11 (接待のお知らせ)〇
ハンコック家の屋敷からパクって来た キッチンメイド服を着たオリビアが、クラウド商会の食堂で働き始めて1ヵ月…。
オリビアをコックにした事で 食事のバリエーションも増えて、食堂に美人の女性従業員がいる事で、従業員は 心身ともに良くなり、仕事中での やる気も上がって来ている。
マシューは クラウドが書いてくれた推薦状を使い、クラウド商会から100m程 離れているセントローレンス川の隣に土地を購入した。
後は 大工を確保するだけなのだが…やはり、まともな大工は見つかっていない。
最近では マシューは レンガを自作して自分で家を建てようか と考え始めている。
マシューは 輸送業務で 週1で3日開ける事になるから、鍵付きの個室とは言え、オリビアを住み込み部屋に入れておくのが 心配なのだろう。
幸い、他に行く所が無い 彼らは、クビになる事を恐れて 人様の嫁に手を出す事無く、たまにセクハラジョークを飛ばしてくるが、大切に接している。
「ナオ、クラウド、手紙だ。」
3日の輸送業務から帰って来たマシューがクラウドに手紙を渡す。
「ありがとう」
差出人は ハンコックだ。
オリビアを雇ってある程度 落ち着いた後に オリビアの消息と軽い近況報告をクラウドが書いて マシューに持たせ、クラウド商会が取引きをしているハンコック海運のボストン支店に 手紙を送った。
そこから ハンコック家に手紙が届き、ハンコックが 返事の手紙を書いて ボストン支店に送り、1週間後に 運ぶ荷物と一緒に マシューが手紙を引き取り、クラウド商会のケベック支店まで届く仕組みになっている。
往復1週間の手紙のやり取りは、この時代では まだ早い部類だ。
これが一般の郵便だと片道で1週間…往復で2週間も掛かる。
「おっ来たか…」
クラウドが受け取った封筒には ハンコック家のマークの融かしたロウソクによる封印されており、まだ誰もこの手紙を開いていない事が分かる。
その下には、差出人のジョンハンコックの名前と、宛先であるクラウド商会のクラウドの名前がブロック体で書かれている。
「さて、回答は?」
オレとマシュー、それにオリビアが封筒を見る中、クラウドが封筒を開いて中から手紙を取り出す。
手紙の下には ハンコックのサインと家の判子が押されていて、これがジョン・ハンコックが書いた正式な物だと言う事が分かる。
ただ 肝心の文章は 芸術品の様に綺麗な筆記体で書かれており、かなり読みにくい…。
この中で筆記体の文字を真面に読めるのはクラウドだけだ。
「えーと 色々と書いてあるけど、簡単にまとめると オリビアは ハンコック家のメイドであり、所有権を放棄するつもりはない。
滞在費、報酬は払うので、オリビアをハンコック家に帰せ。
ただし、返還を拒んだ場合、法的処置も いとわないと…」
「おっ…良いじゃん オリビア…ハンコック家が取返しに来るぞ」
オレは嬉しそうにオリビアに言う。
「良い訳ないでしょう…ナオさん。
せっかく 私の料理を美味しく食べてくれる人達の元で働けるのに また戻るなんて…。」
「いやいや…これって結構 凄い事だぞ。
だって、オリビアを探す手間に、滞在費、報酬、法的処置…つまり裁判費用の負担って…どれだけの金が飛ぶと思う?
オリビアを諦めて 新しい人材を雇えば、安く済むってのにだ。」
「あっ」
「ハンコック家は オリビアを切り捨てるリスクより、金を払ってでも連れ戻した方が得だと判断したんだ。
つまり ハンコック家は、代えが効かない優秀な人材を薄給で働かせていたって事になる。」
クラウドがオリビアに言う。
「私が優秀?」
「何だ…自覚が無かったのか?
マシューと恋仲になって 家を出たのも、料理で食べて行けると思ったから じゃないのか?」
「ええ…マシューから クラウド商会の食堂で コックを募集している事は 聞いていました。
マシューは 私の料理を美味しそうに食べて『絶対に合格 出来る』と言われましたので、一般の労働者なら通じる腕だと 思ってました。」
「まぁオリビアの料理は 貴族の料理って言うより、労働者の為の料理だからな。
レストランより、居酒屋の方が向いている みたいだし…。」
「だけど、これだけ期待値が高いなら、雇用条件を吊り上げまくって、一流のコックになると言うのも悪くない。
貴族の家のコックだと 料理に毒を混ぜて主人を毒殺する事も出来るから、ぞんざいに扱われる事は まず無いし、しかも、専門職で特殊技能である『貴族の家のコック』は、女性が出来る仕事の中では 一番 高収入だ。
その金額は 一般に働いている男の収入を 軽く超えられる。
ハンコック家の近くの家を購入して 通いながら働いて、働かないマシューを養っていく事も十分に出来るだろうな…。
多分、キミの両親も…この一発逆転を狙っていた んじゃないかな?」
オレは笑いながら言う。
「おいおい…オレはちゃんと働くよ」
「そんなにですか…。」
「毒を入れないと言う オリビアの信用を買っている訳だからな。
オリビアが『私、金で動きますよ』と匂わせれば 絶対に待遇が良くなる。」
「主人を殺すかもしれないから 切り捨てる可能性は 無いのでしょうか?」
「これだけの費用を出すって事は まずないな。
と言うか 商人のクラウドに この情報を手紙に載せてる時点で、今言った方法は向こうも想定済み。
むしろオレ達の助言を得て、オリビアが戻る事を望んでいるって所かな…。
さて、如何する?」
「う~ん…私は 数人のご主人様に料理を作るより、数十人 数百人のお客さんに 食べて貰える方が良いと思います。
実際、私はメイド達の料理を作っている時の方が楽しかったですし…。」
「両親の事は?」
「私は両親の事を覚えていませんので、あまり恩を感じていません。
それに、ここでも大きな商談には 料理が振る舞われますよね。
大きな商人に私の味を覚えて貰って行けば、信用を勝ち取れるかもしれません。
今後 クラウド商会が大企業になるなら『クラウド商会の一流コック』の肩書は『貴族の家のコック』より上に なります。
これなら、私を売った両親の期待にも応えられるかと…」
「確かに…こっちなら 転職する際には 推薦状を書いてやれるしな…」
「よし…本人の意思も確認したし、こっちは 徹底抗戦だ。」
クラウドが普段 金が掛かるので 使わない 羊皮紙に綺麗な筆記体で手紙を書き始めた。
1週間後…。
「さてと…」
クラウドが ハンコック家から来た手紙を開いて読む。
「おっ…こちらが引き取る 条件を提示して来たな。
内容は 主に仕事関係の取引きだな。
こちらの取り分が若干少ないが、総合では儲けられそうだ」
「つまり、お得意様になれって事か?
高く評価された物だ。」
「手紙のやり取りじゃ解決しないと思ったのか クラウド商会に来たいそうだ。
話の場を設けろと言って来ている。
つまり、こっちがハンコック家に接待する事になるな」
「な…」
接待する事になると言う事は、オリビアが料理を振る舞う事になる。
「メンバーは、ハンコック夫妻と護衛2名。
レディースメイドとコックメイドが1名ずつ…最少人数だな。」
通常なら2人の為に30人位程 来るのだが、こちらの商会の規模を考えて最小限の人数にした みたいだ。
「ひっ…」
オリビアの顔が青ざめ、手がガタガタと震える。
「あ~オリビアの上司か…。
見た所、この商談が成立すれば 半端じゃない額が動く事になるな。
この商会が発展するかは、オリビアの接待に掛かってる訳だ。」
「あっあっ…」
遂に涙目になり始めた。
「ナオ…そんなに脅すなよ。」
「わっ分かりました。
こ、この接待、せ、成功させて見せます。」
「分かったOKで良いな。
こちらがOKを出せば 1ヵ月後に開催だ。
それまでに 色々と対策して おかないとだな…。」
クラウドはそう言い、オレ達は まずは この国の接待の情報収集から始めるのだった。




