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15 (母からの独立)〇

 翌日…朝。

 ナオ(オレ)達は、各商会から荷物を運んで来る輸送隊を見送り、食堂で書類作業を行う。

 マシューは バギーが付いていない 空の荷台に明日の荷物を確認しながら積んでいる。

 今日は 相棒のドラムが使えない1人での作業なので、それなりに時間が掛るだろう。

 クラウドは 食堂のテーブル席を部屋の中心にまとめて、テーブルクロスをかけ、午後のパーティに備える。

 そして、キッチンメイド姿のオリビアが、訓練での緊張が嘘の様に落ち付いて テキパキとキッチンで料理を作っていて、それを初老のコックメイドが厳しく監視している。

「ふむ…成長しましたね…オリビア。

 これならキッチンを任せられるでしょう」

「あっありがとうございます」

「それにしても、シンキングターキーは 作らないのですか?

 ドロシー様の好物だと言うのに…」

「ナオ様から『水銀は毒物なので料理に使うな』と言われています。」

「毒物?そんな訳が…」

「私もここに来て初めて知りました。

 なので、今回は揚げ物(フライ)がメインです。」

「それは彼らの国の料理ですか?」

「はい…教わりました。

 温度調整が非常に重要なので、(つま)みで火力を調整出来るコンロが無いと難しいとか」

 動物性 脂を油の代わりに鍋に入れ、コーンミールの衣を落として温度を測りながらオリビアが言う。

「確かに 石炭のかまど だと温度調整が難しいですから、熟練者の技術が必要になるでしょう。

 ただ、あなたは その技術を身に着けないで、操作が簡単なコンロに逃げました。」

 コックメイドが厳しい目をオリビアに向ける。

「そうです。

 ですが、道具に頼る事で 難しい調理を誰もが 簡単に作れる様になりました。

 出来る物が同じなら、私は簡単に作れる方が良いと思います。」

 衣を付けたターキーを油の中に入れ、綺麗なキツネ色に揚げあがった出来立てのターキーの唐揚げをコックメイドに食べさせる。

「あつっ…ほお…美味しい。

 パーティの料理としては十分でしょう」

 揚げ物が一通り終わると、次は ボウルに 牛乳、卵、砂糖を加え、ハンドミキサーで、生クリームを作る。

 出来た生クリームを鍋に移し、カカオの粉を混ぜて ゆっくりと熱を加えて行く。

 で、このカカオが入った生クリームを冷凍すれば、チョコアイスの完成だ。

 後は、このパーティの目玉になる腹に色々詰め込んだ七面鳥をオーブンで こんがりと焼いて行き、その間に野菜やソーセージなどでサラダを作れば、食事の準備は完了だ。


 昼…12時ちょうど。

 ここの貴族達は、パーティには指定時間から10分程遅れてから参加すると言う謎ルールがある。

 ホームパーティー開始 時間前後に ホストは テーブル・セッティングや料理の仕込みなどの準備に追われている為、ゲストをもてなす余裕が無い事が主な理由らしい。

 が、こちらの価値観では 12時に間に合うようにスケジュールを組んでいるのに、遅れてやって来るのは ブチ切れ案件である。

 なので、ハンコック夫妻側の礼儀も汲み取って、11時50分にパーティの開始時間を早める事で対応する事になった。

 結果的に こちらの指定した12時ちょうどに 紳士服を着たハンコックと宝石などの装飾を多く身に着け、()()が使われているエメラルドグリーンの染料で染めたドレス姿のドロシー婦人。

 ドロシー婦人の服より目立たない様に あえて控えめなドレスを着ているレディースメイドが階段から降りて来る。

「ようこそ…」

 装飾品を付けずに最新の流行に合わせた紳士服を着たマシューが言う。

「お招き頂き ありがとうございます。」

 ハンコック夫妻は マシューに対して礼をする。

「こちらは、私達が取引きをしている高級ワインです。

 どうぞ…」

「頂きます…クラウド?」

「ああ…皆さんで楽しみましょう…オリビア7人分 ワイングラスで」

「えっはい」

 マシューが持っているワインをオリビアが受け取り、棚から出したワイングラスに 丸い氷とワインを均等に注いで行く…。

 出来たワイングラスをクラウドが受け取り、メイドも含めた全員に配る。

「良いのですか?」「良いの良いの」

 コックメイドの言葉にオレが軽く答える。

「さて、何に乾杯しますか?」

 クラウドがハンコック夫妻に言う。

「そうですね…今後の取引きと2人の今後の幸せを願って…」

「おお…早くもOKが出た。」

 オレが少し笑みを浮かべながら言う。

「元奴隷で 盗賊をやっていた黒人と言う情報から、どんな奴かと思っていましたが、予想に反して真面で安心しました。

 これなら、ハンコックの名前も背負えるでしょう。」

「では、それで行きましょう…ハンコック海運とクラウド商会の今後の発展と、マシュー、オリビアの2人の今後の幸せを願って…乾杯」

「「乾杯」」

 カリンとグラスを慣らし、それぞれが 味を確かめる様にワインを飲む。

 この手のワインは一気に飲むのではなく、味と香りを楽しみながらチビチビ飲むのが基本だ。

 定期検査以外 全く使っていない味覚受容体から電気信号が機械脳に届き、上品なワインの味を出力する。

 まぁオレには胃が無いので舌を付ける位しか出来ないのだが…。

「オリビア…こっちに…主役が立ってて如何する」

 マシューがそう言うと オリビアは、壁に背を向け 直立不動状態のコックメイドとレディースメイドを少し見て、申し訳け無さそうにマシューの隣の椅子に座る。

 オレとクラウドは 大皿に積まれた料理を取り皿に綺麗に盛りつけて、ハンコック夫妻に配って行く。


「飲むだけで全然食べていないようですが?」

 料理をよそったり、酒をついだりと接待に集中しているオレ達をハンコックが不思議がって言う。

「あ~オレ達の食事は 電気だから」

 そう言うと、オレは端子がマグネットになっているケーブルをUSBポートの穴に差し込み、充電(しょくじ)を始める。

「電気って雷の事ですよね。

 建物内でエネルギーとして使っている事は知っているのですが、人が食べられる物なのですか?」

 七面鳥の丸焼きをナイフとフォークで丁寧に切り分けて食べているオリビアが言う。

「いや…オレらは厳密には 人か怪しいからな。

 ほら、足を失った人は 人が作った義足を付けるだろう…。

 オレとクラウドは、身体を失って全身を機械化したんだ。

 だけど、スペースの問題で 食べ物を消化する為の臓器が無い。

 で、その機械パーツを動かす為に電気が必要になって来る。」

「水銀などの薬には頼らず、身体を機械化する事で 不老不死になったのですか?」

「不老不死と呼ぶには制約が多いけどな。

 オレ達は 高度な医療と工業技術の塊だから、その系統の会社が潰れると生きられ無くなる。」

「本国も蒸気機関による自動化が始まっていますが、いずれ 身体を再現出来る様になるのですね…」

 ハンコックが言う。

 通常なら荒唐無稽(こうとうむけい)と判断される所だが、イギリスの科学技術と工業化の発展で『科学が発展すれば実現可能』だと思える位には信じられている。

「オレ達だけ オリビアの料理を食べないから、気持ちを尊重して 全身義体の事を言ったんだけど、これは ウチの国の秘術だし、これを目的にイギリス軍に占領されたら たまらない…ハンコック達を信用して言ったんだ。

 絶対に秘密にしてくれ」

「分かりました」

 オレの言葉に皆が(うなず)く…。


「それでは、腹も膨れましたし、交渉に入りたいと思うのですが?」

「では、貴賓室(きひんしつ)に行きましょう…問題はありますか?」

「いいえ…皆はそのまま楽しんでくれ」

 ハンコックがそう言うと立ち上がり、オレ達と一緒に3階に上がって行った。


 貴賓室(きひんしつ)に入り、オレ達は、オレ達はテーブルを挟んで向かい合うソファーに座る。

「さて、交渉に入りましょう。

 現在、オリビアの所有権は法的には ハンコック家が所有しています。

 こちらの条件を飲んで頂ければ、裁判に使える正式な文章で、オリビアの所有権を放棄しましょう」

「それで、その条件とは?」

 クラウドがハンコックに聞く。

「私の死後に ハンコック家の遺産を受け取る事です。」

「ん?遺産を受け取れると言う事は オリビアは ハンコック家の血を受け継いでいるのですか?」

「ああ…私の実子です」

「隠し子と言う訳か…当然、相手はドロシー婦人ではないのだろう?」

 オレがハンコックに聞く。

「ええ、ドロシーは最良の妻です。

 ですが、彼女と私の子供 2人は 身体が小さく、生後まもなく死んでしまいました。

 彼女は 子供を作る能力が低かった。

 このままだと 私の血を引き継いだ後継者が作れず、ハンコック家の財産は、私とドロシーが死ぬとブリテン本国に所有権が移る事になります。

 なので、当時の私の専属 メイドに私の子供を産んでもらう事になりました」

「その子がオリビアの母親か…」

「そうです」

 この時代の貴族は 基本的に政略結婚が普通で、恋愛結婚は出来ない。

 だが、好きな人を 愛人や使用人として それなりの権限を持たせて、自分の側に置く事が出来る。

 なので、公式の舞台以外では、愛人と一緒に入る方が多いなんて言う事も普通にある。

「オリビアが ここにいると分かった時は、あなた方が ハンコック家の財産を狙っていると考えていたのですが…」

「なら、相続権の放棄では無く、相続を受けとる事が条件なんだ?」

 オレがハンコックに聞く。

「今、この植民地の企業は皆、白人の男が経営しています。

 黒人男性は 会社の奴隷が多く、女性は メイド位しか真面に稼げる場所が無い。

 なので、黒人が経営している企業があっても良いと思ったのです…ここの様にね…。

 マシューなら、私の財産を相続出来れば 彼の商会を持つ事も可能でしょう」

「まっ出来るでしょうね。

 と言うか 私達が国に帰ったら、ここの経営は マシュー達、クラウド商会の従業員に譲るつもりです。

 今は 色々な商会との輸送を通して 人脈を築かせているので、間違いなく 私達がいなくなった後は 黒人主導の企業になるでしょう」

 クラウドが言う。

「良いのですか?

 急成長している企業を明け渡して…」

「構いません。

 こちらの目的は 国の名前を出さずに 現地の商会の人達との人脈を作る事ですから…。

 マシュー達が それを維持してくれるなら、こちらとしては 問題ありません。

 元々利益を上げる計画では 無いですから…」

「分かりました。

 では、相続の為の遺言状も書きましょう…。

 ただ、財産の事、私の娘である事は 伏せて下さい。」

「分かりました…そちらも契約書を交わしましょう。

 証拠の無い口約束は簡単に破れてしまいますから…」

「そうですね…」

 そして、クラウド主導で無事 契約が進んで行き、また食堂に戻るのであった。


 パーティ後の食堂…。

 オリビア()はキッチンで、アメリア コックメイドと一緒にパーティの後 片付けを行う。

「見事なパーティでした。

 ただ、主人達と同じ席で食事をしたのは問題ですが…」

「私は 主賓(しゅひん)でしたらか…食べないと言うのも…。

 と言うより、ここでは 私も 従業員なので、皆さんと一緒に食事をしています。」

「キッチンメイドでは無く、コックですか」

「ええ…」

 食事をしていなかった アメリア コックメイドが、皿に残った豪華な残飯を口に放り込みながら言う。

 普段、私達メイドは 貧相な食事と取っているが、料理を片付けている時に豪華な食事の残飯を食べる事が出来るのは、食事を担当している私達の数少ない楽しみで、あえて残飯が残る様に少し多めに作ったりも している。


「さて、オリビア来なさい。

 渡す物があります」

「はい…これは コックメイド服?」

 私は、アメリア コックメイドと同じデザインのコックメイド服を受け取り、服を広げて見る。

「新品?新しく作ったのですか?」

 服は とても高価な為、破れたりしたら糸で縫ったり、当て布を付けるのが普通なのだけど、この服の生地は まだしっかりしていて、破れた箇所が無い。

「ええ…私が あなたを一人前だと判断したら、これを贈る様にと。

 これで あなたは、ハンコック家が認めるコックメイドとなりました。

 これからも十分に精進し、この服に恥じない活躍を期待します。」

「ありがとう ございます…大切に使わせて頂きます。」

 やっと…認めて貰えた。

 私は コックメイド服を抱きしめ、目頭が熱くなり、涙を流しつつ言うのだった。

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