22 (入れ墨刑)〇
1729年秋…ユフィの子供、ライブの20歳の誕生日…。
パン…。
銃声を聞いて ユフィとライブの部屋に飛び込んで来たハルミが見たのは、リボルバーで頭を撃ち抜かれたライブの死体…テーブルには 2人で食べ終わった誕生日ケーキ…。
そして、泣き崩れる歳を取ったユフィが 自分の頭に銃を突きつけている…。
「ごめんね…あの時 面倒を見るって言ったのに…ごめんね。」
引き金に指が掛かっている…マズイ。
「ちょっ…」
私はユフィが持つリボルバーを掴み上げ、パンと銃声…。
銃弾はユフィの頬を掠り、壁に当たる。
私は ユフィからリボルバーを捨てさせる。
「2人とも良く20年も耐えた…よく頑張った」
「うわあああん」
私は44歳になった ユフィを抱きしめ、ユフィは子供の様に泣き出した。
1729年…トニー王国建国初の殺人事件が起きる。
それは、脳障害を追って産まれて来た息子を20年間 育て上げ、育児疲れから息子を殺してしまった息子を愛し続けた 母親だった。
『ハルミからナオへ…緊急』
ハルミは量子通信でナオに言う。
『こちらナオ…如何した?』
『ユフィがライブを殺った。』
『あ~色々と無理をしていたんだろうな…。
で、ユフィは?』
ナオは驚きもせず、こうなる事を分かっていた口調で言う。
『ライブを殺して 自殺をしようとしていたので、私が止めて 今は診療所』
『OK…この国で初の殺人だな…』
建国から29年目…ここまで軽犯罪も少なく運営出来ていた事 自体がナオの手腕による所が大きい。
だが、ナオでも重犯罪の殺人を完璧に止める事は出来ない。
『裁判と刑務所が必要だな。』
私が言う…この国の犯罪は、エスカレートしたケンカや少額の盗みが主で、その都度ナオが適当な罰を決めていた。
この分だと ユフィ1人の為に刑務所を造る事になるな…。
『いや、刑務所はいらない。
裁判は冒険者ギルドで行う…量刑も もう決めている。』
『早いな…こうなるって分かっていたのか?』
『まぁな…ユフィが老化で寿命が近くなって ライブの介護が出来なくなって来たら殺ると思っていた。
でも想定より20年位早い…やっぱり人の心は理解出来ないな。』
『20年も持っただけでも優秀だよ。』
重度の障害者の子供を持った家族の悲惨な末路を散々見ている私としては、子供を捨てずに愛し、最後の最期まで始末も含めて面倒を見続けた ユフィは 非常に良い方だと私は見ている。
『そう言うハルミも このリスクを知った上で、ユフィに産ませたよな。』
『私は 中絶を強制する事は 出来ないからな。
産むか諦めるかは、母親の判断が優先される。
それに 国が子供を育てるなら 障害があっても やって行けると思った。』
あの時、私が過去の事例も含めて しっかりと説明して諦めさせるのが良かったのだろうか?
ユフィにとっては、短い人生での若く貴重な20年を介護に費やす事になり、仕舞いには 殺人もする事になってしまい 残りの人生もボロボロだ。
だけど、脳障害を持っているからと言う勝手な理由で殺されるライブもたまらないだろう。
少なくとも その日の金の為に自分の身体を売って、子供が出来たら 生まれた命を命とも思わず 何の葛藤もなく私に子供を殺させる…そんなクソアマよりかは、ユフィは真剣に子供の事を考えて取り組んでいた。
『オレとしても覚悟していたんだが 面倒を見るには 障害の度合いが大き過ぎた。
文字も言葉も真面に扱えて なかったからな…。
とは言え、ライブのお陰で介護 事業が生まれた。
これで 解決出来ると思っていたんだけど…』
『あちこち から免除や優遇は受けていたけど、基本ユフィが育ててたからな。
子供を他人に任せられなかったのがキツイ。』
奇形児である見た目は、元キリスト教 信者を刺激し、知的障害から来る頭の悪さは、同年代の子供からは純粋にバカと言われ続けた。
障害者であると言う理由で暴力を振られた訳ではない。
特に差別的な発言があったという訳では無い。
どれも これも軽い言葉、軽い態度で、行動を起こした本人には 悪意は無かった。
私達は それで良いと思っていた。
が それが積み重ねれば、あの時 ライブを産むと決心した ユフィの精神を蝕む事になり、他人に自分の子供を預けられなく なってしまう。
『じゃあ明日の裁判 頼むよ』
私がしてやれる事は この20年間 2人を見続けて来た医師としてユフィを弁護して、ナオに減刑を求める事 位だ。
『ああ…母親に息子を殺させるような国にしちまった責任があるからな。』
そう言うとナオは通信を切った。
翌日、冒険者ギルド。
すべてのテーブルは壁側に寄せられ、手前にはナオが座る裁判長席、その隣に裁判の動画撮影や 記録係をしているクオリア…。
真ん中には 腕を後ろ向きにし、手首をロープで縛られて椅子に座っているユフィがおり、隣でロープを握っている弁護士役のハルミがいる。
奥には 椅子だけの傍聴人席が用意され、関係者や見物人が座る。
傍聴人の表情は 殺人者を見る様なものでは無く、同情的な表情が多い。
ライブとユフィは この村では 有名な為、皆 事情を知っている。
今回は そんな状況で オレが如何言う罰をユフィに与えるのかも注目されている。
ここで住民の感情に逆らう判決は 出しにくいが、法律違反をしている以上 ユフィを裁かないと いけない。
「撮影の準備が出来た。
撮影を開始する」
「分かった。
それでは これより、ユーフィティア氏の裁判を行います。」
「それでは、ハルミ…罪状の説明を」
「はい…」
ハルミが事件の状況や、2人の境遇に付いて話して行く。
その話し方は 多少 中立性に欠け、傍聴人達の同情を誘う様な話し方をしている。
まっ検察と弁護士を1人でやっている訳だからこうなるか…。
さて、この国の法律は、
①既存の神を捨て エクスマキナ神を信じよ。
②自衛、他衛以外の目的で人を殺しては ならない。
③双方合意の無い性行為を しては ならない。
④物を盗んでは ならない。
⑤嘘をついては ならない。
の5つだ。
今回事件に該当するのは②になる訳だが、育児疲れによる殺傷は 自分を守る自衛行動に入る可能性があると、ハルミは罪の減刑を求めている。
「被告人ユーフィティア…今のハルミの発言に間違いはありませんか?」
「ありません…私は故意で息子を殺しました。
あらゆる罰を受け入れるつもりです。」
「すべて 覚悟の上と言う事ですか…。
では判決を述べます。
有罪…同情の余地はありますが、あなたは自国民を殺傷し、国に損害を与えました…これは事実です。」
実際は、ライブは面倒事を起こし、国に損害を与え続ける害悪と見る事も出来るが、産まれる前に健常者か障害者かを選べる訳では無いので、これは仕方ない。
と言うか、オレ自身も生身の時には 発達障害として特別支援学校に入れられていたので、ライブの存在を完全に否定する事も出来ない。
「はい…」
「では次に量刑を伝えます。
『入れ墨刑』」
「刺青?」「何だそれは?」「知ってるか?」「いや知らない」
傍聴人席の人達が言う。
「罪人 ユーフィティアは頬にⅠの入れ墨を入れます。
こちらが行う刑はそれだけです。」
「死刑になる訳でも無く、刺青だけですか?」
ユフィが言う。
「ええ…入れ墨を入れるだけです。
ですが、あなたが また犯罪を犯せば、これがⅡ、Ⅲと増えて行きます。
そして、あなたは一生、その罪人の入れ墨を背負って国民として生き続けなけば なりません。」
元ネタは日本の江戸時代にやっていたと言われる入れ墨刑…多分、今 日本でやっている所だろう。
このシステムは非常に有効だ。
何せ 相手の顔を見れば1発で その人物の危険度が分かるからだ。
これを知っていれば、事前に周囲が警戒出来るので、再犯に巻き込まれる可能性が減るし、就職や人との関係にも影響する…それが罰だ。
「そして、国民達があなたの その入れ墨を受け入れ、良好な関係を築ければ、その罪は許されるでしょう。」
つまり、国が刑務所に入れて罰を与えるのでは無く、社会的制裁により罰を与える方法だ。
犯罪者に与える量刑は、本人が周りと築いて来た善幸値で自動的に決まり、犯罪者は 社会に受け入れて貰う事で許しを得る。
この為、周りから憎まれていれば 憎まれている程、制裁が大きく、善行を積んでいれば、制裁が少なくなる。
とは言え 当然、入れ墨の数が増えて行けば 社会的地位が落ち、本人も周りを気にし始める。
そして、周囲から孤立して家に引きこもるなら、危害を加える相手との接触を断つ事が出来るので、実質 犯罪者を無力化出来る。
しかも 引きこもりでも『生活保障金制度』が普通に使えるので、食い詰めて犯罪を犯す危険性も無い。
で、その罪人を見ている国民は 入れ墨刑を警戒して抑止効果も狙える。
こっちは 最小の手間で最大の利益を得る…幕府は 本当に効率良いシステムを考え付いたものだ。
「ありがとうございます。」
ユフィは涙を流しながらオレに対して頭を下げる。
いや減刑した訳じゃない。
むしろ、一生 許して貰えない事も普通にある刑だ。
ただ周りを見る限り、相当な善行を積んでいる見たいで、すぐに許されそうな気もする。
「以上…ハルミは、罪人ユーフィティアにⅠの入れ墨を入れ、その後 釈放して下さい。
これで、ユーフィティア氏の裁判を終了します。」
「感謝します。」
ハルミとユフィが頭を下げて冒険者ギルドから退出した。
「録画を終了した」
「OK…それじゃあ、クオリア…録画データをコピーして各町の冒険者ギルドに送っておいて…。」
「了解した。」
数日後…。
「おっ…ちゃんと彫れていているな、クオリア撮影」
ユフィの左頬を見てオレが言う。
「取った…住民票の犯罪歴に追加しておく」
「ああよろしく。
それじゃあ、ユフィ…その入れ墨が許される日が来る事をを願っています。
そして、その入れ墨の線が増えない事も願います…以上」
「ありがとうございました。」
「良いのか?刑務所とか建てなくて」
「これで十分だよ。
てか、そっちの世界にも刑務所は無いだろう。
それに、これはオレの価値観だけど 刑務所を出れば更生されるなんて嘘だ。」
「理由を聞いても?」
ハルミがオレに聞いてくる。
「オレが生身の時に働いていた警備会社の同僚に、ヤクザの抗争で懲役20年を喰らった おっさんがいたんだが…。
インターネットもパソコンもスマホも全部 知らなくて、出所してから 住所も電話番号も金も無いから就職が出来なくて完全に人生詰んでいてな…。
で、今度は 銃の輸送の仕事を始めて、ウチの会社の社長にスカウトされた。
結局、世間から隔離しちまうと、出所した後の生活に馴染めなくなるんだ。
で、再犯して戻って来ると…。
他にも海外だと、囚人を無給で働かさせれる安価な労働力として使って、年々無期懲役の人数が増えて行く奴隷国家もあるな。
どっちにしても、本来の目的である社会復帰は難しい。
だったら効果が無い刑務所なんて必要ないだろう。
更生に 必要な条件は 前科持ちだと1発で分かる状態で 社会復帰させる事。
入れ墨刑は その条件は満たしている。」
「確かに見た相手の前科を表示するアプリも普通にあったから、そこまで外れては いないんだろうが…。」
「続けて見て 何か問題があったら また変えれば良い。」
「まぁそうなるのかな…。
で、ナオの入れ墨の数は?」
「1回しか捕まってないから1本…。
発覚していないのを含めれば 身体中が入れ墨だらけになるかな」
オレは笑いながら ハルミはそう言い、クオリアと一緒に冒険者ギルドへ戻って行った。




