06 (ケベック商会)〇
数日後…アンコスティ島付近の海底。
ナオ達が乗る 長さ120mの潜水艦が、深度100mから海上に浮かんでいる大量の木造船達の監視をしている。
この潜水艦が 小型核分裂炉を搭載した原子力潜水空母になった事で、航続距離は ほぼ無限。
更に新型のスクリューを搭載した事で かなり高速に移動が出来る様になり、速度を抑えれば、静穏性も それなりにある。
しかも 海水を艦内に取り込んで 海水を蒸留すれば、水と塩が取れ、水を電気分解する事で バギーの燃料である酸水素も作れ、後は ミドリムシが入った水槽も持って来ているので、料理は作れないが、栄養満点のミートキューブの携行食が作れる。
まぁオレ達もドラムも食べる必要が無いのだが…。
その他、アメリカでは作れない武器弾薬に、沈没した貿易船から手に入れた 紅茶、砂糖、コーヒー、タバコ、綿花、ゴムなどの換金 出来る物を限界まで積み込んでいる。
「夜中に浮上して、バギーの幌馬車を陸に上げる。
人員は オレとクラウド…ドラムはフル装備で2体。
まずは 商人を装って現地に潜伏し、現地に拠点を作る。」
「私の出番と言う訳か…」
クラウドは長年 商人とやって来た実績があるので、ここでは存分に力を発揮 出来るだろう。
「そう言う事…。
物の流通や賄賂を送れる相手を見つけられれば、こっちが銃を撃たなくても札束攻撃で解決出来るかもしれない。」
「こっちが労働力から金を生み出せるのに対して、向こうは金が無いと労働力を生み出せないからな。」
クラウドが 長年ロウが使って来た愛銃、PP-2000を分解して銃の掃除を行いながら言う。
銃弾は ドラムも含めて各員が 30発のマガジンを7本、計210発…。
ただ、ドラムは7.62mmのライフル弾…オレは9mmの拳銃弾と弾の種類が違う。
オレは その他に、45口径のお守りリボルバーに 非殺傷弾 3発、45口径弾3発の6発を追加で持って行く。
まぁこんだけ あれば、小規模な軍隊にも対応 出来るレベルだ。
マガジンへの弾の装填が終わったオレは、オレの愛銃 ウージーマシンピストルに マガジンを装填し、トニー王国産の防弾チョッキを着る。
予備マガジンは 防弾チョッキのマガジンポーチに入れ、その上から黒いローブを着る。
これで、ちょっと怪しそうな異国の商人に見えるはずだ。
最後に 銃に紐を取り付けて、首と肩を通して銃を ぶら下げて完成。
掃除が終わり、銃を組み立て終わったクラウドと2体のドラムも同じ黒いローブを着る。
ドラムの装備はF-2000で、問題ごとを避ける為に ローブの内側に隠している…よし、これで準備OK…。
「よし、浮上…」
周辺が寝静まった午前3時…。
暗闇に紛れて浮上した潜水艦の後ろ部分の装甲が下がり、貨物用の大型エレベーターが下りて来る。
オレ達はエレベーターに幌馬車を載せた炭素繊維のゴムボートを乗せて、上昇…。
海上に出たエレベーターがロックされ、潜水艦がゆっくりと潜航し、ゴムボートが海面に浮かび上がる。
潜水艦は目となるドローンを海上に残して そのまま潜航を続け、監視 任務を再開し、オレらは ゴムボートの後ろにあるエンジンを作動させて 移動を開始…上陸をする。
「よっと…」
オレはガスを抜いて しぼんだゴムボートを片付けて幌馬車に積み、屋根付きで 3人乗りのバギーの運転席にオレが、その後ろにクラウドが乗り、荷台の幌馬車には ドラムが載る。
そして、エンジンとライトを点けて、未舗装で荒い道をゆっくりと進み始めて行った。
朝…オレ達は セントローレンス川を南下するルートを取り、ケベックに向かう。
オレは川の反対側を見る…。
今走っているこの土地は イギリス領で、川の向こう側は フランス領になる。
つまり、この川が国境線になっている訳だ。
なら、この川は どっちの領土かと言うと、両軍 自分の土地だと主張し、法律や条約では如何なっているのか分からないが、実質 共有の土地として使われている。
そして ケベックは、フランスとイギリスの物資が集まる貿易港として機能している。
まずは 商会に行って現地通貨を手に入れるのが先だろう。
「おい止まれ!」
ケベック商会に たどり着くと、それなりに身なりが整った中年の白人の門番に剣を向けられ、バギーを止める。
門番は 腰に剣を挿す鞘があり、肩にはベルトが掛かっており、マスケット銃を背中で 背負っている。
「クラウド…頼む。」
「分かった。」
オレは 銃での交渉は得意だが、言葉での交渉は クラウドの方が得意だ。
「ハロー、私達は異国の商人です。
こちらで持って来た商品を買い取って貰えると聞いたのですが…」
クラウドは綺麗なアクセントのイギリス英語で話す。
イギリスでの価値観では 上流階級はイギリス英語を使い、下流階級はアメリカ英語を使うので身分の証明になる…もしくは身分の偽装が出来る。
「その馬車は車か?」
「ええ…よくご存じで…私達はバギーと呼んでいますが…」
「本国には ケンブリッジ大学で開発された機械の馬車が有ると聞いた事がある。
非常に高価で 今は軍の伝令に使われているとか…私は見た事が無いが…」
あらら…やっぱり、使われているのか…。
「アナタは博識でいらっしゃる。
ただ、これは 私の国の技術で作った馬車で、別の物になります。」
「それで…売りに来た物は?」
「紅茶、砂糖、コーヒー、タバコ、綿花、ゴムです。」
「どれも交易品に使われている物だな。」
「ええ…こちらの植民地と交易に来たのですが、私達は現地通貨を持っていませんでしたので…」
「それを売って こっちの通貨に換金して欲しいと…オイ、このお客さんを案内してやれ」
門番が少し離れていた黒人奴隷に怒鳴りつける様に言い、奴隷がこちらにやって来る。
「はい…ご案内します。」
奴隷は やせ細っておらず、身なりも それなりに良い…。
この50年で いくらか奴隷の扱いが良くなったみたいだ。
「ようこそ…ケベック商会へ…」
「クラウド商会のクラウドです。
本日は異国から交易品を持って来ました。
買い取りをお願いしたい。」
「ええ…えーと物は?」
「紅茶、砂糖、コーヒー、タバコ、綿花、ゴムです。
ナオ…物を降ろして」
「はい…ご主人」
オレはそう言うと、幌馬車から物を次々を降ろして行く。
「確かに良い品だ。
ですが、交易なら何故ここに?
船があるなら、直接イギリスに持って行けば良いでしょうに…」
ここの物の大半は イギリスやフランスに送られる。
なら直接輸送してしまった方が コストが安く、利益も高くなる。
「確かに そうなのですが、私が欲しいのは 現地通貨だからです。
いずれは、ケベック商会が扱う交易品を私達の船で各地に運びたいと思っております。」
「ふむ…なるほど…開拓中の植民地で稼ぐのが目的ですか。
確かに今は 人手はいくら有っても足りませんからね」
「ケベック商会の利益になる仕事はありませんか?
まずは この土地の文化を理解して、クラウド商会の支店を建てようと思っているのですが…」
「ふむ…確かに異国の商会と繋がりが出来るなら、いずれは 我が商会の利益となるでしょう。
では重さ辺りの金額は、これで…」
商人は羊皮紙に購入条件を書いて行き、クラウドに見せる。
クラウドは、羊皮紙を受け取り オレにも見せてくれるが、如何やら各素材の1オンス(28.3495g)での価格の様だ。
詳しい内容は、美しい筆記体で書かれており 分からない。
「てっきり異国の商人なので買い叩かれると思っていたのですが、相場より1割程 高いですね。」
「やっぱり、事前に相場を把握していましたか…。
それに それを言う辺り、アナタは正直者だ。
その金は 今後の成長を見越したクラウド商会への投資です。」
クラウドを試したのか…。
「それは ありがとうございます。
それは、ケベック商会を贔屓にしませんと…何か仕事はありますか?
こちらは商人なので 輸送と護衛が出来ます。
馬車隊と一緒に荷運びをさせて貰えると嬉しいのですが…」
クラウドは、紐でぶら下げている銃を商人に見せる。
「見たことも無い銃だ。
異国の銃ですか?」
「ええ…これを 売る事は出来ませんが、私達が使う事は出来ます。
盗賊などの対策に如何でしょう?」
「良いでしょう。
ケベック商会が使っている馬車隊の隊長を紹介しましょう。
今後とも良い取引を…」
クラウドと商人が書類での契約を交わし、商人が手を差し出す。
それを クラウドが握り握手をして 商談成立だ。
クラウドが商人と一緒に馬車隊の隊長の所に行き、オレは その間に商会側の計測係と商品の計測作業だ。
「それにしても奴隷に計測作業を任せる何てな…」
「私は奴隷ではありません。」
オレは睨み付ける顔を作って計測師を見ながら言う。
「ああ…済まない…つい、キミの顔と肌の色を見てな。」
「ここが そう言った土地である事は、知っています。
確かに私は東洋人…ここでは奴隷として扱われる人材でしょう。
ですが、私は ちゃんと ご主人と雇用契約の元、働いています。
計測係を任せて貰える位には ご主人から信用されているとお考え下さい。」
「分かった…それでは取り掛かろう。」
「よろしくお願いします。」
部屋の中には ばね測りや天秤、皿天秤と大小様々な計測機器がある。
トニー王国では 電子式の計量器になっているが、ここでは ばね測りや天秤や皿天秤が主流のようだ。
「計測は?」
「皿天秤で…。
こちらは それぞれ1㎏ごとに袋に収められています。」
「きろぐらむ…単位が違うのか…」
「ええ…なので分銅と袋を持って来ています。」
オレが袋から幌馬車から1g10g100g1㎏の分銅を取り出す。」
「良いでしょう。
では、測りの確認を…」
「ええ…」
オレは、天秤に不正が無いか念入り、分銅を使ってチェックを行い、向こうは こちらの分銅に不正がないかを徹底的に調べる。
「では、1オンスを30gとして計算しましょう。」
「いいえ、1オンスは28.3495gです。
これでは1㎏辺り1.7g分、こちらが損する事になります。
誤差が気になると言うなら、1オンス28gでの取引をお願いします。」
今、幌馬車に積んでいる荷物の量だと1.5オンス分位の金額を損する事になる。
それが今後の取引でずっと損をするのは かなりの問題だ。
「良いでしょう…28gで行きましょう。」
その後は こっちが事前に重さを計算して袋に詰めていた為、順調に計測が終わり、金額を確認して受け取る。
「やっぱり希少鉱物を使った貨幣なのですね。」
「ええ…これなら鉱物自体に価値がありますから、国が没落しても鉱物として他の国で使えます。」
「確かに…植民地では 何が起きるか分かりませんからね。
ただ、重いな…イギリスやフランスと貿易をしていると言う事は、為替は出来ますよね」
オレが計算師にそう答える。
為替はA支店で物を売った金額を受け取らないで、Bの支店で受け取らなかった金の分だけ、現金を使わず購入が出来るシステムだ。
つまり、支店同士なら銀行預金の引き落としの様に 支店同士の数字を移動させる帳簿のやり取りだけで取引が済んでしまう仕組みになる。
この為、重い貨幣を常に持つ必要が無くなり、盗賊に取られる危険性が大幅に減らせる。
「証明書で持ちますか?」
計測師の口調が丁寧になって来ているな。
となると それなりに、こっちを信用して貰えたと言う事かな…。
「いいえ…ご主人からは、許可を得ていません。
いずれ ケベック商会との取引で良好な関係を得れれば、為替取引を頼む事もあるでしょう。」
為替のデメリットは 金を商会に預けている都合上、商会が破産した場合、払い戻しが出来なくなる点だ。
この為、それなりに商会に対して信用が必要になって来る。
「それなら、すぐに為替取引が出来ますね。
ケベック商会は 支店の数は 少ないですけど、あちこちの商会との為替取引に対応しています。」
「それは、良い話です…ご主人に伝えておきます。」
「お願いします。」
「それでは…」
「あっそうだ…アナタの国は?」
「それは教えられません。
国の存在を知られない事が 私の国の防衛戦術ですから。
知られれば、ここと同じ様になるでしょうし…」
そう言うと、オレは バギーに乗ってゆっくりと外に向かって行った。