力するなら いつも通り、上の命令に縛られない 完全独立の補給部隊だ。」
「あなた方は 能力も頭も優秀だと言うのに、その才能を生かそうとしない。
あなた方が 活躍すれば、こちらの犠牲者が少なくて済むと言うのに…。」
「十分、能力を生かしているさ…。
敵を何人殺せるかは そこまで重要ではない。
一番 重要なのは 兵站だ。
弾が無ければ 銃は ただの槍だし、食べ物が無ければ 兵は飢えるしかない。
こちらの補給部隊をちゃんと前線に届けて、相手の補給部隊を攻撃して供給を断つ…ナポレオンも『軍隊は胃袋で動く』って言ってたからな。」
「ナポレオン?誰です?
あなたは 今まで この国の独立の為に戦って死んで行った人達を重要では無いと言うのですか?」
ハンコックはオレを睨み付け、少し 怒る様に言う。
「ああ…重要では無い。
その兵士達、何人が食料が無くて飢えた?
壊血病で何人が死んだ?
撃たれた後、ロクな治療が出来ず、何人が死んだ?
全部、兵站を軽視するから起きる問題だ。」
「あなた方からすれば、補給こそが最前線だと…。」
「そうだ」
「分かりました。
民間の補給部隊として参加して貰いましょう。
話は私が通します。」
「助かる…オレも本国から人を呼ぼう。
食べ物の味と質は ともかく、これで餓死者は 出なくなるだろう。」
翌年の1776年7月4日。
史実通り、正式名称『北米13植民地』通称アメリカが、実質の議会である大陸会議を通し、ニューヨークと後のワシントンDCの中間にある フィラデルフィアにて採択され、アメリカ独立宣言を行い 正式に北米13植民地は、『アメリカ合衆国』となった。
それはイギリスに対しての宣戦布告を意味し、遂にアメリカ独立戦争が始まる。
独立戦争の開戦から1年後1777年。
この1年間 自由の息子達は 草木に隠れ、目立つ赤色の服を着ている イギリス軍の補給部隊に奇襲攻撃を仕掛け続けている。
このゲリラ活動を行った事で 相手の兵站を削り続け、そして こちらの備蓄物資の数を増やす。
やっている事は 完全に盗賊と一緒だ。
なので、今まで商会の馬車を襲っていた盗賊達のノウハウが ここで生きて来た。
補給部隊側は 護衛する歩兵の数が増えて奇襲に対抗したが、夜襲など奇襲時間をバラバラにする事で 兵が常に周りを警戒させて ちゃんと眠らせず、不眠状態にする事で 兵士達の精神や馬の機動性を削ぐ事に成功した。
この為 イギリス側の補給の頻度が落ちて、前線の砦では 物資不足が始まり、餓死者が出ないまでも 前線の兵士が腹がすかせ、士気の低下が着々と始まって来ている。
そして、こちらの補給部隊は 盗賊からノウハウを吸収し、今ではアメリカ陸軍需品科と呼ばれる補給専門の部隊になるまで成長している。
「まさか、こんなに上手く行くとは…確かに補給が戦争の要だと言うのも頷けますね」
バギーの荷馬車で 書類を見ているハンコックが言う。
「敵は 攻撃から 守りの戦術に切り替えたからな。
物資は 奪い難くなったが、適当に奇襲を仕掛けて逃げるだけでも 相手が攻撃に出る事を 防ぐ事が出来る。」
「ただ、今だに どの砦も墜とせて いないのですが…」
「砦を墜としちまったら 補給が いらなくなるだろ。
敵の兵士を 一ヵ所に集めて無力化しとける だけでも、こちらが絶対に負ける『数の暴力』だけは 防げる。」
「確かに…それに そろそろ民兵達の訓練が終える頃です。
これで 数での攻撃が出来ます。」
「戦列歩兵か…。
正直、数が確保出来るなら まともに戦わず、相手の補給線を破壊して行った方が良いと思うんだが…。」
「赤服の数を削るなら それで良いでしょう。
が、こちらの条件を相手に飲ませるには、大規模な戦いで相手に勝たないと いけません。」
この時代の軍隊は 少数の犠牲は 無視して切り捨て、大人数の部隊を優先して対処する。
その為 自由の息子達は、指揮官から見れば 端数としてカウントさせる 人数が少ない部隊を襲い、気づいた時には 大きな損害が出ている様に立ち回っている。
だが、この方法だと 政府が 戦力を削られている実感が持ちにくいので 交渉を有利に運ぶ事は出来なく、最後は決まって大規模な戦闘を行い どちらかを大敗させる事で、交渉が進み戦争が終わる…それが この時代の戦争の慣習だ。
「なら、治療が出来る医者が必要だな…用意しよう。」
「助かります。」
オレ達は その様な話をしながら、正規部隊の補給が上手く行っていない危険地帯に補給を行う為にバギーを走らせ続けた。
晴天の空…見渡す限り一面が草しか生えていない 美しく 見晴らしの良い 大きな草原。
通常の少数の戦列歩兵の場合 30人程度で戦うが、今回は独立派、民兵が合わせて1000人…敵であるイギリス軍やインディアンなどの同盟が全部で2500…。
味方の軍の後ろの丘には 馬が荷馬車を引いている通常の補給部隊とコンテナを引っ張っている24台のバギーの補給部隊が 配置されている。
その中には、マシューとオリビアの娘で優秀な測量士であるフィリアが 1台のバギーを任されている。
フィリアは 料理には 興味を示さず、幼い頃からバギーと地図に興味を示していた。
その為、ハンコックに弟子入りして 優秀な測量士となり、今では イギリス軍が持つ地図より詳細な地図を描ける様になっている。
彼女は 今年で20歳になり、民兵として この独立戦争に参加しようとしたが、女である事が原因で断られ、クラウド商会のオレの補給部隊が引き取った。
そんなオレの補給部隊の人員は 小学生位の男女が多く、大半は クラウド商会の従業員達の子供で、これからのクラウド商会の主力となって行く人材だ。
オレとクラウドは フィリアが操縦しているバギーのコンテナの上に乗り、クラウドは 立ちながら双眼鏡で…オレは マットを敷いて 寝そべり、バイポットを装着した M24狙撃銃を構えてスコープを覗き込む。
ここから イギリス側の一番後ろの大砲を持った砲兵部隊まで600m…。
そこから 200m程度 手前の距離まで、10人3列程度の赤服の部隊が間隔を開けてズラリと並んでいる。
報告では2500人は いるらしく圧巻の光景だ。
で、イギリス側の最前列から200m程 空白地帯が存在し、その端にはハルミを中心とした衛生兵部隊の野戦病院が建てられ、双方の治療が行える体制が整えられている。
で、その空白地帯の手前が こちらの軍になる。
イギリス側の赤服に対して こちらは 紫色の服を着ていて、両軍 識別が容易になっている。
普段ケンカで騒いでいる民兵達も今は 一言も話さず、これだけの人数がいると言うのに 辺りは シーンと静まり返っている。
そして…双方の軍が立ち上がり、行進の準備を整え始める。
楽器の演奏が なり響き、それを聞いた イギリス軍の同盟が曲に合わせて1歩1歩 こちらに 近づいて来る。
英国擲弾兵連隊行進曲だ。
こちらの同盟軍も 少し遅れて 歩き出し、互いのマスケット銃が 射程距離に入るまで、50m程 ひたすら歩き続ける。
途中、イギリス軍側からの大砲による砲撃が空白地帯に入り、向かって来る同盟軍の士気を落としに掛かる。
ここで 隊列を崩した場合、部隊が総崩れを起こして負けてしまう。
なので、敵の攻撃や脅しに対してどれだけ 我慢 出来る精神力を持っているかが、この大規模戦闘では 非常に重要になって来る。
「止まれ!!」
こちらの指揮官の怒鳴り声で軍が止まる。
「構え!!」
一列目のマスケット銃兵が銃剣を装備した銃を構えて狙う。
マスケット銃は ライフリング加工されていないし、弾の形状もパチンコ玉の様な球体の為、射程距離も命中精度が低い。
その為 横一列で撃つ事で、その命中精度をカバーしている。
対してイギリス側は、まだ止まらず 1歩1歩 歩き続けている。
「イギリス側は 初撃を喰らう つもりか?
こっちが どのタイミングで撃つかが重要になって来るな」
オレが呟く…。
マスケット銃は単発式…再装填には最短でも30秒は掛かる。
最初に自軍を撃たせて、再装填までの30秒で マスケット銃の命中率が高くなる距離まで 近寄ってから撃つ。
このタイミングで撃たれると再装填をジャマされる事になり、次弾の装填までの時間を確保し易くなる。
敵との距離、70…60…50m…イギリス側の音楽が一斉に止む。
「撃て!!」
パパパパパパパパ。
同盟軍側が最初に撃ち、イギリス側の兵が弾に撃たれて倒れる。
が、フェイント…音楽が再度 鳴り始め、行進が再開される。
「ちっ…再装填 急げ!」
50mは マスケット銃の最大射程…。
こっちの指揮官は、相手が撃つ前に 出来るだけ多くの弾を撃ち込み、戦力を削ろうと言う作戦だろう。
戦列歩兵での戦いだと 2発目は装填ミスをして 正常に撃てない事が多い。
敵から放たれる音楽が どんどん大きくなって 敵が近づいてくる高ストレス環境での装填作業だ。
そして装填が終わった兵から次々と球が飛んで行き、その度にイギリス側の兵士が倒れて行く。
だが、脱落者が出た戦列を後列で穴埋めしながら ズラリと横に並んで また歩き始め、こちらの撃てる奴が 2発目を撃ち終えた所で、25mまで辿り着き、音楽が止んだ。
「構え!」
最前列がしゃがみ、2列目が立ち姿勢の状態で それぞれ相手を狙う。
「撃て!!」
パパパパパパパパ。
25mは マスケット銃の有効射程…こちらの最前列は3発目の装填中に撃たれて、装填が止まる。
イギリス側は…再装填…なっ…。
撃ってから6秒程で次弾の装填が終わり、順次 撃って行く。
いくら何でも 装填時間が早すぎる。
黒色火薬の煙に遮られて双方 視認が難しくなっているが、イギリス軍は味方を撃ち殺さない様に赤色の服を着ている為、何とか こっちでも見える。
先込め式なのに装填している気配が無く、銃のマズルフラッシュから、構えたままで 装填作業をしている事が分かる。
「3…4…5…6」
6発目で間隔が少し空いて再度 撃ち始める。
「ちっ…向こうは リボルバーライフルを使って来てやがる。
撃てる球数が違い過ぎる。
負けるぞ…補給隊、撤退準備!
逃げて来た 兵士を回収して こちらも逃げるぞ!」
「分かりました」
下でバギーを動かしているフィリアが言う。
「何故逃げる?…我が軍は勝つはずだ。」
一般の補給部隊を指揮している隊長がオレを見上げて言う。
「なら、この銃声…銃の再装填が異様に速いとは思わないか?
こちらが1発撃つ間に敵は12発は撃ち込んでいる。
敵は 最新型の連装式の銃を部隊に配備した見たいだ。
おっ…こっちの連中が根負けして陣形が崩れ始めた…負けたな」
オレの上で立って双眼鏡で戦況を見ているクラウドが言う。
「そんな…」
「騎馬隊による掃討戦が始まっている。
マズいな…このままだと 皆殺しにされそうだ。
クラウド、兵士の回収を頼む…オレは 少し敵を削る」
「分かった」
クラウドが オレの言葉に答え、コンテナから降りる。
オレは 撤退中の兵士を追撃している 騎馬隊の先頭にいる隊長ぽい兵士の頭に弾を撃ち込む。
「あっ…」
馬を走らせていた為 男の頭では無く、馬の頭を撃ち抜き、男は落馬…。
倒れた馬に巻き込まれて、後続の馬が転び、落馬も次々と発生している。
最初に落馬した隊長は 後続の騎馬隊の馬に頭を踏み潰されて死亡。
オレは 次々と先頭の馬の頭を撃ち抜いて、後続を巻き込んで行く。
一応当たっては いるんだが、計算結果と僅かに違う。
補整は出来る範囲だが、原因は銃側か?義体側か?
少なくとも これで撤退までの時間は 稼げる。
「負傷者を優先して中に…歩ける人は 歩いて…」
クラウドが撤退して来た兵士達を荷台に入れて、次々と馬車やバギーが出発して行く。
見た所 ここには 重傷者はいない…。
と言うより 撃たれた重傷者の大半は ここまで来る事が出来ないので、置き去りになっている。
「ナオ…動くぞ」
「ああ…」
クラウドの声で バギーが動き出し、オレを上に乗せたまま 撤退を開始する。
オレは後ろを見る…戦闘が始まってから 30分も立っていないと言うのに、先ほどまで美しかった草原は 血と死体が転がる地獄の光景になっていた。