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19 (ボストン茶会事件)〇

 潜水艦の上部ハッチから上半身を出して開けて、ナオ(オレ)は 海を見る。

 水平線まで一面が海になっており、港は見えない。

 予定時間にやや遅れてやってきたのは 大型の帆船…。

 マストの上の見張り台の船員が手を大きく振っていて、オレは同じく手を振って返答する。

 帆が折り畳まれ、風から受ける推力が無くなり速度が低下…。

 乗組員はマストを使った滑車を使い、荷物を潜水艦の上に降ろして行く。

 荷物は航行中に小分けされており、船内に入れやすくしてくれていて、オレとクラウドで それらを 船内に積み込む…。

 最後の荷物が降ろされると しばらくして再び帆が張られ、航行を再開…船はボストンの港に向かう。

 ここ半年程 この密輸をやっている為、もう手慣れた作業だ。

 ただ、問題なのはドラムを船員に見せられてない為、積み下ろし作業はオレ達がやらないと いけないと言う事…これが地味に面倒だ。

 船の数も増えて来ているし、トニー王国海軍から何名か派遣して(もら)えないか頼んで見るか…。

「積み込みOK…」

「はいよ」

 クラウドの言葉にオレが答え 船内に戻りハッチを閉鎖…。

 潜水艦が潜航を開始して 水深60m付近で推力を上げ、ボストンの近くにあるメリマック川まで進む。

 港の付近には 船が多く 渋滞しているが、船の下から抜けられるので 快適に運ぶ事が出来る。

 そして、メリマック川に入り、繋がっている アーティチョーク川を通過…。

 後のアッパーアーティチョーク貯水池に向かい、民間の家に偽装した倉庫に荷物を降ろす。

 そこから ハンコックの陸送部隊が、25km~30km位の距離にあるボストンの各店に売り、客に販売される。

 この密貿易により、消費者が買う商品価格を通常価格の2倍から1.3倍まで落とす事が出来た。

 ただ、表向き 店が提示している商品価格は 正規品と同じ価格に設定されていて、客が値引き交渉をしてくると割引をしてくれる方式になっている。

 これにより、船員、潜水艦員、商店、客と誰もが利益を得られる密貿易システムが出来上がった。

 そして、これには イギリス側も気付いていて、よりチェックが厳しくなっているが、オレ達 密輸船が確保 出来ない為、証拠が無く、消費者、店を 問い詰めたとしても、自分達の利益を守る為に誤魔化してくれるので、このシステムが破綻する事は無い。


 のだが、この時代には 拷問による自白と言う、超便利な証拠でっち上げシステムが存在する。

 その自白を根拠に、海上での荷下ろしをする前のハンコックの船を拿捕(だほ)し、ハンコック海運には脱税したと思われる金額の2倍の税金の支払いを提示した。

 が、この脱税を証明する為の数字的な根拠が無く、これを飲んだ場合、実質の海運の倒産を意味していた。

 当然、証拠が一切 無い中での税金の取り立てにハンコックが意義を申し立てて、裁判が起き、ハンコック側が証拠不十分で一応の勝訴。

 これに対してイギリスは、東インド会社から ジガとクオリアがやった騒動で 求心力を失った教会に 多額の寄付(きふ)をし、貿易品を『神に祝福された 有難い貿易品』に変え、信仰の回復と関税を免除する事で対抗した。

 免税、つまり、こちらが通常の1.3倍の価格で売っているのに対して、東インド会社は 1倍で売れる事になり、消費者は わざわざ高い密輸した商品を買わなくなり、より安い 東インド会社の製品を積極的に買う事になる。

 これで この海運市場は 東インド会社の独占状態になり、免税特権を持たない 東インド会社以外の海運業は、正規、非正規 問わず、商売にならなくなり 廃業するしか無くなる。

 そして、廃業して不要になった船と船員は、東インド会社が格安で買い取り、利益を追求した過酷な労働環境に置かれる。

 しかもイギリスの出資で建てたと言う理由で、港では イギリスの関税が発生している。

 本来なら アメリカ領土に建てた港なのだから、関税はアメリカ側に入るはずなのにだ。

 イギリスの法律である マグナ・カルタの13条にはロンドン以外の自由都市は、交易の自由を持ち、関税を自ら決められるとされているので、植民地が税制を決められないのは 明らかな違法となる。

 のだが、こちらから文句は言う事は出来るが、聞き入れるかは 向こう次第で、受け入れる事は100%無い。


 そして、1767年…。

 自爆営業をして 更に財政難になったイギリスは、植民地から直接、課税を取ろうとした。

 これにより イギリス本国と植民地との間で論争が起こった。

 税制を決めることができるのは、自らの代表が参加している議会によってのみだ…これは憲法で保障されている。

 しかし、イギリス本国議会には 植民地に選挙区が割り当てられておらず、よって植民地人が選んだ代議士が存在しない。

 このため、一部の植民地人達は、イギリス議会で制定された新しい税制が英国憲法に違反するとし、植民地に対する課税権を持つのは、植民地人によって選ばれた現地の植民地議会のみである と主張した。

 だが、イギリス側は 軍を差し向けてボストンを占領…。

 軍が駐留した事で ボストンを実質、イギリス領土とした事で この問題は解決し、直接 徴税が始まる…。


 1770年3月5日…。

 この日、イギリス駐屯軍の部隊8名と、300~400名になる市民が衝突し、イギリス兵が市民に発砲して5名を射殺した事件。

 後に『ボストン虐殺事件』と呼ばれる事件が発生した。

 まぁ…イギリス側には 単発のマスケット銃を持っている8人の兵しかいないにも関わらず、投石を行う400名の暴徒を殺さずに鎮圧しろとは、物理的に不可能な要求だ。

 正直、市民側は 殺されて当たり前の事をしている訳だし、その後の裁判で、兵士6名は無罪。

 兵士2名は殺人罪で有罪となり、通常なら死刑であったが 減刑され、親指への烙印の罰となった事も普通に理解出来る。

 のだが、『俺らが税金を払って雇っている駐留軍が俺達を殺しに来る』と加害者が被害者 気取りで市民を(あお)り、ポール・リビアが描いた『血まみれの虐殺』と言う絵で、イギリス側が一方的に悪いと印象操作をするプロパガンダを行った事で、イギリス軍への不信感が着々と増幅されて行った。

 イギリスは武力で解決しようとし、アメリカ側はプロパガンダを利用して自国民を洗脳して対抗と…どちら共、クズだ。

 なのでオレ達 クラウド商会は、中立的な立場を維持していたのだが…。


 1773年12月…。

 ボストンのクラウド商会の裏 拠点にハンコックが来てナオ(オレ)に話す。

「イギリス船を襲う?」

「ああ…私達『自由の息子達(サンズオブリバティ)』に協力してほしい…」

 自由の息子達(サンズオブリバティ)は、13植民地(アメリカ)の愛国急進派の団体で、1765年に結成された団体だ。

「アンタらは自分がやっている事は 詐欺だと理解しているか?

 自分達が 駐屯部隊を襲っている事は 伏せて、駐屯部隊に発砲されて味方が殺されれば、『植民地の住民を殺した』と被害者だと振る舞う。

 これで集まった民兵が正しいと言えるか?」

「言えない。

 ですが、そうでもして民兵を集めないと この国を守れません」

「なら そうだな…。

 なら黒人奴隷の民兵を集める為に『戦争を生き抜いた物には、奴隷の解放と40エーカー(161m四方)とラバ1頭が与えられる』こう言う約束なら黒人奴隷の民兵が かなりの数、集まるだろう。

 でも、今の理屈から言うなら国を守る為なら、嘘の条件で民兵を集めて勝利後は 約束を反故(ほご)にしても良い事になる。

 さて、今、この条件で黒人奴隷を集めた場合、約束は守られるか?」

「守られないでしょうね。

 例え 守られたとしても、戦後の損害を減らす為に 黒人民兵を積極的に最前線に投入して使い潰すでしょう…。」

「やっぱり、そう考えるよな…。」

「ですが、今が無ければ 未来もありませんから…。」

「それは、誰の未来なのか…疑問は残るがね。

 まっ一般人として 協力はするよ。

 こっちも、国内の輸送で耐えているけど、外国との取引が再開出来るならそれが良いし…。」


 1773年12月16日夜…ボストン。

「おいおい…これは モホーク族の服じゃないか…。

 責任をモホーク族に押し付けるのか?」

 オレはハンコックに言う。

「この土地の先住民族の格好をする事で、この国がアメリカだとブリテンに示すんです。」

 ハンコックら24名程がモホーク族の衣装を着て部屋に集まっている。

詭弁(きべん)だな。

 オレは モホーク族の迷惑にならない様に いつも通り、このローブで行くよ…。

 普通だったら組織を明確にする為に『自由の息子達(サンズオブリバティ)』のマークでも服に取り付けるんだが…。」

「仕方ありません…。

 ここにいるのは 私達の様に独立を考えている人だけじゃなく、ただ単にブリテンの徴税が気に入らなくて参加している人もいますから…。

 行きましょう…これが私達の宣戦布告です。」

 深夜…街灯もない この地で、ポツンポツンと小さな灯りが集まって来る。

「こんなに いたのか…。」

 総勢…120名が灯りを消して ボストン港に向かって歩いて行った。


「やっぱり、見張りがいるか…3人…少ないな。」

 オレは持って来たスコープで港を見ながら言う。

「他は 金を渡してサボって(もら)っています…私の部下だった人です。」

「内通者と言う訳か…」

 見た所 港には軍艦は無く、東インド会社の輸送船が3隻だけだ…タイミングも良い。

 結構前から計画されていたんだな…。

「敵は排除して構わないか?」

「ええ…船の中にも何人か いますが、投降の意思がないなら排除して構いません。」

「了解した。

 よっと…」

 オレはホルスターから ウージーマシンピストルを取り出して、後ろのマガジンホルダーにロングマガジンを入れて即席のストックにする。

「まだ 200ヤード(182m)もあります…しかも暗闇で…絶対に当たりませんよ」

 マスケット銃の最大射程は50mだから、通常 この位置から銃で撃って敵に当たる訳が無い。

「まぁ見てろって オレが3人始末したら行くぞ」

 オレは ハンコックにスコープを渡し、銃を持ったまま 地面に伏せる。

 ヒジを地面に突き立てて 三角になる様に銃を構え、マガジンストックを肩に押し付ける。

 コッキングレバーを引いて初弾を装填…。

 ウージーマシンピストルのセレクターを押しこんで、セミオートにセット…銃を松明で辺りを照らしている見張りに向ける。

 敵の見張りは こっちに気付いていない。

「撃つぞ…ふう…」

 パン…。

 反動を抑制する為のマズルデバイスの上部が火を吹き、耳を傷めないレベルまで減音された弾が 見張りの鼻を撃ち抜き、ストンと その場に倒れ込む。

 鼻の後ろには脳幹(のうかん)があり、ここを損傷すると身体への信号伝達、生命維持が出来なくなり、死亡する。

「うっそ…」

 スコープで見張りを見ていたハンコックが言う。

 今 仕留めた見張りの隣にいるヤツは、銃で撃たれたとは思っておらず、倒れた仲間を起こそうと近寄る。

「次…」

 側面だと頬の少し上…耳の前…パン…。

「ヒット…最後…」

 発砲音だとは気付いていない見たいだが、マズルフラッシュに反応して こちらを見た見張りの鼻を潰し、倒す。

「OK…敵を倒した。」

「よし行くぞ」

「おう…」

 120人がゾロゾロと暗闇を歩いて行く。

 オレは排莢(はいきょう)された薬莢(やっきょう)をローブの中のポケットにしまう。

「連発式、しかも あの命中力…ナオ…」

「売らないよ…技術の提供も無し。

 奪うならアンタらを撃ち殺して国に帰る」

「分かりました…止めておきます」

 オレ達は 船に乗る為に必要な小舟を奪い、皆が それぞれの船に向かってオールを()ぎ始めた。


「手早くやれよ…」

 縄梯子(なわばしご)で 船の甲板に乗り、オレ達は帆が取り付けてあるマストの下にある大きな部屋のドアを開けて中に入る。

 ここには 手すりと階段、そして マストの真下には 滑車を使って荷物を上げ下げする為に、船の一番下まで直通の大穴が空いている。

 船を制圧するチームは、次々と階段を使って降りて行く。

 その動きは 完全に統率が取れていて、とても民兵とは思えない動きだ。

 オレ達は 倉庫に向かうチームは マストにぶら下がっている縄梯子(なわばしご)を使って倉庫まで降りて行く。

 重量物である倉庫は 船の重心位置を安定させる為に 決まって船の一番下に入れられる。

 この下は 確実に倉庫だ。

 倉庫に降りた オレ達は、かろうじて 穴の上からの光で周りの荷物が見える中、ロウソクに火を点け、釘が打たれて封印されている箱のフタを こじ上げて開け、紅茶が入っている事を確認し、次々と 箱を滑車で上に上げて行く。

 上では戦闘音が聞こえている…船員と戦っているのか?

「ん?これ?」

 麻の袋に入っていて紅茶かと思ったが何かが違う…。

 そこには黒色の砂が入っている。

「黒色火薬?…こんな量を?」

「こっちは マスケットに弾…コーンミール…保存食もある。

 それにしても、この量は…」

「確実に戦争前の備蓄(びちく)だな。

 ヤツら民間船に軍事物資を混ぜて運んでいたんだ」

 オレの言葉に それぞれの決起メンバーが言う。

「まぁ…民間とは言え 東インド会社は、実質、国営企業だろうからな」

「これも捨てますかい?」

 メンバーがハンコックを見て言う。

「いいえ…これから起きる独立戦争の為に回収しましょう…」

「オイ…武器弾薬が見つかった。

 これは回収する…いいな!」

 1人のメンバーが縦穴の上に向かって大声で言う。

「はい!」


 夜明け…。

 日の光が家を照らし、そろそろ住民達が起き始める頃…オレ達はマスケット銃を上に向けて、火薬だけの空砲を発砲する。

 パパン…パパン…パパン…。

 イギリスの駐留軍が動き出し、住民達は 着の身着のままで外に出る。

 しばらくすると港には 住民達が集まって来た。

 その後ろには 馬に乗ったイギリス兵がいる。

 おそらく 状況の確認の為に出された斥候(せっこう)だろう。

 そして 皆からの注目が こちらに集まり、軍人達は 群衆を押しのけて進むが、住民達の ささやかな抵抗で ちっとも前に進まない。

「ボストンの海を赤く染めろ!」

 オレ達が制圧した 隣の船から怒鳴り声が聞こえる。

 今回の首謀者で政治家のサミュエル・アダムズだ。

「赤く染めろ!!」「染めろ!!」

 ハンコックが 木箱を空けて、住民に軍人に見せつける様に木箱を傾けて中の紅茶を船の上からボストンの海に落として行く。

 ハンコックは 関税で住民の生活が苦しい中、密貿易をしてまで 物資を供給し続けた英雄の為、住民からの信頼が厚く『やっちまえ!』だの多くの声援が聞こえる。

「何と言うか…完璧に海賊行為で、バリバリ違法だってのに 正当化しちまったよ」

 住民が盛り上がって船の上に注目している中、こっそり 火薬や銃、保存食を小舟に乗せて運んでいるオレが そう言う。

 340箱、重量は46トン…9659ポンド(1億7000万円)相当の紅茶を海に捨てて、海を紅茶色に染まって行く…。

 ボストン茶会事件…。

 歴史では アメリカ側が正義と描かれているが、裏では民衆へのプロパガンダや法律違反が多用されて、国民を戦争に導いて行き、この争いは アメリカの独立を賭けた大きな戦争に発展して行くのだった。

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