04 (歴史に残らない 動力飛行)〇
「さて…飛行機を作るとは言った物の…ここじゃあ、不可能に近いんだよな。」
冒険者ギルドのテーブル席に座り、クラウドと一緒に作業をしているナオが言う。
「何が必要なんだ?」
「最低1.5kmの頑丈で平らな路面…。
アスファルトが作れれば良いんだが、この国の石油は枯渇しているからな。」
ここで使っているバギーは 全部オフロード仕様で、サスペンションの性能が発達しているので そこまで問題無いのだが、これを滑走路に使った場合、確実にひっくり返る。
「飛行機の下に船をつけて 水の上を走るのは如何だ?
水の上なら真っすぐだろ」
「水上機ってヤツだな…。
ただ『海流が複雑な死の海域を滑走路に出来るか?』と言う問題がある。
湖なら問題無く離着陸 出来るんだろうが…今後の事も考えると垂直 離陸 能力があるヘリコプターが望ましいんだけど…。」
「ヘリコプター?」
「あーそこからか…じゃあ まずはプロペラから…」
オレは ARウィンドウを出してクラウドに見せる。
クラウドが生身だった頃は オレのARウィンドウが見えなかったが、今なら見える。
「こう…回転すると風を後ろに押し出して推力を生むのがプロペラ…。
で、飛行機はプロペラは前に付いていて、ヘリコプターは上…。」
「ん?これだと飛行機は真っすぐ進むだけ じゃないのか?」
「そうなんだけど、速度が上がると この翼に風が当たって 上向きの力が発生するから落ちない。」
「なるほど…滑走路が必要なのは、翼に押し上げる力を出す為か…。」
「そう言う事…で、ヘリコプターは下向きに風を発生させるから垂直に飛べる。
だけど、翼の力が得られなくて 自重をこのプロペラだけで支える事になるから 燃費がクッソ悪くなる。」
「なら、プロペラを飛行機の翼に取り付けて翼の向きを変えられる様にすれば如何だ?
離陸、着陸はプロペラを上にやって、飛行時には前に出す。
こうすれば 翼の力を受けられる。」
「そう…それがティルトウィング…プロペラ機の最終形態。
オレ達は これを目指す事になるんだが…航空力学から やるから大規模な実験施設が必要になる。
オレも理論としては知っているんだけど、知識だけで飛ぶには 空は危険 過ぎる。」
空は人の手に余る…。
機体の傾きを誤認する空間識失調や、人間の思い込みなどの心理を付いた確証バイアス事故。
他にも ちょっとした整備不良などで簡単に人が死ぬ。
これらは そもそも人が 空を飛ぶ様に設計されていないから起きる事故だ。
航空事故を題材にしたドキュメンタリー番組を見ているオレには、空の怖さが本当に分かる。
なので、搭乗員の安全を確保するには『如何に人を信用せず機械に任せるか』が重要になって来る。
パイロットに重きを置く ボーイング式では無く、機械に重きを置くエアバス式だ。
「それじゃあ…まずは風洞実験からだな」
そう言うとオレは 頭の中で計画を立て始めた。
大型の倉庫位の大きさがある実験室には、両面が空いたコンテナハウスがあり、その中には 横が60㎝程の模型 飛行機がある。
飛行機には 縦、横、斜め、前、後の16本のワイヤーで吊り下げられており、ワイヤーの先には ばね測りに繋がっている。
これで前方から送風機で風を吹き付けると、機体が風に流されて動き出し、風の挙動が分かる。
その隣のコンテナでは、強い風を生み出せるプロペラの形状を見つける為にモーターを取り付けたプロペラを高速回転させて風を生み出している。
更に 少し離れた場所では、防音処理が行われていないエンジンの回転音が聞こえる。
こっちの大きなコンテナは まだ最適化が進んでいない試作のプロペラを取り付けた だけのエンジンのテストをしている。
使うエンジンは水素と相性が良いロータリーエンジン。
ただし、普通 航空機のロータリーエンジンと言うと初期航空機に搭載されていてる回転式のレシプロエンジンの事を指すのだが、今回使うのは バギーで使っている安心と信頼のロータリーエンジンを大型化した物になる。
ここには バギーのエンジンを作っている会社の人達が、試作エンジンを持ち込んでテストをしている。
開発の初期は 回転による ねじれモーメントで機材を破壊する事故が発生したが、今は厳重に固定する事で対応していて、性能は それなりに良い数値が出ている。
で、この倉庫で一番のスペースを取っているのが、まだ完成していないが、実物の飛行機だ。
1人乗りのコクピットの後ろに尾翼を付けた本体に、タイヤの代わりに本体を支える為に取り付けられた大型のガスタンク。
炭素繊維パイプを組み合わせた装甲が無い 剥き出しの骨組みに プロペラを取り付けた だけの物が左右に取り付けられている。
下のガスタンクから酸水素を送って 本体にあるエンジンを動かすと 送られた酸水素が爆発して 排気されたガスがパイプを通ってプロペラを回す構造になっている。
そして、左右のプロペラが内側に回る事で、ねじれモーメントを打ち消す、サイド・バイ・サイド・ローター方式で 機体の横回転を止める事が出来た 世界初の実用ヘリコプター。
ドイツ製のフォッケウルフ Fw-61の改造機だ。
Fw-61のコックピットでは テストパイロットのクラウドで、尾翼にある方向舵、昇降舵に付いているワイヤーを油圧で引っ張る事で動かしている。
「如何だ?調子は?」
「操作感は随分と良くなった。
今度は飛べそうだ。」
「と言っても これだと まだ推力は足りないんだけどな…。
次のプロペラとエンジンに換装すれば、理屈では 飛べるはずなんだけど…」
前回のテストでは 機体とパイロットの重量をギリギリ持ち上げられ、高度1mまで上がって すぐに落ちた。
多分、一気に高度を上げなかった事で プロペラから下に吐き出された空気が 地面に叩きつけられて舞い、再びプロペラの上から取り込まれる渦巻きになる状態…ボルテックス・リング・ステートが発生したのだろう。
この状態になると 機体を支える為の推力が確保出来なくなり、機体は地面に叩きつけられる様に落ちる。
更に厄介なのは この状態で プロペラの出力を上げて 回避しようとすると、渦巻きを増大させてしまう事だ。
クラウドもこれに引っかかって地面に叩きつけられた。
これを回避するには 同じ高度に留まらず 離陸はホバリングをせずに 一気に上がり、着陸時は機体を揺らして 空気を散らしながら毎分120m以下の速度で降りる事になる。
のだが、これだと敵に狙われた場合、回避が出来なくなる。
なので、ホバリングが出来る安全な高度からロープを使って降りる懸垂降下が必要になって来る訳だ。
1ヵ月後の1751年6月30日。
港の町…晴天。
新型のエンジンとプロペラを積んだFw-61はバギーの荷台に乗せられ、低速で運ばれ、見物人が集まる中 クレーンで砂浜に降ろされる。
Fw-61の足は スキー板の様な スキッド式では無く、特注の大型ガスタンク2本なので、路面を引きずれない…。
「よし、行けるな…」
オレが周りを見ながら言う。
天気は快晴で、波も月に2日しかない1番穏やかな海だ。
海岸には ミヤやククルなどの見物人が集まっており、バギーで 他の町からの住民も見に来ている。
「結構待ったな…よっと…」
クラウドは手慣れた手付きでコックピットに乗る。
「これでも早い方なんだぞ…。
面倒な行政手続きは無いし、機体開発に ジャブジャブ金を使っているからな。
普通なら予算申請を通すだけで半年は吹き飛ぶし、半年かけても予算が通らない事も多い。
やっぱり金がスムーズに回ると開発も早くなるな。」
普通なら予算の上限の問題でエンジンなどの試作品を作れる数に限りがあるのだが、この国では 開発側のちょっとした思い付きでも試作品を作ってデータを取っている。
これは 予算制限が無いトニー王国の強みだ。
「よし…尾翼チェック問題無し…」
クラウドが 方向舵、昇降舵を動かし、コックピットからでは見にくい、尾翼の動作を確認する。
この部分が破壊されると機体のコントロールが出来なくり、機体は ほぼ確実に墜落する修正が効かない最重要機関だ。
「よし…エンジンを掛けるぞ!」
クラウドが言うと、周辺にいた人達がFw-61の周辺から退避する。
エンジンが動き出して2つのプロペラが回転をし始め、下向きの強い風を生み出す。
今までとは桁違いの出力だ。
これなら…。
Fw-61が地面から離れて高度を上げて行き、高度120mで海の方向に向かって進み始めた。
「おおっ…浮かんでいる」「本当だ」「人って飛べるんだ」
「成功見たいだな。」
オレはそう言うと 見物人を見る…見物人は お祭り騒ぎだが、ミアとククルは心配そうにFw-61を見ている。
「さて、無事に戻って来れるかな」
計算では 飛行時間は1時間程度…。
今回、問題なのは 予定通り砂浜に着地が出来るかだ。
「墜落は止めてくれよ」
オレは見えなくなりつつある、Fw-61を見て そう言った。
「よし…上がった!」
現在、高度は120m…速度は120km程。
機体制御は問題無し…。
燃料の残量も問題無し…安全を考慮しても1時間は飛べるな。
「本当に私は自由に飛べている!」
機体の反応速度を見つつ、左右に曲がり、上下を繰り返す。
うん…壊れそうな嫌な音は聞こえてこない。
ファントムの様な魔法では無い…本来 空を飛べなかった人が科学に裏付けされた技術によって今、空を飛んでいる。
それが クラウドには とても嬉しかった。
1時間後…。
「おっ戻って来た」
ナオは Fw-61に向かって手を振る。
向こうは速度を落としていて、ゆっくりと降下しながら こちらに向かって来ている。
大きく円を描く軌道を取りながら 着陸ポイントを確認し、出発した地点の上空でピタリと止まり、垂直に降下を開始…。
降下速度は 毎分120m以下なので かなり遅い…ちょっと警戒させ過ぎたか?
まぁ墜落するよりは良いか…。
そして、無事着地…エンジンを切り、プロペラの回転が止まる。
「お疲れ…調子は?」
「完璧…本当に自由に動ける。
燃料の消費は ほぼ予想通り…」
「そりゃ良かった こっちの想定通りに動いてくれたって事だからな…。」
「で、これからは如何するんだ?」
「しばらくは 慣らし運転をしつつ、高度3000mの高高度に行くのが目標かな」
「遠いな…」
「まぁ地道にやって行くしかないさ…。
それに 最終的に 大型化をしないと いけない訳だし、目標は積載量10tで 航続距離が1200km…。」
「100倍の荷物を載せて10倍の距離を飛ばないと いけないのか…。」
「ティルトウィングとターボフロップエンジンを組み合わせれば、そこまで難しい性能じゃ無い」
今までは重量と技術の問題から積めなかったが、航空機のエンジンや空力に対しての理解も深まって来ているし、機体を大型化すれば 積み込めるだろう。
後は、ティルトウィング系に必須な電気制御の機材と まだまだ問題は山積みなんだが…。
1751年…6月30日。
この日、トニー王国は人類初の実用可能な動力飛行に成功した。
1903年12月17日に動力飛行に成功するライト兄弟のライトフライヤー号より、時間軸上では 152年も早い快挙になる。
ただ、これが歴史に残る事は無いだろう…トニー王国だけに伝わる裏の歴史だ。