21 (共産主義-ユートピア-)〇
1719年春。
クオリアがドラムの無線を利用した パケット通信システムを構築した。
それを 電柱に送受信機を設置して無線のリレーをさせる事で、個人が毎秒10MB位の速度で通信が出来る様になった。
この速度は 大体3G回線位で、動画や画像の表示には 苦労するが文字だけで構成されたホームページを作るだけなら十分な速度になる。
これにより、初期からニューロ型でゲーム開発をしていたジガやマニア達が、ホームページや掲示板を作り始めた。
ホームページを見て見ると、画像の読み込みが遅く 時間が掛かるので、絵を文字で表現するアスキーアートが使われ、自作ゲームの紹介やらニューロ型の情報交換サイト、後はエロサイトなど…。
こうして レトロマニアのジガやオレが好きな 最初期のネット文化が生まれ、マニア達が様々なツールを自前で開発して ネットにアップしてくれた お陰で、コンピューターを使う敷居も各段に低くなり、普及率も上がって行く…。
サーバールーム。
オレとクオリアがいる部屋は かなりの大きさだが、山ほどのニューロ型が棚に積まれていて狭く感じる。
電力不足から今まで 実現が出来なかったが、原発から安定した電力を大量に供給出来る様になった事で可能になったサーバールームだ。
さて 現在、クオリアがやっている仕事は、ネットマニアの仲間達とのオンラインでの協力で、マニア達が自作して生まれて膨大になった様々な規格を統一した トニー王国で使う公式アプリを作っている。
まぁこれは 元のプログラムがある事だし、国がプログラムを買い取って統合してしまえば 問題無い…。
「順調見たいだな。」
オレがクオリアが操作しているコンピューターの画面に描かれている命令文を見て言う。
クオリアのコードは 効率より分かり易さを重視した描き方をしていて、必要な処理能力が上がるが、非常に美しく描かれている。
「やっぱり重いな。」
クオリアが実際にシステムを動かしながら言う。
「まぁコンピューターの処理スペックは 年々上がるから、多少重くても如何にかなる。」
多分、クオリアが効率重視に描こうとすれば、もっと上手く書けるのだろうが、それは ネットをけん引して行く マニア達の行動を妨げる事になる。
だから分かり易く描いているのだろう…。
「それで、ナオは 今度は何を作っているんだ?」
クオリアが言う。
「検索エンジンと通販サイトかな?」
オレがクオリアに言う。
今は 検索エンジンが無い為、一度 誰かのホームページに行き、そこに記載されている別の人のURLを見つけて、また移動し…を繰り返して目的のサイトに行く、リレー方式になっている。
その為、ある程度の探索能力が必要で、ネットの敷居が まだまだ高い理由でもある。
で、最初にアクセスする検索サイトを こちらに作る事で、探索する手間を大幅に減らせる。
今やっているのは 国中のURLを全てこっちのサーバーに集めてリスト化して、文字を入れれば 検索結果を出してくれるシステムを作っている。
更に ユーザーには 住民票の時に使った登録番号を元にアカウントの作成をさせる事で、検索ワードや履歴からユーザーが何に興味があるのかを正確に把握してデータ化する。
で、その次に作るのは 通販サイト…。
国中の企業の商品を すべてリスト化して、その中から検索にあった企業や商品の情報を出し、購入するシステムを作る。
まぁ電子決済は 出来ないから、店や近くの冒険者ギルドに物を取りに行く事になるんだろうけど…。
これで 国民が何が欲しいのかの『需要』が分かり、それを 効率良く 消費者に『供給』するシステムが出来上がる。
で、これでケインズ経済学に必要な変数『需要』と『供給』の数値が正確に分かれば、その割合から 今が どの位 好景気か不景気かを 判断出来る。
この変数の数値を元にする事で、国をミス無く 運営させる事が出来、こう言った処理 全般は ニューロ型の得意分野だ。
「サーバーに 国民の行動情報を入れて行くのか…。
監視社会の始まりだな」
「とは言っても、下手にプライバシーを尊重すると 個人を助ける為に 何かしてやりたくても情報不足になって 間違った対処をしてしまう可能性が高くなる。
例え、監視社会になったとしても 皆が幸福なら それで良いんじゃないか?
それに この島の名前は ユートピア島だしな。」
オレは少し笑いながらクオリアに言う。
ユートピア島は、イギリスのトマス・モアが1516年に書いた小説『社会の最善政体とユートピア新島についての楽しく有益な小著』の架空の島が元ネタだ。
その特徴は、
① 住民は みな 美しく清潔な衣装を身に着けている。
② 島民に私有財産は無く、必要なものがあるときには 共同の倉庫のものを使う。
③ 島民は 1日6時間の勤労の義務があり、主に農業を行う。
④ 空いた時間は 芸術や科学研究をおこなう。
つまり共産主義の島になる。
で、長い間『より良い社会にするには 如何すれば良いか?』のテーマの元、いくつかの小説が書かれたり、実際にイギリスが植民地でやって見るが 成功例は無く、これを国レベルで実践して ある意味で成功したのが ソビエト連邦だ。
ただ、ユートピア島が理想ではあったが、上の人は 物資の中抜き、横領などで 私有財産を保有し、研究開発、生産に すべてを注ぐ国になってしまった。
で、この大規模な社会実験で分かったのは、立場が上がれば 上がる程、煩悩に まみれて資本主義的な思考になってしまうと言う事。
そうなった場合、国民は 共産主義の名目で安価で働かされる労働力としか見られない一番タチが悪い社会になる。
のだが、この下級国民をユートピア島で働く 奴隷と定義した場合、上級国民は 項目の②以外は クリアしたユートピアの社会になっている。
で、ソ連やドイツをモデルにして奴隷役を国民に押し付けるのでは無く、機械に押し付けたのがトニー王国だ。
「なら、この情報を使う管理者のモラルを教育して行かないとだな。」
「モラルね…オレは コイツを ケインズシステムまで押し上げて、行政を完全に自動化させる つもりだから、あまり気にして いないんだが…」
「例え自動化したとしても その国のシステムを造るのは人だ。
その人が私利私欲で 国を滅ぼさない様にしないと…」
「だったら そのシステムも機械側が作ってしまえば?」
「それは、人をサポートする道具が人を使う事になる。
道具の運用方法として それは正しくない。」
「ヘタな独裁者より優秀でもか?」
「そうだ
道具は責任を負えないからな…。
道具が責任を負ったら それは機械生命体だ。」
クオリアが自分に指を差して言う。
「まぁ確かにそうか…」
オレは、一応 納得して再びキーボードを打ち込み、作業を再開した。