14 (ラッダイト運動)〇
1708年冬…。
機械の自動機構は 歯車とバネによって構成させている…マシリングセンターにより、高品質な歯車やコンピューターを製造出来るようになった事で、遂に機械の自動化が本格的に始まった。
ガラスの糸を作っていた綿あめ機は、極小の穴を均等に開ける事で 直径が小さい綿を製造出来るようになり、融かしたガラスを入れるだけで、グラスウールが出来る。
そのグラスウールを紡績機に入れると、グラスウールを捻って適正のサイズの紐になり、それを ガラスの芯に次々と巻き取られて、ガラスの芯糸が出来る。
そこで出来た 芯糸を編み機にセットすると、編み目は均一で細かく良質な布が 自動で編まれて行く…。
炭素繊維の焼き入れの作業も同じで、コンピューターが出来た事で すべてが 電子制御になり、作業員は素材を入れてボタンを押すだけの簡単な お仕事になっている。
この自動化により 1時間当たりの生産数が急増。
生産コストに1番影響する 人権費を大幅に削減 出来た事で、商品の単価が暴落レベルで安くなり、にも関わらず編み物の会社の利益が急増…。
更にガラス繊維、炭素繊維を使っている会社の商品は 原材料の値段が安くなった事で価格も安くなり…ここも利益が急増。
畑は 随分前からバギーの導入して効率化を図っていた。
が、今では 生産効率が良く、低コストで、栄養バランスが良く、加工もし易い、万能食材のユーグナ パウダーを使った ソイフード食品が急速に普及をし 始めた事で、運用が面倒な農地の縮小が始まり、作業員が導入前の10分の1以下で済むようになって これも作物の単価が下がって利益が上がる。
食品加工 工場は、ユーグナパウダーがベースの為、加工がし易く、切る、煮る、焼く、工程は すぐに自動化された。
今まで 温度調節が出来なくスイッチを手動でON、OFFして調整していた スターリング冷凍機も電子制御により温度の細かい調節が出来る様になり、減圧室の数も どんどんと増えて行き、これも生産性の向上により、価格が安くなっている。
その他 鋳造、プレス作業…精留塔と次々と機械の自動制御に置き換えられ、その度に 商品の品質や生産性が上がり、商品価格が安くなって行く。
結果、企業の利益は 爆上がりし、商品の価格が大幅に下がった事で、より消費者は物を購入し易くなって、法人税での税収も飛躍的に上がる。
良い事だらけの好循環だ。
なのだが…労働者は 経営者やメンテナンス、商品開発などの技術者を除いて 全員が解雇…労働者の実に70%が 吹き飛んだ。
結果、会社の経営人の所得は急増し、商品の価格が下がったので買い易くなったが、労働者の所得は下がり…と言うか無収入なり、所得格差が急激に増えて来ている超デフレ社会に突入した。
ただ この状況でも経営人以外の仕事もある。
まずは 保育院の子育て、学校の先生、ウエイトレスなどの接客業…。
特に湯女や娼館は、身体で商売している為 機械化が出来ない。
次にアーム作業…。
つまり家畜の解体などの『器用さが必要な仕事』『物を掴んで指定の場所に持って行く仕事』だ。
これは 人の手や腕は思いの外 高性能に出来ており、機械の真似が難しい分野になる。
さて、輸送を担当しているクラウド商会は 輸送の効率を上げる為に箱の規格化をし、人が必要な 各素材の箱詰めの仕事も担当する様になる。
アーム作業だ。
ただ、大量に失業者がいて 人が余っている状態だと、より 経営者に都合の良い条件で働く人が 採用される事になる。
つまり、自己責任、低賃金、重労働の割に合わない仕事を文句を言わずにやってくれる労働者であり、それを労働者に自発的に強制する事が出来る。
現代の奴隷労働と言われるブラック企業の誕生だ。
流石クラウド…砂糖農園の労働環境の改善に派遣された だけの事はある…奴隷の扱いに長けている。
そんなジガが 10年掛けてゆっくりやろう としていた計画をオレは僅か3年で成し遂げてしまった。
まぁ民主主義と違って意思統一が早い独裁政治だからこそ 出来た芸当なんだが…。
ただ そんな、即断 即決 出来る独裁政治にも欠点があり、1708年の冬休み期間中に事件が起きたのだった。
「労働者に権利を!機械の効率化を許すなぁ!!」
「許すなぁ!!」
「私達に仕事を選ぶ 権利を!!」
「権利を!!」
「私達に犯罪をさせるな!!」
「させるな!!」
「私達は奴隷では無い!トニー王国 国民だ!!」
「トニー王国 国民だ!!」
夕日が沈み、労働者が仕事を終えて 食事の為に皆が冒険者ギルドに集まる時間帯。
外は雪が積もって大体の仕事が冬休みだと言うのに、わざわざ各町からバギーを走らせて 大勢の人達が M3グリースで武装し、要求を叫びながら 冒険者ギルドの建物を包囲する。
「あらら…武装蜂起か…。」
ナオが冒険者ギルドの中のテーブル席で書類を見ながら暢気に言う。
「民意を考慮せずに 一気に改革を進めるから機械排斥運動が起きる。」
オレの正面の席に座るクオリアが言う。
「とっ言ってもコレは クラウドの責任だろう。
メンバーの大半は アーム作業の労働者だ。
うわっ…元イングランド人もいるな。
硫黄の村の領土を手に入れる為の独立戦争か?」
「私としても仕方なかった。
商品の価格がドンドン下がるから『価格に影響が出る輸送コストを切り詰めるように』と あちこちから言われてな。
とは言え、賃金が少ないが 失業者が働けて 収入を得られるんだ。
文句無いだろう。」
オレの隣で見ているクラウドが言う。
「まっ資本主義は 物の値段も安くなるけど労働者の値段も安くなるからな…」
「と言うセリフが出る時点で、これは ナオも想定していた事だな。
想定していたのに あえて見逃して、ここまで悪化させた…」
クオリアが窓の外を見ながら言う。
「そっ…でも、オレが望んでいたのは…」
オレが話していた途中で、武装した突入部隊が 冒険者ギルドの中に入って来て、完璧なクリアリングをしながら、食事中で先割れスプーンを持った 一般人や、ロウと もう普通に歩いている3歳ハインを 壁に下がらせ、オレ、クオリア、クラウドがいるテーブル席に大量のM3グリースを向けて近づいて来る。
「独裁者に銃を向けられる人材だ。」
オレが続けて言う。
独裁者の言う事、政策に妄信せず、各個人が 自分の考えで動き、国民が危険に晒された時には 殺される覚悟で独裁者に銃を向ける事が出来る人材。
普通、こう言った人材は 反逆者として殺してしまうので、独裁政治では 周りに同調してくれる人材しか生き残らず、独裁者の行いを正してくれる人がいなくなる。
しかも 部下は 自分が殺されない様に こちらに都合の良い情報ばかり上に流すので、正確な情報が上に伝わらず、間違った判断を起こし易くなる。
どんな優秀な指揮官であろうと、チェスのコマが好き勝手に動きまくって 虚偽の情報を流しまくる特殊条件チェスでは 絶対に勝てない。
そう言った訳で、独裁者にとって銃を向けてまで 自分の意見を言える人材が非常に有用で 希少となる。
「我々は ナオに労働環境の改善を要求する。
エクスマキナ神は『便利な道具を開発し、人の生活を豊かにする』のでは無かったのか?」
「物の価格は 安くなって 誰でも買える金額まで下がった。
生活の水準は各段に上がっている。
教えに背いている訳では無い…。」
大丈夫…まだトリガーに指を掛けていない…これは、脅しによる交渉だ…撃たれない。
「だが、豊かになったが 幸せでは無い。
国中が失業者で溢れている。
これでは いくら物が安くなった所で買えないだろう。」
うん、ちゃんと理屈が 通ってるし 教養もある。
感情任せで動いた訳ではなさそうだ。
「大切な労働力である国民を死なせる事は 私の思う所では無い。
交渉に応じよう…代表者はアンタか?」
「いや…フック…頼む」
「ああ…」
人込みから出て来たのは、ロバート・フックだった。
「独立戦争でもして、硫黄の村を自分達の領土にでも するつもりか?」
「いや…元イングランド側、トニー王国側の間で話を通して ナオと交渉が出来る相手として 私が選ばれた。
私は もう あちこち ガタが来ている。
本来 死ぬはずだった所をジガに助けて貰った身だ。
今更、数年早く 神の元へ行った所で 問題無い。
銃による脅しは 無意味だ。」
「だろうな…。
よし、あんな人数は 冒険者ギルドに入らないからな。
交渉は外でやろう。
机と椅子を外に運ぶぞ…それとライト…。」
オレとクオリアがテーブルを持ち、クラウドは椅子を持って 外に運び出す。
その後に 白熱電球のスタンドとバッテリーと持って外に出た。
星の光が輝いている寒空の夜。
雪が積もっている冒険者ギルドの前にテーブルと椅子が置かれ、オレ達が座る中 4方向からライトで照らされている。
その周りには 大量の住民が オレ達を囲む様に配置され、住民達が持っている銃は オレを交渉の席に付かせる為に必要だったようで、今は 銃口を下に降ろしている。
「それでは 交渉を始めよう。
こちらは 国の力である労働者に 死なれては困るので、可能な限り意見を聞いて行きたいと思う。
まずは 労働者側の要望を聞こう。」
オレはフックが目の前にいると言うのに 皆に聞こえる様に 多少 大声で言う。
「ああ…。
今、この国は機械による急速な自動化のせいで 国中が失業者で溢れている。
国民の生活を支える為にも、機械の効率化に制限を掛けて 各企業に一定人数の労働者を雇うよう 義務付けて欲しい…これが私達の要求だ。」
「そうだ!そうだ!」
フックもオレに合わせて大声で言い、周りの労働者達が賛同を示す。
「お静かに…交渉中です。」
「だが、それは この国の技術の停滞に繋がる。
人を使った非効率な労働では、これから先、トニー王国の人口が増えてきた際に生産不足に陥る。
これは 未来に産まれて来るトニー王国 国民の生活を維持する為に必要な前提の技術だ。
生まれて来る国民を餓死させる気か?」
オレは もっとも らしい事をフックに言う。
「だが、このままでは人口が増える前に失業者が死んでしまう。
それは この国の実質の王である あなたが意図的に自国民を殺している事になる。」
「ふむ…確かに それは問題だ。
私は自国民を殺すつもりはない。
では、こちらの意見も言おう…質問だ。
何故失業者を働かせる必要がある?」
「なっ…」
フックや労働者達が驚く。
オレが失業者を見捨てると思っているのか?
まぁ思ってるんだろうな。
「皆も考えて欲しい。
何故『失業者を働かせる必要があるのか?』」
オレは 国民に理解させる様に問いかける。
「そりゃ稼がなきゃ生活が出来ないからだろう」「働かなかったら生きられない。」
他にもいくつか、意見が出るが…まっそう言うよな。
内容的には 仕事が無い→金を稼げない→物を買えない→食べられないから死ぬだ。
オレは隣で立って オレの話を聞いているクラウドの顔を見るが、如何やら クラウドは この答えに気付いている見たいだ。
と言うか前に似たような話をしたからな。
「生活が出来ないか…物は安価で生産出来ていると言うのに、何で生活が出来ない?」
「金が無いから…」
労働者の1人が言う…フックを見るが その言葉に頷いている。
ここまで言っても気付かないと言う事は フックは 科学や数学は優秀だけど 経済はダメなのか…。
「生活物資を十分に生産 出来るなら、働かなくても良いんだ。
皆も想像してみて欲しい…。
今、コスト削減で商品の値段が下がっているが、このまま価格が下がって行って すべての物の値段が 0トニーになった時の事を考えて欲しい。
その時、国民は 仕事をしないと生活 出来ないか?」
「いや…確かに生活が出来るが…」「物がタダで手に入る訳ないだろ」
「フックは ここまで言えば この仕組みが分かるか?」
「ああ…今、金が無いから物を買えないと言うだけで、生産側は 売れない大量の在庫を抱えている事になる訳か…。
買い手と売り手に物も ちゃんとあるのに 金だけが無いから、売買が成立しない。」
「そう言う事…。
それじゃあ、皆が理解 出来た所で こちらの解答だ。
トニー王国銀行は 国民の生活を保障する為、毎月 国民1人に 10万トニーの金を支払う事とする。」
未来の世界では 割と当たり前の制度で、機械化すれば するだけ生産能力が上がって行く都合上、資源の採掘から店に商品として出すまでを 全部 無人化してしまえば、ほぼタダの値段で物を供給する事が出来てしまう。
と言うか『スレイブロイドファクトリー』がその理屈で動いていた。
そうなると、働けないから金が無く、金が無いから物が買え無く、物が売れなくなり、企業側が大量に在庫があるのに売れなくなり廃棄するしかないと言うバカみたいな 状況が発生する。
しかも 働いて金を得る為には 売れない物を生産しなくては ならないんだから もう働く事 自体が無意味だ。
この為 生まれたのが、国民に対して毎月一定の生活費を給付する『生活保障金制度』だ。
未来の世界では 毎月の給付金を 全部 使って企業に金を送り 経済に貢献する 働かずに消費だけする人…つまり『消費者』と言う職業が成り立つ。
なので、今後は 如何に物を買って貰える消費者を育て行くかが重要になって来る。
「更に 今まで無料だった 食堂の食事は廃止して有料化、月々の家の家賃、水、ガス、電気、などの光熱費をトニーで支払ってもらう。」
言ってて改めて気づいたが 意外とこの国 社会保障は 充実しているんだよな。
ただ、食事はともかく、効率重視の為 立派なデザインの家は無いし、水道管を敷設させていないので 、飲料水をタンクに入れて 物理輸送が必要な状況だ。
他に 電線が無く、バッテリーや発電機を物理輸送している状況で、これも効率が悪い。
が、それでも ライフラインを整備する位なら物理輸送をした方が 効率が良い状態だ。
なので、こちらが 手綱を握りつつも、ある程度 民間に任せて行かないと インフラの構築が進まない状況になっている。
確か ヒトラーも大量の失業者の為の仕事として、水道、電線、高速道路などの仕事に就かせる事で、インフラの強化と、雇用の改善を同時にやって見せた。
この国の失業対策としても それがベストだろう。
「後は、住民票だ。
つまり、名前と住所、生まれた日が書いてある名簿を作る必要がある。
これは 給付金の二重取りの防止だな。
この条件なら受けるが 如何だろう?
これ以上 こっちに譲歩をさせる気なら戦争をする事になるが…」
オレはフックを睨んで圧を掛ける。
正直 内乱は やりたくないな。
独裁者の粛清もそうだが、国が自国の労働力を減らしていく、国家規模の自殺行為だ。
「……いや…十分だ。
でも良いのか?10万も」
「金は銀行でいくらでも作れる。
でも、こう何度も 銃を向けられる事態が起きたら たまらないだろ。
軍を組織して鎮圧するにしても 金が掛かり過ぎるし、武装している軍の裏切りを考えると更に面倒だ。
それを考えたら、治安維持と国民の健康の為の金額と見れば 十分に安い。
何より客が増えれば、国が成長するしな。
それじゃあ、契約書を作るか…」
その後、皆の前でオレ達は契約を交わし、住民達は 解散となった。
なのだが…。
「キッツイな…」
オレが住民に名札を渡しながら言う。
冒険者ギルドでは、住民票の申請 書類が配られている。
その中には、名前、性別、種族、生年月日の記入欄があり、住民達が 次々と記入して行く。
その下 には 契約内容が書かれており、更に下の欄に名前を書く事で 国と住民との契約をしている。
契約後は、10万トニーと 名札を貰い、次の給付には これを銀行窓口に見せる事で給付が受けられるシステムだ。
現在、大人だけで300人子供は その次…。
保育院にいる子供は、文字や言葉を理解していない子供も多いので、今、乳幼児に 住民票の申請用紙を書かせて国と契約をさせたら 詐欺になってしまう。
まぁ他の国は 契約書にサインをした覚えが無いのに、母親の腹の中にいる状態から既に法律が適応され、しかも その法律は 辞書レベルの数があり、契約者が すべての法律を把握していないと言う鬼畜っぷりなのだが…。
なので、保育院を出るまで 仮住民として住民の契約をしない方針となった。
「まぁ収入が無くて 大変なヤツもいるからな…。
おっと…そこ間違ってる。
名前はここ…。」
書き方や、文字が使えない人に契約内容を教えているジガが言う。
「と言っても私の方が大変だ。」
クオリアは 書類の内容を キーボードでコンピューターに入力をして、表に書き込み、名札をプリントアウトして行く。
プリンターは 机のサイズまで小型化がされていて、印刷 時間も速くなっている。
その後 印刷された紙を プラスチック樹脂のケースに入れて 紐を通す事で完成…。
これを ひたすら繰り返している。
「はい、なくさないでよ」
オレが 次の登録者に渡す。
名札の内容は 名前、性別、種族、生年月日。
後は、クオリアが名簿に打ち込んだ時の登録番号だ。
この登録番号を こっちの名簿で確認する事で、金を貰ったか貰ってないかを判断 出来る仕組みだ。
「はい次…」
そうやって名札をひらすら渡して行き、1週間程 掛けて全住民に金が行き渡る。
これにより 荷物運びなどの低賃金労働でも、生活保障金と組み合わせれば 十分に働ける金額になり、企業もコストダウンも気軽に出来る様になり、更に国の機械化が進んで行った。