02 (全身義体)〇
「うっ…ここは…」
暗闇の中、クラウドは目覚め 起き上がる。
周りは目を瞑っていると勘違いしてしまう位に 一切の光が無い暗闇だ…にも関わらず、私の身体だけは鮮明に見える。
「えっと…如何して私は こんな所に…あっ死んだのか。」
確か、私はロウが死んだ事で 機械に生かされる必要も無くなって、ジガに頼んで頭のデータを抜き出して貰ったはずだ。
私は鼻を触る…チューブが無い。
普段なら酸素ボンベが無いと 息苦しくなっていたと言うのに 普通に呼吸が出来ている。
まぁ死んでいるなら当たり前か…如何やら私は ナオ達が言う所の転生に成功した見たいだ。
私が辺りをキョロキョロしていると、目の前に緑色の粒子が集まり、ドアの形になる。
量子光…ナオ達がズルと言って使用を控えている未来の技術だ。
やっぱり ここは、天国や地獄では無く、ナオ達が作った何かなのだろう。
私はドアを開けて中に入る。
そこには 明らかに見たことが無い未来の都市があった。
道路は綺麗に舗装され、道路の脇には果物の木が並んでいる。
辺りの建物は、炭素繊維の棚に コンテナハウスを収納する事で出来ていて、数えてみると12階建で かなり大きい。
上を見上げると美しすぎて逆に不自然な青色の空に 黒い格子状の切れ目が入っている。
「映像なのか?」
切れ目が綺麗に孤を描いている事から、如何やら私は 物凄い大きなドーム型の空間にいるらしい。
「それにしても、人がいないな…」
辺りには人が一切いなく、物音も無い…。
私の声を私の耳で聞けているって事は、耳がイカれている訳では無いのだろうが…。
この合理性を追求したコンテナハウスを使った建物のデザインは トニー王国の建築の特徴だ。
まずは この都市の状況確認の為に 歩いてみるか…。
と思った瞬間、バギーのエンジン音が聞こえて来る。
音の方向を向くと そこを走っていたのは、4本のタイヤに箱型のボディを持ったバギーが見える。
「おっいたいた…」
私の横にバギーを止めて 右側の席からドラムが降りてくる。
バギーから降りて来たのは、ドラム缶型の身体に 手足が生えた機械…スレイブロイドだ。
ただ、私達が知っていたドラムとは違い 顔がモニタになっていて、ナオの顔が表示されている。
「ナオか?」
「そう、今は このドラムを遠隔操作してる…さあ乗って…」
「ああ…」
私はそう言い、左のドアを開けてバギーに乗り、ゆっくりと進み始めた。
「丸形のハンドルか…」
「あっクラウドは コイツを 見るのは 初めてか…。
まぁトニー王国のバギーは皆 T型ハンドルだからな。
免許を持っていないって事もあるんだろうが、やっぱり、オレは 車の運転は苦手だな。」
ナオは 慎重にハンドルを操作しつつ、低速で走らせる。
多分、ドラムを遠隔操作して車を運転するのも相当に難しいのだろう。
「これは車と言うのか」
「まぁな…」
「それで、私は何年眠っていた?
見た所、あれから何十年も経っている見たいだが…」
「あ?…ああ…これは仮想空間だからな。」
「仮想空間?」
「データの中の世界で良いのかな?
人は身体、目や耳で得た情報を電気信号で脳に送っているから 見たり感じたり出来るんだ。
だったら それをデータ上で再現してしまえば、サーバーの中に都市を築いて そこに住む事も出来る。」
「なるほど…ゲームの中の世界と言う事か…。
だが、都市だと言うのに誰も見当たらないが」
先ほどから窓から都市の光景を見ているが やはり人は いない。
「そりゃあ、このサーバーには クラウドしか いないからな。
オレは外からアクセスしているし…」
「それじゃあ、何で私は ここに?」
「新しい身体のリハビリがメインかな…おっと着いたぞ」
車が施設の敷地の中に入り、駐車場に車を止める。
そこには 砂を引いた広場があり、端には 大きな建物が建っている。
「こっちだ」
ナオが操るドラムに私は付いて行く。
到着したのは 天井が高く、かなりのスペースがある部屋だ。
ナオドラムは 一番奥に向かい、カプセル型のベッドに近づく。
「私?」
そこには 身長が低いが パイロットスーツを着た 20代前半位の頃の私が入っている。
「そっ…手をこっちに…まずは新しい身体に馴染んで貰う」
「ああ」
機械に手を当てると私の意識をそのままに視点がカプセル内に変わり、カバーが開く。
「身体の感覚は如何だ?」
「だいぶ軽い…」
私は身体を起こす。
今まで重かった身体が素直に動く…これが若返ると言う事か…。
「一応言っておくと、その体は80㎏…20㎏近く重くなっている。
軽く感じるのは、重さ辺りの義体の出力が高いからな」
「身体が小さい割に筋力の質と量が増えている?」
「そう言う事…まずは、身体を動かしてみて感覚を合わせる。
結構、誤差がヒドイだろう」
「確かに…頭のイメージと実際に動く身体に結構な差がある。
よっ…おとと」
「あぶっ」
私がベッドに座り、立ち上がろうとすると 急にバランスが崩れて身体が倒れ、ナオドラムが慌てて支える。
「無理すんな…えーとあった」
ナオは歩行器を持って来る。
「助かる…まるで赤ん坊だな」
私は歩行器を使って何とか立ち上がる。
「生まれ変わったと言う意味では 合ってる。」
「よっと ナオも これをやったのか?」
「ああ やった。
ただ、オレの時は 専門医がリハビリに付き合ってくれたから キツかったのは最初の2日位。
オレは 義体の出力に振り回されて 精密作業が苦手だったんだけど、一週間後には 箸を使えるまでに なった。
ただ 今回は アシストが出来ないから、それなりに時間が掛かるとは思うが…」
「箸か…紙を作る時に使った以来だな。
まぁ何とかするよ」
私はナオに そう言うと歩行器を使いつつ慎重に歩き始めた。
4日目。
「ほっほっほっほっ」
一定のリズムを刻んで私は ルームランナーを走る。
確かに2日目までは地獄だったが、3日目には まともに歩けるようになり、4日目である今は 軽いジョギングも出来ている。
「だいぶ走れる様になったな」
ナオドラムがやって来て言う。
「人もいないし、娯楽も食べる位しかないからな…。
ずっと身体を動かしている。
息切れや筋肉痛が起きないのは有難い」
「何か問題は無いか?」
「私の場合、ナオと違って精密作業は そこまで問題 無かった。
だが、握力が問題で 上手く物を掴めなかったり、物を握り潰す事もあった。
流石に珪素鋼の箸を曲げる程の握力は出ていないが…。」
やって見て感じた事は 物を握る作業は かなり難しいと言う事。
ドラムが アーム作業の学習に かなりの時間が掛ったが、それを今、実感している所だ。
「なら しばらくは、握力の訓練だな。
これが終われば、外に出れる」
「やっとか…」
私はARウィンドウを開いて、アイテムボックスからカレーライスを出して食べる。
義体には 消化器官が無いので 飲食が出来ず、味覚を再現したAR食品で それらを補う事になる。
「う~ん…箸なんてロクに使った事が無かったからな…。」
トニー王国の食事は、スプーンとフォークの機能がある先割れスプーンが一般的で、箸は 食器として使った事が無い。
だが、物覚えが悪くなっていた私の頭は、生まれ変わった事で記憶能力も復活し、学べば 学ぶだけ覚えられる。
7日目
トニー王国、アトランティス町、冒険者ギルド。
「ふむ…良い数値、出しているな」
冒険者ギルドから量子通信でドラムを遠隔操作しているナオにクオリアが言う。
「そうか?義体の出力を無理やり押さえつけて 性能を出しきれてないと感じるんだが…」
「それは ナオは始めから義体を拡張された別の身体として使っていたからだ。
クラウドは あくまで生身の自分の身体として使っている。」
「考え方の違いか…そうだ義体の方は?」
「ジガが今、クラウドの顔を創っている。
今日の夜には終わりそうだ」
「分かった…クラウドに伝えておく。
今夜出発で良いか?」
「ああ…頼む」
VR空間。
「と言う訳で義体の準備が出来た。
今日の夜に換装作業に入る。」
「いよいよか…今は1750年だっけ…。
ハインは?」
「去年に死んだ…44歳だった。
ニューロ型の集積密度の向上に貢献したり、人工知能の学習に熱心に取り組んでいた。
量産が不可能の滅茶苦茶金が掛かるワンオフだが、クラウドを起こせるレベルの処理能力を持つ ニューロコンピューターを造れたのも、ハインのお陰だ。」
「あ~短い人生だってのに、残りの人生を 私の為に捧げちまったか」
獣人の寿命は40年…60年生きられる私達とは 寿命が違う。
「まぁハインの世代で クラウドを復活させられるスペックになるとは思っていなかったし、結構 人生を楽しんでいたよ…。
クラウドと再会させられなかったのは 残念なんだけど」
「覚悟はしていたしな…」
「それじゃあ夜に…」
「ああ待ってる。」
そう言うとドラムのディスプレイに映し出されているナオの顔が消えて、ドラムが動かなくなった。
夜。
「それじゃあ、行くぞ」
「どうぞ…」
カプセル型のベッドに寝た状態になっているクラウドは、ナオに言うと すぐに目の前の景色に変わり、カプセルベッドを覗き込むジガとクオリアの姿が見える。
「意識転送開始、義体の遠隔操作は正常…。
私が見えるか?」
「クオリア…」
「そう…こっちは?」
「ジガ…ハルミは?」
「別室にいる」
カプセルが開き、私は起き上がる。
服を見て見るとパイロットスーツを着ている。
「ここは?」
「ホープ号の中…」
「と言う事は 月って事か…。
確かにあの時点で私を保存して置ける記録媒体は月にしかないか」
「そっ…新しい頭にデータを移行するには、1時間位 掛かるからケーブルを抜かないでくれ」
ジガが言う。
「普通に動けるが?」
「それは サーバーとブレインキューブの2つから義体を動かしているから、ブレインキューブだけで動かすには時間が掛かる。
まぁ1時間なんて すぐだ。」
「そうだ…ナオは?」
さっきまで、ドラムを操作していたはずだが…。
「ナオは 車検で修理中…。
ハルミは付き添い」
今度はクオリアが言う。
クオリアはARウィンドウを出しており、そこには 次々と情報が流れて言っている。
多分、クオリアが 私のデータを移行しているのだろう。
「何処か悪いのか?」
「バッテリーと人工筋肉の交換だ。」
「いつもの消耗品ってヤツだな」
「そうなる…もう修理は済んで、今は傷口を塞いでいる。
後、1時間位掛かるかな」
「私と同じ位か…」
「そう、それじゃあ、そのまま大人しくしていて」
「ああ…」
私はジガにそう言い、1時間を過ごした。
クラウドのデータの移行が終わり、部屋の外に出て艦橋に入る。
中はドーム型の部屋で真ん中の映写機から、外の光景を映し出している。
そこには、キーボードで何かを入力しているナオの姿があった。
「よっ久しぶり…」
「20年を久しぶりとは 言わないと思うんだが…。」
とは言え、主観的に言うなら 最後にナオの姿を見たのは1週間前だ。
「長く生きていれば、そのうち 久しぶりになるよ。
それと…はい」
「ロウの銃とファントムのキューブ?」
「そう…ロウが使っていたPP-2000とキューブ…。
個人データは そのままだから 使いにくいと思うけど。
明日は オレ達とファントムの慣らし運転。
その後は いつも通り、氷とヘリウム3をホープ号に補給してオレ達の仕事は終わり…。
今回は融合炉の補修作業が入っているが、これは ここのドラム達がやってくれる。」
「了解…で明日までは?」
「寝るんだよ…今、午前0時…。
オレとハルミは人出身だから、肉体は大丈夫でも 寝ないと 精神がすり減るからな。
これに転送後は眠って再起動しないとパフォーマンスが出ないし…個室があるから自由に使ってくれ」
「分かった」
私はナオにそう言って、個室に入り寝袋型のベッドに横になると すぐに意識が途絶え、眠り出した。