23 (狼は土に帰り、魂は蘇る)〇
1730年春。
身体が思ったように動かなくなったのは いつの事だろう?
最近は 私の寿命も近づいて来ていて、身体のあちこち 老化しつつある。
ナオ達を一緒にトニー王国を建国してから随分と経ち、ロウは6人の子供を授かった。
どの子も良い子で、もう子供を授かっている子もいる…。
こんな姿で森に出たら、あっと言う間に食べられて しまうんだろうな。
「はぁ…老化が進んでいるな…そろそろ寿命だ。
まっ…獣人としては持った方かな…」
ロウと違って全然 姿が変わらないハルミが言う。
「そう…そろそろ 土に返るのね…」
「何か要望は?
頭のデータを抜き取ってホープ号に保存して置く事も 出来るが…。」
「私の頭から機械の頭に移動するって事?」
「そう…死んだヤツ全員にやる訳には行かないけど、特別扱いしても良い 位の功績は 残しているからな。」
「いい…私は 自然と共に生きる。」
「自然ね…おっ…もう良いのか?」
「だって死ぬって言う 結果が変わる訳でもないでしょ…。」
私は診療所を後にした。
「ばあちゃん…どこ いくの?」
ハインとミアの子供のククルが私に言う。
「ちょっと森にね…」
「えっ…その からだで?
あぶないよ…いま、とうちゃん よんでくるからさ…」
「良いの…そうね…。
ばあちゃんは これから森に住むから、心配しないでって ハインとミアに伝えて。」
「うん、わかった。」
ククルは 私の言葉を素直に聞いてくれて、2人が働いている ショッピングモールに走る。
私は 最低限の荷物だけを まとめて ここの所、乗っていなかった バギーに乗り、アクセルを吹かす。
バギーは 悪路を進んでいるが、衝撃を吸収しているので 乗り心地が良い。
一番 最初のスターリングエンジンからバギーに乗り続けている私にとっては、どれも これも魔法の様に見え、私の一生の中で色々な道具が生まれ、国民達が より良い品質を求めて改良し続けて来た事が分かる。
そして、森の中で生きていた 私も機械の便利さを知ると 機械文明から抜けられ無くなった。
私の子供達は、機械文明に頼らず生活が出来る様に作られた獣人だと言うのに、今では 自然の中で生活が出来ず、森にも滅多に入らず、狩猟もM3グリースを使う。
こう考えてみると 人は自然から最もかけ離れた存在だ。
そして、狼として生活して来た私も やっぱり人の子だった。
道路の両側にある ウサギに食べられて 再び植えられた果物の木は、実を付けるまで成長し、森の跡地には人が増えて来た事で出来た 新しい道が出来、コンテナハウスが積まれている。
緑もそれなりに増えたけど 人があまりにも強すぎるから 周辺の動物が別の土地に逃げてしまったのだろう…動物の数は あまりにも少ない。
硫黄の町を抜けてしばらく行った所に森があり、ここから先が避難して来た動物が住んでいる場所だ。
私は道路にバギーを置いて森の中に入って行った。
本当に何十年ぶりだろう…武器も道具も持たず、生身で森に入るのは…。
様々な動物の生活音から生まれる森の声…森の匂い…。
やっぱり、私は無機質な町より 私は森の中の方が好きだ。
機械文明に浸かってしまった私だけど それだけは言える。
ウサギを狩って見る…食料の確保は 生活の基本だ。
前に ウサギが大量発生した時には素手でも狩れたが、今は私が近づくより早くウサギが気付いて逃げられる。
とうとう この身体は ウサギも狩れ無くなったか…。
ん…。
「狼?」
まだ距離があるが、母親狼と子供狼の家族が私を囲む様にして近づいてくる。
狼語の警報は まだ鳴らない…大丈夫…狼は群れで行動する。
私を囲んで仲間を呼ぶはず…。
「なっ…」
母親狼が突っ込んで来る…距離感を見余った?
いや…こちらに錯覚させた?
次の瞬間、私の首に母親狼が噛みつく。
「おみごと…かはっ」
私は 必死に言葉を紡ぎ、呼吸をしようとするが、首から空気が抜けて呼吸が出来ない。
まぁ散々 命を貰って来た側から、今度は 私が命を与える側になっただけだ。
子供の狼が近づいて来る。
ダメだよ完全に得物の息の根を止めるまで近づいちゃ…。
いや…私は もう止められちゃったのかな。
首からドクドクと血が流れ、酸素を無理やり供給しようと 心臓の心拍が上がる。
もうすぐ、私の意識も無くなるだろう。
私の身体は 血肉になって この狼の家族に受け継がれる。
そして 排せつされた糞が土を育て 草木に変わり、ウサギを育てる。
そのウサギは キツネに食べられ、そのキツネは狼に食べられる。
私は 人として では無く、自然の動物として この森の一部となった。
息子のククルに話を聞いたハイン達3人は、バギーに乗って何処に言ったかも分からない母さんを追いかける。
森だから…硫黄の町の奥だろうが、あそこら辺は まだ道路の無い道が多い。
「ここだ。」
バギーが道路の脇に止めてある。
ここから森の中に入ったんだ。
オレはM3グリースを構えてミアとククルと一緒に森の中に入る。
嫌な湿気に虫の羽音…水分を含んだ土を踏む靴の感触と土の臭い…全部 嫌いだ。
機械文明で育ったオレ達には 母さん見たいに森の声が聞こえない。
「ハイン…見つけた、人の骨」
「くっそ…間に合わなかったか…」
ミアの声がした方向に オレとククルが駆け出す。
そこにあったのは 身体のあちこちの肉が食べられ、食べ残された骨と周りに飛び散る母さんの血だった。
「うっ…母さん…何で、こんな所に…。」
「ロウ…何で いきなり森に行ったの?
私達に声を掛ければ 付いて行ったのに…」
オレとミアは さっきまで母さんだった骨の前で涙を流す。
「とうちゃん…オレたち、ねらってる、どうぶつ、いる…」
オレが銃を構えて周りを見る…動物は見えない。
だけど ククルは 幼いながら 母さんの感じていた感覚を受け継いでいて、オレ達とは違い 森の声もある程度 分かる。
「う~ん、どうやら、ばあちゃんをエサに、さそい こまれた?
かこ まれてる」
ククルがリボルバーをホルスターから取り出して言う。
「分かったミア、警戒を怠るな」
「分かってる」
私達 背中合わせてでM3グリースを構え、ククルは その下で耳を傾けて敵の位置を探している。
「くる」
ククルが そう言った瞬間、全方位から狼の群れがやって来る。
その中には 鼻先が血で汚れ、肉片を付けている大きな狼と小さな子供の狼もいる。
「母さんを殺ったのは オマエかぁ!」
オレはM3グリースを構えてトリガーを細かく引く…。
1トリガーで3発位吐き出された弾が、母さんを殺した狼の親子の頭に次々と命中して行き 倒れる。
背中ではミアが弾をばら撒いて狼を負傷させ、足を止めた隙を狙って、リボルバーを構えるククルが正確に頭を撃ち抜く。
弾切れ…素早くリロード…撃つ。
大丈夫…弾は 十分に持つ。
狼の半数が動けなくなった所で、仲間の狼は撤退を開始…。
オレらは狼の背後から背中に撃ち込み、何匹か片づけた所で狼に逃げられる。
「クッソ!逃がしちまった。」
「熱くならないで…ここは危険よ、早くロウの遺品を回収して帰りましょう。」
狼を追おうとするオレを切羽詰まったミアが止める。
「そうだよな…母さんも こんな所に放置されるより、村の共同墓地に入れた方が良いだろうしな。」
オレはそう答えると、母さんの骨を袋に入れて回収する。
「それじゃあ、帰るぞ…」
「ほんとに そうなのかな…。」
オレの後ろで歩くククルがボソリとそう言い、オレらはバギーがある道路まで下山した。
クラウドの私室。
「そうか…ロウが森で死んだか…」
ナオの報告に対して、ベッドの外に出ない生活をしているクラウドが ぼそりと言う。
クラウドの身体は 53歳だが、老化でロクに動けず、20歳まで吸っていた酒とタバコの影響が 今になって各臓器にダメージが出て来て、血中の酸素濃度が低下…。
呼吸が息苦しくなった為、鼻にチューブを入れられ、酸素ボンベから酸素を送られている。
「ああ…狼に喰われて 死体が見つかったらしい。」
「ロウは自分が 短命だって言っていたし、ハインが産まれた時からロウが私より先に死ぬと言う事は分かっていたが…それでもツラいな…。
これがロウの言う自然に戻れたと言う事かな。」
「らしいな…その価値観はオレには 分からないけど…。
それで、クラウドは これから如何する?」
「前に言っていた頭のデータを吸い出して機械の頭に入れるヤツか…。」
「そう…ロウは断ったけど クラウドにも資格はある。」
「う~ん…ロウより先に死ぬ訳には行かなくて、今まで機械に頼って生きていたが、もう死んでも良いよな…。
このまま、私が死んでも エクスマキナ神に乗り換えた私は 地獄行きだろうし…だったら クラウド商会が如何なるのかも心配だし、現世で神様をやって見るのも悪くないかな…。」
「正直 助かるよ…」
「なんでだ?
私がいなくても如何にでもなるだろう。」
「確かに国を運営する だけならドラムが いるからな…。
でも、オレが欲しい人材は オレを理解してヤバくなったら銃を持ちだしてまで 止めてくれる人材だ。
最近 建国当初のメンバーが続々と死んで行っているから、オレ達を妄信しているヤツも多い。」
「私は ナオのブレーキ役か」
「そう…それじゃあ、ロウが死んだと言うのに邪魔したな。
オレは行くよ…ジガに言っておくから転生したくなったら、気軽に言ってくれ」
「ああ…」
パタン…。
オレがドアと閉じると隣には クオリアがいて、オレと一緒に歩き出す。
「話さなかったんだな。」
「何を?」
「仲間が欲しかったんだろ。
同じ永遠を生きる仲間が…私がナオに 私の義体を渡した時と同じだ。」
「……。
正解…アイツが くたばって、オレが築いて来た交友関係が吹っ飛ぶのが嫌だったんだ。
30年も仲良くやってれば、それで 十分だとは思うんだが…。
なんか、コイツすぐに老衰で死ぬから仲良くしても無意味だな…とか思い始めて来た。」
「不老不死の種族では 良くある事だ。
実際、友人のロウが死んだ訳だから涙を流すのが シチュエーション的には 正しいのだろうが…。」
「オレ達は 命ってそう言う物だと割り切っているからな。
理屈より優先される感情が無い。
ジガとハルミは?」
「ジガは 今と言う瞬間を大切にして生きている刹那主義だからな。
元々、セクサロイドの仕事は 長期的な生産性 皆無の無駄の塊だ。
それを楽しもうと思えば 刹那的な生き方になる。
だからフックが死んだ時も かなりドライだった。」
「ハルミは?」
「ハルミは 仕事の関係上、人の死に慣れ過ぎている。
元 人だが、もう人を喋る猿 位にしか見ていない。
娯楽目的で人を殺そうなんて事はしないが、最大数の人を救う為に躊躇なく少数を切り捨てる。
ハルミにとっては 人の死は 実験動物が死んだ位の価値しかない。
まっそれでも ロウを救おうとはしていた みたいだが…」
「何かオレみたいに思う所があったのかな…」
オレは クオリアにそう言い、また友人が この世から いなくなったのだった。
時間も空間も曖昧な何処か…。
「おっ気付いたな…。
Hello World…ようこそ この世界へ…。」
人の声でロウは起き上がる。
えっ…身体が小さい…。
これはトニー王国を建国する前の5歳位の身体だ。
周りを見ると この時代に相応しくない サーバールームがあり、私はベッドに座っている。
私の横にいるのは ハルミ…その隣には、クオリアの母親であるカナリアがいる。
確かカナリアは木星に落ちて 死んだはず…。
「ハルミ?…ここは クラウドが言っていた 天国と言うヤツ?」
「クラウド?」
「?クラウドを知らない?」
如何言う事?
「天国か…確かに似ているけど、ここは ワームのネットワークの中だよ。
VR空間…ロウの頭には ワームのコンピュートニウムが寄生していただろ。
ロウの記憶は それを使って 常にバックアップが取られていたんだ。」
「それじゃあ、私はロウのコピー…今生まれた?」
「そう…で、私達は 木星に落ちたオリジナル。
私のコピーとは、何十年も過ごしていたんだろう。」
「30年かな…まさかワームに助けられるなんてね…。
私は あのまま死んでも良かったのに…」
「オリジナルのロウは あの時点で ちゃんと死んださ。
これからは 転生したロウの新しい人生さ…。」
「私を復活させた理由は?」
「私としては 確率も時間も行き来 出来る この空間に永遠にいるのは退屈だったから…。
もう1つの目的は、ワームと人類の戦争を回避する為には ロウの力が必要だった」
「私の?」
「そう…上手い事、人類と共存出来る様に 私達でワームの中から変えて行くんだ。」
「分かった。
よろしく…ハルミ、カナリア…」
「ああ…」「よろしくお願いします。」
私達は3人で手を重ねるのだった。