09 (ネセシティ砦、補給計画)〇
ニューヨークの港が見えて来る…。
港には大型の船が大量に浮かんでおり、大量の人が荷下ろし作業をしている。
流石アメリカへの玄関口と言った所か…ケベックの港とは規模が違う…。
「着いたな…確か ここだ」
港の側にある大きな商会…。
東インド会社のニューヨーク支店だ。
ここではアメリカ、イギリス間の貿易の他に、イギリス軍の補給物資の管理もしている。
馬車が止まっている積み込み場から 赤い服を着たイギリス軍の馬車隊がオレ達を横切り、オレ達の見慣れないバギーに視線を一瞬 移して現場の兵士の補給に向かう。
オレ達は 積み下ろし場に向けて バギーを進めて行った。
「おっ…これが車か、本国から来たのか?」
「いいえ…補給部隊に民間組織として雇われました。
これが契約書です。」
「ふむ…ケベックか…随分と遠くから来たな。
ジョセフだ…前金は如何する?」
「これから仕事に出るし貸しで…名前はクラウド商会のナオだ。」
「ナオだな、分かった。
引き取り書を作る。
それで、今の内に物を積んでおくか?」
「出発日は?」
「一応、明日からだ。」
「分かった。
それじゃあ、積み終わったら移動ルートの確認と、正確な地図を貰えるか?」
「ああ…最近の少し良い精度の地図がある。
作戦に使える物じゃないがな…」
「軍用は無理か…」
「物資は取られても如何にかなるが、軍用の地図は 戦略物資になるからな…積み込みは こっちだ」
「ああ…」
オレがそう答え、ジョセフの後をバギーで追い建物の反対側に出る。
ここが積み込み場か…。
近くには木材の板が大量に重ねられており、ジョセフの指示により黒人奴隷達の手によってバギーの荷台に麻袋が積み込まれて行く。
「これが食料か?」
「そうだ…よっと」
ジョセフが大きな麻袋を持って来る…。
オレが中を見て見るとイエローケーキ見たいな黄色の粉が入っている。
「コーンミール?」
トウモロコシを乾燥させて粉状にした物か?
「そう…それに乾燥させたザワークラウトやカカオなんかもブレンドしている。
長期間保存しても腐らないから便利だ。」
「ザワークラウトは壊血病対策?」
壊血病はビタミンCの不足から起きる病気で、毛細血管が弱くなる為、全身に出血がおこりやすくなり、貧血も起きやすくなる。
更に症状が酷くなると 歯肉が出血して腫れたり、関節が痛いたんだりもする。
発症した場合、自然治癒で治る可能性は まず無く100%死ぬ。
ただ、柑橘類などのビタミンCを補給すれば、数日で回復する病気だ。
「ああ…50年ほど前にケンブリッジ大学の学者が壊血病に発酵したキャベツをが効く事を見つけたらしい。
それから 船の食事に組み込まれて、壊血病による死者がいなくなった事で、貿易船の数がどんどん増えて行った。
まぁ如何言う理屈かは 分からない らしいんだが…。」
なるほど…壊血病を克服出来たから史実より、船の数が多いのか…。
「瓶詰めは?」
「アレは 重いし、すぐに割れるから船はともかく、戦場では使えない。」
「色々な食事が無いと士気が下がるから、ケチャップ…マヨネーズの瓶詰めを持って行きたかったんだが…。
何と言うか、兵の事は考えないで 効率重視って感じだな。」
「そこは精神力でカバーだ。」
「精神力ね…」
ジガがケンブリッジ大学で壊血病の特効薬にキャベツの酢漬けが効く事を教えたからだろう。
確か、イギリス軍が攻めて来た時も船の食糧庫にザワークラウトがあった。
あの船は行方不明になっているはずだが、あの後 再度実験をして 一般化したのだろう。
船員が壊血病で死ぬ確率は全体の50%。
つまり 壊血病を克服した事で、船団が壊滅する事が無くなり、更に陸の記録だと7年戦争で 18万人の動員をして戦死者が1500人…。
病死が13万人だったから、この13万人の大半は戦える状態になる。
だとすると イギリス軍は 史実より強くなり、イギリス本国はヨーロッパ中で世界大戦と呼ばれる規模の7年戦争をしているにも関わらず、植民地まで戦力を回せる余裕が出来ている訳だ。
「それじゃあ、これが積み荷の受取書だ。
ここにサインを頼む…。
あ~文字の読み書きは出来るか?」
「一応な…うわっ筆記体か…これは まだ読める範囲だな。
次からは ブロック体で書いてくれないか?
これだと、ウチの社員が読めない」
「社員?奴隷では無いのか?」
「そう…コイツらは ブロック体でなら読み書きが出来るし、計算も出来る。
ちゃんと教えれば、かなり優秀な人材だよ」
オレが書類の一式にサインをする。
「それじゃあ、後は ルートの説明だ。
これを…」
ジョセフが棚の引き出しから地図を取り出す。
オレ達が普段使っている地図より 更に詳細で、一般に出回っていない色々な移動ルートが書き込まれている。
これは 商会が調べて作ったのか?
「ルートの要望はあるか?」
「そうだな…基本、馬車が通れる道は 普通に通れる。
後、この馬の餌は水だ。
途中で水を補給出来る川が欲しい」
「川は どのルートでも通るから大丈夫だろうが…馬車と同じなら、高低差がある地形は避けたいだろ」
「通れないって事は無いんだろうけど…スピードは落ちるからな。」
「なら、このルートだな」
地図上では遠回りのルートになるが 高低差が低く、速度が出せるコースで、川の側も通る…これなら快適な旅が出来そうだ。
「それで、オレ達の宿は?」
「3階の大部屋を使ってくれ…8人は入るはずだ。」
「分かった。
じゃあ…また明日」
オレらは敷地の端に馬車を止めると商会の3階にある大部屋に向かった。
翌日…。
「それじゃあ、行って来る」
バギーのアクセルを回して調子を確認してオレが言う。
「ああ…気を付けて…」
「あ~大丈夫、大丈夫…」
そう言うとオレ達のバギーは、目的地に向けて進んで行った。
オレ達は大体、時速30km程の速度で現地へ向かっている。
目的地までの距離は200kmなので、7時間程度で辿り着ける計算になる…のだが…。
「でけぇな…」
目の前にあるのは デテラウェア川…。
長さが200mはある大きな川だ。
それを大量の木製 大型手漕ぎボートで物資を運んでいる。
この200mの長さを渡れる橋は まだ無い見たいだ。
オレ達は荷台に積んである折り畳まれている炭素繊維のゴムボートを出して酸水素で膨らませる。
膨らんだゴムボートに バギーのエンジンを取り外してスクリューに接続すると、動力付きのゴムボートが出来る。
流石に積み荷の2tを一度に運ぶ事は出来ないが、1台あたり24回ほど往復すれば向こう岸まで運べるだろう。
全体の中で ここが大幅なロスになりそうだ。
実際、荷運びが終わった時には 夕方になり、辺りが暗くなっていた。
なので、ここで1泊し、早朝また移動を開始…。
2時間程 進むと 今度は500mの川が見える…サスクエハナ川だ。
「これ、海上輸送の方が良いんじゃないか?」
「いえ…多分、トータルだと まだこっちの方が速いのでしょう。
ほら…ここを周らないと たどり着けませんから。」
マシューが地図を出して言う。
「あ~ここにバック川があるだろう。
まだ知られていないのか?」
「そこの川は、浅瀬だらけで大型船は入れません。」
「マジか…」
となると ニューヨークから後のワシントンDCまで300km…。
帆船は時速10kmだから30時間…。
そこから馬車で運んで3日…5日の行程だ。
直接馬車で行った場合、多めに見積もって1週間程度。
確かに2日程ロスする可能性があるが、天候に左右される海上輸送は、遅れる事が普通にあるので、陸送と そこまで時間は変わらない。
「橋を掛けて欲しいな…」
「500mの橋を?いくら何でも無理でしょう。」
「だよな~」
トニー王国でも橋はあるが、素材から自作するとなると かなりキツイし、それでいて数百トンの重みに耐えないといけない。
オレ達も何度も橋を崩壊させているからな…。
そして、またゴムボートでひたすら荷物を運び続け、日が沈みかけている夕方位に後のユニオンタウン…現在、ネセシティに到着した。
「おっと…」
草が生い茂る山の下には兵達のテントが見える。
国旗からフランス軍だと分かる…数は600位か?
山の頂上には 木製の砦が立っており、そこがネセシティ砦だと言う事が分かる。
オレ達は大回りして気付かれない様に山を上って行った。
「止まれ!」
「補給部隊だ。
これ証明書…」
「助かった…入れ」
「はいよ…」
砦の中はピリピリとした雰囲気になっており、ここが戦場である事を実感させられる。
フランス軍とは違い、こちらの兵士は少し痩せこけていて、十分な食料が供給されていない事が分かる。
砦は木の柵で囲われただけの簡易型の拠点で…正直、ショボイ。
これで勝てるとは到底 思えない。
と言うか史実だと負けるんだよな。
「ジョージ・ワシントン大佐だ。
この部隊を任されている。」
「はっ…大統領」
「大統領?」
「あっいえ…」
いきなりの偉人の登場に黒いポンチョを着たオレはフードで顔を隠した状態で、背筋を伸ばして敬礼してしまう。
「確かに大統領には なってみたいな。
今は あちこちで戦いが起きていて、ロクに綿も生産出来ないし…。
いっそう、この大陸が独立出来ればな…と思った事はある。
だが、今は食事だ。
補給部隊が来たぞ…3日ぶりの食事だ。」
「おおっ!」
「3かぁ?
良く持ちますね」
「実際、空腹で兵達の士気は ダダ下がりだった。
だが、作戦前に補給が出来た事は有難い。」
「作戦?…あっあの下にいるフランス軍が攻めて来るんですか?」
「ああ…昨日最後 通告があった。
向こうが約束を守るなら明日の朝に攻めて来る。」
「あっそうか…明日は 1754年の7月3日か。
なら戦闘が始まる前に私達は 逃げませんと…。
私達は補給を頼まれている商人であって、兵士では無いですから」
日が沈み、松明の明かりが辺りを照らす。
食料庫に持って行かれたコーンミールと水を複数の大型の鍋に投入してワシントンが、底が深い玉杓子で、部下と一緒に かき混ぜる。
トウモロコシ粉が水分を吸い、程よい粘性が出て来たらポレンタの出来上がりだ。
それを器を持って来る部下達がやって来る。
ワシントンは、手伝っていた 部下を下がらせ玉杓子でポレンタをすくい、あふれて山になっている部分をナイフで削って鍋に戻し、1人1人の器に均等によそっていく。
「部下に任せないんですか?」
「ああ…食料に触れられるのは私だけだ。
部下に任せると、他の兵の量が多いだの 少ないだの言い出して、殺し合いが始まる。
だから私が均等に配っている訳さ。
さぁキミ達も器を出せ」
「いいえ…私達は自前の食料が有りますから…。」
「だが 補給部隊とは言え、キミ達も兵だ。
食料は 均等に配らないと…」
「次の補給がいつ受けられるか 分かりません。
飢餓状態になった時に、今 私達に配る6杯が必要になるかも しれませんよ」
「………確かに」
オレが、従業員達にアイコンタクトをすると、マシュー達 従業員は ソイフードのショートブレッドを取り出し、ジョージに見せつける様に食べだした。
「この通り、私達は 大丈夫です。」
「良かった…飢えは 戦う事よりツラい」
400人の部下達に行き渡った所で、最後にジョージは 自分の器に正確に盛り、残ったポレンタは型に入れて熱っして、パンにする。
持って来た酒も決戦前夜だと言う事で、豪華に消費され、オレ達は見張りを立てて良い気分で眠って行った。
翌日…夜明け…。
フランス、インディアン同盟軍の放った砲弾の着弾で兵達が一斉に目覚まし、戦闘配置に付く。
「来たな」
夜明け前に起きて見張りをしていたワシントンが言う。
「配置に付きました」
「よし、旋回砲 撃て…」
辺りに爆音がなり響くが、敵、味方共に損害は無し…。
「ダメです当たりません」
「向こうも当たらない見たいだな。
よし、無駄弾を使わなくて良い。
持久戦に持ち込むぞ。
本国からの援軍が来るまで持ちこたえるんだ。」
「はい!」
「と言う訳だ。
今なら まだ逃げ切れるだろう。
砲撃でこちらに注意を引いている間に反対側から脱出するんだ。」
「分かりました。
大佐、生き残って下さい。
今後、この国は あなたの力が必要です。」
「ああ…約束は出来ないが 努力しよう。
さあ行け!」
オレらは、バギーに乗ってアクセルを回して砦から出て山を下る。
「良いのですか?助けなくって…オレ達なら簡単に皆殺しに出来ましたよね。」
マシューがオレを見て言う。
「ああ…確かにな」
オレ達の荷台にはドラムが積まれている。
なので、砦の上から 敵の射程外の距離での精密ショットで、600人の敵兵全員の頭を正確に撃ち抜ける。
「だけど、オレ達は この国を最後まで面倒を見る事は出来ないし、面倒を見たら この国は この国で無くなってしまう。」
アメリカの歴史は殺し合いの歴史だ。
どいつも こいつも人権と言う感覚が吹っ飛んでいて、餓死と壊血病で瀕死の状態でアメリカに流れ着いた イギリス人達は、食料をくれた原住民を殺して奴隷にし、アメリカを植民地にする始末。
で、今は本来の持ち主を そっのけで、領土戦争をしている訳だ。
それに大きく介入してしまうと言う事は、今後のアメリカの価値基準を根本から変えてしまう事に なりかねない。
「難しいな…オレらは 未来を知らないから分からないが…」
昼…。
空が暗くなり、雨が降り始める…。
史実通りだな。
これで、火薬が湿って銃が使えなくなり、明日には イギリス側は降伏をする事になる。
イギリス側は戦死31名で、その他の兵は捕虜になり、フランス、インディアン軍は戦死3名負傷19名になるはずだ。
ナオキがオレだった1週前にイギリス側に補給をしていたかは 分からないが、ただ 戦況をひっくり返す事は まず出来ないだろう。
「さあて、速く戻ろう。
皆、無茶な補給計画で飢え掛けているからな」
そうオレは従業員に言うと荷が軽くなったエンジン付きのゴムボートで川を渡り始めたのだった。