24 (解脱-げだつ-)〇
1730年夏。
ドラムが日常生活に広く普及し、殆どの作業が自動化が進んだ社会…。
その中をクラウドを乗せた車椅子をハインが押しながら ゆっくりと歩く。
その周りには 私の親戚筋だと思われる子供や孫達が付いて来る。
随分と家族が増えたな。
私達は この数年で 大きくなった冒険者ギルドを通りかかる。
中ではドラムが役所の手続きなどの接客をしている。
ドラムの自動化が本格的に始まった際に 最初にナオがやった事は ドラムに役所のマニュアルを学ばせて、行政を自動化する事だ。
これで職員による現場の裁量を挟む余地を無くす事が出来、マニュアルに対応 出来ない事態が発生すれば、トニー王国 政府に報告が入りマニュアルを改定される。
その更新マニュアルは、各冒険者ギルドで公開情報として確認出来る様にして、国民の意見も聞く方針にしている。
次に見える大きな建物はトニー王国銀行の本店だ。
銀行の仕事は 金の貸し借りの記録を付ける事になる。
これは数値を貸借対照表の形するだけなので非常に簡単だ。
他にやっている銀行の仕事としては 一般人や企業への投資だ。
が、それなりに真面な研究計画ならトニー王国銀行は 投資を惜しまず、比較的ラクに借りられる。
借金の返済期間は10年で、利子は ほぼ無し…。
しかも、プロジェクトや企業が傾くレベルの取り立ては しないので、減額の交渉が出来、会社が潰れても その借金を背負う事も無い。
更に10年で返済出来なかった金額は免除される仕組みだ。
明らかに銀行側にとって不利益になる仕組みなのだが、銀行は 経済が許す限り金を発行できるので、国の成長をさせつつ国内の金を安定させる為に採算が合わない事を積極的にやって貰っている。
で、この銀行のシステムを管理しているのが ケインズシステムになる。
これは、ケインズ経済学を元に好景気か不景気かを判断して、金の流れに調整を掛けるシステムだ。
これで異常な高騰や暴落などの金融トラブルの大半が防げ、更に国が安定する。
さて そんなドラムの導入で 働かなくなった国民はと言うと、生活保障金制度で毎月の生活が保障されている為、ネットを使った小説、絵、動画、ゲームなどを作り、少額の報酬を得ると言う生活が基本になった。
これは良い傾向だ。
と言うのも企業は『客がどんな製品を望んでいるか?』を調べて 次の商品を売り出すのだが、自社の収益の為に大多数の人が望む物が優先させる。
つまり、多数者向けの商品ばかりで、少数者向けの商品は極めて少ない…売れても利益が出ないからだ。
なので、個人が趣味で少数向けの需要に答えて 少し高額でマニアックな製品を作って販売する。
購買者の数が圧倒的に少ないので 生活出来るレベルの資金には ならないだろうが、生活保障制度で毎月10万トニーが支給されるので、これと組み合わせれば 生活が成り立つ。
こうする事で 全体の需要が満たされて、国民の幸福値が 更に上がる訳だ。
次に見える大きな建物は学校だ。
現実世界での交流を求めて 学生が増えた事で 様々なクラブ活動が生まれ、学校も賑やかになって来た。
授業だと 各会社から人材教育に来ている先生達が ドラムの使い方だけではなく、ドラムの力を使わない アナログな製造方法も生徒に教えている。
この為 国民全体の知識レベルが上がり、ドラムがある日 突然停止して文明が崩壊しても、時間は掛かるだろうが ドラムの製造まで出来る様になった。
まぁこれで如何転んでも国が傾くは無いだろう。
そして、病院。
医療機器や薬品が開発された事で 診療所では 手狭になり、ハルミが鍛えた弟子医者、その医者に鍛えられた孫弟子医者が病院を運営している。
病院の隣には 保育院もあり、フェンスの中で子供達が遊んでいる光景が見える。
年々増えて行く出生数に対して 保育院の規模も上がっており、明らかに死にそうな未熟児も医療の力で如何にか してしまう。
と言うか最近だと母親の負担を軽減する為にオキシトシンを使って出産タイミングをコントロールし、あえて未熟児で出産させる事も多い。
保育器があれば、大抵の未熟児の命を救えてしまうからだ。
「本当に変わった物だ。」
私は弱々しい声で そう言う。
私が この島に来た時は 周りは森だらけで、その日の生活で精一杯だった。
それが 一歩一歩科学の足を進み続け、ここまで来た。
もう、思い残す事もない…これなら任せられるだろう。
私達は 病院の中に入る。
「良く来てくれた。」
ナオ達とロビーの席に座って待っていたハルミが こっちに やって来て言う。
「珍しいな…ハルミが ここにいる何て…。」
「クラウドとは 建国初期からの長い付き合いだからな。
最期まで 立ち会うよ」
「助かる」
そう言い、ハルミに車椅子を押される形で私は手術室に行った。
手術室でベッドに寝かされた私を 親戚やナオ達が見ている。
ハルミは 私の腕や胸に電極を貼り付け、心電図のモニターに 私のバイタルが表示される。
「それじゃあ、お疲れさん」
ジガの手が私の額に手を当て、ナオの期待の感情を含んだ悲しみの顔を見て 私は目を閉じる。
視覚情報が消え、心電図のモニターから発せられる音の感覚が遠くなり、音が消え、皮膚からの感覚も無くなる。
次に目を覚ますのは 死後の世界で ロウに叩き起こされるのか、もしくは別の身体に転生しているのか…。
まぁどっちにしても悪くない人生だった。
私は 心地良い感覚に包まれ、52年の人生の幕が下りた。
「呼吸、心臓、共に停止…瞳孔…確認。
患者、クラウド氏の死亡を確認。
復活後の来世で また会いましょう。」
ハルミが右手を胸に当てて、左手を背中にまわして、頭を深々と下げる。
ナオ達もエクスマキナの作法でクラウドを見送った。
クラウドは ロウを埋めた近くに埋められ、花の種を撒かれる。
これで来年には 分解された クラウドの死体から栄養を吸って綺麗な花が咲くだろう。
「そう言えば、キリスト教には転生が無いんだよな。」
帰り道でナオはハルミに ふと言う。
「あ~まぁな…。
輪廻転生の概念は無いけど、復活はある。
キリストは実際に蘇ったらしいからな。
でも、復活したら顔が違っていたらしくて 弟子と会っても それがキリストだとは分からなかったらしい。
それが他の宗教の輪廻転生になるかは、信者の解釈次第だろうが…」
「ハルミは?」
「私は実際に転生した訳だし、転生には 肯定的だ。
ただ私は キリストの本体は キリスト教の教えを守る それぞれの信者の生活や心の中で生きていると思っている。」
「ん?キリストは 自分を文化的遺伝子に変換したって事か?」
「そう言う事になるのかな…。
まぁ…またクラウドと再会するには かなりの時間が掛かるな。」
「そうだな 向こうは待ってくれているんだから焦らず地道にやるさ…」
オレは ハルミにそう言い、死者では無く、今を生きている国民の為に研究所に向かったのだった。
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