05 (最強の歩兵)〇
1751年秋。
この20年でコンピューターは 急激な成長を遂げていた。
20年前は 低画質のドット絵の2Dゲームが普通だったのだが、今では ポリゴンを使った3Dゲームが主流になり、表現出来る幅もかなり増えている。
今のニューロコンピューターのスペックは、毎秒12GB程度。
ただ、ニューロコンピューターが高性能なグラフィックボードの役割を持っている為、同じ性能のノイマン型より 画像生成能力が飛躍的に向上しているので、かなりのスペックだ。
そろそろグラフィックも現実と同じ位の見た目になるだろうと言われている。
最近人気のゲームジャンルはFPSゲームで、住民達は 様々な架空の銃を作り出して楽しんでいる。
これらは、高精度な物理シミュレーションの中で 動いているので、実銃への転用も可能だ。
しかも、プレイヤー側から見れば遊びなのだが、敵キャラクターを操作している人工知能の戦闘能力を鍛えている。
で、その他のゲームだと バギーのレースゲームから派生した バギーの操作を練習する為の教習所ゲーム。
スーパーマーケットの接客ゲーム、倉庫作業ゲームなどと、様々な仕事を仮想空間内に落とし込み、仮想空間内でNPCのドラムを ひたすら学習させている。
これにより、現実世界で学習に必要な事故などの物理的損害を大幅に軽減 出来、今、この仮想空間システムを最大限に使っているのは、バギーの自動運転システム…。
これは、ドラムが バギーに乗って事故を起こさず目的地に向かう ゲームだ。
事故を起こさず進む事で 得点を貰えるドライバー側と、相手に事故を起こさせる事で得点を貰える事故側が互いに情報を共有しながら、自分の得点の確保の為に ひたすら戦うゲームだ。
その結果、無数の対向車が事故の名目で突っ込んで来ても 高確率で回避出来るし、倒木、地震、土砂崩れに大雨、雪、吹雪の環境でも、安全に運転が出来る。
最近だと飛行機やヘリコプターがピンポイントに落ちて来ても回避出来ており、もう人の完璧に運転能力を超えている…。
そして、これらの仮想空間で学習した情報を現実世界のドラムに反映する事で更に仕事の精度が良くなる。
パ…パ…パパッ…。
コンテナで出来た2階建ての室内にドラム6機が1階から突入し、最速でクリアリングを行い、人質の的を盾にしている敵の的を片っ端からBB弾をぶち込んで行く。
撃った弾は全弾、敵の頭に命中しており、人質には一切の被害がない。
ドラムが使っている銃は F-2000のBB弾仕様…。
この銃は、グリップと引き金より後方に弾倉や機関部を配置する事で 銃身長を維持しつつ コンパクトにしたブルパップ式の銃で、上部には レーザー距離測定器を取り付けて、下部には1発式のショットガン用簡易モジュールが取り付けてある 非常に高性能な銃だ。
「タイムは3分か…」
室内に設置されているカメラで現場を見ているオレが呟く。
特殊部隊なら1分ちょいでクリア出来るのだが…流石に高望みか。
「良いタイム、出てますね…」
隣の兵士がタイムを見て言う。
特殊部隊としては問題だが、一般兵で このレベルなら 非常に性能が良い…。
何より、フルオートを使わず セミオート1発で敵を仕留め、人質に対して誤射が無いのは、非常に魅力的だ。
敵や人質の紙を外し、位置を変えて、再度ドラムを突入させ12回…。
本日の訓練は 終了で、ドラム達は室内で充電を行っている。
「よっと…やっぱり この銃、重いですね…」
ドラムがテーブルに置いたF-2000を台車に載せたガンラックに移し、倉庫に運ぶ。
オリジナルのF-2000も重かったが、こっちのF-2000は 7.62mm弾を使うのと あちこちの軽量化が出来なかった為、銃の重量が6kgと同世代のアサルトライフルに比べて かなり重くなっている。
が、重量があると言うのも それなりの利点があり、反動を抑えて 銃身をブレにくくし、射撃精度が良くなると言われている。
「まぁ…人だと『軽い』って言う性能が一番 重要視されるからな。
ただ、それは人が銃を運用する場合の話だ。
総積載量120㎏まで対応出来るドラムなら、重過ぎて運用が難しいF-2000は 最強の銃に変わる。」
「本当にナオは 人を戦わせる気が無いんですね」
「当たり前だ。
アンタが死んだらアンタの代わりを作るのに20年は掛るんだぞ。
ドラムなら1日も掛からない。
だから オレ達は、安全な後方で 現場のドラム達に指示に徹する訳だ。
そうでもしないと、たかが2万の軍で200万人を殺す事は 出来無いからな。」
「トニー王国の兵士は 200人もいませんからね…。
今、ドラムを使わない状態で イギリス軍の物量で攻められれば、この国を守れなくなりますからね。
よっと…確か明日は 実弾演習でしたよね。
準備をしないと…」
倉庫に銃を仕舞い、オレ達は明日の準備に取り掛かった。
翌日…。
パッ…パッ…パッ…。
「命中…次」
ドラム6機に 人の観測者が1名ずつ横に付き、1km先の動いている敵兵の的に当てる訓練だ。
高倍率の双眼鏡で的を確認すると、だいたい 動いている敵には 2発に1発が命中。
敵が2秒止まってくれれば、1発で頭に撃ち込める性能を持っている。
オレらが使っている7.62mmは 有効射程600m位なので、この位の距離だと弾道が孤を描く山なりになっており、非常に当てにくい。
全身義体のオレでも じっくり狙って当たるか如何かの領域だ。
ドラムの場合、目視とレーザー距離測定器から敵までの距離を出して、少し離れた位置にいる 他のドラムと敵の情報を共有し、三角関数を使って敵の正確に絞り込む…。
後は目標に一発撃って大気やコレオリによる僅かなズレを修正すれば、高確率で当てる事が出来る。
「選抜射手レベルの能力は 普通に出ているんだよな。」
1.5kmから必中の狙撃を出来る狙撃手には及ばないが、歩兵としては非常に優秀だ。
これがある程度 上手く行ったら 次は雨天や山からの狙撃かな。
山道をドラム6機と一緒に歩く。
行軍に付いては問題無いが、見通しが極端に悪い為 ドラムの目でも難しく、対人侵入センサーを設置して行くなどの対策が必要になって来るだろう。
後は 駆動音も気になるが、一番 厄介なのは ドラムが土を踏む時に出来てしまう特徴的な足跡だ。
これだと相手にドラムの位置を知られてしまう原因になる。
しかもバッテリーの補給が出来ないと言うのも難点だ。
山に関しては山岳部隊の方が優秀なのかもしれない。
山の行軍の後の射撃訓練…今回は斜め下への射撃だ。
やっぱり、点検用に1発は外す物の その後は誤差を修正して ちゃんと当っている。
国を守る戦力としては十分だろう。
さて、下山した所で電源が切れたドラム達を荷台に乗せてバギーで運ぶ そんな時だった。
『こちらクオリア…ナオへ…緊急』
『如何した?
またイギリスの海軍か?』
『そうだ…ただ まだ警戒域には入っていない。
問題は、イギリスの軍が アメリカに行く船の数が 増え続けている事だ。
明らかに不自然しな数だ』
『なんでだ?
今のイギリスは、フランスと にらみ合っているはずだ。』
今は 1551年…イギリスは、フランス、プロイセン、オーストラリアと外交に揉めに揉めて、1755年に初の世界大戦となる7年戦争が始まる。
ただ 向こうは 開戦日時を知らないので、今は ひたすら軍備を強化しないといけないと攻め滅ぼされると思っているはずだ。
なので、簡単に戻って来れない アメリカに戦力を割いて、本土であるイギリスの防衛能力を下げるとは思えない。
「だが、実際に船が送られている。
そうなると 送れるだけの余裕があると言う事だ」
『もしかして、ジガが教えた リボルバーライフルとバギーか?』
『そうかも知れない。
そう考えると陸上では イギリス軍が圧勝しているはずだ。
何せ マスケット銃は、毎分2発…。
リボルバーライフルなら12発は撃てる』
『となると…アメリカが独立 出来なくなる?』
『そうなるな…。
だが、後々 世界中に自分の国の価値観を押し付けて来る 資本主義国家の発生を防げると考えれば、トニー王国にとって有利に働く』
『確かに地球中が資本主義に染まる弱肉強食 世界は回避出来るだろうが…。
とは言え、アメリカは独立させる…。
じゃないとアメリカがイギリスに代わるだけだからな。
どっちの国もキリスト教の文化圏だし、文化の押し付けは 変わらないよ。
オレ達は潜水艦で現地を見に行く…準備を頼む』
『……了解した。』
「さてと…急いで帰らないとだな」
オレは荷台にドラムを積んでバギーに乗り、アクセルを吹かして港の町へ向かった。