19 (無限の労働力)〇
1716年。
ウサギ戦争の戦後復興が始まって4年…当初不毛の大地だった森が林位のレベルになったが 緑が戻って来ており、木も順調に育っている。
技術自体は ウサギ戦争と電力不足により停滞していたが、年々 ニューロ コンピューターの学習による、周波数の操作精度が各段に上がっており、ここ以外に電波を飛ばしている人が いないので電波法 ガン無視によるゴリ押しで、各冒険者ギルドと会話による通信も可能になっている。
そして核分裂炉の発電で電力不足を解消した事で、再びこの国が成長しようとしていた。
今、ニューロ型は 計算、エスペラント語、トニー王国への翻訳、モールス信号が扱え、それらを使ったゲームやプリンター、通信など様々な所で活躍している。
コンピューターの普及も上々で、娯楽用のゲームの会社、ニューロ型に新しい事を学習させる プログラミングの会社。
とコンピューターに関わる人数が続々と増えて来ており、ニューロ型は 年々賢くなって行っているので 様々な事に応用が出来ている。
そろそろ、第一のブレイクスルーを突破しそうだ。
さて、神であるジガらは、権力自体は そのままで 国の統治を ウチらを一番理解している 生身の人である クラウドに国を任せ、ウチらは 国民を見守りつつも 娯楽の範囲で あちこちの研究開発に首を突っ込む生活を送っている。
そして、この国の 次の開発は 人工筋肉だ。
工場の中にある棚の上には いくつもの 試作品があり、風俗、学校と共にジガの手を離れて 人の手で運営される様になった事で、ウチは 核分裂炉で電力に余裕が出て来た ここ1年程、人工筋肉の開発、研究をしている。
「行けるか?」
机の上には 最新型の人工筋肉が置いてあり、ウチは動作を確かめる。
「精度は十分…設計通りには 出来ていると思いますが…」
研究員が言う。
「これさえ 出来ちまえば 後は簡単なんだけどな…」
構造は 伸縮率を高くするように編み込んだ ガラス繊維の細いチューブを 束ねて筋肉の形を作り、水と片栗粉を混ぜて作った即席の油圧血液をチューブ内に入れているだけだ。
これにより、人工筋肉の上腕二頭筋を膨らませる事で 油圧血液を多く とり込み、縮めると油圧血液が腕の方向に流れて行くポンプ構造が出来上がる。
ウチは これを2本持って来て、人体模型の腕に取り付け、筋肉をキツく締め付けて行く。
これで 片方の筋肉が膨らんだら もう片方の筋肉が縮むようになり 2本の筋肉の引っ張りと押し込みの差から腕が動く。
後は これを 電子制御に対応させて行けば、モーター駆動では難しいパワーと油圧では難しい精密性を両立させる事が出来るハイブリッド人工筋肉の完成だ。
「よし…」
「良い数値出てますね…腕に関しては もう人並み以上かと」
研究員がコンピューターの画面を見ながら言う。
「やっとか…次、指だな」
普通なら上腕二頭筋の制御で十分に行けるのだが、まだ指の精密作業が難しい。
なので、骨の中にケーブルを通して 手首から別に作った手の油圧を制御して行う。
筋肉の張り方は ウチら義体組とは 違う完全にオリジナルだ。
「行くぞ…監視ヨロシク」
「はい」
クイ…クイ…。
親指から順番に手が握られ、小指から順番に開いて行き これを ひたすら繰り返す。
まだ動作が ぎこちないが、これを操作しているニューロ型は 人工筋肉の細かな違いを補正するキャリブレーション作業を完璧に出来ている。
これが ノイマン型だと相当な処理スペックが要求されるのだが 曖昧な問題でも数字で 裏付けされた感覚で やってしまうニューロ型には、比較的 簡単に出来てしまう問題だ。
「完成ですかね…」
「製品としての性能は これで十分かな…。
後は コレを売って運用して見てから 細かな修正をして行く事になるな」
「では、これで完成 出来ますね…ドラムが」
「ああ…今まで モーター駆動だと実験機の域を出なかったからな…。
これで実用化も出来る。」
ウチは 器用に動く 人体模型の腕を見ながら言うのだった。
冒険者ギルドには 人が集まる。
何せ 行政手続きに 飲み屋、裁判まで ここで行われているからだ。
なので、民間企業が商店を構えるには この付近が良く、コンテナハウスの商店が ズラリと並んで 自然と商店街が出来た。
だが、それでも次々と参入して来る 商店の数の前には スペースが足りず、コンテナハウスの商店街は 遂に3階建てになり、ゲーセン、ジガが趣味で集めた化石映画を上映する映画館、フードコートなどの様々な店を組み込む事で 目的が違う人達を一ヵ所に集めて 相乗効果を狙う ショッピングモールが完成した。
ここでは 定期的にイベントが行われ、イベント目的で来た客を お祭り気分にする事で、財布の紐を緩めて 購買を促進させる。
更に ショッピングモールに来る労力を惜しんで物を買わない客の為に、バスを定期運行させ、各村からのアクセスがし易くした。
そして史実では鉄道のダイヤグラムが時計の普及の始まりだったが、トニー王国は バスが国民に普及する事で、今まで 太陽の大まかな位置から時間を推測して 日の出から日の入りを1日としていた日時計から、24時間の電子式の時計に変わり、国民は 時間を意識するようになった。
さて、今日は 人工筋肉を搭載して完成したドラムのお披露目になる。
これは デジタルゲームでの実演販売が上手く行った事で 定着して行った方法で、購入者に興味を持って貰う為の 宣伝イベントだ。
舞台には けん玉を持ったナオとコンピューターを乗せた席に座るクオリアに 6体の先行試作型のドラムがいる。
けん玉を持った オレは 1体のドラムと前に出て観客を見る。
36人分の折り畳み椅子は既に埋まっており、立ち見の人も出ている。
まぁ…企業経営者に人数が偏っている気がするのだが…。
「さて…新開発した奴隷のような…ニックネームは ドラム」
ドラムは その名の通りドラム缶の身体に頭と手足が取り付けられた機械だ。
ただ、脚は人と違い 小さいタイヤが付いた4本の蜘蛛脚となっている。
「では…このドラム…まだ けん玉に関する知識がありません。
これをドラムに見せます…よく見ててよ…はい。」
オレは 観客とドラムに見える位置に立ち、けん玉を振り、結果は見事 玉が大皿に乗る…周りには パチパチと小さな拍手。
「さて…次はドラムの番です。」
オレはドラムの右手にけん玉を握らせる。
するとドラムの腕を振って…玉が飛ぶが失敗。
「ははは」
観客達は 小さく笑らう。
「まぁ…流石に所見のドラムでも、一発でクリアには なりません。
なので 今のはダメだとドラムに教えます。
クオリア…」
「ああ…」
クオリアがキーボードで入力し、ドラムがまた けん玉を振り…失敗する。
クオリアとドラムは それを繰り返す。
「今 クオリアは、けん玉の出来を6段階で評価してドラムに与えています。
さて…これを繰り返して行くと…」
ドラムが けん玉にチャレンジして行き99…100回目…。
「おおっ」
「この通り、ドラムが学習をして玉を乗せられる様になりました。
クオリア…続けて…。」
その後は またミスを繰り返すが、次第に成功確率が上がって行き、200回を超えた辺りで 一切のミスが無くなった。
「これは ドラムが私達の暗黙知を学習し、人の行動を数値化出来たと言う事になります。」
暗黙知とは、人が日常的に出来ているが 言語化する事が難しい 感覚や勘の事だ。
その分野は 言語化がきっちりと出来ないので プログラムでの入力が非常に難易度が高く、コンピューター側の処理能力も必要になる分野だ。
だが、ニューロコンピューターを搭載しているドラムは、この言語化が難しい暗黙知を自分で考えて、自分なりの制御プログラムを生成出来る。
これは 人が 失敗を繰り返して 学習するのと同じプロセスだ。
「つまり人の動作のデータ化出来ると言う事です。
なので…クオリア…。」
後ろに下がっていた残り5体のけん玉を持ったドラムが前に出て けん玉を振り回して失敗する。
「この通り、このドラム達は まだ けん玉については 未学習です。
ですが…このドラムが学習した けん玉のデータを残りの5体に送ると…。」
6体のドラムが同じ方法、 同じタイミングで けん玉を成功させる。
「おおっ」
「データを共有したドラムが 皆、けん玉を使える様になります。
これを会社の作業に使った場合、学習初期は 失敗の連続で人に比べて 覚えが悪いでしょう。
ですが、一度 その作業をマスターすれば、全ドラムが そのオープンソース化されたデータを受け取って、その作業を完璧に行う事が出来ます。
しかも、優秀な人材になる為に数年かけて教育を受けている私達とは違い、ドラムは 製造されてから1時間後には 優秀な人材となって会社の最前線で働く事も出来ます。
具体的に想定している作業として 棚から指定された商品を取り出して 指定の箱に詰める仕分け作業。
その荷物をバギーの荷台に積み込む 積み込み作業。
更に その荷物を積んだ バギーの運転と…いずれは 物流を すべて無人化 する事が出来るでしょう。」
ガヤガヤガヤ…。
オレが 建国当初から狙っていた計画がこれだ。
これで労働力を保育院からでは無く、工場で生産 出来る事になり、労働力の上限まで金を出せる銀行側も発行 出来る金が増える。
と言うか その金で労働力を生産出来るので、本当の意味で無限に金を発行出来る。
まぁ実際には 国民の物を欲しいと思う需要に限界があるので、発行出来る上限は あるのだろうが、少なくとも国民が望めば 合法品で買えない物は ないと言う状況が作り出せる。
これがオレが考えた理想郷だ。
「以上…私達の発表を終わりにします。」
オレ達は頭を下げて ドラムと一緒に舞台の後ろに向かって行った。
需要と供給…。
安い人材が欲しい企業側と安い人材を売りたい企業の思惑が見事にハマり、政府がドラムの設計図を希望する製造会社に送ると すぐに製造に必要な 機材の購入が始まった。
設計図を見て 製造ラインの構築…見直し…試験機の製造と最適化が行われて、1年後には ドラムの生産が始まり、その頃にはドラムの製造機械 一式を動かすのは ドラムだけに なっていた。